狐と接吻





「やあやあこれなるは、鎌倉時代の打刀……」

初めて鳴狐が姿を現したときのことを、審神者は今でもありありと思い出せる。
どこか神々しい白髪に、黒い面頬の鳴狐その者よりも、彼の肩辺りに、襟巻きのようにくるんと佇んでいる狐に目を奪われた。

「き……狐?ぬいぐるみじゃあ、ないの?」

よろしくだとか、初めましてだとかより先に疑問が出てしまった。
鳴狐は気にした様子もなく「そうだよ」と返し、その言葉を受けた狐は、誇らしげに胸のあたりをピンと立たせ、

「みなさま同じ反応をなさりますなぁ。鳴狐は人付き合いが苦手故、こうしてわたくしめが手伝いを」

と、堂々と人語を話すのだった。

鳴狐と狐は、どんなときだって一緒だ。
戦に赴くときも、畑作や馬の世話を命じたときも、休息のときも。

……審神者の元でくつろぐときも、もちろん一緒だ。

異性として意識してしまった鳴狐と二人で会話するとき、手持ち無沙汰になると、ちょうど狐の存在がありがたく思えてしまう。
いつしか審神者は手癖のように櫛を持ち歩き、鳴狐を呼び止めたときにはお付きの狐の毛を梳いてやるのが日常になっていた。

……けれどもやはり、人語が堪能である存在が当の二人以外に在るとなると、睦言じみたことはしづらいというのが審神者の本音であった。

「わたくし、お邪魔虫…いえ、お邪魔狐となってはおりませんでしょうか……」

あるとき、鳴狐と二人きりになりたいなぁ、と考えた審神者に向かって狐が言った。
そんなことないわ、と遠慮がちに答えたものの、狐は「わたくし用事を思い出しましたゆえ」と見え見えの嘘をつき、鳴狐から離れてトコトコと廊下を歩いていくのだ。

「かわいそうなこと、しちゃったかしら」
「……いや、気にしなくていい」

珍しく鳴狐が口を開き、涼しげな目元で審神者を見つめる。
そして、頑固に面頬を外さぬまま審神者にくちづける。
硬質な面頬から微かに覗いた舌は、熱くて柔らかかった。

そんなことを繰り返して、審神者と鳴狐は緩やかな愛を育んでいた。




…………ある夜のこと。

歴史改変を企む者。
それを阻む、審神者を筆頭としたものたち。
どちらも本来は、存在してはならないものだ。
歴史改変の阻止、という大義名分があることで、審神者は己と、己が喚び起こした刀の魂たちが「異物」であると、失念していた。

……その事実を、行軍中に遭遇したという検非違使なる者によって思い知らされた。

信頼とともに送り出した刀剣たちがあまりに痛々しい姿で帰還したのを見て、審神者は言葉を失った。

誰一人として審神者を責めない。
みな口々に「己が身の非力さ」を悔やむのだ。
そんないたいけな刀剣たちに気の利いたことも言えないまま、審神者は一人自室に引っ込んだ。

……が、暫くして部屋と廊下をつなぐ襖の向こうに何者かの気配を感じ取って起きあがる。
元々眠くもないのに布団を敷き、横たわっていただけだ。

「……どなた?」

すぐの返事はなく、代わりに襖の下方をカリカリと引っ掻くような音がする。

「主さま。主さま。鳴狐とわたくし、お付きの狐でございます」
「……どうしたの?入っていいわよ」

そう言うと、狐ではなく鳴狐が襖を開けた。
敷いてある布団に目を留め、わずかに硬直したが、改めて神妙な面持ちで審神者の前に正座する。
お付きの狐も前足を揃えて、まるで鳴狐と同じ姿勢を取っているつもりらしい。

「優しい主さまのこと。本日帰還したみなの様子に心を痛めておりましょう」

……いつものように、鳴狐の代わりに狐が喋り出す。

「わたくしたちは本日、別の時代へ遠征しておりましたゆえ、まったくの無傷でございますが……今後、かの検非違使とやらと、確実に刃を交えるでしょう」
「……そう、ね」
「主さまは、鳴狐によくしてくださります。いえ、みなに優しいですが、鳴狐にはなおのこと。お菓子やお茶を…いや、コホン」

