破壊と否定への欲求に気がついた潤には、自己嫌悪すらも自分の存在を認めるための儀式になりつつあった。「自己嫌悪をするまともな自分」に救いを見いだそうとし、自己嫌悪を盾にして自爆する妄想にひたり続けた。血まみれの手に握られたナイフ、喉を切り裂かれた死体、恐怖に包まれた旅客機の機内、過激な思想、ニヒリズムを体現する自爆テロリスト、彼にとってはすべてが性的対象であり、貿易センタービルにつきささるハイジャック機は、勃起した巨大な男根をレイプする自分のペニスだった。そして、何もかも巻き込んで自爆死する瞬間には、強烈なエクスタシーが必ず得られるのだった。

皮肉なことに、この忌わしい妄想がはじまってから、潤はようやく生きている実感を持つことができた。何をする気力もなく、いつまでもベッドから出ることのなかった時代とは反対に、目覚めればすぐにインターネットにつなげテロ関連のニュースや論説を見てまわり、煽るだけだった掲示板で熱心に議論をはじめた。パソコンの横には世界情勢やイスラム世界に関しての本をつねに置き、なるべく正確で高度な書き込みをするように心掛けた。しかし、気力がわいてくると同時に、おさまっていた攻撃性もふたたび頭をもたげ、自分の真剣味を受け止めない書き込みに対しては容赦なく否定的な言葉を吐いた。もともとその掲示板にはおもしろ半分の書き込みがほとんどだったのだから、いちいち気に触る必要はないことを自分でもわかってはいたが、ささいなことへの怒りをおさえることがどうしてもできなかった。

彼女と出会ったのは、そんな状態のとき、その掲示板でだった。彼女はそこに常駐していたため自分の最初の書き込み番号を固定ハンドルにしていた。ほとんど無記名の書き込みが多い中で、彼女のハンドルは目立ち、潤はその動向をチェックするようになった。男言葉での書き込みなので、潤も遠慮なく反論し、そのうち意見の食い違いから掲示板中が荒れるような大ゲンカに発展した。潤は彼女に罵声を浴びせ続け、その騒ぎは他の参加者をも巻き込み、完全におさまるまで数週間かかった。しかし、潤はやがて、騒動の中でも逃げずに自分にレスを返し続ける彼女に誠実さを認めるようになった。あいかわらず意見は食い違っていたが、キレる自分と違い冷静さを保ちつづける彼女の態度は、見習うべきものだった。そして気持ちも落ち着いてきて、ヤジ馬も減りじっくり話す機会を得た時、潤が自分の態度をわびると、彼女も快くそれを許し、それ以降は彼を常連の一人として迎え、何かと気を配るのだった。

いつも父親に否定され、「父親の血でない」ことに対してあやまり続け、それでも許されることのなかった潤にとって、彼女の対応は驚きだった。書き込み内容から、潤は彼女を年上の男性だと思っていたので、純粋に頼り、甘えることができた。次第に、潤は彼女に理想の父親の役を求めるようになった。しばらくの馴れ合いの日々のあと、彼女が彼の意見に対して何気なく言った「ヒマつぶし」という言葉から、ケンカになったことがあった。この時は彼女には悪気はなく、潤も甘えから吐いた暴言だったが、彼女が急に態度を変えよそよそしい言葉使いではねつけたので、ちょっとしたパニック状態に陥った。やっと見つけた理解者を失いたくない一心でなりふりかまわず謝罪したが、彼女は「ここでは話し合えない、メールをよこせ」と繰り返すだけだった。それが、ふたりのメール文通 のはじまりだった。

 

 

全裸でベッドに腰掛ける彼女はホテルの室内の暗い照明に浮き立ち、潤はそのまえにひざまずいて彼女を見上げて言った。
「正直に言おうか。おまえ、きれいだね」
「だから何度も言ったでしょ、メールで」
「ああ、自分はかっこいい、男前だってね」
「ほんとうに私が男だったら、どうするつもりだったの?」
「だっこしてもらう。セックスは、おまえがしたいならするつもりだったよ。でも、ノンケだって言ってたから」
「…信じられない。あんた両刀なの?」
「わからん。男とは最後まではやったことないから。でも、おまえとならしたかった」
「どこからどこまでがネタなんだかわからないわね」
「だから、ぜんぶネタだって。俺はふつうの学生だし、テロはそのうち卒論のテーマにしようと思って調べてただけだし、おまえのことだって、女だって気づいてたからメールを送ったんだよ。いつかやれるかもって思ってさ」
「そのわりには、最初のメールはずいぶんオロオロしてたわね」
「同情をひくため。俺はテクニシャン」
「お父さんのことも?」
「それも同情をひくため。うちの親父は俺に激甘だよ。かわいい一人息子だからね」
「バンドのことは?」
「うそにきまってんじゃん。バンドやってたっていうと女がひっかかりやすいから、チャットナンパするとき、よく使うテなんだよ」
「なんだかシラけたわね」
「俺を信じないからシラけるんだよ。いまだって名前も知らない透明人間と変わらないんだから、ネタだと思えばぜんぶネタだろ」
言い終わると、潤はうなだれて、ひざまづいたまま彼女の胸の間にひたいを落とした。
「シラけちゃだめ。またひとりぼっちになっちゃう」
「それも同情をひくため?」
「ここにいる俺たちだけでいいじゃん。それしか真実がないんだから」
彼女は潤の頭を両腕で抱いた。
「そうね。少なくとも君がだっこされたがってるのだけはほんとうみたいだし。メールでも掲示板でも、同じこと言い続けてたもんね。テロに負けそう、テロに負けたくないって」

