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函館の地図
今夜の宿は函館山の山頂に新しくできたリゾートホテルだった。 白樺や蝦夷松の林に囲まれたロッジ形式の瀟洒なコテージ は、ナポリやニューヨークにも勝るとも劣らないと言われる函館の夜景が一望できる 絶好のロケーションにある。赤レンガ倉庫のレストランで夕食を済ませた二人はホテ ルに戻って一息入れると部屋の窓辺に拠る。そして昼間散策した港町を眺めおろそう としたが、冷えた窓ガラスが室内の水蒸気を集め、表面がうっすらと水気を帯びているのに気づいた。 潤は外がよく見えるようにと、ハンドタオルでガラスを拭いた。清められたガラスに手を附くと10月の冷気が肌を刺した。 「この、100万 ドルとか宝石箱をひっくり返したって言うの、平凡でつまんないわね」 彼女は 函館山展望台へ伸びるロープウェイターミナルでもらった小さなパンフレットをガラスに押し付け、象牙色の護符のように広げる。そこには夜景を賛美する月並みな文句が、大きな緋色の書体で綴られていた。 「確か横浜や神戸でも同じこと言って たよね。でもおまえはここが嫌い?」 潤が外を指差すように窓ガラスを軽く叩くと篭った音が響く。窓は清冽な白木作りであったが、防寒のために二重ガラスになっている。 「そうじゃなくて、むしろ好きよ。だからありきたりの飾り言葉 じゃ物足りないのよ」 普遍的で無難な言い回しは、どうも独特の感性を持つ彼女の気には入らないらしい。 長い髪の間から星屑のようなパヴェダイヤの耳飾が光る。間近で輝く光の粒に触れながら細い肩に腕を回すと、彼女は首を傾け潤に体を預けてきた。 「この夜景にふさわしい言葉を考えてみて」 夜景から視線をはずして潤を見上げたので、小さな息が顎にかかる。 「うーん、そうだなあ ・・・」 かすかな熱と湿りにどぎまぎしながらも言葉を濁すと、持ち前の断的 な口調が返ってきた。 「じゃあ私が言うわ。『セクシー』よ」
潤は思わず彼女を確かめたが、いつもの澄 ました横顔しか見えない。 「うん、すごく色っぽい。いやらしくもあるわね」 駘蕩とした温泉街ならいざ知らず、北海道の港町の夜景を色気があると評するのは、どんな根拠に基づくのだろう。ユニークな表現は潤の興味を惹いた。 「すごくきれいで印象的だとは思うけど、やらしいとまで言うのは何で?」
彼女がじらすように笑ったので、潤は躍起になった。この痩せた青年は、日ごろは温柔な雰囲気を纏っているのに、一旦疑問を感じると追求せねば気がすまない質なのだ。 「言ってよ、ねえ」 西方的な趣を持つくっきりした目が夜景を反映して、瞬きするたびに鋭利な輝きを放つ。吸い込まれそうな、 という表現がふさわしい冴えた瞳に潤は惹かれており、眩しげに仰ぐのが常なのだが、今は正面 から顔を見据え、言葉を次ぐのを待った。 「函館の街って一番狭 いところは幅800mくらいしかなくて、それもほんの1kmちょっとしか続かないの」 話がいきなり地形のウンチクに飛んだので面 食らった。 「はぁ?」
どうにも納得がいかず、首を捻る。「後は自分で考えてみて」というなり、彼女は頬に浮かんだ薄笑いを振り落として潤から離れ、視線を大沼方面
にやった。地上の明かりが反射して薄くなった夜空よりも濃い影を落とした山の稜線からは、駒ケ岳の存在がやや右曲がりの頂ゆ
にうかがい知れた。 「わっ!」
「あぁぁ・・・」 股間を扱かれる男の口から、ため息と吐息が同時に漏れ出していった・・・ 「素敵だわ、もうこんなに熱くなってる・・・」
ふぅーっと笠の部分に息を吹きかけられると、潤はビクン!と身を震わせて反応した。あまりに正直で敏感な反応を示す器官がかわいくて、勃起の先端だけを口に含むと、もう一度腰が跳ね上がる。潤は、声を漏らすまいと口に自分の手を当てた。
「ふっふっふ。声を出していいのよ。あなたのいやらしい声が聞きたい」
「ひっ・・・」 自分の腰間で踊る熱っぽい舌の方を閉じ た瞼の隙間から覗き見る。喉の奥まで太いものを咥えこんでいた彼女も彼を見上げており、二人の瞳の焦点が重なる。上目使いの視線は成熟した牝の欲望が燃え盛っており、濡れた黒ダイヤのような輝きは、まさに発情の証だった。つまりこの女の下半身も瞳と同じ状態でギラギラと燃え滾っているのだ。これは自分も同じように舐めあげ てあげるのが礼儀ではないか。潤は息苦しさに耐えながら、しかしはっきりと宣言した。 「お、おまえだけにやらせたら・・・かわいそうだから、俺・・・俺もやってあげよう」
二人はそれぞれにあわただしい脱衣を始めた。ジャケット、シャツ、スカート、下着など様々な種類の衣類が 次々ともどかしげに投げられ、床の上に節度なく積み重なる。生まれたままの姿になった潤は同じく裸の彼女を抱きあげ、部屋の中央にあるダブルベッドに向かう。照明を落とした部屋に、地上の函館の街の夜光が幾筋も差し入ったが、ガラス窓に潤の 背がつけた跡でより強く輝いて散り、闇に溶け入った。 巧みな口淫による快感で腰をせり上げて悶えていた潤の目の前で赤く色づいた蘭のような性器が揺れている。潤がそれに気づいたのは、女陰から垂れる液が増え、ポタポタと胸や首筋に降りかかったからだ。目を開けると、折り重なった花弁が護る芯から蜜があふれ出しているのが見える。頭を持ち上げ舌を出し、花びらごと 蜜壷に吸い付くとむせ返るような牝の匂いが鼻孔に突き抜ける。 潤のクンニリングスのおかげで、蜜の出口は収縮したが再び扉が開いて、くぐもった嬌声が漏れるのが足の方から聞こえる。 「あっはぁん・・・!」
