純粋とか限られた時間とか
「…どこ…ここ」
「ゲゲゲの森さ」
「…!」
私の不安げな問いに、ふいに後ろから現れた人影がにべもなく答えた。
…私が鬼太郎さんのところに通うようになったきっかけは、ふいに迷子になったときに作られた。
「あはは、それで鬼太郎さんは本当に漬物にされちゃったの?」
「非道いなぁちゃん。僕は精一杯だったよ」
「…でも、本当に不死身に近いんだね」
「そうじゃなぁ。さざえ鬼に食われても毛穴から出てくるような息子じゃからのう」
「え、なに、その話聞きたい!」
鬼太郎さんのお父さんがふいに口にした言葉に、強く興味を持つ。
「ちゃん、僕の話なんて楽しいかい?」
「え?うん、すっごく楽しいよ」
「よかった。ちゃんのことも聞かせてよ」
「いいけど…「まったく人間ときたら」って思うようなことばっかりだと思うよ?」
「そんなことないさ」
鬼太郎さんは笑った。
ふいに、狭い部屋の中にひゅうっと冷たい風が吹き込んだ。
「いかん、もう日も暮れてしもうた。鬼太郎、さんを送ってあげなさい」
「はい、父さん」
「ごめんなさい、わざわざ…」
口では遠慮するけれど、本当はすごく嬉しい。
私より随分背が低い鬼太郎さんが、私の手を引いて、森の中をふたりっきりで歩く。
それは心躍るひとときだった。
「じゃあね、ちゃん」
「うん、明日も来ていい?」
「もちろんさ」
「じゃあ、学校が終わったら行くから!じゃあね!」
森の出口で、約束を交わして私達は別れた。
森から一歩出ると、そこはさっきまでいた深い森なんて想像できない、実になんとも違和感のない竹薮になる。
私が鬼太郎さんのことを思って足を踏み入れれば、
豊かな緑とちょっとしたおどろおどろしさの漂う「ゲゲゲの森」に通じる道となる。
「…あれ?」
その日、私が竹薮に足を踏み入れると、いつもの景色は広がらず、
竹薮は竹薮のままで、私はあの森へ入ることができなかった。
「うそ」
がさがさと薮の中を手探りしても、笹の葉がチクッと痛いだけで。
「うそ、うそ、うそ」
私はパニックになった。
そして頭の中に、不吉な考えがもやもや広がっていく。
「いやだ、ねえ、ちょっと、いやだ…!」
「ちゃん?」
私が泣きそうになり、涙がこぼれる寸前に、背後から求めていた声がした。
「っ!鬼太郎さん!」
「わ、ちゃん…」
思わず私は、その小さな身体にしがみついた。
「いつもより遅かったから…迎えにきたんだよ」
それを聞いて、私は堪えきれず涙してしまった。
宥められながら鬼太郎さんの家に辿り着いて、
私は涙の理由を問われた。お父さんは温泉ツアーとかで留守らしい。
「…あのね、人間の世界に、オバケっていうか、妖精みたいなのをテーマにした映画があるの」
「映画?」
「…そのオバケはね、子供にしか見えないの。テーマソングでも、「子供のときにだけ訪れる、不思議な出会い」て歌ってて…」
「…」
「それで…今日…」
続きを言おうとして、思わず口をつぐんだ。
…もし口にして、本当のことになってしまったら。
涙はなお流れた。
ずっと、ずっと続くと思っていたのに。
もう会えなくなってしまうなんて、そんな。
「鬼太郎さん…!」
私は、ただ黙って私の言葉を聞いてくれていた彼を、思いっきり抱きしめた。
「抱いて…!」
涙ながらの私の懇願に、鬼太郎さんは応えてくれた。
板の間に私が横たわる。
その上から冷たい手が私を抱きしめて―
「ちゃん」
「…なに…鬼太郎さん」
「…僕なんかで、よかったのかい?」
「鬼太郎さんじゃなきゃ、ダメだった…」
「…そう」
二人で横になる。
私の胸に、さらさらした茶色い髪の毛が触れる。
「…ッ!」
また涙が溢れる。
せめて、せめて、せめて、ううん。
いっそ、ひとつになってしまいたい。
そう願うと、私の意識は闇へと落ちていった。