蓼食う虫
空が爆発しそうだ。は神田の街を歩きながら思った。
詩的な表現を脳内でこねくりまわす遊びではなく、どんよりした雲が、薄く頭痛を呼ぶ低気圧と一緒にやってきていることを感じたが故だ。
そしてそれは的中した。が目当てのビルヂングに辿り着く頃、空はまさしく爆発したように雨を降らせ始めた。
「さァん、いいところにいらっしゃいましたね」
榎木津ビルヂングのテナントの一つ、薔薇十字探偵社の扉を叩くと、益田龍一がを迎え入れた。
「今日は意味不明なオジさんも、煩い和寅さんもいないンすよ。二人っきりです、さんと僕で」
軽口ながら嬉しそうな彼の様子にも嬉しくなってくる。
「それにしても神田になんのご用で?」
「えっと…龍一さんに、会いたかったから」
照れ臭さからうつむいてそう言うと、益田は面白いくらいに身体を硬直させた。
「い、いやあ…そうなんですかぁ」
うまい返しが見つからないらしく、頬を掻きながら益田もうつむいた。
実際は、益田に会いたくて神田までやってきた。仕事の原稿が行き詰まって仕方なく、いくら考えても筆が進まない。
これはもうガラリと気分転換しよう、と思って最初にひらめいたのが恋人の顔だったのだ。
それを正直に話せば、益田はにやつきを抑えながらいつもの調子で軽口を叩く。
「僕の顔を見てさんの筆が進むなら、穴が開くほど見てって構いませんよ、ええ。なんてったって暇ですからね、依頼もなくて…そんな時間をさんと過ごせるなら、それ以上の幸せなんてないし」
「…ありがとう、龍一さん」
「お礼を言われる程のことじゃありませんよう」
ケケッ、と笑い声。
これは照れ隠しの笑いだな…と浮ついた気持ちになりながら、はふと窓の外に目をやる。
「それにしてもすごい雨ですねえ。暗くなる前に止むといいんですが」
「ええ。こんなに降ったのは久し振りな気がします」
「探偵」と書かれた三角錐のある席の後ろの窓を二人して眺める。
はなんとなく立ち上がって、窓にぺたんと手をついた。
「龍一さんと、雨宿り」
宿りというか、彼の職場にが押しかけた形であるわけだが。
「…雨の日の窓辺って、ちょっと涼しくて、なんだか淋しい感じがしますよね」
雨音がざあざあと部屋に響く。
ふと後ろを振り向こうとすると、いつの間にかの背後に立っていた益田が、その肩を抱きすくめた。
「りゅ、龍一さん…」
普段の彼がしないような触れ方だったので、は驚いた。
人目のない場でふたりきり、という状況が、益田を大胆にさせている。
「これでも淋しいです?」
「う、ううん…幸せ」
肩に回った腕に触れ、は目を閉じる。
すると益田が腕を緩め、片方の手での頬を撫でた。
程なくして唇が重なり合い、は瞼を開いて益田の顔を見たい気持ちを必死で抑えた。
臆病な彼のこと。視線がかち合えば、すぐに照れて離れてしまうだろう。
「そのう……驚いてるでしょ。僕がこんなことをするのかって」
「……少しだけ」
「矢っ張り……ああ、慣れないことはするもんじゃないですね。照れ臭くってもう」
実際に、益田のやや色白な頬は真っ赤に染まっていた。
はそれを見ると少し意地悪をしてやりたくなる。もっとしてくれたっていいのに、と。
そんな思いから、一度は離れた益田との距離を自分から詰める。
「龍一さん…もう一回」
「へっ?」
「もう一回、キスして」
益田の顔はキョトンとしたものから真っ赤に狼狽するものになって、視線が何度も左右に泳いだ。
けれどその後に決意したものか、の望み通りに再び口付けを落とす。
「ん……」
唇が繋がっているうちにがそんな声を漏らすと、益田の肩はわざとらしいほどに跳ね上がった。
けれど離れることはせず、それどころかが仕掛けた互いの舌先をつつきあう行為にも応じる姿を見せる。
いつになく官能的な口付けを交わしながら、は己のいたずら心が、段々と疼きに変わっていくのを自覚する。
「はっ…ふ、り、龍一さん……」
そしての声色や表情から、益田もそれを悟ったようだった。
「え…え、さん、ここ……一応、事務所なんですが」
「……わかってます」
「ひ、人が来たらどうします」
「榎木津さんもお手伝いさんもいなくて、依頼もないって…さっき」