「やぁああ・・・ふっうっ・・・あぁん・・・」
「あぁ、あっぁ・・・ん!あ
あ、もう駄目えー!」 「いやぁ、潤
ちゃんのいじわる。じらさないで」 「早く、早く、ああぁ
・・・ん」 そのまま足を開かせ、愛液でぐちゃぐちゃになった膣口にすぐに熱っぽい雄をあてがった。それは濡れそぼった割れ目からツルリと一旦はずれたが、もう一度体勢を立て直すと、淫水にまみれた秘肉を掻き
分けながらゆっくりと膣の中に押し入っていった。 「おまえは本当にやらしいな。これからもっとやら
しくなるんだ」 「あっはぁーん!いいわ、いい
わ、ああっあっあっ!」 秘口からは絶え間なく透明な液が浸出して性器全体が気恥ずかしいほど濡れいてた。もちろん潤の先走り液も混じりあって、つながった部分からはポタポタと雫がシーツに卑猥な染みを作っている。 軽くピストン運動しただけでぬめってはずれてしまいそうになるが、巨大な笠が膣の 穴に引っかかっる。その上、貪欲な胎内の淫肉が柔らかく蠢いて潤に吸い付いて離さない。 潤は腰から突き上げる快感にうめきながらも攪拌を続けた。
「あ、あー!あ、あー!よ、よすぎておかしくなっちゃう!でももっと突いてぇ」
「あっ、っ、グリグリやめ・・・!」
潤は、ぐったりと寝台に横たわる彼女から離れ、もう一度窓の外に視線をやった。煮えたぎった欲望を吐き出してしまうと、彼女がかけた謎が気にかかってくる。何だろう?何故ここがセクシーなんだ?街はこぶりだけど素敵だし、観光もイケてたし、素朴で親切な人が多かったし、いいところだけど・・・ 唇を引き結び身を乗り出し長い睫を上げて夜景全体を詳細に観察し 始めた。こんな時、普段は夢見るようなつぶらな瞳に孤独な理知の光が宿るのだが、 本人は気づくよしもなく疑問の探求に没頭していた。 背後に大都市が控える横浜や神戸の方が、はるかに灯の種類や数が大きいのは当然である。しかし、先の二都の夜景が多面 カットや精緻を極めた細工を施したダイヤモンドやカラージュエリー特有の明瞭で硬質な輝きとすれば、函館のそれは、ヒスイや瑪瑙、瑠璃、真珠な どの貴石のまろやかで温かみのある煌きに該当するかも知れない。 宝石の好みのみならず、潤は東洋の柔らかく清明な精神性に安らぎを覚えているが、セクシーの根拠として関係がありそうに思えないので、脳内での追求を緩めなかった。しかし思考は袋 小路に入って結論に達しそうもない。 くっそう、何でだよ、グルグルするなあ・・ ・ 「わかった?潤ちゃん」 サイドテーブルから取り上げた紙片は、なんと函館全体の地図だった。
銀色の真珠のように光る長い爪がたどった形は驚くべきものだった。 標高300mほどの小さな山麓が核となり、 津軽海峡に岬として突き出している地形がこの函館である。ランドマークである函館 山に登って北を臨んだ場合、元町に点在する異人館や教会をたどって地上へ降りる と、土地が急激に狭くなっているのが見える。右の大森海岸、左手の函館港が、ゆる いカーブを描いて両方から大地をせめぎあっているのだ。だが、それは先の彼女の弁 の通りほんの短い距離にすぎず、函館駅あたりから再び扇のように広がり、左右それ ぞれ松前半島と亀田半島に連なっていく。女性の腰のようにたおやかにくびれた地形 は確かにセクシーと言えるかも知れないが、そこまでは美的でもある。しかし空中に 上昇して鳥瞰してみると、笠が変形した松茸がナスカの地上絵のごとく堂々と出現す る。そして潤のマツタケといえば、つまり・・・まさに勃起した牡の雄々しい地形なのだ。 「うわー!おまえ何を言い出すかと思ったら・・・!」 この女の思 考回路の飛翔ぶりは以前から知っていたが、これほど驚いたことはなかった。 単なる地図からマツタケを連想するとは、なんという好き者ぶりなのだろう・・・! 開いた口がふさがらない。しかし、彼女をこんな風に調教したのは、誰でもない自分なのだ。桜舞うベランダやミラコスタのエレベーターでのスリルに満ちた交合、そして果 ては睡眠薬も用いたプレー・・・だから彼女を責めるわけにはいかないのだと潤は長嘆息した。 しかしこれほどまでに仕立て上げた自分の腕前が誇らしくもある。 彼女は淫猥な比喩を嬉々として語り、飽くことがないようだった。 「あのライトは潤ちゃんの葉脈みたいだね」
「・・・おまえはモノホンのヘンタイだ
ね。俺の上を行ってるよ」 も し、二人の言い合いに心を痛めてどちらがより変態かを考えてやる人がいても、盧溝橋の獅子を数えるほうがよほど有為であるかと思われる。「割れ蓋に綴じ鍋」「類は 友を呼ぶ」といった諺があるが、いにしえ人の知恵に敬意を払うべきだろう。 |
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