パラ・ラックス





が厄介なウィルスによる感染症を引き起こした時期と、怪奇でぐちゃぐちゃな、楽しいともおぞましいとも言える夢を見た時期と、そしてなんだか毎日身体がそわそわして、隙あらば踊り出しそうになるようになった時期は同じである。
否、正確に言えばこれらは一連の流れだった。インフルエンザに罹り、デートの約束をしていた十四松にことを告げ、看病すると電話の向こうで騒ぎ出したのをどうにか諌めて眠りにつき、そして悪夢とも淫夢ともつかぬものにうなされてから目を覚ますと、病気はすっかり良くなっていたのだ。

病気の快癒だけではない。それからのの毎日は輝きに満ち、不思議な発見に溢れたものとなった。
理由はわからないが、きっかけを思い返すとなると、やっぱりあのインフルエンザ快癒後だ。

……眠りから覚め、起き上がったは意味もなく握り拳を天に掲げて「ふんぐおおお」と叫んだ。ベッドから飛び降りて靴を履く。力が有り余っていた。外に出て走り回らないと、内側から漲るエネルギーによって逆に肉体が潰されそうだった。

「はあっ、はあっ、はあっ…あっ…ははっ…あはははははッ!!」

一人暮らしのアパートを飛び出し、商店街を駆け抜けながら、は張り裂けそうな肺を無視して笑う。いや違う。肺が裂けそうだから笑うのだ。裂けそうになるまで張りつめた肺がザザザザザ……と震えるのが、くすぐったくて笑いがこぼれてしまう。

「あひっ、あひっ、ひはああっ、はあっ、はっ、はああっ…あ、あはははは!アハハハハハ!!あっ、アッ…アハハハハハハハッ!!」
さん!!アハハハ!!楽しい?!」
「ヒッ…ひ、ああっ…じゅ、十四松くふっ…ふあっ、アハッ…はっ、た、楽しいよお〜〜!いつからいたのお……?!」
「ずっと一緒!さっきからずっと!」
「はあっ、アッ、ごめっ、気づかなかったぁ…アハハッ!」

いつの間にか隣を並走する恋人の姿を、はやはり笑いながら眺める。こうして見るとやはり十四松は元気な男の子だ。と同じペースで走っているというのに、あまり息が上がっていない。つまりこの、肺が酸素でくすぐったい現象も味わっていないのだろう。

「アッ…はああぁっ!!だっ、ダメッ、アハッ、アハハハハハ!おっ思い出しちゃったっ!いやっ、あ、アハハハハハハハ!!やだっ、あ、く、くすぐったいのお〜……!!」
さん、それやだ?」
「いっ、イヤじゃなっ…た、ただ、くすぐった…あ、う、うひひっ…!ひっ、ひあっ、ひ…くっ、う、あ、アハハハッ!アハハハハハ!!」

狂ったように笑いながら、それでもと十四松は二人で走り続ける。

「くすぐったいのはやだ?」
「はぁっ、はぁっ…やじゃなっ…あはっ、アハッ、アハハッ…!」
「ならよーし!乗ってさん!」
「ハハハッ…あっ?!あっ、やだっ、何するのお……?!」

ふと速度を緩めた十四松は、の膝の裏に腕を回して身体を抱き上げた。そのままヒョイッと足を開かせ、肩車の形で自分の頭を抱かせる。

「ひああっ…あっ、こ、これぇっ…ひゅごっ…あはっ、アハッ、アハッ…アハハハハハハハハハハッ!十四松くん、すごいっ!」
「よおっし、走るよ!行こ!」
「ふふふっ!」

傾き始めた陽を尻目に、癲狂な笑いをあげながら走り出す。道行く人々は怪訝な眼差しを向けるが、そんなもの二人にとっては意識の外である。




……その数時間前、はベッドの上で苦しみに悶えていた。
昨日なんだか腰が痛い、おかしい生理はまだ先のはず、なんて首を傾げているうちに足の付け根や腋の下もだるくなり、これはもしかしてと思って体温計で熱を見ると38度2分。
ただごとじゃない、とまだ身体が動くうちに病院に駆け込んだが「今熱があるんです、38度…」と告げた瞬間に受付の看護婦の態度が豹変し、即座に裏口から個室に入れと指示され半ば隔離措置みたいなことをされ、マスクに手袋でガッチリと防備を固めた医者に「インフルエンザですね」と診断される頃にはもうは疲れ果てていた。どうにか力を振り絞って薬局で薬を受け取り、買い物をして帰った後からいまいち記憶がない。気を失ったのだ。

