膣こじらせ人生
「ねえずみちゃん……」
私の声にずみちゃんは応えてくれなかった。無表情に漫画雑誌をめくっている。
そこに掲載されている「34」という漫画が彼のお気に入りだ。出会ったきっかけもそれだった。
駅のベンチで拾った雑誌を、そういうのを盗むのにためらいがないくせして、妙に臆病な私がちょっと移動してガード下のすみっこでめくっていると、突然「それ面白いよね」と声がかかった。
顔を上げると垢抜けた感じのお兄ちゃんが立っていたからびっくりした。めくっていたサスペンス漫画のページを覗き込んできて、なにやら突然興奮した様子であれこれまくし立てだした。
私はウ、ウン……とか、ア、アア……とか、胡乱な返事をしたと思う。 どうしてそこから私の部屋にそのモロズミと名乗った青年が転がり込んできて一夜を共にしたかはよく覚えていない。ボーッと生きてんじゃねーよって感じだけども。
ただ妙に印象に残っていることがあって、性器にペニスを出し入れしている最中に彼は突然真顔になって私に出生というか、家族関係を探ることを訊いてきた。何人家族、と言われて、え、四人、お父さんお母さん、ふたりきょうだい、と返事をしたところ、モロズミは急に腰づかいが獰猛になった。
それからモロズミは私の部屋を訪れたり訪れなかったりした。だいたいふらっとやってきてふらっと去っていく。
どう考えてもふつうの勤め人じゃなかった。奇抜な色の髪の毛のことを言っているのではない。
なんというか、彼からは社会不適合者の香りがぷんぷんした。普通にバイトなんかできる感じじゃない。
実際職に就かず、セーフティネットに守られながら暮らす私が言うんだから間違いない。同族は一目でわかる。
でも、私はモロズミ、いつの間にかずみちゃんと呼ぶようになった彼のことを見下しているかというとそんなことはなかった。
むしろ私の目には、彼はひらひらと上手にこの東京砂漠を泳いでいるように見えてちょっとうらやましかった。尊敬にも似た感情。
「ずみちゃん、もう疲れちゃった?」
「んー……」
私は全裸で布団に仰向けになり、雑誌を掲げて「34」を読むずみちゃんにまとわりついた。
一度吐精して柔らかくなったペニスを、未練がましく握って先端を舐め回した。
「君、なんでひとり暮らししてんの?」
ずみちゃんのペニスはぴくりともしない。私のほうはというとどきりとしていた。素性を訊かれたのが、彼が私の肉体以外に興味を示してくれたのは、最初に家族構成を訊かれたとき以来だった。
「お兄ちゃんがアル中で、お父さんもお母さんもその奴隷だから……」
「ふーん」
「福祉に相談したら、なんかいろいろ手続きしてくれた」
「じゃ、幸せ四人家族ってわけじゃないんだ」
「どん底四人家族だよ」
そう返すと、ずみちゃんは笑った。身体が揺れた。同時に私の咽喉を衝撃が襲った。いつのまにか充血しきったペニスが、喉奥まで深々と突き入れられた。
「お゛ご、お、おえええっ……」
「吐いたら殺す」
「う……う゛うぅうぅ……! う゛ぇえぇっ……!」
ずみちゃんが私の頭の後ろを掴んで、口の中めがけてテンポよく腰を突き出す。
そこまで乱暴なことをされたのは初めてだったのだけれど、不思議と驚きはなかった。むしろ彼の本性というものにようやく触れたかのような安堵があった。
今までフワフワした、妖精みたいだったモロズミという存在が、私の中でやっとひとりの人間、下卑た欲を持つ男になってくれていた。
「ああ、出そう出そう。喉で直接飲んで」
「うぐっ……う、お、お゛、おえ゛えぇえぇぇえ……!」
言葉の直後に熱精がはじけた。喉と、その先の食道と胃が焼かれるような感覚がある。私は異物を排除しようとする本能、強烈な吐き気と必死で戦った。
