おひざもとでゆらゆら
審神者がねっとりした視線で己を見つめていることに気が付き、加州清光はぞわりとした。
もう毎度のことなので、普段ならばまたお得意が始まった、と仕方なしに加州も審神者の相手をするのだが、今は遠征から帰ってきた短刀たちが同じ部屋で寛いでいるのだ。
「加州くううん」
気付かぬふりを続けていると、審神者の口から舌足らずで甘ったるい声が零れる。
甲斐甲斐しく短刀たちの世話をしていた薬研藤四郎もその声で審神者に気が付いて、ほんの一瞬逡巡するような顔を見せたのちに加州に目配せをする。
……まったくこの審神者には困らされてばかりいる。
加州に限らず、彼女に呼び覚まされた刀剣の誰しもが。
見た目は年頃の娘だが、精神は随分幼い所で成長を止めてしまっているように思える。
思い通りに行かないことがあるとすぐにぐずって泣き出して、世界は自分中心に廻っていると信じている。
察するに彼女が「元いた時代」では人々の暮らしに馴染めずいたものを、審神者としての適性を見出されて都合よく厄介払いされたのだろう。
そう思うと加州はわずかに哀れを感じるし、何より、彼女によって一番最初に呼び起こされたのが自分だというのが嬉しかったのだ。
この審神者の本性を知る前まで、あからさま過ぎる程彼女を慕い、剣を揮い、身だしなみに気を遣って、後から呼ばれた刀剣たちに彼女を奪われるのではないかと考えては歯ぎしりした。
俺を必要としてくれた審神者に、誰より愛されたい。
その一心で誰よりも身を粉にしてきた。
審神者は、加州の想いを無下にはしなかった。
それどころかどう見たって他の刀剣とは違う、まるで恋人のような素振りを見せ、また加州にも許し、本丸に居る際はいつだって二人で寄り添っている状態になった。
ちょっとおつむ足りてなくてもアホっぽくても構わない。
俺の審神者はこの人しかいない。この人に一生添い遂げたい。この人を一生護りたい。
この人さえいれば、何もいらない……。
そんな気持ちでいたから、のちに審神者の持つ淫奔な性質を知った時も嫌悪は少しもなく、こうして彼女の裸身を抱くのは己だけであってほしいと願うのみだった。
が、一度身体を許しあってから、審神者の邪淫さは日に日に増長して行った。
あるときは日の高いうちから加州に抱き着いて、服の上から下腹をまさぐる。
あるときは他の者の目がある場所で加州の頸に吸い付いて、虫刺されのような赤い痕が付くまで離してくれない。
最初こそ随喜の想いでつきあっていた加州も、段々と周りの視線が厳しくなっていくのを無視できなくなった。
「他のヤツがいないときだけにしてよ」
と照れ笑いを浮かべながら優しく諭した。
けれども最早審神者は聞く耳持たずだった。
……審神者がトロンとした目で加州を見つめているのは、その悪癖が表出するときの合図なのだ。
「あ…あの、さ……」
短い時間稼ぎにしかならぬと解りつつも、加州は審神者の肩に手を添える。
「今は、さすがにさ…ちっさい子らがいるし」
「関係ないよ」
「いや、関係あんでしょー…な?俺、別に逃げやしねーよ。だからさ、今は」
「やだやだ」
「いや……だからぁ」
「やだっ…やだ、やだぁ〜〜!」
あ、やばい…と思った。
審神者の瞳に涙が浮かぶ。
……地団太を踏んで泣き出す前兆だ。
「わ、わかった。わかったよ」
そう言って加州が目配せすると、薬研はすぐさま小さな身体に大きな瞳の兄弟たちを集め、廊下を足早に抜けていく。
「ふふ、やっと二人きりになれたぁ」
足音が遠ざかっていくなり、審神者は涙をピタリと止めて加州にのし掛かってくる。
「加州くんの、気持ちよくするう」
「…………」
もはやこうなると抵抗の術どころか心も持たない加州は、自ら服をはだけて審神者の「愛」を有り難く受け入れるのだ。
……が。
「えっ?」
てっきり自分と同じく裸身を晒すと思った審神者が、一切服を脱がずに寄りかかって来るので躊躇う。
「……脱がないの?」
「脱がないよお」
「……どうして?」
「今日は、手だから」
「手ぇ?!」
不満と驚きの混じった声を上げる加州をよそに、審神者は言葉通り、その手のひらで加州の肉叢をまさぐりだす。
「ちょっと…手なの?手、だけ?」
「うん、今日は手でする。加州くんが気持ちよくなるとこ、一杯見るの……」
悪戯っぽい顔で笑って、まだ熱を持たない肉茎を握って持ち上げる。
「……最後まで、手だけ?」
「うん、そうだよ」
加州清光は泣きたくなった。
もっといろんなところで愛してほしいなぁ、という願いを込めた問いはあっさり流され、実際に手だけで加州を搾り取るべく、審神者の指先が蠢き始める。