目が覚めるとベッドの上に普段着のまま寝ていて、カーテンの隙間から朝日が昇るのが見えた。そこであっ、とは青ざめる。今日は土曜日。十四松くんが遊びに来るって言ってた。まさかこんなウィルス感染区に彼を招くわけにいかないではないか。

……どうにか電話を取り付けると、の予想通り十四松は看病しに行くと言い出して、普通の風邪とは違う、今誰かに会うわけにはいかない、とがいくら言っても糠に釘といった返事がなされた。
本来ならもっと感謝して、その上で丁重に断りを入れたかったが、の体力も限界だった。
怒鳴るみたいに、いい、ねえ、絶対来ちゃダメだからね、と言って、返事を聞かずに電話を切った。そのあとに断腸の思いで玄関の鍵を閉め、さらに普段は放っておくドアチェーンも掛ける。バルコニーに出る窓も閉め切って、鍵を下ろした。
これでこの部屋は密室だ。十四松くんは来たとしても入れない。…私だってたぶん、もうすぐ罪悪感なんかに頓着してられなくなる。横になったらきっともう一歩も動けない。元気になったら埋め合わせをしよう。あのポカッと口を開いた笑顔に会いに行こう。
そう考えては、とにかく全身を蝕む熱と痛みから逃れたい一心でベッドに入った。



「あ……あれ……?」

ふと目を覚ます。そこで今さっきまで自分は寝ていたと認知する。なんで起きちゃったんだろう、なんて惚けるくらいには頭が回らず、全身が熱で腫れぼったい。

「ひっ?!」

……そんなを脅かすように、窓の外から騒音が響いた。何かが窓ガラスを叩いている。バンバンバン、とあらん限りの力を籠めて、恐らくは拳で。

「な…なんなの……?!」

確かにそう口にして、脅威を目で確認すべくは首を動かした。動かしたはずなのに、の視線は目の前の掛け布団を見ている。

「あ……あれ……」

何度身体を持ち上げようとしても変わらない。意識と反対に身体はビクともしない。

……そこではやっと認識を改める。これ、夢だ。

たまに朝方早く目が覚めて、結局二度寝をしたりすると見る夢がある。身体を動かしたはずなのに、気がついたらやっぱり寝たままで、動かなきゃ、と起きたはずなのにやっぱり寝たまま。そんなことを繰り返しているうちにやがて目覚まし時計が鳴り始めて、そこでようやく自覚できる、というものだ。
今はまさしくそんな状態ではないか。なんだ夢か。何かが窓を叩いているというのも、恐らく別の騒音を脳が面白おかしく誤認してるんだろう。阿呆らしい。
そう納得するとふいに身体が楽になった気配がある。なあんだやっぱり夢なんだ。悪夢は無理に逆らうより、身を任せて漂ったほうが目覚めが早いとはなんとなく理解していた。

だから窓ガラスを叩く音が止んでから、今度は玄関ドアをガンガン殴られ始めたのもなんだか楽しい気分で眺めたりしていた。

「開かないよーだ」

へへん、と呟いて太平楽を決め込むを裏切るようにドアノブが外側から引き壊され、金具が外れてポッカリ開いた穴から血の滲んだ手が伸びてきて、ドアチェーンをガチャガチャ触り始めたのだって、なんかサイコホラーみたい、と呑気に眺めていた。
やがてチェーンも壊され馬鹿になったドアを開けて入ってきたのが十四松だったというのも、悪夢に身を委ねると決めていたにとってはなんら不思議なことではなかった。

さん!大丈夫?」
「十四松くんこそ大丈夫?血が出てる」

私、十四松くんに対して深層意識でどんなイメージ持ってたんだ。金属チェーンを素手で引きちぎる怪物。いくら夢でもちょっと失礼なキャラ立てじゃなかろうか。

「ごめんね、こんなことさせちゃって……」
「ううん、ぼくがしたくてしてるから」
「あ、十四松くん、今日は「ぼく」なんだ」
「おれのほうがいい?!」
「どっちも好き…」

とりとめのない会話をしているうちになんだか十四松が縮んでしまったのを見て、はこの夢がどんな方向へゆくのかわからなくなる。
縮むといってもごく僅かで、コピー機で原寸から80パーセントの大きさにして出力したような、なんとも半端な縮小加減。ちょうどと同じくらいの背丈だ。

