弾が抜けるような速さで
「お姉さん、ちょっと失礼――」
「きゃあっ!」
突然路地裏に突っ込んできた男が、あたしの着物を剥ぎ取ったので、絵に描いたような悲鳴を上げてしまった。
「なにすんのさっ」
「ああごめんごめん、ちょおっとだけこうしてて」
「こうって……!」
綺麗に剃り込まれた坊主頭の男は、着物を頭からかぶって身を隠すようにすると、そのままあたしに覆い被さってきた。
「あ……」
――どこへ消えた!
そんな声が大通りから聞こえだし、そのたびにあたしの上の男がひいひいと奇妙に震えるのを見て、あたしはなんとなくだけどもこいつの身の上を察した。
「あんた、追われてるんだ」
「そのとおり」
「んで、それで隠れたつもりになってんの」
「このままいればやり過ごせる。これは俺の勘」
「勘って……あのね、あたしの身体は商品なんだ。その包みを剥いでおいて、それじゃあさよならですむと思うの」
「そりゃすまないと思うけど、こうするより無ぇ」
ちっとも悪びれない男を見ていると、あたしの中の負けん気が騒いだ。
「あんたがどこからの流れ者かもわかんないけど、あたしこのへんじゃちょっと名ぁ知れてるつもりなの、その裸をしかと見て、そんでこうやって覆い被さっておいてさ、それでなにもしないっていうのは、ちょっとばかしじゃきかない侮辱ってもんだと思うのよ」
まくし立ててやると、男はくっきりした眉を変な形に曲げた。
「もしか、俺、お姉さんにお誘いを受けてる?」
「わかんないってんなら、ますますもって失礼な男だね」
男の言ったとおり、物騒な足音の群れは遠ざかりつつあった。男にとっても、あたしにとっても都合のいいことだ。
「ほれ、ほれ、あたしの裸は高くつくよ。今すぐこの役立たずをおっ勃てて、代金を身体で払いな」
「うあっ……!」
男の身につけていたぼろぼろの服の上から、まだ柔らかく眠っている股間をぐりぐりと膝で押してやった。あたしのお客ならひーひー言って喜びそうなことだ。このまま潰されるなら本望だと啼くから絶対にそんなことはしてやらない。
「待って……お姉さん、ホントに勃っちゃう」
「はん、本当もなにもあるもんか。あたしにこうされて勃たないんなら、もうこいつはただの小便筒だから切って捨てちまいな」
「ああ……くあっ」
男の股間は、狙い通りに熱さと硬さを持っていく。それを感じ取って押し込むのはやめて、膝小僧を左右に振って撫でさするみたいな動きにする。
「う……う、お姉さん、本気で手練れだな」
「アハハ、膝だけで認めちゃうのかい」
「認めるよ……あんた、いい女だ」
言って、ようやく男の視線――というより興味があたしの裸体に向いた。首筋、鎖骨、我ながらいい形のおっぱい、おへそから、そこだけ未成熟な童みたいに毛が淡い股間。それらを順繰り、熱を持った目が通り過ぎていく。
「俺ぁこのへん来るのは初めてなんだが……あんたが名の通った女だってのは納得だ。商売女を買いに入ってこんなのが出てきたら、運を使い果たしたってんでその日のうちに死ぬだろうな」
「ふふ、怖じ気づいたか」
「いやあ、命だって惜しくないぜ」
男は自分から着物をずらして、その下の褌まで潔く脱ぎ捨てた。その下から出てきたものの立派さには、思わず目を見張った。
「あんたすごいねえ、立派立派」
「へっへ、だろお?」
ぷりんと張り詰めた先っぽに、びきびきとえら張ったカリ首。男が手を添える幹も、しっかりとした太さがあった。
そこに目が行きがちだけれど、身体も半端じゃない筋肉のつきかたをしていた。
「ん……」
久々にはっきりと「いい男」にありついた。視界への刺激だけで、あたしの下腹がぬるく湿っていく。肉の合わせ目からぢわりと蜜が溢れるのを、悔しいとは思わない。
こいつはあたしに相応しい。あたしが濡れちゃうのもしょうがないんだから。
男はあたしの腰を抱くと、ほころびかけた割れ目にぴったりと肉竿を寄せた。あたしは熱を持ち始めた肉の芽で、男の興奮を感じ取る。
「あん……んんっ、ん……ん……」
「うはぁ……っ」
すぐにでも押し入ってくるかと思ったのに、先っぽを筋に添わせて往復させて遊んでいる。
