臆病者の夜
は益田龍一を貪っている。
場所はすっかり定番になった駅沿いのアベックホテルだ。
珍しく洋風なベッドのある部屋に案内されたと益田は、恥も外聞もなく絡み合った。
「んんっ…!」
見つめ合いながらふたりで果てたあと、ベッドの縁に腰掛けた益田の足の間に座り込んだは、文字通り益田を貪った。
再び熱を持った彼の肉に舌を這わせ、唇で挟み、時には喉の動きを利用して刺激する。
「んっ…ふ…」
声は益田のものだ。の愛撫を受け、熱っぽい呼吸とかすかな声をこぼす。
「さん…あ、なんだか…これ、馬鹿になりそうです……」
「ふっ…いいれす、よ…ばかになって…んうっ…!」
「しゃ、喋らないで……!」
益田の肌よりも粘膜に近いそこを、丹念に舐め倒す。
ねっとり舌を絡ませ、隅から隅までねぶる。
「…………っ」
そんな最中だというのに、ふとの心に影が差す。
……このような行為に耽るのは、益田が初めてではなかった。
昔付き合っていた男に仕込まれたのだ。
だが、今更純情ぶるつもりもないが、はその男に恋心を抱いてはいなかった。それは男だって同じだったはずだ。
「はあっ…!さん…っ」
今こうして益田が気持ち好さそうに蕩けているのだから、そんな技術を得たのも無駄ではなかった。
なかったのだが、は悩んだ。
こんな女が肉茎を貪ったところで意外性も有り難みも皆無であろう、と考えてしまうのだ。
初心で純情で、強すぎるくらいの恥じらいを持った娘がして初めて価値のあるもの。
人間は所詮、古いものと新しいものがあれば後者を選ぶ。
古いものは、余程の付加価値がなければ見下げられる運命にある。
「んっ…りゅういひ、ひゃん…!」
もごもごと口を動かして、彼の表情を伺う。
益田は気持ち好くも恥ずかしいのか、自分の目元を手で軽く覆っていた。
が、ふとその手を解いてを見る。
「さ…ん、ちょっと、待って…」
「んんっ…龍一さん……?」
言われた通り肉茎から唇を離し、益田を見つめる。
「も…もう一度、もう一回…さんと…その、繋がりたいです……」
こと恋愛、性行為に至ってはとことん小心な益田にしては積極的な言葉だった。もちろんに異存はない。
益田の熱から手を離し、再びベッドに上がる。
「…龍一さん…う、後ろから…して」
さっきまで考えていたことが、まだに付きまとっていた。
……こんなことは、きっと初心な娘にはできない。
そう思っての懇願だった。
「い…いい、ですけど…上手にできるかどうか」
「ううん…どんなでもいいから…したいって……」
「じ……じゃあ……」
益田が固唾を飲んで、上擦った声で答える。
四つん這いになったの腰を、たどたどしい手で掴んだ。
「いきますよ…」
「ん…っ、お願い……!」
の腰から片手が離れた。
見えないが、益田が右手で自分の肉茎を掴んだのがわかる。程なくしてその先端が、の粘膜に添えられる。
「ふっ…う、あっ…!」
「わっ…あ…!!」
そのままにゅるりと、の中に益田が入り込む。
「はぁっ…あ、龍一さん…龍一さん……っ!」
が喘ぐ。恥など捨てた声で。
「く…うっ…あ、さんっ…これ、あっ……だ、めです…癖になりそうで…っ」
「な…なって、癖に…いっぱい、して…っ!」
の奥底と、入り口あたりの粘膜が、益田を締め上げるのが自身わかる。
の腰を抱きながら身体を前後させる益田の動きが、次第に早くなっていく。
「んっ、あ、ああっ…りゅういちさん、りゅういちさんっ、龍一…さっ、ん…!」
それに合わせて、も絶頂に突き上げられていく。
「好い…好いです、さん…っ!」
いつもよりずっと興奮した様子で、益田も声を上げる。
「龍一さん…なか、私のなかにっ…!」
の言葉に、益田が頷くのがわかった。長い前髪が揺れる音がしたのだ。
「さ…ん、僕、もう…っ」
「わたしも……あ、私も…っ!」
二人の快楽が重なる。ほどなくしてが果て、それを追いかけるように益田も絶頂を迎えた。
あれだけ官能に浸って汗を流したあとだというのに、の心には再び翳りが訪れた。
「龍一さん……初めての人が、私でよかった?」
「えっ?」
の唐突な問いかけに、益田が肩を跳ねさせる。
「それは…どういう意味で?」
「言葉通り……」
そう言ってうつむくと、益田はさらに狼狽した。
「さんこそ…僕なんかのどこがいいんで?」
「それは……」
は益田の、卑怯で小心者なところが大好きだ。愛しくてたまらない。
ただそれを本人に言うのは憚られる。
「…僕はさんのこと…だ」
「だ?」
「だ…だ、大好き……ですからっ!」
益田の唐突な告白に、今度はが困惑する番だった。
「…それ、それですッ!」
「えっ?」
がついつい視線を逸らすと、益田が突然小さく叫んだ。
「僕に…好きだって言われると、ちょっと居心地悪そうにするのが…その」
「……」
「さんも、僕と同じくらい…臆病なんだって、思えて…」
「そんなこと……」
「変な言い方かも知れませんけど…それが落ち着くんです。それが…好きなんです」
の顔は今や真っ赤だった。首元が火照る感覚まである。
「も、勿論他のところも好きですッ。笑顔がかわいかったり、一寸意地悪だったり…」
「意地悪って…ふふっ!」
はようやく笑った。心の翳りはどこかに消えていた。