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#2 夏休み 「用件1件です」 味もそっけもない短いメッセージには落胆したが、最悪の結果 がわかっている成績表を目の前で開けられなくてすんだ安堵で、潤は小さくガッツポーズをした。どうせ後で呼び出されて説教されるとは思ったが、最初のショックから時間がたっていれば、両親も多少は冷静になっているだろう。気楽になった潤はプレイステーションの電源を入れてゲームを始めた。何度もクリアしたゲームだったが、最小限の武器でゾンビを殺すことに熱中したり、最短時間でのクリアをめざしたりと、結局ダラダラと朝まで過ごし、試験も終わったからと学校にも行かず、昼間になってから本格的に眠った。 一人暮らしをはじめてから、潤の生活のリズムはめちゃくちゃになっていた。寝たい時に寝て起きたい時に起き、学校は単位 を落とさないギリギリの範囲でサボリまくった。勉強も試験の前にあわててするだけだったが、遊び過ぎたと自覚したときに、取り繕うように猛勉強をはじめることがあった。父親の呪縛から逃れた解放感の反面 、このままでは本当に見捨てられるという恐怖もあったからだ。 強迫観念に囚われながら教科書を開くと、授業で進んでいるところは当然わからず、だいぶ前に遡って復習をはじめるのだがそれもウロ覚えで、睡眠時間をけずるためにエフェドリンを服用しながらでは、いくらやっても頭に入るはずもなかった。結局、無駄 な勉強に見切りをつけて、いつものようにバンド仲間と遊び回る生活に戻ってしまうのが常だった。 夕方に目覚めた潤は、エフェドリンの残りが少なくなっていることを思い出し、「東大卒でワグナー好きの電器屋」江上に電話をかけた。江上は夜飲み歩く時以外は店番をしているので、たいていすぐにつかまった。この時も、2コールもしないうちに、電話口からくたびれた声が聞こえた。
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駅から少し歩いた商店街の中の小さなひなびた個人商店が、江上の経営する電器屋だった。店の前には雨ざらしで色褪せたのぼり旗と、ホコリをかぶった安売りのビデオテープのワゴンが出ており、それを見るたびに潤は、店の宣伝としては逆効果 ではないかと首をかしげていた。江上は東大生時代に学生運動に明け暮れ、いったんは大手の広告代理店に就職したもののすぐにやめてしまい、その後もどこへ転職しても長続きせずに、実家の電器屋の後をついでお茶を濁していた。いまだにインテリ気分で鼻柱が強く、自分にとっては不本意な電器屋経営には熱心でなかった江上は、結局50才を過ぎてもアングラ舞踏劇団やシゲオの「ヘヴン」に入れ込み、同じような不良もどきの業界人たちと飲み歩く毎日だった。 潤が店に入ると、ドアベルの音で、居間とつながっている間口の暖簾をくぐって江上が出て来た。 壁が見えない程LPレコードが積み上げられた部屋の、わずかに残った畳の部分に腰をおろすと、江上は小机の引き出しから錠剤でふくれたチャックつきのビニール袋を取り出して潤に渡した。 江上にとって、潤の存在は自分の若さを強調できるアクセサリーのようなものだった。潤と対等に会話しなつかれることは、自分がまだまだ現役だということを仲間内に知らしめることになったし、友だちのいない潤は、同世代にありがちなドラッグ体験を吹聴してまわるということもなく、女子高生と違って無責任に連れまわせるので、江上のような連中にとっては都合のいい相手だった。 「クナッパーツブッシュの名演、潤ちゃんに聴かせてやりたいんだけど、最近居間のステレオが使用日決められちゃってさ」 ノブさんと一緒だ。なんでみんな自分のことは置いといて、俺にばっかり説教するんだろう…。潤には、成長期の自分と大人の違いが理解できなかった。生意気な口はそのために出るのだが、江上をはじめ松崎やナベなどの年上の連中が、そんな自分の態度を楽しんでいることも知っていた。さらに、自分でドラッグをすすめておきながら常識ぶったセリフを吐く無責任な連中には、自分も無責任でいいという考えから、相手によっては潤は生意気を通 り越した辛らつな口もきいた。 「江上さんこそ、いいおっさんだし、そろそろ限界なんじゃない?さっさと足洗って、子どもの学費でも稼ぎなよ」 |