まるで人間のように前足で口元を押さえ……僅かに間を空け、再び言葉を紡ぐ。

「霊力を他の者たちよりも多く、鳴狐に注いでくださります。違いますか?」
「……違わない、わ」
「ふむ。それゆえに、鳴狐は本丸の中にあって、最も優れた、最も強い力を誇っています。偏に、主さまの寵愛の賜です」
「…………」

「かの検非違使との衝突に限らず、これからも様々な歴史へと赴き、我々は戦うこととなりましょう。その中で、最も力ある者が、他の者を率いるのは当然のこと。……わたくし、間違っておりますか?」
「…………いいえ」

狐も、鳴狐も、見抜いているのだ。
「どうか鳴狐だけは」。
己に与えられた権限を持ってして、鳴狐だけは己の傍に置き続け、戦に出て傷つくことなどないようにすれば。
そんな、審神者としての命に背く考えを持っていることを。

「主さま。鳴狐は、鎌倉時代の打刀。今はこうして、主さまの希有なお力によってヒトの形を成しております。ですが」

……狐の言葉を、鳴狐が手で遮った。
審神者がそんな様子を見るのは……初めてだった。

「俺は、戦に出る。勝利を、あなたに、約束する」
「鳴狐……」
「だから……」

……が、そこで鳴狐は黙りこくってしまった。
すると入れ替わりに、口を遮られていた狐が喋り出す。

「主さま!つまり鳴狐は、主さまに自信をつけてもらいたのですよぅ!」
「……自信?」

言葉の意味を理解できず、審神者は鳴狐の方を見やる。
すると面頬に隠されていても明らかなほどに、彼の顔は真っ赤であった。

「自信……って……あっ!ええっ……な、鳴……狐?」
「…………」
「そういう……こと、なの……?」

無言で、頷かれる。

「そういうこと、なのですよぅ!あ、ではわたくしめは席を外しますゆえ、どうか水入らずでお過ごしになられてくださいませ」

……狐は、器用に前足を使って襖を開けた。
閉めるのはうまく行かないのか、そのままトコトコと廊下を歩いて……本当に、部屋を出て行ってしまった。

「…………」

唖然としていると、鳴狐が立ち上がって襖を閉めた。

「なき、ぎつね……?」

突然押し寄せた様々な感情についていけず目を白黒させる審神者の前に再び正座すると、鳴狐は真剣な顔で口を開く。

「……必ず、勝つ。この身と、記憶を持ったまま、あなたのところに……帰ってくる」

……鳴狐の告白は、なんというか、たどたどしい芝居のようだった。
それは元来の口数の少なさだけでなく、彼の身を激しい緊張が包んでいるからだと、審神者はやっと理解する。

「勝って、あなたの…その、傍…いや、力に……」
「な…鳴狐」

それ以上言わなくて、いい。
その思いで審神者から鳴狐にくちづける。
……こんなこと、審神者だって初めてだ。
なのに、己よりずっとうぶな様子の鳴狐を前にしていると……不思議と、私がしっかりしなくては、という気持ちになってくる。







「うい゛っ…い゛っ、い…た、いたぁっ…!鳴狐っ、痛いっ!痛いぃ……!!」
「…………!!」

二人で触れ合ううちに、なんとか羞恥心や躊躇いを手放すことができ、やっとつがいの形となったのに。

「はぁっ…はあ、はあっ……はああっ……!!」

悲痛な叫びに、鳴狐はすぐさま押し込んでいた腰を引いてくれた。
だというのに、まだ審神者は歯が鳴るほどの震えを抑えられない。

「……大、丈夫…?」
「…う……うっ……!」

平気よ、ぜんぜん大丈夫。
そう答えるべきなのに、審神者の喉は引き攣った。
涙で滲む視線をなんとか向けると、鳴狐は困ったような、悲しいような顔で審神者をじっと見ている。

「指は入ったけど……」
「いや……言わないで……!」

そう、指という異物は、案外すんなり入ったのだ。
すぐさま快楽に包まれることはなかったが、愛しい者の指が入ってくるのだと思えば悪くない。
それに何より、痛くない。違和感はあるが大丈夫だ。
これならば私は、鳴狐とひとつになれるはず。そう思った直後にこの激痛である。

さすがに指よりずっと大きなものになると、小さな穴を無理矢理拡げられる痛みが襲ってくる。
その上痛みでいきめばいきむほど、肉体が「異物」を意識して、苦悶は強くなるばかりだ。