「ふう……」
ずみちゃんは満足げな息を吐いてペニスを口から引き抜いた。驚くことにまだ硬いどころか、おへそにぶつかりそうなくらい上向きだ。いつもは一度セックスしたら、それっきり私に興味を失ってしまうのに。
「ず、ずみちゃん……うっ、あっ、あっ」
内臓の痙攣をどうにか押さえつけた私の腰を、ずみちゃんが背後から掴む。
「あっ、あっ、あぁあぁあぁっ……んくぁあぁあぁ……!」
もちろん、もともと情事のあとに女々しく男に絡みつくくらいの淫乱だから、私の秘唇はねっちり湿っていた。ずみちゃんが手で押さえつけて角度を調節した肉竿を、あっさり飲み込んでいく。
「うくぅうぅっ……くぅ、あぁあぁ……あぁっ、あっ、あっ、あっ、あっ……あっ、あぁっ、あっ……!」
ずみちゃんはいつもより乱暴だった。でもそれが心地いい。さっきは喉奥で感じたこの男の本性を、今度は膣穴でより鮮明に感じ取る。
さっぱりしたセックスも、都会にフリーライドするような容姿も、きっとずみちゃんではない。この暴力衝動こそが、彼の本質というものだ。
「ねえっ、34、休載しちゃうって」
「え……えっ、あ゛っ、ああぁあああぁっ!」
急に漫画の話を始められて疑問符を抱いた私の肉壁を、懲らしめるみたいにずみちゃんが深くえぐった。
「ダガーがいなくなったら、僕どうしよう」
「んっ……ダガーって……漫画の……あくっ、あっ……ああぁあっ……!」
「ダガーを演じられなくなっちゃうよ」
「ず、ずみちゃ、あっ、あくっ、うぅううぅっ、うっ……!」
「僕、生まれて初めて、何者かになれたって感じがしたのに」
「うく……うっ、あっ……あぁ、あぁ、ダメ、ダメっ……!」
だめだめ言いながら私は簡単に絶頂に追いやられる。これも暴力的だ。いつもは私がいいか、感じるかと彼に問いながらカクカク動いて、自分の気持ちいいところにペニスを当てて、穏やかに達して、そのついでみたいにずみちゃんが射精する感じだった。
私は自覚があるアホなので、今の必死さをずみちゃんに求められている証拠だと受け取った。たぶん違うのに。
「ずみちゃん……あぁ、あぁ、ああっ、あ゛ぁあぁあぁあっ!」
「偽物だよ、全部。君が呼んでるズミチャンとかいう名前も、本物じゃないんだ。本物は先生と僕の頭の中にしかないんだ!」
「あぐうぅうぅうっ……!」
子宮の入り口が押しつぶされて、また深い絶頂が襲いかかってくる。同時にずみちゃんが、奥にぴったり亀頭を押しつけたまま勢いよく果てた。
「あぁ……あぁ、あぁ……!」
どろどろの牡汁に膣穴とその先を汚されていく感触。ずみちゃんはそれでも腰を使うのをやめずに、執拗に私を突いた。
ぱつん、ぱつん、とお尻が恥知らずな音を立てている。もう私はされるがまま、彼に身も心も明け渡している。
「許せないよ、絶対、最後まで……」
「あっ、く、うぁ、あっ、あっ……」
ずみちゃんのほうは違う。アホな私でも彼の心がここにないことがわかりだす。
そこにきてようやく私の中にはずみちゃんの足跡が残りまくっていることに気がつく。いやだよ出ていかないでとすがりつきたくなる。でもどうしようもない。開け放しのドアから勝手に人が入って出ていく感じだ。引き留められない。
それならと思って、必死に膝を立ててずみちゃんの律動に逆らうように腰をひねった。もちろんずみちゃんはそれを叱るようにさらに激しく身体を打ちつける。それくらいしかできることがなかった。
なんとなくこれが最後だという予感があった。なら少しでもこの男の必死を、真面目さを、正直さを、血走るくらいむき出しの感情を引きずり出してやりたかった。