ツァラの詩





いつもみたいに、革製のアイマスクの上から白いタオルが巻かれる。
私の視力を奪いたいのではなくて、単に自分の姿を私にまじまじ見られるのが恥ずかしいのだろうと最近になって悟った。
一松は汚いことも恥ずかしいことも大好きなくせに、それが予期せぬ瞬間にもたらされると機嫌を損ねる。単にびびりなのかもしれない。可愛いなぁもう…なんて言ったら絶対怒られるから、やっぱり言わないけど。

「ん」
「へあっ、あー……」

汗ばんだ両手が私の頬を掴む合図に合わせて、思いっきり口を開く。たぶんすごく間抜けな顔になっているんだろうけど、まあ目隠しされて羞恥心も鈍くなっているということにしておく。

「ゆっくりだぞ…ゆっくり…」
「んっ…うむっ…んーっ……!」

今日は、耳栓と手錠はなし。口を使って奉仕するときは、視覚以外は自由にされている。
だから一松の言葉通りにゆっくりと、熱っぽい肉茎の先端に唇を寄せる。ちゅくっ…という、部位こそ違えど粘膜が触れ合う湿った音。一松が身震いすると同時に、私のお腹の下からも生温かいものがこぼれ出た。

「い…ひまひゅの、おひんひ…ん…」
「そうだよ……ド変態の汚い股間咥えてんだよ、お前は」
「き…たなく、ないい…んっ、んっ……!」

そう言って舌で亀頭を舐め回す。だんだんと縦の割れ目になった鈴口から、しょっぱい滲液がだらだら垂れてくる。それを自分の唾液と一緒に舌先に乗せて、匂いも味も堪能しながらねちょねちょと口腔内で反芻する。

「ほいひっ…いひ…んっむぶ…うぐっ…ほいひいい……!」

味覚にもたらされた刺激が快楽なのだと知らせると、一松が露骨に舌打ちした。もっと嫌がる演技をしてほしいのか?と戸惑ったりもしたのは出会って間もない頃の話で、今は快感に急いてしまう自分自身が気に食わないのだとわかる。
一松は実に面倒くさい男の子だった。どんな育ち方をしたらこんなコンプレックスの塊みたいな性質が成人してなおそのままになるんだろうか。コンプレックスもひねくれた言動も、抱いたり作ったりするのは簡単だけど、ずっとそのまま持ち続けるというのは難しいはずだ。
他人の姿を常に冷めた視線で眇めて、言葉に対して眉根を寄せて、ときには堂々と挑発するのだ「ヘーよく他人に合わせたりとかできるねえあんたさぁ…」とか言って。というか私が一松によく言われている。

でも私からすれば一松の方がずっと苦労を背負って立っている。
たとえそれが知人でも他人でも好きでも嫌いでも、誰かの言葉に「はいそうですね」と相槌を打つのは簡単で、逆に「いやそんなわけはないでしょ」と否定から入って、その後に続く怒りか悲しみか驚きかの視線を見分けて、さらに止め打ちの如くやってくる「どうしてそんなこと言うの(要約)」の言葉に応えなければならないのは大変だ。面倒くさっ!疲れる!辛すぎる!助けて!一松助けて!

「お前……なに考えてんだよ…?」
「ンゴッ…ぬっ…ふ、あ、嫌あ、ふごっ…一松、やめてぇ…!」

思考の迷路を回っている間もフェラチオは休まず続けていたはずだ。れろれろれろれろれーろれろ、みたいな、いつだったか一松が「死ね死ね死ね死ね死ーね死ね」と歌ったのを真似るようなリズムで、舌のあちこちを使って亀頭を舐め続けていた。
だというのに一松は私の意識散漫をすぐさま咎めて、罰だという手つきで鼻の穴に指を入れ始めた。
男の人の手だ、と思い知らされる太い指が鼻腔をぐりぐりこねくり回し、その上鼻頭を押し上げるように動く。

