デズデモーナ
肌寒い季節に降るにわか雨が、風と一緒になっての全身を濡らす。
この雨足ならば傘がなくとも平気だろうと見縊った代償として、お気に入りのカーディガンも、おろしたてのタイツも、家までの道のりの中でびしゃびしゃだ。
雨が降ると頭痛がするのは小さい頃からの体質で、最近では逆に朝起きて頭痛を感じれば「今日はお昼から雨だ」なんて予測ができたりする。
よく当たる。今のところ外れたことはない。
今朝だって頭が締め付けられるようにキリキリしていた。雨は間違いなさそうだった。
だというのに昼前から人と会う予定があって、天気予報では曇りのち晴れと言われていて、実際に出かけるときには雲を透かしてうっすらと太陽が見えていたのだ。
あてにならない予報よりも自分の身体を信じてやればよかったと今更ながらに後悔しながらトボトボ歩いて、ふとの意識は通り掛かった空き地に吸い寄せられた。
正確には、空き地の隅に積まれた土管の端。
そこから何か黄色い布がはみ出しており、その色から想い人を連想したのだ。
「……」
まさかね、と思いながらも近寄って、売り地という赤文字がデカデカ踊る看板の下にある土管…というかヒューム管の中をヒョイッと覗き込んでみた。
「あっ!さんだ!」
「やっぱり!十四松くんだ!」
ヒューム管の中に寝そべっていた十四松とが、同時に声を上げる。
「なにしてるの、こんなところで」
「雨宿りだよ!」
お前、歳いくつだ。
と言いたくなる幼稚な返答だが、は十四松のそんなところが好きだった。
「野球しようかと思ったんだけどさ、雨降ってきたから」
「野球かあ。誰と?」
「決めてない!」
「なんだ、ふふ。十四松くんはほんとに面白いねー」
は十四松の、イマイチよくわからない次元で生活しているような姿が大好きだ。
彼を見ていると世の中捨てたもんじゃないなと思えてくる。
「イマイチよくわからない」部分に自分の理想を重ねて勝手に夢を見ているだけかもしれないが、まあそれはさておき好きだった。
「私も入っていい?」
「いーよ!」
明るく答える声に頷いて、靴を脱いでヒューム管に足をかける。
上に積まれた管に十四松の靴が入っていたので、はその隣に自分の靴を置く。
「わ…結構冷たいんだねえ」
石だから当たり前かあ、なんて思いつつ、は大人になって初めて「空き地の土管で雨宿り」なんていう昭和臭いことをしている己に感動した。
「…というか、まだ空き地に土管なんかあるんだね。ここ売り地でしょ?売れないのかな」
上着の裾を余らせるのと反対に、半ズボンで素足を晒しながら体育座りする十四松の隣で、も同じ体勢をとる。
……が、すぐに足に力を入れてお尻を浮かせた。
ひんやりしたヒューム管の温度が服越しでもつらかったのだ。
「さん、俺の上に座る?」
「え?なんで?」
「寒くない?!」
「いや半ズボンの十四松くんが言わないでよ」
反射的にそう返したが、タイミングからしてを気遣ってのことだとわかる。
「ヘーキヘーキ」
言いながら十四松は体育座りを崩し、脚をヒューム管のカーブに沿わせるように伸ばす。
白い靴下を履いた足が管の天井に回り、「座りなよ!」と本人が指す腹から腰は、ちょうど管の底面に。
「身体柔らかいね?!」
「うん!酢飲んでるから」
酢?
「まあいいや…失礼します…」
ずっとしゃがんでいるのも無理そうだと諦めたは、十四松の身体を跨いで、彼の腰らへんに尻を置く。
「重くない?」
「あったかい!」
微妙に噛み合わないが、ひとまずはホッとする。
「さーん」
「な、なに?」
「なんか元気なくない?」
「……」
思わずは振り返って、十四松の顔を見る。
いつものしまりのない口と、焦点の曖昧な瞳があるだけだ。
「なくなくなくなくなーい?」
「……ないかも」
「当たった!賛成の反対の反対なのだ!」
の尻に敷かれた十四松の腹が震えて、笑い声がする。
なんとなく十四松の顔は見辛いので、正面を向いて白靴下を履いた脚を眺める。
「十四松くん、靴下穴あいてる」
「え?!どこ?!」
「右の…これ、場所からして中指か薬指だよ。どうしてこんなとこに穴あくの」
ふつうは親指らへんだろう。
また十四松が無意味に笑い始めたが、はうんうん頷きながらまったく別のことを口にする。
「なんだかねえ、人と会ってきたんだけどちょっと疲れちゃった。疲れたというか、疲れるために行ってきたみたいになっちゃった」
ふう、とため息を吐くと十四松の身体のモゾモゾが治まって、急に大人しくなる。
「陰鬱なことばっか考えちゃって、なんかダメ…もー、全部不景気が悪いんだよ。私とか十四松くんとかの親の親の世代あたりから悪くなる一方で…もう景気回復なんかしないんだろーなって思うと鬱んなるよ。
私らには突然黒アワビが贈られてくる生活やボディコンシャス着てジュリアナ東京は一生縁のない世界なんだよ。もおおおー!なーにが婦人画報じゃぼ…け……が」