「なんでちっちゃくなっちゃうの?」
さんを治すため!!」
「あは…十四松くん、ありがと。夢の中でもそんなこと言ってくれるんだ」
「夢?!」
「いや…ううん、ありがとうね。今朝、電話であんな言い方してごめんね……本当は嬉しかった」
「おれ電話しながらさんちに走ってて聴こえてなかったから大丈夫!!」
「あははっ!十四松くんてば、もう……」

が笑うと、ふと十四松が両手で視界を塞いできた。そこでは自分がまだベッドに寝たままで、その上に十四松が跨っているのだと理解する。そこまではいいのだが、奇妙なことに枕元にもう一人誰かがいるような気配がする。

「誰かいるの…?」
「おれがいる」
「そうじゃなくて…ほら、枕元に…」
「だからおれだって」
「もう…適当なこと……いや、いいや…夢だもんね」

が一人で納得して脱力すると、夢のほうがいい?と意図のわからぬ質問が投げられた。うん、夢だしどうでもいいや。そう返事をすると、今度は鼻をぎゅいっとつままれる。

「ぷはっ…!な、何するのっ」

たまらず口を開けて大きく息を吸ったを見て、相変わらずやや縮んだ十四松はうんうん頷いた。

「中で頑張ってるから!待ってて!」

エヘヘ、と笑っての横に寝そべる。頑張るってなにが、待っててってなにが……と聞きたいことは沢山あったが、どうせまともな返答は得られないだろうとは諦める。

「どうせ夢だし……」
「あーっ!あーーっ!」
「な、何?!」

隣に寝そべっていた十四松が急に大声を上げて、の上に再び跨った。

さん!やらしいことしよ!」
「と、唐突だね?!」
「だってなんか急にちんこがむずむずしてきたから」
「もう…いつもそうなんだから……」

そこでふとは思い直し、どうせ夢の中なんだからといつも流されてしまうことを口にする。

「…するのはいいけど……あの、おち…ん……を、いきなり入れるのは、だめだよ?」
「なんで?!」
「だ、だってびっくりするもん!お腹の中がグイッてなって、たまに吐いちゃうし、恥ずかしいし…」
「グイッてならなきゃいいの?」
「そうじゃなくて…!」
「グイッてならなきゃ、さんにちんこ入れちゃっても平気?」

は詰め寄ってくる十四松の瞳が異様な輝きを湛えているのに気がついた。ただの興奮とは違う何かが、十四松の中でうねりを上げている。

「へ…平気じゃないかな…うん、グイッてならなきゃ……」

その瞳に気圧され、視線を逸らしながらは適当に頷いた。
だいたい夢の中だというのに、どうして自分はこんなに恥ずかしがっているのだろう。夢の中でくらい気儘に振る舞ったりすればいいのに。そんな風に考えながら、は十四松がズボンを脱ぐのをちらりと盗み見る。既に十四松の肉茎は宙を仰ぐほどに勃起していて、下着のゴムを窮屈そうに跳ね除けた。

「でも初めてするから、グイッてなんないかわかんない」
「はじめて?…っていうか…この状態で…あの、胸とか、触ったりしながらしてくれれば、それでいいっていうか」
「胸?!わかった!!」

がこれをサイケデリックな淫夢だと記憶しているのは、ここから先の感覚によるものだ。

十四松がわかった、と頷いた瞬間、は自分の身体が内側から高く脈打つのを感じた。全身を廻る血液が不思議な感覚を伴って皮膚の下で暴れている。ついさっきまで「現実の」が襲われていた熱病の症状など比べ物にならないほどの変異が身体を襲っているのに、どうしてかそれはとても気持ちが良かった。

「あかっ…あっ…かっ…な、な、なん……なに、これえ……?!」

普段は皮膚の下など想像すらしないのに。今は蜂蜜みたいに甘く、粘度の高い液体が身体の中を回ってはを酔わせていくのがわかる。蜂蜜の正体は血液だ。どうしてかとろりとした蜜の粘りを与えられた血が、の皮膚や粘膜を愛撫するように通り過ぎていく。

「だ、だめえっ…な、う、ああっ…じゅ、し…ま……あ、なにしたの、これへえぇっ…いああっ、あっ、いやっ、あ…ぁぁ……!」

仰向けのまま背を逸らして、まるで目の前の十四松におねだりするみたいに腰を突き出してしまう。けれどもの意識はそこにはない。急に熱を持ち始めた乳房の先が何より問題だった。

