パンセ





ちゃん!」

ばたん、と大きな音を立てて木製の扉が開く。同時にその上部にくくりつけられたベルが派手に鳴って、観音坂独歩はとたんに自分のしでかしたことを恥ずかしく思った。
しかしそんな独歩を、教育されきった喫茶店のウエイトレスはうやうやしく出迎えた。おひとり様ですかと訊ねられて、人と待ち合わせしていますと答えれば、ほんのわずかに羞恥心が和らぐ気がするし、逆に自分が先ほど叫んだのは待ち人の名前だったのだと知られてしまって、さらに恥をかいているような気もする。さておき落ち着きを取り戻せない視線を店内にさまよわせると、独歩の探していた少女はあまりにあっけなくそこにいた。

この喫茶店はのお気に入りだった。ケーキがおいしくて、お店の雰囲気がよくて、あとかかってる音楽がね、すごくセンスいいの。そう言って、就職して以来優雅なティータイムなどという文化から遠ざかりっぱなしの独歩に微笑んでみせる。ふたりの待ち合わせ場所はいつもここだった。
独歩にとっての気がかりは、自分とこの少女は周りから見てどんな関係だと思われているのかということだった。このくたびれた、もはや中年と自称しても冗談でもなんでもない男と、若々しくうるわしい美少女の組み合わせは、ひどく不釣り合いなものとして他人の目に映るのではないか。
ただ若く愛らしいというだけではなく、は服装の趣味が独特だった。少女趣味を凝らしたネグリジェのようなワンピースの裾から、彼女の細さをちっとも隠さない極薄のストッキングを穿いた足をのぞかせて、つま先にはバレリーナが履くような変わった靴を身につけている。
こういうファッションをゆめかわいいとかなんとか言うらしいというのはあとから知ったが、とにかく可憐で、ただでさえあどけないをさらに幼く見せる装いなので、独歩としてはこうして待ち合わせしたり、一緒に街を歩いたりすると、周りの視線が気になって仕方がなかった。親戚だとか、歳の離れた恋人だとか、そんな好意的に解釈してくれる人がどれくらいいるのだろう。もっと言えば、ロリコン趣味のエンコーおじさんだと思っているヤツはどんなに多いのだろうか。

しかし、独歩にとってとの逢瀬は癒しだった。
独歩が現れても特に焦ったふうもなく紅茶を飲んでいく彼女にあわせて飲み物を注文し、向かいの席について愛しい天使の姿をちらちらと盗みみる。今日もかわいい。涙まで出てきそうになる。
この子と会うと、きつくてつらくて苦しい労働がすべて報われたような気持ちになる。
その感激をどうにか伝えようと、独歩は喋り始める。どうにかこの娘の歓心を買おうと、楽しいティータイムにしようと話題を探すが、そもそも日がな仕事に明け暮れている彼の周りに、若い女が喜びそうな話題などあろうはずもなかった。
その焦りと持って生まれたネガティブシンキングで、気がつけば自分の失敗について語りだしている。やめなければと思うのに止まれない。悪い方向に精神が加速していく。

「ねえ、独歩くん」

しかしやはり、は女神なのだった。

「その話、長くなるう?」

ああ――独歩は打ちひしがれる。俺はこの子のいいなりになるために生まれてきたんだ。

飽きちゃった。そろそろ行こっか」

独歩が自分の飲み物をまだ二口しかすすっていないこともわかっていて、だというのになんの頓着もなくは席を立つ。
独歩は当たり前のように伝票を掴んで、レジの前で立ち止まりもしないを視線で追いかけながら大焦りで会計をすませた。

雨の日だった。フリルのあしらわれた白い傘をくるくる回して歩くの後ろを、独歩は猫背になりながらついていく。行き先は彼女の部屋だった。ぱっと見では高校生、いや、もしかすると中学生にも見えるだったが、今年から大学に入って一人暮らしを始めたそうだ。

ピンクのビーズでできた暖簾のようなもの、額に入れられたアニメっぽいうさぎの絵、特に使い道もなさそうなのにいくつもぼこぼこ重ねられたパステルカラーのクッション。の趣味を体現したような部屋だった。独歩は女の子の甘い香りがするこの空間に入り込む自分の異邦人ぶりが、それはそれで好きだった。

「独歩くん、今日もよくがんばったね。いい子いい子」

この小娘はまだ社会の酸いも甘いも知りはしないのだ。そんな子にこんなに上から目線で、したり顔で褒められることがどんなに心地いいか。溺れたくなるか。泣きわめいてすがりつきたくなるか。

「今日もちゃんと写真送ってきてくれて、嬉しい。お昼休みのいい時間つぶしだもん」

は笑顔でスマートフォンを操作した。メッセージアプリの、独歩とのトーク画面が表示された。
『今日も会社のトイレでちゃんを想ってシコシコしました』
そんなあまりに情けないメッセージと共に、洋式便器の中にへばりついた白濁の写真が載っている。ぞくぞくする。当然それは、今日の昼間に独歩がに送信したものだった。
貴重な休憩時間をこんなことに使うことの、いや、使わせてもらえることのありがたみに独歩は心酔する。だって、なんにもなかったらただの休み時間だもんな。ちゃんが命令してくれるから、スリリングなセンズリチャレンジタイムになるんだもんな。

