初釜

 




俺はジュンの体を初めて開いた。彼は未経験だった。

その夜、俺はジュンに側に来るように命令した。
「ジュン、ギターを置いてこちらへ来るんだ」
ジュンの整った顔は蒼白であったが、決して俺から視線を逸らすことはなかった。 そして静かに立ち上がると、その美貌の特徴でもある生意気で冷淡な表情を崩さずにゆっくりと近づいてきた。 俺はジュンのつんとした頤に手をかけた。

しかし彼はまだ俺への反感を高ぶらせているようで、切れの長い大きな瞳が憎悪からにじみ出た涙で光っている。無力なジュンは視線の刃で俺を刺していた。狼が手足を縛り付けられようが、決して抵抗するのをあきらめようとしないのと同様に。 見つめていると息苦しささえ覚えるほどの黒目の大きい彼の双眸は、その内部の感情を如実に表していた。俺への反抗心、拒否、憎悪、動揺、そして・・・陰影を帯びた情熱。闇の中でそれらが揺曳して複雑に錯綜している。

俺は若い狼を虜にする重要な段階に差し掛かろうとしていた。噛まれぬ よう、逃がさぬよう、そして殺さぬように、心して取り掛からねばならない。一夜明ければ、俺が絶対的な支配者としてジュンの前に降臨することになるかも知れないのだから。俺は彼が着ていた黒いドレスシャツを引き裂いた。上質の絹地は女の悲鳴のような音をたてて縦に破れ、黒々と横たわる蛇と化した。 しかし狼が野生の反骨心を失い、人に狎れてしまえば、俺はどのような心持ちになるだろうか?黒曜石の瞳を持つこの青年の魅力は、目上への謙譲など毛筋ほども意に留めない不遜で反抗的な孤独な魂にあるのではなかろうか?波打つジュンの黒髪を撫でつつ、こんな矛盾を楽しんでいた。

長い口付けで溶け合った後、俺は白い首筋に移動し、このまま唇による愛撫を続けようとしたが、「おっさんは・・・」というジュンの言葉が俺の耳に入って来た。
「俺のカマを掘るつもりなの?」
愛の行為を受けている者とは思えぬような冷えた声であったので、俺はジュンを見た。
「この俺の尻で、女日照りのてめえの性欲を処理するつもりなんだろ?」
声とは裏腹に、ジュンの黒曜石は烈しい意志を示し、薄闇の中でそれ自体が光彩 を放っているかのようであった。 それはまさしく己への自恃と、代替物として扱われることへの強い拒絶。

俺は意外な気がした。ジュンはいつも俺を愚弄し続けていたではないか。 懐かせようと餌を見せても、背中の毛を逆立てこちらを睨み据えていたジュンが、今、俺に自分の存在を認めることを主張している。 しかしこれも彼の自尊心のなせる業であろう。俺の要求に従って体を開くにしても、相手の心に占める自分の価値を確めることで最低限のプライドだけは保ちたいという訳であろう。

ジュンの疑念を肯定すればどうのような結果になるのか?この奇矯な狼はたちまち身を翻して歯をむき出し、俺の手を噛み裂こうとするのだろうか?

だが、女性とジュンは全く別種の存在だった。 私は、彼の憎むエリートの父親の血を引き、学校をさぼってバンド仲間とつるんでドラッグに溺れる不良小僧の存在を欲しているのだ。 ジュンという生命の創造者である父をも己の下に位置させた不遜な小僧が、身心ともにこの俺にひれ伏し従属することを求めているのだ。ある闇に覆われた密やかな場所でジュンを見知った当初から。
「おっさん、答えろよ」
ジュンは押し殺した声で重ねて俺の答えを要求する。
「いや、違う」
俺の口は再び元の場所へ戻り、肉感を惹起する彼の厚い唇を愛撫をしながら囁いた。
「俺が欲しいのは、ジュン、君自身なのだ」

早熟なギタリストは納得したのか、それ以後沈黙した。しかしその瞳は俺を凝視したままであったので、俺は二つの深い瞼を口付けで閉じた。そしてジュンのむき出しの小さな乳首を二本の指で挟みながら、なめらかなうなじに移動して、若さに溢れた新鮮な肌の感触を舌で味わうと、深い吐息が聞こえた。

・・・ジュンはあの濃密な闇の中、どのような心持ちで過ごしていたのだろうか。 あれほどバックを拒否していたジュンが、自分の意志に反した行為を強いられたのだ。嫌悪していた相手に身を任せるという、自我への冒涜を、本来の激しい感情を制御して耐え抜いたのは感心してやるべきであろう。それはジュンにとっては恐るべき欺瞞であったろうから。

俺はジュンの引き締まった頬に一筋の涙が跡を残して滴り落ちたのを見た。 しかし徹頭徹尾拷問であった訳でもあるまい。俺の肩を掴んだジュンの指に込められた力と、唇を噛んだ歯の白さが表すものは、感覚の反応のみであるのかどうか。ひそめた柳眉は扇情的で俺の更なる欲望を喚起したのを覚えている。 あれは感情的ではあるが己の行為をどこか醒めた目で観察している男だ。本人は気づいていないようだが。 事後、何事もないかのようにギターを奏でてはいたが、今頃どんな結論に到達しているのか非常に興味がある。

ジュンの不思議を包み隠していた聖なる荒野に、ついに人の手が入れられたのだ。 今や翼の純白を汚された天使は、飛翔力を失い墜落した。血だらけの千切れた翼の間で天使は息絶えた。周囲には静寂の帳が降り、無言の挽歌となって無垢な魂の死を弔う。今やこの世に純潔だったジュンは存在しないのだ。しかし、その白い死骸から抜け出た一羽の黒いカラスが飛び立ったことも見逃してはならない。 闇の空を不気味な鳴き声をあげながら旋回するその不吉な鳥は次第に大きくなり、黒い翼を持った悪魔となっていった。これは新たなるジュンの降臨である。 覚醒した悪魔は、己が欲望に忠実に振る舞い、これからどれほどの人間を惑わし情欲の淵に引きずり込んで行くのであろうか? 俺に一抹の後悔が去来する。しかし俺もジュンももう後戻り出来ない・・・。

 

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