「そ、そりゃそうなんですが」
「……駄目ですか」
益田が息を呑む。喉仏がこれまたわざとらしいくらいに動いた。
「…だ、駄目、じゃ、ありません、よ」
から視線を逸らしながら、益田は振り絞るような声で言った。
「僕だって…さっきので何も感じないほど、鈍かぁないですよ」
でも…と続けたかったのだろうが、その逃げ道はが塞ぐ。
益田の胸に手を当てて、懇願するような瞳で彼を見上げる。
シャツの胸元を開け、下に着ていたものは脱いだ姿で、は応接ソファに半端に横たわる。
上半身と片足だけ乗せて、もう片方の足はその付け根にあるものへ触れられるために床に付けている。
「い…痛かったら、言って下さいね」
前置きがなんとも龍一さんらしい、と微笑ましい気持ちになりながら、はこくんと頷いた。
それを合図にして、に覆い被さる形になった益田の片手が、足の間をまさぐる。
「んっ……!」
もう下着もつけていないのだ。触れられればすぐに熱を孕んだ粘膜に辿り着く。
肉の合わせ目に沿う指の温度に、の下腹はさらに潤んでいく。
「…中に、入れちゃっても?」
「ん…っ、おねがい、します…っ」
の声を聞くと、益田のたどたどしい指がゆっくりと膣口をつつく。
少し力を籠められただけで、湿ったそこはやすやすと彼の指を飲み込んだ。
「はあぁっ…あ、龍一、さんの…ゆび…ぃ……」
「痛く…ない、です、か」
この問いは不安ではなく、気持ちいいですか、と訊けない益田の代替案なのだとは悟る。
「いい…です、気持ち…いいの…」
「……っ」
ゴクリ、と益田の喉が鳴る音が、の耳にまで届いた。
控えめな手つきで入り込んだ指先に籠る力が、少し強くなる。
ゆっくりと愛液を掻き出すように出入りして、の膣壁をなぞり上げていく。
「んんんっ…あ、んっ…龍一さん、龍一さん…っ!」
の昂りは、少し異常と言えた。
場所のせいか、いつもより積極的な恋人の仕草にか。
あっという間に追い詰められて、ぼんやりした頭の中にはうっすらと絶頂が見えてきている。
「んうぅーーっ…くぅ、ふぅっ、だ、だめえっ……!」
「だ、駄目ですか」
「……えっ?」
あと一押しで踏み外す。下腹から上り詰めた快楽が脳を刺す。そんな意識を、急に引き抜かれた指が阻害する。
「りゅ、龍一さん…?」
「あぁ、すみません…その、駄目って」
「い…いえ、その、だめ、じゃ、なくて……」
照れ臭そうで、かつこちらを伺うような顔でジッと自分を見てくる恋人に、はどう言葉を紡げばいいか悩む。
「つ…続けて、ほしいです……」
「…本当に?大丈夫ですか」
「う…うん、大丈夫……」
快楽を逃した粘膜が疼きを訴える。
身体の熱が引き切ってしまう前に続きをして欲しくて震える。
「あ……っ、く…!」
その望みを叶えるように、益田の控えめな愛撫が降ってくる。
ゆっくり差し入れた指を少しだけ曲げて、の中の弱いところを引っ掻いていく。
「ふううっ…あ、りゅ、う、いち、さんっ……!」
「……さん」
のあられもなく乱れた表情を見て、益田の手に力が籠る。さっきと同じだ。
出し入れするペースが上がって、を急き立てるように動く。
そしては、面白いくらいに追い詰められていく。
「あ…っ、あ、あっ……!」
駄目、とは言わないように。
はっきり意識せずにそう自制しながら、鼻にかかった声を上げてしまう。
「ふぁっ、あっ…ん、あっ、あっ、くっ…ううぅっ……!」
「…さん、痛い?」
「えっ……?!」
そして再び絶頂の手前で指を引き抜かれたときに、は益田の意図することに気がついた。
……臆しているのじゃない。私を焦らして楽しんでいるんだ……。
「くっ…りゅ、龍一さん、ひどいっ…!」
「いやぁ、いや…だって、ねえ?」
にやにやしながら、益田の指がの粘膜をゆるゆると這う。
中に指を入れずに、粘膜の頂点で尖る肉芽を優しく撫でる。
それはそれで格別の快楽を伴っての身体をとろけさせるが、それに身を委ねるには、今の恋人のやりくちは狡猾だった。弄ばれたような気分が反抗心となる。
「さんだって…いつも僕に意地悪するじゃあないですか」
「い、意地悪なんて…っ」
「僕が上手に受け流せないってわかってて、人前で急に大胆になったりするでしょ」