「…ここで、やめる?」
「う、ううん……!」

悲しそうな鳴狐の声に、やっとそれだけの言葉を絞り出す。

「やめないで…お願い、やめてほしくないの……」
「でも……」

本当は、鳴狐の優しさに甘えてしまいたかった。
そうしてもらえると助かる、本当にごめんなさい……そう言ってしまえたらどんなに楽だろうか。

「最後までして。鳴狐にしてほしいの……お願い」

己も鳴狐も、二人で肌を晒し合ったのだ。
ここでやめてしまえば、そこまで至った気持ちも無駄になってしまう。
……それに鳴狐は審神者を労ってくれるが、「やめたい」などと思っているはずはないのだ。
薄目で覗いた鳴狐の下半身が、まだ熱を灯していることからもわかる。
それだけの優しさには、ならば献身で応えるのが愛であろう。
審神者はそう心を固めて、もう一度鳴狐の顔を見る。

「……本当に、大丈夫?」
「うん……鳴狐、お願い」

……しかしどんなに二人の想いが尊かろうと、痛いものは痛いし、入らないものは入らないのだ。

「うぐっ…く、ふ……ううっ…!!」

再び入りかけた先端を引き抜いて頬に手を寄せる鳴狐の前で、審神者は涙を流す。

「ご……ごめん、なさい……」
「いや……」

入ってこようとするのをやめてもらえば、痛みは治まっていく。
だが入れ替わりに罪悪感が審神者を蝕み始める。
ジクジクと熱を持って痛む己の下腹をどうにかできないか、焦燥するばかりで何もできない。

「……私、鳴狐のこと、心から想っているのに……」
「……うん……」

鳴狐が優しく頷いてくれるのが、また心に滲みる。

「ごめんなさい……もう一度、思いっきり、入ってしまって…あとは、慣れていくでしょうから……」
「……いいの?」

……鳴狐は、今度は真剣に躊躇っていた。
審神者と一つになりたい欲を、審神者を案ずる想いが上回りつつある。

「どうしよう」。
この気持ちが、二人の間で諦念を伴って大きくなっていた。


――――……カサカサッ。


……ふと、突然襖の向こうから物音がした。
審神者も鳴狐も慌てて襖を見やる。

カサカサッ……。
カサカサカサッ……。

襖の表面を、何かが弱く擦っている音だ。

「……覗き?」
「えっ?!」

鳴狐の一言に審神者が飛び上がると同時に、鳴狐は退けていた布団を審神者に被せる。

「少し」

待って、ということだな……と理解した審神者が布団にすっぽり身を隠すとと同時に、鳴狐が静かに襖に近付く。

「誰だ」

僅かに殺意さえ漂う声で、問いかける。

「鳴狐!主さまー!わたくしです!」

……が、襖の向こうにいたのは他の刀剣でも敵でもない。
…………お供の狐であった。

「狐さん……どうして……?」
「面目ありませぬ主さま、わたくしどうしてもお二人の情事がうまく運ぶか気がかりでして……」

唖然とする二人の前に、襖を開けて狐が入ってくる。
いつものようにふさふさの尻尾を揺らし、硬い肉球のついた細い足を音もなく忍ばせて。

「主さま、ご存知の通り鳴狐は、主さまのお力によってヒトの姿を得た存在です。つまりその身は、無垢そのものなのですよぅ!」

尾の先で裸のままの鳴狐を指して、有り難くもない説明を始める。

「主さまのお体を優しく扱う術も、労る手管も、すべてはただの知識。それに最愛の主さまの前ともなれば、なおのことのぼせてしまうのでしょうなぁ」
「…………」
「そこでこのわたくし、お二人が恙無く結ばれるよう、お手伝いをしたく存じます」
「それは……」