「今度は個室じゃなくて、おしっこするほうでがんばってほしいな」
「え……それは……他の社員に見つかるから……」
「なに言ってるの? 独歩くんはそれがいいんだよね。見られちゃうかもしれないって思いながらするのがたまらないんでしょ?」
「うう……」
「隠したってむだなんだよ。は独歩くんの恥ずかしいクセも、引いちゃうような願いごとも、全部全部知ってるんだもん」
「あ、ああ……」

この世に神の仕業があるとすれば、という少女を造ったこと、そして自分と引き合わせてくれたことだと独歩は思う。
彼女の目の前にいるとき、あるいは彼女に命じられたことに縛られているとき、独歩は誰よりも自由だった。
独歩くんはの言うとおりにしていればいいんだよ……そう言われたとき、あまりのことに涙さえ流した。自分が求めていたのは世界の破滅でも会社の爆発でも上司の死去でもなく、ただこうして肯定されることだったのだ。わずらわしい社会のルールから解放され、かわりにというあまりに甘美な鎖に縛られる。俺は自由になった。そして自分から望んで縛られにいく。その意識は、独歩をありとあらゆる苦痛からときはなった。

「じゃあ、今日もいい子だった独歩くんにご褒美をあげなきゃね」

そう言ってがベッドの端に置かれたポーチを手に取るのを、独歩はぞくぞくしながら眺めた。
とは肉体関係にあるが、一般的な性行為、つまり膣穴に陰茎を挿入して射精するということはしたことがなかった。
いつもが独歩に恥ずかしいことをさせ、それをこなせた褒美として彼女の秘唇にわずかに舌や口で触れるのを許されているだけだ。
そしての要求は日に日にアブノーマルさを増していく。
――独歩くん、おチンポの皮をめいっぱい伸ばして先っぽを隠しちゃってよ。できたら根本まで剥くの。二十回繰り返して、射精できたらご褒美あげる。
――今日はうつ伏せになって、ベッドに擦りつけてみて? のお布団汚すの許してあげるよ。
――、お尻で感じる男の人が好きだなあ。お尻のなかをちこちこされてイッちゃう人って、最高にみじめでかわいいよね。独歩くんはそうなりたくないの?
そんな命令に従い続けて、独歩の肉棒の包皮は当初に比べて明らかにだるだるに伸びていたし、うつ伏せオナニーという禁忌に触れたせいで普通の摩擦で射精することが日々難しくなっているのを感じるし、前立腺の開発のしすぎで、最近は座っただけで会陰がそわそわする。
若干後悔もある。しかしそれは、かえって独歩の心を満たした。取り返しのつかないものと引き替えに快楽を得ていると思えば、救済と同時に破滅願望までもが叶えられる。

「ほら、独歩くん。お勃起は?」
「は、はい」

最近ののお気に入りは、さらに危険度が高いプレイだった。けれども独歩にあらがう術があるはずもない。現にに言われるまでもなく、独歩の股間はがちがちに張りつめていた。
スラックスと、その下のボクサーを脱ぎ捨てて、屹立した肉茎をの前に晒す。

「も、もう、こんなに勃起してます。ガマン汁も、だらだら溢れてて……」
「ふふ! いい子だね。いつから大きくしてた?」
「喫茶店にいたときから……」
「ふうん、変態さんだね」
「は、はい……お、俺は、救いようのない変態です……」

きわめて情けないことを言わされるとき、股間からこみ上げて背筋を突き抜けていく快感は、もはやひとつの反射として独歩の精神に刻み込まれていた。最近は言うことを想像しただけで、溜まった精液が射精管を通り抜けそうになる。

「本当にね。もう独歩くんのおチンポの入り口、ぱくぱくしながらのこと待ってるよ。独歩くんからは見えないから残念だよね」
「うう……っ!」

見えはしないが、感じる。鈴口がぶるぶると震え、先走り汁を垂らしながら勝手に浅く開閉している。

「くす、お待ちかね。独歩くんのおチンポ穴に、今日も気持ちいいのを入れてあげるからね」

そう言ってがポーチからなんの変哲もないヘアピンを取り出したのを見て、独歩はそれだけで射精してしまいそうなほど高揚する。
アメピンだとか呼ばれる、どこにでもある、どんな女性でも持っていそうなもの。しかしがそれを手にするということは、独歩にとって特別な意味を持っていた。

「う……うぅ、あぁ……」
「あははっ! 今、おちんちんがぺちんって。独歩くんのおなか叩いちゃったね。そんなに期待しちゃって。ばかじゃないの。そんなに上向きにされたら入れにくいよ」

そう言ってはぐいっと、独歩の肉茎をなにかのハンドルのように掴んで押し下げた。白魚のような手指が自分の醜いペニスを握っている事実にも大いに興奮するが、独歩にとっても、にとっても本番はここからだ。はヘアピンの背、U字になっている部分を独歩の亀頭に押し当てた。

