オセロー




「ふーれん、みてみてお姫様」

部屋に入るなり革靴を脱いで、備えのカーテンを引っ張って体に巻き付けた。
そんな私を見ながら、フレンは呆れ顔で甲冑を外してゆく。

「ユーリと二人で酒盛りなんてするのは、僕としてはあまり感心できない」

「男と」じゃなくて、「ユーリと」。
そのへんの繊細な機微がおもしろい。ついついからかいたくなる。

「へー、別の男の人ならいいんだ」
「そういう意味じゃ…ユーリは悪い奴じゃないけれど、聖人でもないよ」
「フレンと違って?」
「…やっぱり酔っているんだな」

「いい奴だぜ、面倒臭いけどな」。
「悪い奴じゃないけれど、聖人でもない」。
この二人のお互いの形容の違いがなんだか笑えてしまう。

「むしろユーリは人種的に言えば荒くれ者なんだ。君によからぬことを吹き込んだりしないかと」
「よからぬことって?」
「ああ……もう」

忌々しげにかぶりを振ったフレンが、本気で怒ってないのを私は知っている。
知っている…というか、ここで本気のお説教なんかしたら、
隠しているつもりの欲求が行き場を無くすのをフレン自身がよくわかっていて、私にもそんなそわそわした気持ちが駄々漏れなのだ。

「フレン、ね、しよう?」

私はフレンの前ではとことん蓮葉に、自分の体を砥石とか擂り粉木なんかと同等に扱う女として振る舞ってやる。
きっとそのほうがフレンだって居心地いいはずだ。ザマアミロ。

ザマアミロ?

「休まなくていいのか?身体に障るよ」

窓枠に腰掛けた私に、甲冑の下の革カバーまで外してすっかり休息ムードのフレンが近付いてきたので。

「ふうん。じゃあフレンのはもういいの」
「っ……!」

私は裸の足の指で、フレンの下腹部を押してやった。
手応えありだ。緩ぅく足裏を押し付けただけなのに、熱を持ちかけている感覚があった。

「へんたい。むっつり。私のこと心配してたんじゃないの」
「い……っ!」

言い返されそうになったので、すかさず足の指をきゅっと屈伸させて肉をつまんでみせた。

が……横になっていれば……」
「なってたら、寝てる間にこっそりセックス?」
「違う!」
「やだ怒った、こわーい」

言いながらさらに爪先を押すと、逃れようとしてフレンは身体を丸めて屈みこむ。
なんだか嗜虐的…ん?自虐的?
なほうに感情が傾いていった私は、膝をついたフレンの肩に遠慮なくかかとを乗せた。

「ねえ、この世界のためになることをさ、するのがフレンの仕事なんでしょ」
「……」
「もし私が皇女さまで、私の足を舐めれば為政のために身を粉にしましょう、って言ったらさ、フレンは舐めるの?」
「……君はどうしてそんなことしか言えないんだ」

情欲に流されかけた気持ちが改めて引き締まってしまったらしい。
フレンは意思の強い瞳で、じっ、と、私をねめつける。

「だってムカツクんだもん」
「何が気に食わないんだ」
「……あのね!」

私の卑屈な八つ当たりにあくまで真顔で返事をしてくるものだから、思わず一瞬にして沸騰してしまい、私は踵でフレンの肩を叩いた。
フレンはぐん、と揺れたけれど、それだけだ。
屈強な青年の肉体は小娘の踵落とし一つでフラフラしたりしない。

「フレンが正しいことすればするほど、私は私がサモしいやつなんだなって苦しくなるのよっ」

悪いやつ、じゃない。
私は彼をたぶらかす悪女ですらないのだ。

「ねえもしさ!もしあんたが大事にしてくれてるちゃんがさ!」
「……」

どうしてこういう、自分にとってもよくない、傷を残すだけの悲しいことを口にしちゃうのかな。私は。

「実はとんっでもない尻軽でさ、フレンが騎士団に入って頑張り始めたあたりには、もうさぁ!」
「…………」
「名前も覚えてない商人なんかにさ、たった50ガルドぽっちでさ!」
!」
「処女売っ払っててさ、痛くも気持ちよくもなくてさっ、そのくせフレンには処女だったって勘違いさせたままでさぁっ!」
「聞いてくれ!」
「付け入って、守ってもらいたいなんてさ、コスいことしてるクソアマだったらどうすんのさっ!!」