「はかひっ…む、ね、熱い…の、うああっ…!!」

の目の前で、触れてもいないのに乳首が硬くなる。ぷくぷくと血を集めて膨れ上がり、いやらしく尖ってはまだ足りないと痺れ出す。

「やっ…やっ、やっ…いやあ…あぁ……!」
「へへへ、うまくいった」
「な…にが……っ、うあっ!だ、だめっ、十四松く…ふっ、あ゛っ…!!」

の黒目が裏返る。充血しきった乳首を、十四松の頑健な歯が甘噛みする。

「あ゛っ…あ゛、あ゛あ゛あ゛〜〜っ…!!」

ひと噛みで足の間から失禁じみた愛液が溢れ出る。太ももが生ぬるく湿ってようやく、は己の肌の熱さを知る。

「ひもひー?ほお?ねー、ひもひー?」
「ああっ、あっ、やっ、だ、あ、や、やめっ、や、あ、うああっ!」

十四松が乳首を噛んだままモゴモゴ喋れば、その口の動きに合わせては震えた。まるで天から糸で吊られた操り人形のように、仰け反った身体は不自然に跳ね続ける。

「もう乳首はいいからあっ…おっ、お、おちんちん入れていいからぁ……!!」
「ひいお?ほんほにい?」
「ほっ、ほ、んとだからぁ…!」

やっと乳房を自由にされて、はつかの間のものと知りながら安堵の息を吐く。まだ蜜のような血は全身を巡っている。このままいつもの激しさで膣穴を蹂躙されたらどうなってしまうのだろう。

「ああっ…!」

そんな快楽への恐怖をよそに、十四松が膣口に亀頭をあてがう。
……なぜか今日に限って十四松は、一息に挿入することをしなかった。鈴口をわずかに陰唇にめり込ませたかと思うと、すぐにぷちゅん、と弾いて外に出してしまう。

「ど…どうして…や、やだっ、やめっ、それ、ねえ、やめよっ、そういうのやめよっ!ここまできてそんなぁ…!」
「嫌なの?」

膣穴から逸れた十四松の肉茎が、陰部の表面を滑っている。のクリトリスは強く勃起して、乳首と同じようにひとりでに包皮からはみ出て芯を晒す。粘膜の先に出た尖りだけでも狂いそうなのに、深静脈が根付く膀胱の奥や恥骨の裏まで蜜のような血液が集まって充血させている。えら張った肉茎にひと撫でされるだけで、いつもは絶頂だと認識している沸点の高い快楽が襲った。

「う゛ひぃいっ、アッ、あ、おっ…おぉおおっ…じゅ、じゅーしまちゅく…ふぅう゛う゛っ…!!お、おおおかしくなりゅうっ…!い、入れて、くれないとぉ…!!」
「エヘヘ、いい感じ?」

そう言って十四松がの陰部に指をねじ込んだ。途端にはえごっ、と奇妙な声を上げて再び絶頂に至る。締まり上がった粘膜が、入り込んだ十四松の指を胎の近くに導こうと吸い上げる。なぜか頭の中では理科の授業の風景が思い起こされていた。シャーレに入れた砂鉄に磁石を近づける実験。いま、の全身を流れる血液は砂鉄だ。十四松の指は磁石。おぞましい勢いで磁石の先に砂鉄が集まるあの光景。は理科も化学も嫌いだった。授業も真面目に聞いていなかった。それを今になって後悔する。あのときちゃんと学習しておけば、私の血が十四松くんを求めて皮膚を突き破ろうと動くメカニズムを理解できたかもしれないのに。
……自分の身に起こっている現象はどんな教科書にも載っていないと判断できるほどの理性は強くなかった。ありとあらゆる法則を無視した出来事だから、いくら理性的でも理解は不可能だったと思われるが。

「いいね、ちゃんと中のおれもわかってるみたい」
「な…にを…うっ…えごぉっ!えおぉおっ!!」

膣の中の指を十四松が折り曲げる。は再び悶絶しながら絶頂して、短い叫びの後には快楽に溺れる吐息をこぼす。それを眺めて満足そうな顔をした十四松は指を引き抜いて腰を落とすと、今度こその膣穴に肉茎を埋め込んだ。