鳴狐がなにか言いかけたのを、狐は先読みしてか頷く。

「ですが鳴狐、主さまに苦痛を与えるのは望むところではないでしょう」

……そして、不満げな目をした鳴狐をすぐさま黙らせてしまった。

「で、でも。でも私は……」

こんな姿を他の誰かに見られているなんて嫌だ、と言える雰囲気ではなくなり、審神者は口ごもる。

「わかっております、主さま」

だが鳴狐は、ツンと尖った鼻先を鳴らし、心配御無用、というようにフサフサの胸を張ってみせる。

「わたくしに見られるのは恥ずかしいとお思いなのでしょう?」
「だって……いくらあなたでも……」

たとえこの狐のように人語が喋れなくとも、こんなときに動物が同じ部屋にいたら困る、と審神者は思う。
おそらく気が気でない。

「ご安心を!わたくしめにお任せくださいませ!」

……その声と同時に、審神者の司会が暗くなった。
何かフサフサとした温かいもので、目隠しをされている。

「恥ずかしければ、見なければいいのですよぅ」





「鳴狐、そこの枕を主さまの腰元に差し込むのです」
「あ、ああっ……!」
「主さま、ご辛抱を。身体の重心が変わってうんと楽になりますゆえ」
「ほ、本当に……?」

そんなわけで審神者は頭に狐を乗せた状態で、鳴狐とねやごとに勤しんでいた。

「鳴狐も、これで主さまの中がよく見えるでしょう」
「ええっ?!よく見えるって……!!」

なんせ視界は狐の尻尾で覆われているので、審神者は己がどんな格好をさせられているかもわからない。
確かめたくて手で退けようにも、審神者の頭上に陣取ってる狐そのものが退いてくれなければうまく行きそうにない。

「駄目です、主さま。ご辛抱を。わたくしめの尻尾の毛を数えてお待ちください」
「て、天井のシミとかではなくて?」

ばふばふっ、と尻尾の先が審神者の耳を打つ。
手触りは柔らかいのに、狐の尾というのは思いの外重く、しっかり目元を覆ってしまう。
仕方なく諦めて、審神者は胸の前で手を組んでジッと耐える。

「ほぅら鳴狐、これが主さまの『およに』ですよ。ほほぉ…綺麗なものですなぁ」
「うっ……い、いやぁ……」
「鳴狐、優しく舐めて差し上げるのです。ああそこじゃない、お恥毛の生え際に、小さな突起があるでしょう」
「うっ……ううっ……!!」
「そう、それを……」
「ああっ?!やっ、いやぁっ…?!んっ、な…なに……?!」
「おぉー…主さまはここがお好きなようです。鳴狐、ゆっくり、ですよ。やさしく」

なにやら説明口調な狐の声の後に、審神者の下腹を断続的な刺激が襲う。

「んくぅうっ…やあぁっ…やっ、やっ、やぁあん……!」

ひっきりなしに声が漏れ、下腹からは生温かいものが溢れ出す。

「ごらんなさい鳴狐。主さまもとても気持ちよさそうにしておられる。こうして愛撫して差し上げるのが、何より大事なのですよぅ」
「……っ、……っ!」

しかも、狐の言葉を振り返るに、今、審神者の足の間に刺激を与えているのは鳴狐の舌なのだ。

「は…恥ずかしい……死んでしまいそう……!」

審神者の言葉を聞いてか聞かずか、突然愛撫が強くなる。

「ひああっ?!やっ、あっ、んあぁ…!強くしちゃ…だめっ、だめぇっ!!」
「鳴狐、この『ダメ』は、続きを促しておいでなのですよ」
「し、してなっ……ああ……っ!!」

ほんの一瞬、恥よりも快悦が優り、審神者の身を小さな痙攣が襲う。
身体中がギュウッとこわばるのに、反対に下腹部からは熱い痺れが逃げていく。

「はああああっ……!!」

寝具で持ち上げられた腰をよじらせて、突然押し寄せた快楽への恐怖に耐える。

「おぉー……さあ鳴狐、主さま。ここからもうひと頑張りです」
「ああっ……?!」

……狐の尾で目隠しされていてもわかった。

審神者の膣穴に鳴狐の先端があてがわれたのだ。

「あっ……ま、まだ……」

さっきこの行為で味わった、灼けるような痛みが忘れられない。
思わず臆して身を強ばらせるが、鳴狐は動じず、いっそう熱を寄せてくる。

……審神者はそこで、僅かな変化に気が付いた。
鳴狐の先端と己の入り口は、先ほどまでは押しつけられても肉と肉でしかなかったが、今はまるで、審神者の粘膜は鳴狐に吸いつくようにして馴染んでいる。

