デズデモーナ





「く……っ、うううっ…くっ……殺せっ……!」

思わずありがちな独り言をつぶやいてしまうくらい、は憔悴していた。

「私が…私が何をしたというの……!」

いくら物騒なことをほざいたところで、体の内側からこみ上げる衝動は紛れてくれない。
――ううっ、きっとさっきの紅茶だ。

は先程まで、久しぶりに再会した友人と喫茶店にいた。
会話を弾ませながらコーヒーを二杯と、最後にアイスティーを頼んだ。それがよくなかったとは推測する。
相手と駅前で別れ、繁華街から離れたあたりでお腹がたぷたぷ言い出した。
コーヒーの利尿作用には慣れていて、摂取してから実際に尿意がこみ上げるタイミングも掴んでいるつもりだった。
だが、後から冷たい紅茶を流し込むことによっての加速はの計算外だった。

「うくぅっ…うううっ……!」

めぼしいコンビニやチェーン店は、来た道を戻らないと見当たらない。
が今現在トボトボ歩く通りにあるのは民家ばかりで、たまに見かける「お店」も個人経営のところばかりだ。
そんな場所に「トイレ貸してください」と駆け込んで、
「アレッ、隣町のちゃん!ああトイレね、いいよ奥にあるの使いな」
なんて笑いと共に言われてしまうのにはどうにも耐えかねた。
――子供ならまだしも、もうすぐ成人を迎える娘が!!

「で、でも……あそこの公園に着けば……!」

つまった水分の重心をどうにか移動させながら、見えてきた市民公園に足を踏み入れる。

「え……?!」

だがそんなの期待は、公園内にある公衆トイレの前で打ち砕かれた。
張り巡らされたロープに、「故障中使用禁止」の張り紙。

「うそ…こんなときに……!」

へたれ込もうにも、下腹部に溜まった水分がそうさせてくれない。

「もう…もうだめぇ…!誰か助けて……!」

はついさっきの自分の判断を恨む。
多少の恥など我慢して、魚屋とか金物屋とかの手洗いを借りていればこんなことには……!

来た道を戻ろうにも、もう体がもたない。
一時見えた解放への希望でゆるみかけていた膀胱は、再度の締め直しが難しい。10メートル程度も歩けるかどうかわからない。
追い詰められたの頭の中で、二つの選択肢が点滅する。

・ここで漏らす
・隅っこで野外放尿

――選択肢じゃねえ!!実質一つしか道がねぇ!!

「このへんでするしか……ない……」

……は決意を固めてせわしなく周囲を見渡し、公園と道路を遮る生垣の陰に目を付けた。
幸い生垣の向こうは雑居ビルの背であった。



「ん…っ」

下着を膝下までおろし、スカートを慎重に捲り上げてしゃがみ込む。
足元を安定させてから、ハンドバッグをお腹に抱えた。

「ん…!」

わずかな躊躇いの末に、排泄の態勢を取らされた粘膜がヒクヒク動く。
そのままがゆっくりいきむと、やがて体内に溜まっていた尿がゆるやかに迸る。
恥ずかしい、という気持ちが、排泄の快楽と解放感に上書きされていく。

「はふ…ふう……」

まだの足の間からは生温い体液が迸っているが、勢いも落ちてきた。
それに伴って精神も落ち着きを取り戻してくる。

「ティッシュ…あった」

ハンドバッグを手だけで探り、ポケットティッシュを掴む。
下半身はこれで拭えばいい。問題はそうした後の紙屑の処分と、自分がしでかした足元の始末だ。
砂交じりの地面は、日陰にあたるせいか湿っぽい。
の排泄物はすぐとは吸われず、その場に水溜りとして残ってしまう。

「砂場から…砂を……」

……砂をすくうようなもの、持ってない。
子供用のシャベルなんかが砂場に置いてあればいいが、この不況の世である。
週刊誌が電車の網棚にポンポン捨てられる時代は終わった。
子供のおもちゃなんぞ目を離せばすぐにガメられるのである。
プラスチックのシャベルやバケツがぱかすか放置してある風景は、もはや懐かしがるだけのものになってしまったのだ。

「なかったら…どうしよっかな…」

そんなことを考えているのが今更になっておかしい。
おかしさから遡ると、こんな幼児みたいなことをしでかしている己がやたらと恥ずかしくなり、はかぶりを振る。

「よっ……」

こいしょ、と続くはずだった声はいずこかに消えた。
排泄を終えて臀部を軽く揺すった瞬間、の視界にあってはならないものが映り込んだのだ。

「な……っ、な…?!」
「終わった?」

の真後ろに、人がいる。
しかも今放たれた声から察するに男。それも子供ではなく、変声期を超えた歳頃の。

「いっ、いっ、いっ、いやあっ!!」

たまらず悲鳴をあげて身を起こしたが、混乱のあまり膝に下げたままの下着を忘れていた。

「い゛っ……」

は足をつるませて前に転げたが、その瞬間に両脇をなにか大きな力が引っ張り上げたので、地面に倒れる事態は免れた。
つま先だけが地面にめり込み、膝から上はの背後にいる者が支えている。

「大丈夫?足ひねった?」
「ひ、ひね…っ、て、ない……」

ありがとうございます、と言いそうになって正気に戻る。
はこの男に野外放尿を目撃されたばかりか、今なおパンツ下げっぱなしの状態を晒しているのだ。

「はっ、はっ、はっは離してっ、あとお願い忘れて忘れて忘れて忘れて!!」

暴れながら叫んだが、男の腕はビクともしない。
そこに至ってはやっと男の姿を確認する気になり、首をどうにか背後に向ける。

「あっ…!」

……しまりのない大きな口と、その上に鎮座する焦点の曖昧な瞳。
この近辺に住むにあたり知らぬ者は居らぬ、有名人の顔があった。

「まっ、ま、松野さん?!」
「えっ?知ってんの?!うん、俺十四松ねー」

超常的存在、松野さん家の六ツ子がひとり、本人の弁を信じるならば五男の十四松くん。
まさかその顔をこんな形でマジマジ見ることになろうとは、いやそれどころかこんな場面を目撃される羽目になろうとは。

