アストライアーの手
その日の帝統は、との間にあるよくわからないものをリセットするために高度な駆け引きを行うことを胸に決めていた。
よくわからないものとは言うが帝統の中では呼び名が決まっていた。すなわち「パワーバランス」である。自分と恋人との。
「おいしかったぁ……ありがとうね、帝統。本当にいいの?」
「いーってことよ。昨日はひさびさに気持ちよく勝ったしな!」
昨日得た泡銭を持って、をレストランに連れて行った。大通りから外れた雑居ビルの二階にある、俗な言い回しをするなら隠れ家的な店だ。年季の入った外観に反して、店内に足を踏み入れるとなかなか洒脱な雰囲気だった。普段食というものにあまり固執せず、かつ贅沢に外食などする金を持たない帝統からすれば縁遠い場所だったが、乱数に教えられていたのだ。
ここ数日二人の間に漂っていた不穏な気配を消し去るには、そこいらのファミレスではいけなかった。シャレた店でいくら手が込んでいるとはいえ割高な気がしなくもない飯を食わせてやることが重要だった。
要約すれば帝統はここ数日でに何度も金を借りた。普段はこの女からの借銭はできるだけ避けている。最後の最後、他に頼れるもののなくなったときにすがりつくだけに留めたい。
というのも、帝統はのことをそこそこに好きだった。愛していると言っていいだろう。派手な美貌ではないが親しみのもてる、かわいらしい顔。細かいところで気の利く、家庭的でいい娘だった。なにより身体の相性が最高だった。洗っていない男の肉体が好きという理解に苦しむ嗜好を持ってはいたが、その奉仕の手腕は今まで触れ合ってきた女の中でも最上級だったし、足の間に隠し持っている粘膜はとろけるような感覚を持っていた。とにかく帝統の身体と「合う」のだ。帝統はこの女をできれば手放したくなかった。こんな風に執着するのは自分らしくないと思うのだが、離れたくないものは離れたくない。
であれば無心は避けるべきだった。金の貸し借りが男女関係をおかしな方向へネジ曲げてしまうというのを、帝統は若いなりに身を持って知っていた。金銭がらみのトラブルは、人間関係をどす黒く醜く変質させていく。
けれども仕方がなかった。数日前朝起きると、帝統は天啓を得た。今日は「出る」。今すぐスロットマシーンに向かえとなにかが告げていた。しかしポケットには小銭すらない。にっちもさっちもいかないので、隣で寝ているを揺り起こして5万ほど貸してくれと頼み込んだ。低血圧の彼女は、多少ぶすっとした顔をしながらも戸棚から封筒を取り出して言ったとおりの額を差し出してくれた。
だがその日の帝統は惨敗した。にあわせる顔がなかった。が、金を借りた日はどんな結果であろうと彼女の部屋に戻った方が、最低限の心証を損ねない。
「すまねえ」
そう言った帝統を、は困り笑顔で迎え入れてくれた。
その翌日、昨夜から続く負の「ケ」を振り払うべく帝統は再び賭博に挑まねばならないという気持ちで満ちていた。ここで逃げたらもう俺の中で負けを返上できない。負け、そしてリベンジせず逃げたという敗北感が将来つきまとう。絶対勝たなきゃならねェ!という気持ちがマンマンだったが元手がなく、仕方なく、本当に仕方なくまたから5万借りた。生活費おろしてこなきゃ……という、ちょこっと恨みがましい声が聞こえた。結果帝統は再び負けに負けた。
けれどもまたその翌日、つまり昨日、帝統は再び天啓を得た。今日こそ出る。そんなわけで本当に仕方なく、仕方なくに再度の借銭を申し出た。今度は少し遠慮して3万円と言ったところ、逆に心配されて「足りるの?」なんて返されてしまった。
……が、その表情にはどこか、帝統を軽蔑する色が浮かんでいるような気がしなくもなかった。そんなことを気にしてはいられないので、ひとまず3万借りて家を出た。
結果大当たりを引き出した。
大喜びで、ひとまずに借りた金を現ナマ返済した。そこですべてが解決というわけにもいかないのが人間というものの難しさだった。
いい気分の帝統がを抱き寄せると、はいやいやをするようにかぶりを振った。
「ごめん、あれがきちゃったからできない」
あれというのが月経のことを指しているとすぐ理解したが、同時にそれがウソであるということも察した。が引き出しに隠してある経口避妊薬の残りからして、月のものはまだまだ先のはずだった。つまりは、帝統を拒んでいた。
これはまずいことになったと帝統の焦りは大きくなった。
普段のは、帝統の横暴さを喜んでいる。乱暴にことに及ばれようが、口では嫌と言いながらも下は大洪水だ。そのが帝統を拒むとすれば問題は気持ちのほうにある。連日金を借りたことで彼女の中で帝統の好感度が下がっているのは明白だった。間を空けずに金が戻ってこようとも、すり減った心証は回復しないのだ。
