熱病の夜
の調子がすこぶる悪い。それは夏油の心を大きく動揺させた。よくないものを食べて腹を壊しただとか風邪を引いただとか、ましてや呪霊に囚われているなんてことではない。
それらならば夏油にも対処のしようがあるというものだ。
「うぅ……夏油様、本当には大丈夫なの。数日したら元通りだから、どうか今日はお帰りになって」
彼女を蝕んでいるのは、彼女自身が身に宿した業としか表現できないもののせいらしかった。
「子供の頃から、ときどきこうなるの……でも、そのまま死んだとか、ずっと治らなかったなんてことはないんですのよ……」
ひどい発熱と倦怠感、肺が苦しいらしく呼吸や食事もままならない。
いつものように夏油がのマンションを訪れると、中から彼女の気配はするのにインターホンに返事がない。
合鍵を使って中に入っても無反応で、寝室を開けてようやく苦しんでいる彼女と対面することとなった。
しかも弱りきったは必死で、譫言のように「大丈夫だから今日は帰って」と繰り返すのだ。
夏油はの部屋を出た。しかしそれは彼女の言葉に従ってのことではない。
近場のコンビニエンスストアに入り、ゼリーやスポーツドリンクを買い込むと再び部屋に舞い戻る。
「これなら食べられるんじゃないかな」
「い……いりませんわ。本当に、夏油様、ねえお願い、どうか今日は帰って」
買ってきたものをベッドのサイドボードに置くと、やはり彼女にしては珍しいかたくなな拒絶が返ってくる。
「じゃあ、がよくなるまでリビングにいるから。なにか欲しいものがあったら呼ぶんだよ」
「いいえ! なにもいらない……夏油様、どうかのお願いを聞いて。また私が、ぴんぴんと元気なときにお顔を見せてほしいの」
「珍しいね。君がそんなに私を拒むなんて」
「拒んでるんじゃ……ただ、私、本当にこういうときは駄目で……う」
言いかけてはげほげほと咳き込んだ。慌てて身体を起こし、枕をクッションのようにして上半身を起こす。
そうすると呼吸が楽になるらしく、しばらくはそうしていた。
「……やっぱりリビングにいるよ」
夏油がそう告げると、はもう反抗しなかった。夏油の決意が固いというのを知ったのもあれば、単純に身体がつらいのもあったかもしれない。
(彼女がこんな性質を持っていたなんて……)
夏油はリビングのテレビをつけ、つまらぬニュースを見るでもなく見る。
猿が猿を刺して猿に捕まったらしい。実に莫迦らしい事件の報道がなされている。
そんなことよりだ。
彼女の口ぶりからすると数ヶ月に一度ああいったことがあるらしく、今まではそれに一人で耐えていたらしい。
病気ではないから看病も無意味だし、彼女の内側のちからが膨れているせいなのだから、夏油をもってしても苦しみの排斥はできない。
「呪術師だけの世界が作れれば……」
ぼそりと口にする。己の掲げる理想を。
そうすればああして苦しむ者への対処だってすぐ見つかるはずなのだ。
こそこそと隠れている、迫害されている呪術師たちが姿を見せ、結束し、力を貸し合うのだから、こうして今手の施しようがないことだってすぐに解決するに決まっている。
なればこそ急がねばならない。非力な猿どもを、己と異なる存在を怒りを持って排除しようとする莫迦どもを焼き尽くさねばならなかった。
「……?」
「あっ……!」
夏油はうつらうつらしながらも深夜にソファの上で目を覚ました。
寝室でなにかが動く気配があったのだ。が起き上がったのかと部屋を覗き込むと、予想通りは身を起こしていたが、顔はどうにも「しまった」「どうしよう」といったふうだった。
「大丈夫かい。もう起きられるのか」
「え……え……と」
夏油がベッドに近づくと、は毛布をぐっと自分の身体に巻き付けた。
「ちっ、近寄らないで!」
「?」
「お願い、は、離れてて……」
暗闇に目が慣れていくと、まだの顔色からは発熱がうかがえた。容態が安定したわけではないらしい。
「やっぱり……やっぱり帰って!」
「どうして。、私はこんな君を放っておけるような冷血な人間に見えているのかな」
「い――い、いいえ、夏油様はお優しいですわ。でも……」
「なら」
夏油は有無を言わさずの身体を抱き寄せた。そのまま再びベッドに寝かせようとしたのだが、拍子に薄い毛布が彼女の身体から辷り落ちてしまった。
「ああっ……」
の絶望の声が響いた。ほどなくして夏油もその意味を理解した。
彼女は長袖のパジャマの上だけをしっかり身につけていて、下半身はほとんど裸だった。