「それは…っ、んっ、あ……!」
「ちょっとした仕返しです、仕返し」
「ば…ばかあ、龍一さんのばかあっ…!」
その仕打ちが、益田の想像以上にに効いているというのをわかっているのだ。
わかった上でまだ益田はの肉芽を撫でていて、溢れた愛液で指先を濡らしながら緩慢な刺激を与えてくる。
「い…や、そこで、よく、なるの…いやっ…!」
「……どんな感じに、嫌なんです?」
これも今まで見せたことのない仕草だった。の言葉を聞き入れないどころか、余計に追い立てていく。
「僕からしたら…さんが好くなってるようにしか見えないですから。嫌だって言われても、ぴんとこなくて」
「く…ううっ、あ、だ、めっ、本当に…っ、よ、く、なっちゃう…からぁ…!」
身体を捩って抵抗しても、益田は手を緩めなかった。このままを最後まで追い詰める気でいる。
「見せて、さん」
「だ、だ…めっ、だめ、なのにぃ…っ、あ…っ、あ、ふぁっ…あ、あああっ…!」
そして彼の思惑通り、は絶頂に放り込まれて痙攣する。
粘膜と下肢を震えさせて、自然と滲んだ涙を瞬きでこぼし、快楽に打ちのめされる。
「いじわる…っ!」
「……へへ、御免なさい」
これまた普段はしないような笑い方で軽薄な謝罪を述べる恋人に、はふと憤りよりも愛しさが沸き起こってくる自分がなんとも愚かしく思える。
「…ばか、龍一さんの馬鹿……早く、続きを…してください」
この言葉に益田は一瞬目を丸くして、それから顔をくしゃっとさせて笑った。喜んで、なんて軽率なことを口走りながら。
「んっ…う、もう、すぐに、入っちゃ…うっ……!」
「…ア、本当だ…さん、中…暖かいっ……!」
あれだけ前戯で解されたのだ。
の粘膜は熱り立った益田をやすやす受け入れて、さっそくその温度に酔い痴れる。
「さん…っ、つっ…う、あ、好い、です……!」
さっきまであれだけ焦れったい思いをさせていた恋人が、今は必死になって自分の腰を抱きしめて熱を抜き挿しする。
そんな温度差に意識が倒錯して、はすぐにでも絶頂に追いやられそうだった。
それをどうにか往なしながら益田の名前を呼んで、その細い腰に足を絡める。
「わ、私も…すごく好いの、よくて…あ、すぐ、どうにかなっちゃいそう、でっ…!」
「な、なってくださいよ…っ、僕だけ、どうにかなったんじゃ…は、あ、さんにおかしくなってんじゃ、嫌ですよっ…」
懸命な言葉と、身体を揺する仕草。
はもう痩せ我慢をやめて、全部彼に委ねると決める。
「龍一さん…龍一さんっ、龍一さん…!」
名前を呼ぶたびに、は意識の白濁へ肉薄していく。
それは益田も同じようで、何度もを呼びながら腰を揺する。
「だめ、あっ…もう、だめ…っ、龍一さん、わたし、だめぇっ……!!」
余裕もなくが果てる。
それを追いかけるように益田の身体が大きく震えて、の中で精を放つ。
「く…ふ、あっ……さん、あ…っ!」
「あ…なか…で、龍一さんの…っ」
がうわ言のように口にしたのを合図とするように、益田がに覆い被さったままソファに倒れ込む。
それだけ疲れたのかと浅い意識では考えたが、益田の鼻先はの首筋や髪の毛をまさぐって遊んでいる。
「も、もうっ。龍一さん…!」
咎めるように言うと、いつものけけけっ、なんて軽薄そうな笑い声がする。
何か言いたくなっては頭を上げたが、しかしすぐに意識を下腹部に取られた。
「あ…っ、龍一さん、ちょっと、だめっ…ああっ…!」
「わ…あ、わっ」
繋がっていた性器が抜けるのと同時に、の中からちゅぷり、なんて音を立てて白濁が垂れ落ちた。
慌てては手で受け止めようとしたが、間に合わずにソファに染みを残していく。
「や、やだ…汚しちゃった…こんなの他の人に見られたら…っ」
は狼狽しながら、しかし益田がまったく反応を示さないのでふと疑問に思って顔を上げる。
「……龍一さん?」
「あ…あ、いや、あ、すみません…なんだか、すごくいやらしいなって……」
「い、いやらしいって…!」
そしては、益田の下腹部が再び熱を持ち始めたことに気がついた。
「も…もう、龍一さんてば……」
それを嬉しいと感じている自分は、大概この人に狂っている。
はそう思いながら、益田の頬に口付けた。