普段形成されている
生活貢献度:>帝統
肉体支配度:<帝統
相手好き度:>帝統
のパワーバランスが揺らいでしまうと、帝統は生活能力がないくせしてイバリくさってオラオラセックスを行うヘドが出る最低男と化してしまうのだ。
なので、失った信頼と威厳を取り戻すべく帝統は動いていた。夕飯を奢るのは第一段階だ。
「…………」
計画はまずまずうまく進んでいた。そういえば帝統がご飯に連れて行ってくれるなんて初めてだね、とは感激していた。しかし本番はここからだ。ただ一食振る舞っただけででかいツラをしていては、の心は取り戻せない。
「なあ、ちょっとこっち来いよ」
駅に入り込んだところで、の腰を抱く。ちょうど帰宅ラッシュの構内は、それくらいの距離感でもさして浮くことはない。
「今、どんなパンツ穿いてんの?」
「えっ?!」
急に距離を縮めた帝統に戸惑うの耳元でささやく。どきりとした様子で帝統を伺うは、やがて昨晩ついた杜撰な嘘を思い出したようだった。
「せ、生理だから……地味なやつ……」
「ナプキンのハネが脇から出てんの?」
「やっ! そ、そんなこと……」
の顔がぼっと赤くなる。帝統がよからぬことを考えていると察したようだった。いい手応えだ……なんて帝統は思う。きっと満腹が彼女の中の不信を和らげてくれているのだろう。
「見してみろ、ここで」
「こっ、ここで?!」
細い身体を物陰に引っ張り込む。駅ナカの飲食店の裏側で、ちょうど人ひとり押し込めるくらいの幅があった。
「早くしろ、おら」
「へ、変だよ帝統……どうしたの……」
の視線が左右に泳ぐ。動揺と、嘘がばれるかもしれない緊張と、そしてわずかな期待で落ち着かないのが帝統にはっきりと伝わってくる。
「生理だから……見せられないっ……」
「見せるくらいはできんだろ?」
「やだ、ナプキン恥ずかしいから!」
「恥ずかしいのがイイんだろうがよぉ」
「……う……うぅぅう……」
そう。このパワーバランスが望ましいのだ。押して押して押しこくって、この女を支配しているのが誰だかわからせてやらないといけない。文字通りのセックスアピールで、この女を再び恋に落としてやらねばならない。
「……っ、ううぅぅっ……!」
やがてはスカートを小さくまくり上げた。足の間の三角の布がちらりと見える。薄ピンクのつるつるしたそれの脇や裏側に、彼女が言うような経血を受け止めるものはついていなかった。
「してねんじゃん、ナプキン」
「そ、それは……うぅっ」
「ウソかよ。このウソツキ女。ヤリたくなきゃはっきり言えばいいだろー?」
「だって……なんか、言える雰囲気じゃなくて……」
「そもそもなんでヤリたくなかったんだよ」
「……最近、帝統、勝手すぎるから……」
「ふーん」
いい調子だ。不満など、自分から口にさせてしまえばしめたもの。胸の奥に溜めている状態が一番不健全なのだから。
「ナプキンつけてねーならもっと見せろよ、もっとまくれ」
「もういいでしょ……! ひ、人に見られちゃう! 気づかれちゃうよぉ!」
「平気だって、見えやしねえって」
帝統的に非常に高度な心理戦をさておくと、恥ずかしがりながらパンツを見せてくる彼女というのはとても煽情的だった。ズボンの中で肉茎がずきずきと興奮を訴えかける。
「いや……いやだよ……」
「ふーん……それじゃ、帝統大好きって10ぺん言えたら下ろしていいぜ」
「な、なにそれ……」
「言えないならずっとそのままでいろよ」
「うぅうぅぅっ……! だ、だいす、大好き……」
帝統、大好き。帝統大好き。はたどたどしく繰り返す。こうして彼女の中に刷り込んでいく。あるいは胸の内にあって、少し見えにくくなっているだけの恋慕を引っ張り出す。
「……帝統、大好きっ! 10回言えたよっ、もういいでしょ!」
「よし……んじゃ、パンツ脱げ。俺によこせよ」
「え……?!」
しっかり言わせたところで畳みかける。考えさせないスピード感が重要なのだ。
「なんせウソついてたんだからよ。パンツ没収くらいのことはしないとな」
「無理、無理……! こんなところで脱げない……!」
「サッとやっちまえばいいだろ」
「ううぅううぅ……うううぅうぅぅ〜〜〜っ……!!」
は帝統越しに人の行き来の激しい通路を見渡した。けれどもやがて諦めたようにかがんで、まずは履いていたパンプスから足を浮かせた。短い靴下が露わになる。
「見られちゃう……無理ぃ……!」
そう言いながらもしゃがみ込んでスカートの中に両手を入れてもぞもぞ動かす。やがてねじれたピンクの下着が、膝あたりまで降りてきた。
帝統はその様子を無遠慮にニヤつきながら眺めつつも、さりげなくに覆い被さるようにして通行人の視線を遮断する。与える必要があるのはスリルのみで、実際に愛しい女を衆目に晒すことはない。