「う゛っ?!うっ、う…うぅううぅうっ?!ア゛ッ、ア……!!」

は自分の身体が奏でる奇妙な音を、波状に襲いかかる快楽と共に聴く。発している声や吐息の震えはもちろんのこと、手加減のない力強さで腰を揺すり始めた十四松に粘膜を擦られ、愛液の気泡が潰れたりまた泡立ったりする音もそうだし、一番奇妙なのは肌の下の血管が拡張していく音と、そこをねっとりした例の蜂蜜みたいな血液が通り過ぎていく音。ドクンドクンという鼓動ならば気にしないでいられるが、そうじゃない。

「じゅっ、し、まひゅ…く、わ、わたひ、お、おかしくなっちゃ…った…かも……」
「なんで?おかしくなってないよ…っ、お、さんの中、超あったかい…おっ、おお…!」

「うぐっ…ふ、ち、ちがうのぉ…おかしっ…あ、あぁ、か、からだのなか、なか、なかぁぁ……!なかから、十四松くんの、声が、す…るぅ……!!」

そうなのだ。血潮が流れて全身に回るとき、の内側から今目の前にいる男のものと同じ声がする。彼はの全身を気儘に駆け巡って、なんともご機嫌な笑い声をあげていた。こんなの普通じゃない。

「それ、ホントのことだから大丈夫」
「ほっ…ホント…のこと……?」
「うん!アハハッ、さんの中、あったかい……」
「え…えっ、なかって、あそこ…の、こと、じゃ、なくてぇ…?!」

どういうことだ。そんなことができてしまうなんて、私の恋人はどんな身体をしているんだろう。
一体どんなトリック(?)を使ったのか訊ねてみたかったが、十四松が再び激しく身体を揺すりだしたのでそれどころではなくなった。強すぎる快楽から無意識に逃れようと身をくねらせるを押さえつけ、逆に片脚を胸に抱き込んで挿入を深くしてしまう。これでは逃げられない。はされるがまま、胎内への入り口を擦られたり叩かれたりする刺激に悶える。

さはぁん、お腹、グイッてなると、だめなんだよね…!!」

そういえばそんなことを言った気もする。でも、前戯もなしに挿入されて横隔膜を強引に動かされるのと、身体の外と内から同時に快楽を送り込まれるのではどちらが嫌だろうか。そもそもそれらは比較できる地平にあるのだろうか。片方は誰にでもできるがもう片方は誰にも真似できない境地になかろうか。でも今私の身体はそうなってる。これは一体なんなんだろう。私は嫌がっているか?

「あっ、は、おなかっ…グイッてするのもいいっ…んっ、じゅ、しまちゅくふっ…なにされても気持ちよくなっちゃうよぉ……!!」

答えは否だった。嫌がってない。むしろ随喜していた。この尋常ではない快楽も、それを与えてくれる十四松も大好きだ。はそう完結して声を上げる。

「イッ…ぐ、あぁっ…じゅ、しまつ、くふっ…うううぅっ…う、んぐ、うぅっ、あ、あぁああぁっ……!!」
さん、さんっ…!!おれも白いの出しちゃう…さんの中に……」

その声がまるで許しを請うようで、なんだかは笑えてきてしまった。ここまでしておいてどうして膣内射精には許しが必要なんだろう。そう思うと愉快な気持ちになってくる。

「いっひ、いひひっ…い、いいよぉ〜…!ひっ、あひっ、ヒヒヒッ、うひっ、あ、じゅう…ひっ、ア、中ぁ…!なか、出してもいーよぉおっ…うっ、は、あはっ、あははははっ!!」
「おおおっ!さん超笑ってる!気持ちいい?」
「ウヒッ、ひっ、あっ、あ゛ッ、気持ちいひっ…いひ、いひひひっ、あ、ああぁっ…!いい、いいのぉっ…!気持ちよくて、アハッ、ア、あぁあぁ…んあぁああぁっっ!!」