「あ…っ、だめ、ちょっと…ダメだって……」
こうなるともう、彼女の行為を止められはしないのだ。
……とすれば、と考え方を改める。
審神者が手での愛撫に飽きるか、疲れ果てるかするまで我慢するのだ。
頃合いを見て、
「やっぱり手だけじゃダメみたい」
なんて言いつつ下剋上を狙うのだ。
「ん…あはっ、ちょっとずつおっきくなってる……」
ぎゅむ、ぎゅむ……と肉茎の根元を握っては離し、血液の流れを促して、巧みに加州を勃起させると、審神者はもう片方の手で先の方をいじくり始める。
「あっ…あ…そこ、ダメ……」
「だめ、ばっかり。だめじゃないよね。すっごく感じてるでしょ、加州くん…」
根本を指の輪で握りしめ、極々軽い鬱血を起こさせながら、逃げ場のなくなった血液でぱんぱんに膨れた先端を指でつつく。
「はあっ…!あ……それ、ちょっ…と……!」
「ああ…先っぽから…出てきたぁ」
「ンンッ……!!」
加州はみっともなく全身を震わせてしまう。
先端から滲み出した滑りを指でほじくりだされるのは、声を上げる程気持ちいい。
ぐちゅぐちゅ、と己の先と審神者の指が湿った音を立てるのに気が付くと、先ほど頭の中で立てた策略など流れてしまいそうだ。
「あっ…はあ、だめ、俺っ…そこ、弱いんだって……」
「うん…しってる。しってるから、いっぱいいじるの…」
糠に釘である。
「あくぁ…あぁ…ああっ、ん、く……!」
必死に歯を食いしばって耐えるが、そんな我慢がいくらも持たないことは加州自身がわかっている。
「く…そ、あっ…あ……!」
それでも耐える。
ぬるぬるになった指で加州を責め続ける審神者の意地悪な顔も、出来るだけ見ないように目を瞑る。
「…加州くん、どうしてガマンしてるの?」
「つぁ…?!や、だって…そりゃ……」
「できなくしちゃお」
何を、と言いかけ、加州は黙る。
正確には黙らされた。
股間を握ったまま、審神者が加州の唇に口づけた。
「んんぅっ…ぷぁっ、ちょ……」
「……ふふ、加州くんは…私にちゅうされるの大好きなんだよね…」
「いや…いや、好きだけどさ、今は…ンンッ…!!」
抗議の間もなく口づけが続く。
柔らかな舌がねっとり入り込み、加州の口の中をたっぷり味わう。
「んぶっ…うぐ…!」
「…んむっ……うふふっ……!」
……審神者の思うがまま。
愛撫されながら接吻を受けると、どういうわけか加州は、そうでないときよりもずっと感じてしまうのだ。
それを指先で感じ取った審神者は、舌も指も緩めることなく情熱的に触れ続ける。
「ひゃ…め、おれ、このまま…っ」
「んーっ…む、ふぅ…いいよお…んっ、らひへ、かしゅうくぅん……」
審神者の舌が加州の舌を捉え、上下の唇で挟んで強く吸い上げる。
「んうぅうっ…!むぐっ、むぅぅ…!」
そちらに気を取られそうになると、不意打ちで股間への愛撫が強くなる。
ゆるゆると根から先までをしごいていた指が、ずりゅっ、と先端を擦り上げるのだ。
「んっぐ、ひょ、やめえぇ……!」
「いいお……んっ、いいよお、かわいいよ、かしゅーくん…んぅ…」
「あっ、あ゛っ?! んくっ、あっ、あああ……ッ!」
吸われた舌に軽く歯を立てられたのが駄目押しになった。
企ても虚しく、加州は審神者の手指の中でびくびくと下腹を震わせる。
「うっ…ぐ、くうっ…あ…あぁ……!」
「うふふっ…出たあ、出た…ん、いいこいいこ」
放たれた白濁を全部手で受け止めて、審神者はうっとりした声を上げる。
そして褒美だ、とでも言うように再び加州に口づけて、少しくねった黒髪を鼻先で撫でる。
「加州くんは、ほんとにいい子。いい子いい子。だいすきい」
「……本当に?」
「うん。加州くんのこと、私、大好き。仕事おわっても、一緒にいようね」
「…愛してる?俺のこと」
「うん!愛してるよ。もっと撫でてあげるね。いい子いい子、かわいい子」
……加州清光が、周りの視線が刺さってもこの審神者を許してしまう理由はここにある。
「悪戯」の後に、こうして審神者の膝を枕にして寝転び、頭を撫でられていると、他では得られぬくらいの心の充足を感じるのだ。
「加州くんのこと、こうやって可愛がってあげられるの、私だけなんだから」
「……本当にそう思う?」
「うん。思ってるよ。加州くんは、私の愛がないと生きていけないよね」
「まあ、そうなんだけど……」
クスクス笑って耳たぶを撫でる審神者の甘い言葉を聞く頃には、もしもこのひとときを奪う者が現れたのならば、敵であれ味方であれ、俺が斬り伏せてやるだけだとさえ考えてしまうのだった。