潤は彼女の胸や腕の感触を残らず記憶しようと目を閉じ、心地よい体温に包まれていた。はじめて彼女に許されてから、眠るときはいつも想像の中でその腕に抱かれていた。その時の気分によって彼女は男にも女にもなったが、暗闇のなかでやさしい腕が自分を抱き、あたたかい胸に顔をうずめ、体温がほんとうに伝わってきたように感じられるまで、ひとりのベッドの中で思い描き続けてきた。想像の中の彼女は顔がなく言葉も話さず、性別 も国籍も思想も、何も持っていなかったが、絶大な存在感で彼を抱いた。その存在を手に入れてから、彼は少なくとも眠る時には自爆妄想から解放されることができた。依存の対象が移っただけかもしれなかったが、彼にとって心を休める時間を持てたことは、破壊と否定への結論を遠ざけるために重要だった。

 

 

「おまえをぜんぶ覚えて帰りたい」
「うん、そうしなよ。やっと会えたんだもんね」
潤は彼女の乳房を片手で自分のほうへ寄せると、乳首を口にふくみ、吸いはじめた。会話のあいだにそれはやわらかく落ち着いていたが、舌先で愛撫するうちに、窓辺で確認した小さな珊瑚の粒が蘇ってきた。その宝石への愛撫にあわせて彼女が腰を浮かす様子に気づき、潤はさっき彷徨った道へふたたび戻ろうと手をあてた。すると、道のすぐそばで熱く立ち上がっていた突起が彼の指をはばみ、通 りざまに先端にふれると、彼女はかすかに声をあげた。しばらくそこにとどまるうちに突起はさらに硬く存在を主張し、潤がその小さな主張を手伝おうと突起をつまみ指の中で転がすと、彼女の腰は彼の指の動きに完全に支配された。

潤は抱かれていた頭を彼女の胸から離すと、上気してうるんだ瞳を見つめて言った。
「見るよ」
ベッドに座っている彼女の両足を開かせると、中心に、濡れてわずかに入り口を見せるその場所があった。先ほどの突起からはあの珊瑚の粒より赤みを増した新しい宝石が出現しており、入り口を守る花びらは、何度か通 過した潤の手によって、可愛らしく乱れていた。花びらのふちをしばらく指でなぞっていると、道の奥から溢れだした蜜が潤をさそうようにきらめいた。潤は両手をそえて花びらを開き、それをそっと舐め取った。
「ねえ、もっとこうしてもいいでしょ?」
拒絶されることが心配になって、彼女の顔を見上げてたずねると、彼女は返事のかわりに、やさしい微笑みを浮かべて目を閉じた。許しを得た潤は、さきほどの場所に舌を戻すと入り口をくすぐり、舌先を少し挿入して残りの蜜を味わった。それから花びらの乱れをなおすようにまっすぐに舌を上下させ、2枚の姿が整うとふたたびそれを壊して口に含み、折り込みながら吸った。彼女が声をあげたので、潤は花びらを解放するとなごり惜しむようにやわらかく開けた唇でキスをして、宝石を露出させたまま待ちくたびれている場所へ向かった。

2、3度そこを舌でふるわせてから口で覆い、思いつくままにつくった唇と舌の動きに巻き込むと、彼女は手をのばして潤の頭を引き寄せ、腰を密着させてきた。切ない声が、さらなる慰めを要求しているように聞こえ、潤は宝石を吸いながら、蜜をしたたらせている道へ指を潜り込ませると、そこは窓辺で彷徨った時とちがい、やわらかく立ち上がった細かい襞が指を包み込んできた。そのなかで指を泳がせているうちに、収縮のリズムが彼女の声や腰のうねりと一体化すると長い痙攣が起こり、彼女の道は、熱い官能の流れにのみこまれていった。





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