というよりも、さっきそうしたのだろう。よく見たら床にパジャマのズボンと思しきものが脱ぎ捨てられていた。
そして下腹は、ショーツのかわりにごわごわとしたおむつが巻きつけられていた。
「い、いや……」
は羞恥のあまりに死んでしまいそうな顔をしている。それを見て夏油は、今日が一度も自分に下半身を見せようとしなかったことを思い出す。
要するに具合が悪すぎて手洗いに行くこともしくじるので、こういった予防をしていたらしい。
それを夏油に見られるのが、たまらなく嫌だったのだろう。
「ごめんね、」
「う……うぅぅ」
考え直すと自分はずいぶんにプレッシャーをかけてしまった。謝って頭を撫ぜると、は観念したように弛緩した。
「こんなの、私、もういい歳なのに」
「私からしたら子供と変わらないよ。大事な家族の……候補なのだから」
言いながら夏油は、再び横になったの下半身に手をかけた。
「あっ、駄目……」
彼女がそう言うのも聞かずに左右のテープを剥がすと、ちょうど一度分ほどの排泄を受け入れたのだろう、紙製の下着は水分でずっしりと重くなっていた。
「これじゃ気持ちが悪いだろう。交換してあげるから。換えはどこかな」
「ぅ……あ、あっちに……」
はベッドを跨いで反対側を指さした。なるほどそこには、成人介護用の紙おむつの袋がこっそりと置かれていた。ウェットティッシュと、どうやら使い終えたものの処理に使う厚手のビニール袋まで。
「、こんなにつらいのにいつも一人だったのかい」
「大丈夫ですわ。本当に、数日経てば……何事もなかったみたいに……」
夏油は換えのおむつを持つと、の腰を上げさせた。もう抵抗する気はないのかも従って、夏油にされるがままになる。
「……」
そして、こんな状態でも男を捕らえて放さない気配を放つのが彼女の凄まじいところだった。
へその下に彫られた呪印をもってしても抑圧しきれない妖気とでも呼ぶべきものが、夏油の下半身を疼かせた。
「……んっ」
「ひっ! 夏油様……?!」
たまらず夏油は、彼女の下半身を濡れ紙で拭う前に唇をつけた。いつもの入浴を済ませたあとの行為とは違って、ほろ苦い排泄液の風味があった。
「いや……だ、だめ……あっ、あっ、ふぁっ……」
今も病気で苦しむ彼女にこんなことを……そう思うのにもう止められない。舌から入り込んでくる死の気配にも臆さず、べろべろとの秘裂を舐めあげた。
「あぁ……ん、き、汚い……から……」
彼女の苦しげな呼吸にも、官能が混ざりだす。それを聞いて夏油の股間ははち切れそうなほどになって、舐めていることすら惜しかった。
「……ほんの少し辛抱してくれ」
「ああっ……」
夏油は煩わしく下履きを脱ぐと、横たわるの身体を跨いだ。
そのまま肩口あたりに乗り上げて、彼女の熱っぽい唇につきそうなところまでペニスを押しつけた。
「君はなにもしなくていいから」
「んっ……ふ、あ、でも」
言うなりゆっくりと、夏油は肉茎を自分の手で摩擦する。
ゆっくりと幹を上下し、先端からぬるりとした汁が溢れてきたなら、それを塗り広げるように、指で作ったリングで亀頭をクポクポと往復する。
「あ……ふぁ、夏油様……すごく……」
「んっ……すごく……?」
「い、いやらしい……です」
「はは……」
笑いながらも、限界はすぐに訪れた。
「、目を閉じて」
「んっ……!」
肉茎が白濁を通すためだけの管のようになって、の顔に汚穢を振りかけた。一度太い線が鼻筋と眉の間を汚し、追い打ちをかけるように細い飛沫が頬や睫毛に飛んでいく。
「あぁ……」
その光景を見て、さらに淫らな欲望が掻き立てられるのだからたまったものではない。
「あ……ふ、夏油様……」
だがこの状態の彼女に無理をさせるわけにもいかなかった。
「すまないね……今拭いてあげるから」
「い……いいえ、顔は、このままでも……」
「はは、かぴかぴになっちゃうよ」
「なっても……ん、かまいませんわ」
自分でも頭が悪いと思いながら、夏油はの意見を尊重しようと考えた。
顔に近づけていたウェットティッシュを遠ざけて、そのまま下腹部を拭きあげる。
「んっ……!」
そのまま新しい紙おむつをあてて、ぴったりとテープで固定した。
「ここにいるよ。用ができたら呼んでくれ」
「…………はい」
もうは、帰れだのとは言わなかった。
夏油が自分の恥ずべきところまで愛してくれる男だと知って、安堵したようでもあった。