の中で笑いの癇癪玉が炸裂した。それと同時に精液が膣壁に叩きつけられる感触もあって、悶絶しながらもは器用に粘膜をヒクヒク動かして注がれた精を胎の奥に誘い込んで行く。おかしい。どうしてこんなことができるのだろう。私はいつから自分の胎が精液を美味しそうに飲み下す感覚を知っているのか。知ってはいたはずだ。いつも十四松くんが中に注いでくれるから。それを嬉しく感じて報酬として受け止める気持ちはあった。これは十四松くんが私の中で気持ちよくなってくれた証拠なんだと思っていた。でも射精それ自体で快楽を得てはいなかった。精液が子宮の奥に流れ落ちる感触がこんなにうっとりするものだというのは知らなかった。どうして今急に理解したのだろう。精液というのがこんなに粘っこくて重たいテクスチャーで、膣壁から子宮までをどろどろと舐めるように撫でていくものだという至上の快楽への肉薄がどうして今こんなに急に差し迫っているんだろう。

「じゅうひまひゅくふっ…ひゅごいいいっ…!わ、わかんないけどわかるぅ…ふごい、ひゅごい、うっ…ふ、しゅ、ごい、のぉお……!!」
「ほんと…?!すごい……?ねえ、すごい?!」

射精管に合わせて肉茎が収縮するのが止まっても、十四松はの膣内から抜け出さない。一度射精しても萎えないまま、の粘膜に己の精液を塗りこめるように何度も何度も膣内を掻き回した。

「おうっ…ふ、あ゛ッ、ア゛ッ…ア゛ああぁっ…い…いひっ…ひいい…なか…せーえき、いっぱい…うくっ…あぁあっ……!」
「待って、さん、もう、一回…もう一回さして、まだ気絶しないで!!」
「おぐうっ?!」

絶頂の波が引いていくとの同時に目蓋を閉じかかったを奇妙な律動が襲う。さっきまでは官能を与えてくれていた全身の血液が、不快な痛みを立てながら駆け巡る。

「い゛い゛い゛ーーーッッ!!つあっ、あ、いぎいぁああぁあっ!!うい゛いぃいっ?!イッ?!イッ、いあっ、いっ…イ゛…!!」

思わず絶叫して、この痛みの根幹に居座る恋人のことを見つめる。もうは触れられてもいない場所が内側から痛むことそれ自体には疑問を覚えなくなっていた。ただ目の前の十四松がこの非道な激痛を引き起こしている。それだけは確かなのだ。方法や理屈などもはや問題ではない。この痛みの前には誰もが屈服する。皮膚を通る血液が尖った針になるような苦痛に耐えられる人なんていない。

「痛い…?ごめんもうしないから、ね、ごめん、もうやめるから…だからもー少し起きてて!」
「うっ…うくっ…うっ、あっ?!あ゛ッ…!あっ、あっ、あっ…!」

が目を覚ましたと確信したのか、十四松の言葉通り鋭い痛みが止んだ。そして躊躇う隙も与えすに、また蜜のような快楽がドクドクと血液に乗って全身を流れ出す。

「い゛ひいぃッ、あ、あっ、あッ…あおっ…おぉおっ…おっ、ふ、お、アッ、あはぁあっ……!!」

それですっかり気が緩んでしまったは、自分の尿道から生温い液体がこぼれ出すのを変な気持ちで眺めていた。痛みによる恐怖で凍りついた膀胱が、快楽で一気に緩んだせい。後から理解が追いついてくるがむしろ煩わしかった。今は十四松の与えてくれる快楽に打ちのめされていたい。だというのに理屈だとか理解だとか理性だとか理のつくものが山ほどあって邪魔をする。

「ごめんね…っう、さん…もーいっかい、もーいっかい、中に出したいっ」
「…ふ、ひっ…あ、は……!」

まただ。十四松にとって膣内射精とはそんなに罪深いものなのだろうか。私の身体の中に入り込んで血液を針に変えちゃうより?血に蜂蜜を混ぜて気持ちよくしちゃうことより?そう思うと再び笑いがこみ上げてくる。

「うっふ、ふあっは、アハッ…アハハッ、いいっ、からぁ…中に、出してもいーから、何回出してもいいから…だから、ね…お願いっ、うっ…く、ふふっ…わたし、めんどくさいこと、考えたくないのぉ…!」
「うん…?!考えらんなくすればいいの……?!」
「そ、そお、そおおっ…おかしくしてぇっ…じゅーしまちゅくんのへんなので、気持ちよくしてほぢーのぉっ!!」

わかった、という高らかな宣言と、の下腹部から再び生ぬるい液体が飛び散ったのは同時だった。膀胱から出た尿ではないものにが何かを思うより先に、十四松が瞳を輝かせて叫ぶ。