…………ついさっき、たくさん舐められたから。
あのとき溢れ出た生温かいものが、粘膜を潤しているんだ。

やっとそう思い至った審神者は、ゆっくりと身体の力を抜いてゆく。

「な……なんだか、今度は平気そう……」
「…本当?」

やっと口を開いた鳴狐に、うんうんと頷く。
それを後押しするように狐の尻尾が跳ねて、またも審神者の耳をぱしぱし叩いた。

「き……きて、鳴狐……」

目に見えずとも鳴狐が深く頷くのを感じて、審神者は固唾を飲む。

……やがて、押し当てられた先端が強引さを持って、審神者の湿った粘膜をかき分け、今度こそ中に入ってくる。

「んうっ…う、うああ゛っ…あ゛あ゛っ…あっ……く、う……?!」

痛みが、長い。
審神者はそう思った。
さっきまでは、入り口を拡げられる痛みがジリジリと身を焼いていたのだが、今度はグッ、グッ、と、肉の内側を押される鈍痛が続く。

「は……入っ…た……」
「えっ…ん、く……ほ、本当に……?!」

鳴狐のかすれた声を持って、審神者はようやく己の処女が散らされたと思い知る。

「おおぉ……!!主さま、鳴狐、おめでとうございます!」
「あっ……?」

ピョンッ、と頭の上から狐が退いて、急に視界が開ける。

「ああっ……本当に、私、鳴狐と……」

瞳に鳴狐と繋がった我が身が映ると、審神者は思わず感嘆の声をあげる。
鳴狐も同じ心境なのだろう、審神者の顔を見つめる瞳は、情念に潤んでいた。
まだ、粘膜を疼かせる痛みはある。
だがそれはこの感激に比べれは遙かに軽く――……。

「あ゛あ゛っ?!いだああっ!なっ、鳴狐ぇえっ!いだいっ、痛いっ、いたあぁあっ……!!」
「?!」
「ああっ!なりません鳴狐!性急に動いては!」

……――まるで臓器の中で痛覚の塊が暴れているようだ、と審神者は思った。
大声を上げたと同時に塊は動かなくなったが、根本からの解消ではない。
熱い痛みは、未だ審神者の中にある。