「ままま松野さん、ごめんなさい忘れてっ、お願い忘れて!誰にも言わないで!あともう平気だから離して下さいお願いします…!」

帰ったら自殺しようアイスティーを呪う遺書をしたためたのちに腹を切ろうと真っ白な頭で考えながらは暴れたが、それでも十四松の腕は離れず弛まずで、のお腹と生ぬるく湿る下半身を屈強に押さえ込んでくる。

「は、離し…てっ?!」

危うく舌を噛むところだった。
十四松の腕が突然から離れたのだ。
それ自体はの望むところだったのだが、なにもこんな、地面に放り投げるみたいにしなくても。
ベソをかきつつは膝下にあるパンツに手をやり、辞世の句を詠むべく逃げる準備を整える。

「待って」
「あうっ?!」

しかしの手は空振りし、下着は膝下どころか足首の下にまで引き下げられてしまった。
……もちろん、十四松の手によって。

「ま、松野さん?!ちょっと、ちょっと、や、やめぇーっ!イ゛ーーっ!!」

アカンベーをしたわけではない。
のし掛かった十四松が、予言もなしに勃起した肉茎をの膣に突き込んだので絶叫しただけだ。

「い゛やあああ…いっ、いいいっ…!」

が前屈みに丸まった途端、膀胱に残っていた残尿が押し出されてぶしゅう、と飛沫を上げる。

「あれ…まだおしっこ終わってなかった…?」
「ど…どしてえ…松野さ…どーし、て…うぐっ、あ、あ痛っ…!」
「俺にもわかんないの、なんかねちんこがすごくなっちゃって…ここに入れたら楽しいと思ったから今入れて」
「なんか、で、入れていいとこじゃ…ない…!断じてよくない…っ、松野さん…!」
「だから、俺、十四松っ」
「ほぎゅう?!じゅっ、十四松さアァんっ、い、やあ…だめ、抜いてぇーっ!」

あまりの理不尽さには叫ぶが、真後ろで腰を振りたくる十四松にはどんな悲鳴も届きそうにはない。

「すげーねこれ!俺たぶんちんこでこんなことすんの人類で初めて発見したよ、発明者だよ、だってこんなん手でしてるより気持ちいいもん!」

十四松の口ぶりからしてこれが性行為だということも、合意のないそれは犯罪だということも知らないようだった。
だが彼の標的が正確な挿入、力強いピストン、前へ逃げるを押さえる腕は、知識ではなく本能でこの行為の意味を悟っていた。

「やめへぇえ…!十四松さん、や、め、て…!こんなの駄目ぇ…!」
「はっ、ふ…とれるよ、これ特許権とれるよ!特許申請してお金持ちになろ!新しいグローブ、はっ、買って…家、リフォームして、うっ…あっ、そうだ二世帯住宅建てよう!」

の処女宮は、息もつかせず繰り返されるピストンで急速にこなれつつあった。
痛みに震える間も無く熱い杭が大きさを刷り込むように出入りするので、膣穴は蹂躙されるがままに拡張する。

「こ、お、こんなっ…あっ、私、初めてなのにぃ…!」
「お姉さん!お姉さん一緒に住もう!」
「えっ?」
「こんなすごい発明の協力者なんだからっ、ふ…でっかい家建てるから、お姉さんも一緒に暮らそ!」
「な…あっ、それぇ…どういうことなのっ…私もしかして今口説かれてるの?!」

意思の疎通が適ったと感じた途端、膣穴をこじ開ける肉が、の中で不快なものではなくなっていく。

「お、おおおお!なんかすっごいの来てる!やばい、やばっ、お姉さーんっ!」
「ングヒィイ…!じゅ、十四松さぁぁん…!なんだか大っきくなってるぅ……!」

尻に打ち付けられる腰の間隔が早くなる。
けれどもちっとも不快ではない。むしろ十四松の血が滾る肉茎は、これから訪れる瞬間へ向けての身体を覚醒させる聖槌だった。

「くっ…暮らすぅ…!、十四松さんとおっきなお家で暮らすうぅ…!」
「いいの?!やった!さん?さんならたぶんみんな反対しないから!ね…さん、だから、あっ…俺、なんか、すげーの来ちゃうから…来ちゃうの、受け止めて!!」
「受けるっ、いいよ…っ、いいから、ンッ…十四松さんの…の中にドクドクしてぇっ!!」

熱烈な求愛と肉撃は、未通女であるに射精の予兆を悟らせる。
自分を掻き抱く強き雄の遺伝子を、一滴も漏らすまいと軋みながら震える。

「あー…っ、あーっ、あ…あーーっ!!」

肺から絞り出すような声と共に十四松の身体が痙攣したので、が小さく驚嘆すると、肉穴に重たい液体が流れ込んでくる。

「ああ…?!じゅーしまつさんのが…中で……ううっ…こんなの……こんなのぉ……!」

まさか最悪な出会いの末に、旦那様とでかいマイホームと、果ては子供までゲットするなんて。

「じゅ…しまつさん…幸せに…してぇ……」
「するする、絶対する!」

ボケッと陶酔感に震える二人にとっては、まさか十四松の感覚が発明でも発見でもなく一攫千金など夢のまた夢であることなど、非常に些末な問題であった。
問題が現実として身を刻むのは恐らくもう少し後である。



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