「いや…やだぁ…ふっ、ぐ…鼻、や、やめて…」
「豚鼻ブス」

ブスにしてるのはあなたなのに。そう思いながらも本当に涙が出てきてしまう。なんというか外見に対する誹りはたとえ冗談でも胸が苦しかった。

「うえっ…ふぐえっ……ちゃんとやるから、鼻やめてぇ……!」
「…………」

半端に塞がれた鼻の穴から空気が漏れるバカバカしい音と一緒に懇願すると、やっと指が離れた。

「んむぶっ…はあっ…あむっ……んっ、むぐぅ…ヂュッ…!」

カリ首の裏側までしっかり咥え込んで口腔の唾液に浸す。普段は少し先端を覆っている包皮の中で蒸らされた汗とまだ形を得ない垢の味が溶けてくるのを、どこかうっとりしながら思い知る。

「あ…はあっ……お前さ、何考えてたの、さっき」
「おぶっ…ひゃっき……?」
「さっき…手ぇ抜いてたとき……」

一松のおへそが震え上がったのがわかる。だから愛撫はやめないで、むしろ喉の奥まで肉茎を招き入れてから、口の中で舌を使う。
空気に触れないままぬるぬると裏筋をなぞると、一松の口から少しずつ恥ずかしい声がこぼれてくる。ちょっと切なそうで、もっとしてくれ、という懇願と、ここまでやらせているという愉悦が綯い交ぜになっている媚声だ。それを聞くと私の足の間もぬるぬるしてくる。

「い…ひまひゅのこと、かんがえへは……」

そう言ってから思いっきり頬を窄めた。目隠しに隠された奥で自分の瞳がまぶたの裏に回るのがわかる。どうせ見えないのだから構わなくていい。
窄まった頬の内側は私の唾液と一松の鈴口から溢れる滲液でドロドロになっているから、そのままぬぼっ、ぬぼっ、ぬぼっ、ぬぼっ……と、顎を二往復程度させてしまえば極上の淫具だ。

「あ……!あ…う゛っ……」

一松が慌てて私の頬を外から掴む。もう射精しそうなんだと理解して、強制されるより先に、やっぱり窄めた頬をぐぶぐぶ言わせながら上下に往復させる。

「やめ…あ、あっ、あ…あっ……!」

もっとだ。一松はもっと、断続的な刺激を欲しがっている。口腔の中で鈴口が物欲しげにぱくぱくしているのは、奥からこみ上げる精液を吸い上げてほしいからじゃない。精液は自分で出すから、もっと管を充血させてくれと痛いくらいに訴えている。

「ひひまひゅ…ひ、ひまひゅっ……!!」

だからもっと何回も、窄めた頬肉でしごけばいいだけ。そうわかっているのに、ついついこみ上げる愛しさに任せて名前を呼んで口をモゴモゴさせてしまう。

「イク…イク……イク、、イク……!」
「んむふっ…?!んむ……っ、むーーっ……!!」

名前を呼ばれた一瞬に気を取られていると、喉の奥で粘つく熱が爆ぜた。
吐き気を吐き気で上塗りし、最終的に変な、なんかもう恥ずかしい「ゴエッ」なんていう声で空気が漏れるに終わるまで、一松は口から肉茎を引き抜いてくれなかった。結果として窒息しないために、出された精液は全部喉を通って内臓に落ちていった。



