たたなづく





益田はその日、が着てきた服に目を奪われた。
が自宅を訪れるというから汗をかきながら掃除を済ませ、この文化住宅への道を知らない彼女のために待ち合わせ場所を設けそこに向かったのだが、 は益田より先に着いていた。

「わあこれは さん、お待たせしちゃいまして。今日も…」

お美しいですねなんていう、否、断じて嘘ではないが深く考えているわけでもない、いつもの軽薄な軽口を挨拶に交えて転がそうとしたのだが、振り返った の姿を見て益田は石になった。

襟ぐりの深く開いた白いシャツだった。通常ならボタンが二つほど閉めてあるだろう首、鎖骨のラインは開放的に丸見えで、注意深く観察するに元々ボタンが閉じない、存在しない意匠なのだ。
鎖骨の下には胸の谷間があって、僅か、ほんの僅かだがシャツから覗いていた。小指の先程度のささやかさ。けれども益田はそれに釘付けになった。
シャツの下はなんてことない、いつも通りと言っていい長めのスカートだ。色も控えめな紺色。 の地味さを体現したかのようだ。
だから、だからこそ胸の谷間は異質だった。何故なのか。益田の頭の中は疑問で一杯になる。
何故 はこんな服を纏って待ち合わせに赴いたのか。真逆自分を喜ばせるためだろうか。……益田はの前でそんな、開放的な衣服の女が好きだなんていう素振りを見せた覚えはなかった。
一般的に好きだとされている?それも真逆。の職業は男の欲望と密接に結びついているものだ。そんな中でも胸の谷間が見えるような服というのは露出狂か色狂いが男に「させられる」もので、真っ当な女が素面でするものではない。だってそれを解っているはずだ。では何故。
疑問の後に益田の思考は、自分がここへやってくるまでのことを想像する。
道行く者がみなの谷間を見たのではないか。は、自分の恋人は、つかの間衆人環視で晒し者となっていたのではないか。

「あ…ああ、あああの、そ、それじゃあ……」

しかしその思考を口にできるわけもなく、出るのは曖昧な言葉だけだった。
は益田の手を握った。いつものの手だ。温かくて柔らかい。だがだからこそ益田は、余計にの服装を意識してしまう。
はいつもと同じ。普段通りの自分の恋人だ。格好だけが違う。開かれた襟だけが。


「ど、どういうつもりなんです」

結局益田はこらえきれず、自宅に辿り着いたところでそう言ってしまった。

「なにがです?」
「その……胸の開いた服ですッ」

ビシリと指を差すと、は自分の胸の谷間を覗き込むように頭を下げ、そして何事もなかったように上げて益田を見る。

「……どうですか?」

そのうえ、少し照れ臭そうな顔で益田に問うてくる。

「どうって…」

があまりに悪びれない顔をするので益田は言葉に詰まる。

「き、訊いてるのは僕です。どうしてそんな恰好をしてきたんですか」

それでもなんとか言い返すと、は自分の……わずかに覗く谷間の前で、両手の指をちまちま動かした。

「龍一さんが喜んでくれるかと思って…」

いや、いやいやいやいや。

「喜びませんよっ!いや、そりゃあさんの扇情的な恰好が見られるのは嬉しいですけどね、そんなのは…そんなのは」

再び言葉に詰まる。

「そんなのは……僕の前だけでしてくれるから、嬉しいのであって……」

どうにか思ったことを最後まで告げるが、反動で益田の中には羞恥心がこみ上げて仕方なくなった。独占欲の主張のようで恥ずかしいのだ。

「…嫌だった?」
「……嫌でした」

顔を覆いながら言うと、は何故だか頬を綻ばせた。

「龍一さんが喜んでくれればそれでいいし、やきもち焼いてくれるならそれもいいかなって思って……」
「や、ヤキモチって」
「だって…見たかったんです。嫉妬したりする龍一さん……」

そう言われてしまうとどうしようもない。益田は自分の純情が弄ばれたような気分になったが、不思議と傷ついてはいない。

「男の嫉妬なんてみっともないだけでしょうに」

呟きながら、に触れる。
谷間が覗く胸元のボタンを、ひとつずつ外していく。

「あ…ん…っ!」
「こんなのを、何処の馬の骨とも知れない連中が見たって思うと……」

嫉妬してしまう。
の思惑通りに。
最後のボタンを外し終えシャツをはだけさせると、清楚な色の下着が覗く。それを外す手間がなんとなくもどかしく思えて、益田は隙間から手を入れた。
指が滑らかな肌と体温に触れると、どうしようもなく腰の奥が疼いた。

「……さんは恥ずかしくないんです?僕以外に見られても」
「は…ずかしいけど…でも、それより……」

益田の反応が気になったと言うことなのだろう。

「そりゃあもう、物凄く嫉妬しますから。だからもうこんなの、外で着ちゃ駄目です」
「わ、わかっ…んっ…!あ、あっ…ああっ……!」

乳首を摘むと、が小さく震える。益田の指に合わせて身じろぎして、可愛らしい声をあげながらさらなる刺激を求める。
……そうだ。この恋人のこんな可憐で淫らな姿は、自分だけのものにしておきたい。
普段は好意を抱くのにさえ臆病で、引け目を感じるのが益田だが、今は多少気が大きくなっている。目の前の存在に対する支配欲が優った。