「っっ……、っ……!!」

審神者が目を見開くと、頭上の鳴狐が「すまない」と言う顔をしている。

「はあっ……はぁっ、はぁっ…!う、動くとあんなに…はぁ、痛い、の……?!」

甘い感傷もそこそこに、審神者は瞳の涙を拭う。

「うぐっ…ご、ごめ、んなさ…わ、私、あんなに痛いのは……」

入らない、と思っていた時よりずっと痛い。
あの激痛に鳴狐が果てるまで耐えねばならぬと思うと、それだけで気が遠のきそうだった。

「むむむぅ……主さま…どうかご辛抱を…鳴狐も、どうしても主さまの中で果てたいのですよ」
「で……でも……いたい……」

喋るだけで肋骨が軋んで、内臓が張り裂ける錯覚に囚われる。

「……致し方ありませぬなぁ……主さま、これを」
「うぇ……?」

瞑っていた目を見開くと、さっきまで目を覆っていたフサフサが審神者の手元にあった。

「せめてもの癒しに、わたくしめの尻尾をお触りください」
「えっ……でも……」

審神者は立派な毛並みの尾に指を置きつつも、鳴狐の方を見る。

「…………」

……鳴狐は、コックリうなずいた。

「いいの、狐さん…?痛くないの……?」
「なんのこれしき。主さまの耐えている痛みに比べれば」
「で、でも……」

尻尾を抱かせてもらえるからと言って、それだけで苦痛が和らぐとは思えない。

「鳴狐……」

けれど、切なくも情熱的な視線を向けてくる鳴狐を見てしまうと、どんなものにでも縋って耐えてみせねば、という気持ちがどんどん大きくなる。

「ええいっ……狐さん、胸元にきて……抱かせてちょうだい」
「畏まりました!」

審神者は乳房の間に丸くなった狐を両腕で抱きすくめ、鳴狐に瞳を向ける。

「が……頑張るわ。鳴狐、私の中で……んっ…!!」

審神者が言い終えるのを待たずして、鳴狐は強く腰を突き出した。
わずかに余裕を醸していた表情と裏腹に、身体の方は審神者を求める気持ちに急かされている。

「うっ…ぐっ…んぐぅっ…く…あぁ……!!」

鳴狐が小さな声で短く喘ぎながら熱を押しつけてくる度に、審神者は臓器を押し上げられるような痛みに襲われる。

「ふっ…く、ふ……うぅっ……ン……!」

鳴狐にだって押し殺した悲鳴は聞こえているが、それでももう止められないのだ。
金色の瞳は審神者だけを見て快楽に歪み、胎の入り口を擦り立てる。

「いっ…た、いぎ…いぎぃっ…うっ……ううっ……!」
「主さま、いきんではなりませぬ…鳴狐の目を、見るのです」
「だ、だって……うぅっ…く……!!」

胸に抱いた狐の言葉に応えようとは思うのだが、身体が追いつかない。

「臆さずに、ほら」
「うっ……!?」

一瞬、鳴狐が動きを止めて審神者を見つめる。
それに合わせて瞼を開け、鳴狐の顔のあたりに視線をやると……どうしたことか、頭まで響いていた痛みがスッと引いていく。

「あ……れ、なんで……ぇ……んっ……!」

審神者の表情が和らいだのを見て、鳴が熱を押し当てる動きを再開する。
けれども瞼をきつく閉じていたときよりずっと衝撃が弱い。僅かだが楽だ。

「はあっ…はあっ、はあっ……ああっ…ど、どうし、て……あっ、な、鳴狐ぇ……!」
「ん……、く…………!」

痛みが和らぐのと同時に、目を開いていれば、鳴狐の汗ばむ肌や、艶やかに動く喉仏が瞳に映る。
それが審神者の恥骨の奥にある、むずむずした感覚を強くしていく。

「ねえ、わたくしの言ったとおりでしょう?」
「んっ……んっ、うんっ……はあ、あ、ありがと…少し、楽っ……んぅうっ……!」

身をよじるのと同時に狐の額に鼻頭を埋める。
するとまた不思議なもので、柔らかな毛から漂う動物的な芳香が、審神者の身体の芯に響く痛みを麻痺させていくようだった。

「あぁあっ…い……いいっ、んっ…鳴狐ぇ、いいっ……!」
「…………っ、よか……った、はあ……!」

二、三度狐の芳香を肺に含ませると、淫らな刺激から来る声がこぼれるようになっていた。

「へんっ…変に、なっちゃう……っ、鳴狐、私、おかしいっ…ンッ、ア……変、変なのぉ……!!」
「はあ……!大丈夫、変、じゃ、ない……」

快楽に喘ぎながら助けを求めれば、胸元で狐を抱いたままの手を、鳴狐が優しく押さえる。
普段はなかなか聞けない声と吐息を、審神者にたくさんこぼしながら。

「主さま、あと少しの辛抱です…鳴狐は、こうして息が上擦ってくると」
「えっ……ああっ、やっ、な、き、ぎつね…奥ぅ…!お、押し込んじゃだめぇ……!!」

まるで狐が喋る言葉をかき消すように、鳴狐が乱暴に審神者の身体を揺する。
けれど、もう痛みに臆することはない。
審神者は快感を持って、鳴狐の名前を呼ぶ。

「な……き、ぎつねぇ……!奥…すごい、の……!」

思わず力を籠めて抱くと、腕の中の狐が小さな鳴き声を漏らす。

鳴狐はもう狐には構わないと決めているようで、まるで気にしないまま審神者に熱を押しつける。

「んっ…くぅっ、あっ、あっ……ああっ、だ、め……わ、わたしっ……んううぅうっ?!」

……ふと、審神者の胸元を、湿った、それでいてざらりとしたものが撫で上げた。

「あぁあっ…だ、め、な…き、ぎつねぇ……!!」
「あぁ……!あ、く……あぁ、あ……っ!」

次の瞬間に、審神者の中で鳴狐がはぜた。
粘膜の中で、熱い白濁が何度も何度も吐き出されていく。

「ああぁっ…あ…ふぁっ…鳴狐…すごい……あぁ……!」
「く……ふっ…!!」

大きな痙攣を終えると、鳴狐は気が抜けたように審神者の身に倒れ込む。

「ああっ、待って……!」

審神者は胸元に抱いたままの狐を案じたが、狐はお見通しだとでも言うようにひょい、と審神者の胸から飛び降りた。
それを見て、審神者の方も緊張の糸が切れてしまった。
首元に当たる鳴狐の白髪を撫でながら、ぼんやりと意識を微睡ませる。

「鳴狐は、絶頂が近くなるとああして息が掠れるのですよぅ」

額を何か、さっきと同じ湿ったざらざらが撫でている。
そう気付いても起きあがる力さえなく、審神者はそのまま弛緩する。


「密かに主さまを想って自涜するのを、わたくしはいつも見ていましたから……」



なにやら互いの信頼関係に罅が入りかねないことを狐が漏洩している気もするが、聞かなかったことにしよう。
そう思いながら、審神者はゆっくり瞼を閉じた。



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