「今日はね、ささみを揚げるよ」

エプロンを掛けながら声をかけると、ベッドが空いているのにわざわざ床に寝転んでいた一松がこちらを向いた。

「ささみチーズカツをね、作るよ」
「……いや」

この瞬間がすごく嫌だった。一松が目を逸らして「いや」から始まるなにかを言うときは、私を否定するのではなく私以外のなにかを尊重するときしかなかった。

「今日は……なんか…」

わかってるよ。家に帰るんでしょ。なんかあるんだよ。家族での団欒とか兄弟とのあれそれとか、なんかあるんだよ私以外のなにかが。

「そうなんだー」

ブス呼ばわりされたときよりずっと泣きたいのをこらえながら、得意の誰も傷つけない相槌を打つ。

「それじゃあしょ」

ウガナイネーと続くはずだったのに、突然立ち上がってグイグイ近寄ってきた一松が私の首根っこを掴んだかと思うと暗い瞳でジーッとこっちを睨めつけるので困ってしまった。

「……から来い」
「え…なんて?」
「だから今日はうちで鍋やるから来いお前も来い」
「え?……え?なんで?」
「……お前は」

私の思考が深くなるのを遮るように、服の襟を掴む力が強くなる。おかげで大きな血管が押さえられて、耳元でドクンドクンという音が始まった。

「そうじゃなかったらお前はここで一人でめし食うんだろうが!」
「うっ…う……苦し…いちま…くるし……」
「わかったら来いいいな、もう言わないからいいな、言ったからな」
「う……う、うん、わ、かった……から…」

とりあえず喉から絞り出した「ウン」を聞くと、一松はやっと私を解放して床に放り出す。

「……早くしろよ。出るんだから」
「う……う、うん……?」

そして一松は私のエプロンの紐に手をかけて、自分は玄関で靴を履き始める。急かされて、よくわからないままに靴を履いて、薄暗いエントランスを抜けてマンションを出た。

「…………半年ぶりだ。一松と二人で、外出るの」

要領を得ない驚愕のままに呟くと、洋画の吹き替えみたいに見事な舌打ちが飛んできた。

「へ、変だよ。いやだ、なんか恥ずかしいよ!こんなのデートみたいだもん……」

チッ。

「ね、ねえなんで…どうして急にこんな…えいや、ちょっと、ねえ…一松ぅ…」

チッ。

「ねえもしかして私ちょっと自己アピールしすぎたかな…ウザかったかな…そんなに愛してちゃんオーラ出てた?面倒くさい感じ出てた?」

チッチッチッチッチッ……。
野鳥が鳴いているんじゃない。一松がゲシュタルト崩壊レベルで舌打ちを繰り返しているだけだ。

「ねえ、ごめん……私あんまりその過ぎた幸福は望んでないっていうか…ねえ、ほんと、いいんだよ私んちにたまに来てくれれば……」
「ウルセーなテメーは!もういいから黙ってついて来いっつってんだよ!!」

私のマンションがある脇道から抜け、団地を横切って、暮れ行く夕日の中をただ、手を引かれて足早に過ぎていく。途中で一松も私も息切れして、肩で息をしながらもそれでも止まってくれない。

「っ…まえは、お……が、ってる……ハア、より、ハア、ハア…!ん、ぜん……きな…ハア…ハアッハアッハアッ……!!」
「はあっ、ご、ごめ、一松……ハア、ぜ、全然、はぁ…はあ、はあはあで、全然、なに言ってるのか、ぜんぜ…わ、わかんな…は、はあっ……!!」
「ハア……ハア、う、る……ハア……!!」

もうこのまま二人で倒れるのではないかと思ったところで、ようやく一松の足が止まる。一松は猫背になって思い切り息を吐くと、同じように塀に手をついて呼吸を整える私を睨みつけた。

「ほら、入って」
「え…う、え?」

私が手をついていた塀が囲う家の表札を見る。
「松野」
そう書いてある。

「い、一松、私、あの……」

及び腰になるより先に腕を掴まれる。乱暴に開かれた戸口に、古風な黒電話が置かれた靴箱のある玄関に、思い切り押し込められた。

「わ、わたし…」

そこまでされてやっと、私はこみ上げてくる感情と素直に向き合うことができた。その証拠に、言葉の代わりに涙が沢山溢れてくる。

その……つまりは、嬉しさと。



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