「うぅ……ぬ、脱げたよ……」
やっとの思いで脱ぎ終えたショーツを握りしめ、おずおずと帝統に差し出してくる。ほんのり肌の温もりが残るそれを受け取って帝統がまずしたことは、クロッチをむき出しにして鼻先を押しつけることだった。
「ばっ! いや! 嗅がないで!」
悲鳴を無視して呼吸すると、ほんのりしょっぱい香りが漂ってきた。股間にさらに血が集まってくる。ここが駅の構内でなければいますぐ犯したいところだ。
「じゃ、行くか」
「え……?!」
「ずっとここにへたり込んでるわけにはいかねーだろ」
ピンクの布地をポケットにしまい込み、再びの腰を抱く。そのまま歩き出す帝統に、は致し方なくかへなへなと従った。
電車の中でたっぷり尻を撫でてやり、押しに弱く淫乱なの淫欲をこれでもかと煽った。
シブヤに降り立つ頃には、の腰は砕けそうになっていた。もう自宅まで持たないだろうが、それは帝統も一緒だった。彼女の手を引き、目についた公園のベンチに手を突かせる。
「ああくぅ……だ、だいすぅ……」
スカートをまくり上げると、秘唇はすっかり濡れて開いていた。片手でズボンとパンツを一緒に降ろし、引っ張り出した肉茎を押し当てながら尻たぶをつまむ。
「これが好きだもんな」
「んんっ……!」
膣口にほんの浅く亀頭を押し込むと、にちゅりと粘膜が馴染んでくる。この熱が欲しいと吸いつくようだった。ひと思いに貫いてやりたい想いをどうにか押さえつけ、帝統は余裕を取り繕う。
「昨日はソデにしてくれたよなぁ、おい」
「うぅ……だ、だって……」
「寂しかったよ」
これが重要なのだ。スイカに塩をかけるように。横暴さの中にほんのりと甘ったれた自我をきかせて、の母性を引き出す。この男のわがままを受け入れるのは快感を伴うことだと、しっかり教え込まないといけない。
「お前にフラれちまったら、俺はどーすりゃいいんだよ」
「そんなの……んんんっ! あっ、いや、だめ……!」
入りかけた肉茎をそっと粘膜から離すと、未練がましく尻が揺れる。
「昨日は、ほんとうに……んんっ!」
「ホントに?」
「うぅうぅぅっ……私、なんか、おかしかった……ちょっと、帝統のことキライになりかけてた……でも、ほんとに、昨日だけだから……!」
「今は?」
「す、好きっ……帝統、好きぃ……! だから、ね、おねがい……はやく……!」
その懇願を心地よく聞きながら、帝統はゆっくり腰を進めた。小さくまとまっていた膣口を押し広げ、至高のうねりを持つ粘膜の中に入り込んでいく。
「あああぁあぁっ……アッ、アッ、うくぅっ、入ってくるぅ……!」
が腰を高く突き出す。両足をぴんと突っ張らせて、挿入の激感に震え上がっていた。
「くおぉ……マン肉が吸いついてくんぞっ……」
「ひぃっ、いひ、あっ、だって……んんっ! 帝統が焦らすからぁ……!」
「へへ、まあそりゃそうだな……こんなドスケベまんこは焦らしプレイなんか向いてねーよな」
言いながら腰を使い、の中をまんべんなくかき回す。きゅうっと締まる膣口も、幾重もの突起でざらつく天井も、帝統を求めて降りてくる子宮も、すべてをひと思いに刺激していく。
「あはぁ、はあぁあっ、おまんこ、イイッ……! だいひゅ、あっ、だいひゅ、大好きいいいっ」
膣壁にペニスを舐めしゃぶられている。この自分との相性が最高に抜群な肉穴は、どこまでも貪欲に帝統を求めてくる。
「はぁ、お前はよぉ、犬みてぇに後ろから突くといい声しやがんよなぁ! いっつもいっつもよぉ!」
たまらない快感を与えてくる粘膜のなれ合いへ、照れ隠しをするようにをなじる。けれどもそのたびに彼女のマゾ膣はきゅうきゅうと震え上がるのだから、帝統は気持ちよさに何度も歯ぎしりした。
「いく、帝統ぅ、おまんこイッちゃうぅっ! だめ、がまんっ、できないひぃいいぃっ……!」
「我慢なんかいいだろっ……おら、イけっ、みっともねぇまんこアクメ見せろっ!」
「ひぐぅ、ひぐっ、イッぐうぅううぅーーーっ!」
パァン、と尻を叩いた瞬間、の腰が跳ねあがった。同時に粘膜がぎゅうっと、肉茎を絞るように締まる。
「う、くぅ……出すぞ、おぉ、おぉ……!」
帝統もまた強い快感に背筋を震わせながら、の中に精を放つ。陰嚢の中で蠢いていた快楽が、肉茎を通って何度も何度も出て行く。そのすべてをの子宮に注ぎ込んでいるという満足感が、帝統を支配していく。
「あっ……ふぁ……あぁ……は……ああぁあ……」
「はぁ……おわ、おい、大丈夫かぁ……?」
の口からうっとりした吐息がこぼれ落ちる。そのまま崩れ落ちそうになる彼女の腰を、帝統はどうにか支えた。
「んふ……だいしゅ……らいしゅき……」
そして、自分の計画の成就にこっそりほくそ笑む。