「こんないい女にマンコキしてもらえるだけで、もう人生お釣りがくるくらい楽しんだな……へへ」
「んぅ……あは、あんた面白い言葉使うねえ、おまんこでコくって?」
にちゃ……にちゃ、にちゃ……と、粘っこい音が立つ。あたしのおまんこと男の竿が触れあっているせいだ。彼の先っぽからも、透明な汁が溢れている。
「あんた、本当にいい女だな。美女ってのはからから乾いてるから惜しくなるが、こんな綺麗で、こんだけ湿り気があんだからたまんねえっ」
「あぁっ……ああぁあぁっ!」
あたしは柄にもなく処女みたいな声を上げてしまった。男が肉茎をいきなり、根本までずっぽりと埋め込んできた。
「くはぁっ……中もきつくて最高じゃねえか……!」
「はぁ……ああ、ああぁ……ん、あんた、あたしにこんなことして……んんっ! んふ、んっ……んっ……!」
男にいいようにされては名折れだなんて思えていたのは、ほんの最初だけだ。
すぐに始まった律動の心地よさに胸がとろけてしまいそうになる。あたしの粘膜が、今までのいつだって感じたことのなかった快楽に驚いている。 見たとおり張り詰めた肉竿が、あたしの中にぴったりはまりこんで内壁を撫で上げてくる。そのたびに喉から媚びるような声が漏れて、粘膜もこの男にしなだれかかるように震える。
「やば……やば、くぁ……く、食われそうだぁ」
そしてそんな、桁違いの快感を得ているのはあたしだけじゃないようだった。男も腰を振り立てるたびに驚いて、歯を噛んで、意外とつぶらな瞳をぎゅうっと瞑っている。
「くひぃっ! ひおっ、おぉっ、おおぉおんっ!」
今まで何十人、いやもしかすると百も行ったかもしれないというのは言い過ぎか、でもとにかくたくさん咥えてきたっていうのに、一度も感じたことのなかった……破滅さえ思わせる気持ちよさ。
「おひぃ、ひ、す、すごいぃっ……あ、あんた、すごすぎっ……あぁはぁ、あぁ、あぁいや、往く、往く、こんな――あぁ、あぁすぐ往っちゃう、んあぁぁあぁああぁあぁあっ……!!」
「くぅあぁっ……! 待て、中がうねる……やば、出る……! うぁぁ、あぁ、あぁぁあ……!」
あたしが痙攣するのと一緒に、男の幹が狂おしく跳ねた。お腹の中で破裂する白い地獄。粘膜を焼いて、肉シワの一つ一つにねっとり絡みついていく男の精。
「おほ……おぉ、おぉ……おおおぉ……っ」
「あふ……ん、あぁ、あぁぁ……ん……!」
二人で法悦の声を上げて、あたしらしくもなく男の背中にすがりつくみたいに抱きついた。
「あんた……な、名前、名前、きかせて」
そんなことを言ってしまうのもあたしながら不思議だった。名前なんて肉の悦びの前には、なんにも意味のないことだと思っていたのに。
「ああ……俺ぁ白石ってんだが……」
「――白石?」
その名前と、物々しい連中が立てていた声と足音がすぐに結びつく。
「あんた……脱獄王白石!」
あたしが叫んだ瞬間、大通りがまた騒がしくなりだした。しまったと思った。それは男――白石も同じだったらしい。
「くそ、悪いな……!」
「待って、あんた、待って!」
白石が勢いよく立ち上がる。当然あたしの中にあった狂おしい熱もすぐに抜けていった。
――それが狂いそうなくらい寂しい。これはなくしちゃいけないモノなんだ。そう思って必死に……あたしにしちゃあり得ないくらいみっともなく、その場から立ち去ろうとする男にすがりついた。
でも間に合わなかった。男は猿みたいに器用に、建物の外壁を伝って逃げていく。
「あたしを置いて――あぐっ!」
そう叫んだ瞬間、耳が馬鹿になるかと思うくらいの破裂音と痛みが走った。
太もも。なにか鋭いものが突き抜けていった。
「あ……あ」
ぴゅうっ、と、真っ赤な血があたしの脚から噴き出した。
「外したか……」
背後から迫ってきた男らは、しっかりあたしの身体に弾を当てておきながらそんな無礼千万なことを言った。
「追え!」
倒れ込むあたしなんか知ったこっちゃないんだろう。あの男を追うほうが大事なんだ。
(ああ、でも……)
脚からこみ上げる激痛は、あたしを救ってくれるという確信があった。
きっとこれがなきゃ、あの男のものが抜けた口惜しさを、これから先もずっと引き摺って生きていかなきゃいけないんだろうから。