「あ…し、下は…っ……んくっ、だめっ」

スカートの奥に手を伸ばすと、本気ではない拒否をされる。それでも太ももをなぞってからゆっくり触れると、湿った布の感触があった。

「すごく濡れちゃって…恥ずかしいからっ……!」
「ん…嬉しいですって。恥ずかしがることないです」

は、自分の恋人はどこまでも敏感だ。地味な見た目からは想像もつかない強い色欲と、快楽に弱い肉体を持っている。益田はそれが愛しくてたまらない。
少し前まで女性の身体というものに全く触れたことのなかった益田の愛撫で全身を打ち震わせるのけなげさが可愛いのだ。卑屈な益田が、まるで自分が床上手になったかのような錯覚を抱くほどだった。もちろんただの錯覚だと、すぐに己を律するが。

「あはあぁっ…!弱いところ…んっ、そんなにぃ……!」

粘膜の頂点で尖る肉芽を撫でる。溢れた愛液を指ですくって、その粘りを使いながらゆっくり充血させていく。
すでに益田の肉茎は下着が窮屈なくらい熱くなっていたのに、の粘膜に触れているとまだまだ先にも興奮があると思い知る。どこまでも昂ぶっていく。

さん……入りたいです」
「く、ふぅっ…あ、私の…中に……?」
「……いいですか?」

まだ指で慣らしてもいない。少し粘膜の表面に触れただけなのに、欲ばかりが先走ってしまう。そんな自分を恥じもするが、けれどこのままでいてはの中に入る前に精をこぼしてしまいそうだった。

「いい…お願い、中に……」

そしては、そんな益田を受け入れる感じやすさと愛欲を持っている。すぐさま繋がりをおねだりして、潤んだ瞳から涙を一筋こぼしてみせる。

「い……きますよ、くっ…」
「あぁ、ああっ…ああああっ……!」

益田の熱が、の秘唇を割り開く。わずかな抵抗を腰を押し進めて支配してしまえば、あとはただただとろけるような痺れがあるだけだ。

さん……さん、さんっ…!」

呆けたように何度も名前を呼ぶ。

「龍一さんっ…りゅういちさん、りゅういち…さんっ……」

応えるように、互いのいびつさをぴったり埋め合わせるように、も益田を呼ぶ。
益田はの深い膣の中の、突起が密生したような感覚の場所が好きだった。肉の先を押し付けたときの快感はもちろん、そこを圧されたの反応がたまらないのだ。

「あっはああぁっ!そこっ、そこ、だ、だめなのっ…あ、いやあっ、いや、いやあぁっ……!」
「嫌なんです…?こんなに熱いのに…」
「あ、熱い…けど、いい、けどぉっ…!き、気持ちよすぎてだめぇ……おかしくなるうぅっ…!」

必死の顔で嬌声をあげながら追い詰められていくが愛しいのだ。
普段は己の欲を肯定することも思い悩むほど卑屈な益田なのに、このときばかりは少しひどい男になってやろうと息巻いてしまう。もっとを追い詰めたいと思ってしまう。

「ひっ、いっ、いっ…く、あ、龍一さんっ…わたし、いっ、あぁっ、うっ、くうぅっ……!」
「…いきそう、ですか?」
覚えたての責め文句を囁いてやれば、は何度も何度も頷いた。

「で、でも一緒がいい…っ、龍一さんといっしょ…が、いいの…!」
「大丈夫……あ、僕も、ですから…っ!」

絶頂に追い立てられながらそう言うと、が益田の腕を強く掴む。

「りゅうっ、いち、さんっ…もうだめ、あ、私っ…もう、あ、ひっ、いいっ…く、いく、いく、いく……っ!!」

益田が無言で頷くと、その下での身体が狂おしくうねった。同時に粘膜も締まり上がって、益田の熱を絞るように収縮する。

「くっ…あ、さん…中に、あ、い……き、ますっ…」
「あっ、あ……っ、くっふ、中ぁっ、あ、あぁーっ……!」

熱が弾ける。腰の奥にあった欲望が出口を見つけて一気に迸り、の中に注がれていく。

「はぁ…あっ、なかで…震えてるの、わかるぅっ……!」

未だに健気な震えを繰り返すは、益田の絶頂を感じ取って短く叫ぶ。
やがて互いの呼吸が少しは整ってくると、益田の頭の中にはたまらないほどの愛しさが飽和する。

さん……」

抱きしめながら、唇を唇に押しつける。
はそれをうっとりした顔で受け入れて、口腔の中で舌をせがむ。

「あ…の、ですね」

充分に口づけを味わったあと、益田はふと沸き起こった欲を言葉にしていた。

「つ…次は、そのシャツを、着たままでお願いしても……?」

は目を丸くしたが、すぐに弛緩して微笑んだ。

「…もう。なんだかんだ言って、気に入ってるんじゃないですか」



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