一気に中身のない愚痴をまくし立てたは、ふいに言葉を詰まらせた。
それというのも自分の下にある十四松の身体が変化を始めたからだ。
座ったときは骨と肉を感じるが尻に敷くぶんには平面だった下腹が、なんというか頭に浮かべる限りでは「凸」みたいな形になりだした。
「あ…あの…十四松くん…」
このトランスフォームの原因を理解しないほどは幼くなかったが、なぜ今このどうでもいい愚痴をこぼしている瞬間なのかが気になったし、肝心の十四松が黙ったままなので妙に緊張してしまう。
もともと十四松はいつも明るいが、それ故に欲望のスイッチの入り方がわかりにくいのだ。
「……」
「…………」
「さん、ちんこがむずむずする」
「はっ?!」
短い沈黙を破ったのは十四松の身も蓋もない言葉であった。
「ちんこが!むずむずする!さん!」
「わかった、わかったから!」
「さんはあったかくていい匂いだけどちんこがむずむずする!!」
「わかったからぁ…!」
だがはわかっていなかった。
十四松が求めるのは理解ではなく解決なのだ。
がヒューム管の側面に手をつき、乗せ切っていた尻を上げるその一つの動作の間に、予想だにしない変化が起きていた。
「ぬぐうっ?!う゛っ…うっ、ふごおおお…?!」
は乙女の風上にも置けぬ声を上げながら、足の間を貫通したあらぬ刺激にへたり込む。
「お…おおっ…さん…!」
「くぐぅう…こっ、この野郎…い、いきなりいれるのナシだって、私こないだ言ったのにぃ…!!」
……が軽く腰を上げるその隙に、十四松は半ズボンと下着を脱ぎ終えて、その肉茎が天を仰ぐ暇も与えぬうちにの膣穴に侵入したのだ。
「ヤバイよ!さん!!いっつも思うけどさん、マジで!ノーベル賞っ!!」
残念ながら性器を擦り合う行為で特許権は取れなかったので、二人はでっかい家でなく狭いヒューム管の中でまぐわう羽目になっているのだが、まあ画期的な方法を突き詰めればノーベル賞は狙えるかもしれない。イグのほう。
「だめええ…!し、下からはぁぁっ…しゃ、しゃっくり出ちゃううっ!下から空気を送らにゃいでええ!!」
言い得て妙である。一定の間隔でを突き上げる十四松の動きは、確かに空気入れに通ずるものがある。
「あは…さん、変なこと言うなあ!」
「十四松くんがいわにゃあっ!いッ!でええっ!!」
が衝撃で頭をぶつけそうになると、それより先に十四松の手が頭に回ってきて脳天を護る。
一貫性のないことをしているように見えて、の反応は隅々まで見ているのだ。
「あっ、あ…さはぁん…!」
「くひっ…十四松くん…!!」
そうして細かな気遣いをされつつ名前を呼ばれると、なんやかんや嬉しくなって不満が飛んでしまうなので、あどけない顔に似合わないほどに反り返った肉茎をぶち込まれることについてのトラブルは今の所起きていなかった。
「俺このビューッてなる感じ、前に掃除機でちんこ吸った時しか感じたことない!」
「そほぉっ!そーじきでそんなことしちゃあはぁっ!だ、ダメでしょおっ!メーッ!」
「うん!もうしてない」
ならいいけど、と震えながら十四松を受け入れるは、段々胎内を殴られる心地よさに陶酔していく。
「さん…!さん、お、おおっ…さん…!」
「うぶっ、おぐっ、あ、けぷっ…!あっ、あ、嫌ぁ、あがっ…わ、わたし、げっぷが出ちゃあっ…んぐっ、ん、ぐ…え、えげふっ…!!」
「おおおおお!!すげーー!マーライオンすげー!!」
下から圧迫で揉まれ続け、変な空気を抱かされたの胃袋が、限界を超えて数回のげっぷのあとに勢いよく吐瀉物を撒き散らす。
「おええっ…うぐっ、んく、んっ…あァ、十四松くうん…!!」
吐くだけ吐いてニュートラルな精神で、性感だけはしっかりと感じ取る。
十四松はそんなに大喜びであったので、たとえ己の足が吐瀉物でデロデロでも気にしなかった。
「さあんっ…なんかバーッて…ギューッて…!」
「あああっ…!!」
の腕を押さえつけ、弓なりにしなる胴の手綱を握るようにして、十四松の精が放たれる。
それこそ空気入れか何かのように、尿管が緊張と弛緩を繰り返して粘つく熱を撒いてゆく。
「ふ…ご…い……ろ、ろっかいも、びく、びくっ…て……」
「六回?!ホント?!シックスセンス!!」
「じゅ…十四松くんなら…コールも超えられるよ…んっ…!!」
は力なく十四松の上に倒れこんだ。
汗の玉が浮いた額を、上着の裾を持て余した手が拭う。
「元気出た?」
「……うん、出た…ね、そういえば……」
小さいことで悩みすぎるときは、大きなものに潰されてみるといいのかもしれない。
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すみません書き終えてからヒューム管の規格について検索してみたら大人二人が入れる(しかも中で座れる)サイズなんか存在しない可能性が出てきたんですけど知らないふりをしてくれると幸せです