|
一線を越えてしまえば、すべては夢の中の出来事のようにどうでもよくなった。潤はそれから三日間を松崎の部屋で過ごし、日中は松崎が置いて行く小銭でコンビニで買い食いをし、夜は松崎と一緒に寝た。怠惰な時を中断したのはノブからの電話だった。八ヶ岳に行くのにみんなの仕事の都合がついたので、支度して待つようにとのことだった。潤は自宅へ帰るとの簡単な書き置きを残して松崎の部屋を後にした。 自室に着いてすぐに電話に目をやったが、相変わらず留守電は一件も入っていなかった。混乱して部屋を飛び出した時の自分が馬鹿のように感じられた。リュックに適当に着替えを詰めて一寝入りしていると「今から迎えに行く」とノブから連絡が入り、マンションの前の道に立っていると、ノブと川口、シゲオが乗ったワゴン車が止まった。 「あれ?シゲオさんも行くの?」 車内にはレゲエが流れ、大麻の匂いが立ちこめている。すでにメンバーたちは軽くキマっているようだった。走り出した車の中で潤も回されたジョイントを何服かし、シゲオははなから運転を交代するつもりなどないらしく、持参したウィスキーをラッパ飲みしていた。出発が夜だったため、都内を抜けるとたいした渋滞もなく、深夜に着いたログハウスで寝袋を並べてまた大麻と酒の回し飲みがはじまり、陶酔の中でいつのまにか潤は眠りについた。
▼
目覚めると、窓から見える木立でシジュウカラが歌い、外に出ると澄んだ空気の中に青い八ヶ岳がそびえたっている。「おはよう!」と声をかけられ振り向くと、ノブがログハウスの横にカセットコンロや鍋をならべ、ダンボール箱からジャガイモやニンジンを取り出しているところだった。 「水道、そこにあるから、顔洗ったら手伝って」 カレーを食べて腰を抜かしている二人を想像し、潤とノブは笑いながら料理をはじめた。が、いよいよ最後の仕上げに大麻をぶち込み煮込んでいるうちに自分たちがおかしくなってきた。
「この鍋ってさ、さっきはこんなに大きかったっけ」 二人が笑いながら鍋に向かって柏手を打っていると、二日酔いの眠そうな顔で川口が出てきた。
「あー…、なんつーか、ゆうべの酒が残ってるのかな」
ノブと潤はふたたび爆笑をはじめたが、川口が被害妄想のバッドトリップに陥るとまずいので、一息ついてから真相を話すと、川口もはじめは怒っていたがそのうち笑いが伝染し、まだ寝ているシゲオにも食べさせようということになった。 「シゲオさん、起きて。ゴハンだよ。おいしいカレー作ったよ」
いつもの冗談だとわかっていても、フェラチオと聞いて松崎との三日間を思い出し、潤の胸はズキンとしたが、なんとかシゲオを外に連れ出しカレーの罠に嵌め、結局最後には全員が笑い疲れて木立の中に寝そべり鳥のさえずりを聞き、落ち着いたところでそろそろLSDをキメようということになった。潤はシゲオからもらったロケットペンダントの中のLSDを使おうかどうか迷っていると、シゲオも他のメンバーにルートを詮索されたらまずいと思ったらしく、気を利かせて先に言った。 「潤ちゃん、ホラ、松崎さんから買い戻された分。覚えてる?ブラディシープで」
「さーて、メインイベントだ。せえので食おうぜ。いいトリップを。せえの!」 |