「あっ……! あ、あうっ……!」

しかし簡単に目当ての「穴」には到達しない。まるで意地悪をするように、はヘアピンでちくちくと独歩の肉茎をつついていく。

ちゃん……焦らさないで……うく……!」
「そんなの、の勝手だよ。あんまり生意気言うんだったら、今日はもうおしまいだから」
「ああっ……! い、いやです。お願いです、最後までして……」
「だから、それもの自由なの」
「あ゛っ?! あっ、あっ、ああぁーーーっ……!!」

さんざん期待した刺激は唐突にやってきた。は独歩の粘液まみれの鈴口をかきわけ、尿道にヘアピンを侵入させた。

「ううぅうぅーーーっ……! い、た……痛っ、あっ、き、きつい……!」
「きつい? そんなはずないよ。最初の頃に比べて、もうずいぶんがばがばだよ? 独歩くんのおチンポ穴」
「そんな……ああぁあっ! あっ、う、動かしちゃ、くああぁあっ!」

の指がゆっくりと前後する。硬いピンを抜き差しして、独歩の尿道を少しずつ、けれども確実に削りあげてゆく。
普段は液体が通るだけの穴に、形のあるものを入れるなんてどうかしている。こんなことを繰り返していたらきっと破滅が待っている。しかしその恐れは、独歩の中で拒絶とは繋がらなかった。
恐怖はあるが、それはそれとして、尿道の開閉運動でペニスの芯が刺激されて得られる強い快感は本物だった。

「あっは……透明なの、ぶじゅぶじゅ出てくる。のヘアピン、追い出そうとしてるよ」
「くぅあっ……あ、あ、ちゃんっ……くぅ、あ、きひぃ、き、気持ち……いいっ……!」

そう、気持ちいい。口にしてしまうともうごまかせない。

「んん……今度はストロー入れたいなぁ。タピオカミルクについてくるような、太いやつ。直接口をつけて、独歩くんのえっち汁を吸ってあげる」
「うああ……! そ、そんなの入れたら……」
「入れたくないの? ストローが入るなら、の指も入るよ。独歩くんのおちんぽ、が直接犯してあげられるのになぁ」
「ああっ、ああっ、あああぁ……!」

その想像はあまりに甘美だった。この穴に天使の指が入ってくるなんて、どれだけ気持ちいいだろうか。考えるだけで独歩の尿道はぎゅるぎゅると震えた。ああ、入れてほしい。どうせこんなの、にいじってもらえなければただ小便を通し、たまに夢精をするだけの筒なのだ。

「い、入れてください、ストローでも指でも……ちゃんに犯されたいっ」
「どこを?」
「ち、チンポの穴です。今、ヘアピンが入ってるところですっ」
「どんなふうに?」
「め……め、めちゃくちゃにっ。ちゃんの気が済むようにしてください!」
「あはは! いい子だね、独歩くん。ご褒美にうんと奥を突いてあげるよ」

言うなりは、ずぶりとピンを押し込んだ。敏感な粘膜内に異物が入ってくる不快感で、独歩の全身はざわざわと粟立った。けれども同時に、彼女はやはり天使だった。はちきれそうなほど勃起した肉茎を、もう片方の手でぎゅうっと握りしめた。

「あああぁっ! で、出る、れるぅ、ザーメン出るうぅっ!」

外側から握りしめられて、ヘアピンの硬さをいっそう実感したのがとどめだった。腰の奥から一気に熱が噴きあがる。……だというのに、それはヘアピンが邪魔をして正しく放出されない。精汁の束が途中で乱されている。

「う゛ああっ、あ、出ない……あ、あ、出る、ぅあ、あ……!」

とても健全とは言えない射精が起こる。差し込まれたピンの隙間から、どうにか情けない水漏れのような形で精液がこぼれる。

「よくできました。ほら」
「あ゛〜〜〜っっっ! あっ、あ、あ〜〜〜〜〜っ!」

から最後の褒美が与えられる。ヘアピンが一気に引き抜かれ、やっと解放された尿道から一気に白濁が噴出した。

「うぁ……あ……あぁ……」

こんなに気持ちいい射精は二十九年生きてきて初めて知った。やっぱりこの少女は女神なのだ。この俺のほしいものを、最高のタイミングで与えてくれる。
頭の中が真っ白になる。すべてを忘れられる。この少女の前でだけ、俺は俺でいていい。たまらなく情けないこの俺を、彼女はまるごと愛してくれる。そんな幸福感が独歩を包んでいた。

「もう、独歩くんのお射精は部屋じゅう汚すからお掃除大変なんだよ」

そう言いながらも、あどけない顔には美しい笑みが浮かんでいる。

「独歩くんすごくかわいかったから、今日もに触っていいよ」

そう言われると、まるでもうパブロフの犬だった。射精したばかりの肉茎がすぐに硬さを取り戻し、また腹を叩く勢いでいきり立つ。

ちゃん……ちゃん、ううぅ……」
「くす! 泣くほどうれしいんだね。独歩くん……」

愛していますと言いたくなって、けれどもそれは女神に対してあまりに不敬である気もして、独歩はただ咽び泣いた。


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