「すっげー!コーラの瓶みたい!」
「あっ…あ゛…わ、わたしコーラじゃないよぉ…」
「じゃあメロンソーダ!」
「め…っろ、おぉ…っ…い、ひっ、おぉっ…そ、それで、いいよ、もう…っくう、ふあぁっ!あっ、あ゛ッ!!」
さんメロンソーダだった!おれねメロンソーダ大好きっ」
「おっひ、ア゛ッ…うれしっ…好きぃ、嬉しいのぉ……!」

気の触れた言葉を交わすうちに、の中で再び十四松が射精の予兆を見せだした。は掴まれたままの脚をさらに高く上げるようにして股関節をぎりぎりまで開く。十四松が歓喜の声を漏らす。

「すげえ!もっと奥まで入っちゃう!」

も同じことを感じていた。もうは理性や理屈より先に本能と血で動いている。どうすれば愛しい男をもっと奥まで誘い込めるのか。ドロドロした精液で内臓を痛めつけられる快楽を味わうにはどうするのが一番なのか。全身の血がものの例えではなく本当に沸き立っていた。十四松が大好きだと言ったメロンソーダみたいに、プチプチ音を立てて血管の中で弾けている。弾けるたびには絶頂する。絶頂すると粘膜の充血が深くなって一層奥まで開いていく。奥まで開いていくとそこに十四松が入り込んでくる。入り込んでくるとまた奥が開く。膣も子宮も通過してこのまま二人で一つになれてしまう。そんな錯覚さえ抱く。錯覚なものか。血がメロンソーダみたいに沸き立つのなら、内臓が溶け合うことだってあり得るだろう。常識は十四松が壊してくれる。だったら結果を受け止めるだけだ。

「おおおっ…さんっ、あっ…あ、出る……!」
「うくっ…うふっ…ア、出してぇっ…あっ、お、奥、おく、おくに……!!」

が望むまでもなく、十四松は思い切り奥まで身体を突っ張らせて精を放った。陰嚢から汲み上げられた白濁が腑臓に絡みながらを征服する。常識も肉体の仕組みもすべて作り変えながら染み渡っていく。

「待ってね…さん、ちょっと、出てくるのに時間かかるかも……」

十四松がなにか言っているのを、は眠りに落ちていく意識で半端に聞いていた。

深い睡眠の闇に落ちながら、ふと思った。
これじゃ今まで起きてたみたい。こんなの夢に決まってるのに。





「あはははっ!十四松くん、どこ行くのー?!」
「公園!!野球しよー!!」
「アハハッ、私野球わかんない!ボール打ったら走ればいいんだっけ、なんだっけ、エヘッ、ふふふふふふ……!!」

の瞳に映る夕暮れの街並みは、今までのいつよりも美しかった。瞳孔が開いているのを自覚する。すべてがキラキラと輝いている。

「ねえ、ねえすごいよ!十四松くん!世界、きらっきら!!なにもかも綺麗!私こんなに視力よかったっけ?!」
「アハハハハハ!!おれもねー、すごく綺麗に見えてる!さん超かわいー!」
「やだ、今見えないでしょ私のこと!ふふふ!でもいいや、ねえ、本当に、なんか…なんか、すごいっ、どうしてかな?!」
「あっ!さん!!」
「わッ」

急に十四松が立ち止まって、肩車されているは前のめりになる。落ちそうになるのをなんとかこらえて、太ももで十四松の頭を挟み込む。

「謝んなくちゃ。おれ、さんちのドア壊しちゃった」
「えー?いつ?」
「さっき!」
「あははっ!なんで壊したの?」
「鍵かかってたから!」
「言ってくれれば開けるのに。エッへへ…十四松くうんっ」

が髪をワシャワシャ掻き乱すと、十四松はブルリと震えてから再び歩き出す。
ふと視線を落とすと、アスファルトに落ちる己の影と追いかけっこをしている気分になった。こんなの子供の頃以来だ。どこまでもついてくる影を置いて行きたくて悪戦苦闘したっけ。

「十四松くん、影と追いかけっこってしてた?」
「うん、毎日してる!!」
「アハハッ!そっか毎日、ふふっ…あははっ、だから、アハハ、私も、追いかけたくなっちゃうんだ、あははははっ!!」
「アハハハハハ!」
「うふふふふふ!」

美しい。すべてが。
は十四松と同じ世界に生き、同じものを見ている幸福にひたすら笑わずにはいられなかった。





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そして「オーバーフロー」につづくわけだな…。

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