どんどん脳は煮えていく。
言い放っても治まりのつかない私はフレンの肩を、今度は思い切り蹴り飛ばすつもりで足を振り上げた。

「いい加減にしろ!」
「あ……ッ?!」

……のに、その足はフレンに勢いよく掴まれて、私は窓枠から引きずり降ろされた。

「いっ…つ…!」

背中で感じる床板。頭の後ろの痛み。
真上から私の顔に影を落とすフレンの顔と…憤り尽くした瞳。

「君は僕をなんだと思ってる!」

なんだって、そりゃ。

「……理想主義者。綺麗事の権化。そのくせ自分の欲望の説明ができないだめ男……」
「……だから君のことは好きじゃないと?」

その言葉に辟易しながらも、退けない。
フレンはしっかりした受け答えを私に要求していた。

「……そう。昔から世話になっていた幼なじみ。大人になったら、自分のために苦痛を我慢していろいろ手解きしてくれた大事な女の子。それと…そんな子を守るカッコイイ自分」

視線を逸らしてそう言うと、頭の真横のフレンの手がギュウッと力んだ。
屈辱を刺激されたか、あるいは私に殺意を覚えたか…。
どちらにせよフレンにマイナスな感情が宿っているとわかると私は平常を取り戻せて、今度は視線を歪むフレンの顔に合わせながら言葉を紡ぐ。

「結局フレンは…私にうつる自分が好きなだけなんじゃん。理想の騎士様としての自分を形作るために、私が必要なだけなんじゃん…」
「……
「フレンは…っ、あ?!」

フレンの指が荒々しく私の首根っこを掴まえて、ビッ、とシャツを引っ張った。
音をたててボタンが弾けて、床板の木目に沿ってコロコロコロ…と、滑っていく。

「ちょっ……」

慌てそうになったが、開けた胸元に手が潜り込んでくる様子はない。
ハッタリだ、と判断して私は鼻を鳴らした。

「たとえ綺麗だろうと汚かろうと、私のことを変わらず見つめてくれるわけじゃないじゃん」
「まだ言うのか」
「言うよ。私はフレンが思ってるよりズッとズッと性根の腐れたスベタだもん」
「誰がそんなことを言ったんだ」
「スベタだの性悪だの?」
「違う。僕はのことを綺麗だとか汚いとか、そんな言葉で形容したことはない」
「言わなくても思ってりゃ同じ!フレンと世間のありかたが私をね、くだらない女だって言い続けんのよ!」

誰も面と向かって責めやしない。ユーリだって。今目の前にいるフレンも。
だからこそ恥ずかしくてつらくて、なのに泣くのもなんだかおかしいのでできないままだった。

「私はっ」
「……つまり君は僕じゃなくて、僕を通して見る自分自身が嫌いなんだな」

あ。
あ……。

「黙れバカ!フレンのバカっ…う、あぁあっ…?!」

ふん、と鼻息を漏らして、フレンの腕が私の脚にかかる。
そのまま持ち上げられて拡げられると思ったのに、フレンは自分の顔の前に私の裸足を揃えると、親指の先にカリ、と歯を立てた。

「なっ、あ、なにして、るのっ…!」
「汚くないよ」
「そうっ…ん、はひぃっ…!」

親指は付け根までフレンの口腔に導かれて、ぬるい舌でネロネロ弄ばれている。

「…こんなことをする間柄に汚いも綺麗もないって、が僕に教えたんだろう」
「っ…それは、詭弁っ、ていうか…や、やっ、やっ、はくっ、吸わないで…!」

自分の唾液だらけになった私の足の指を、フレンは丁寧にぢゅっ、としゃぶっていく。

「善も悪もないだとか、散々が言ったんじゃないか……」
「だ、だから、それはっ…あ、あぁ…」
「僕のエゴだから気負うな。君が乏しい人間だというなら、僕がその隙間を埋めるよ」
「やっ、ん、ひっ…!」

くすぐったさに震えて目を瞑った拍子に、脚がぐいいと伸ばされる。
自分のつま先が虚空を舞って、フレンを挟むようになっているのが見えた。

「は、や、やめてっ……!」
「やめない」

色の薄い、形の整った唇が私の下腹部に食らいつく。
フレンの唇はしっとり湿っていて、いきなり陰唇の割れ目にキスをされてもすぐに馴染んだ。

「ふくっ、う、ううぅっ、うぐっ、う、ううううぅうっ……!!」

吸い付く唇と、その間から出てきて貪欲に粘膜を探る舌。
その感触に腰をびくつかせ、なぜか私は声を抑えるために口許に手の平を押し当てた。

「うぐっ、ぐ、ううぅっ、うううっ…だめっ、う、ふぅぅっ……!!」
「だめじゃない」
「ひきッ、ひきっ、あ、か、噛むにゃっ、あ、あぐっ?!」

にゃあてなんだ、にゃあて、私。
いつも真珠みたいに輝いている歯が、肉芽を挟んで甘噛みしてくる。
フレンがこんなふうに積極的な…なんというか、私の反応を見ながらちらり、じゃなくて。
強引なことをするのが、なんだか自分は信じられない。

「いやだ。僕が噛みたいから、噛む」
「さ、さっきから、そればっか…!あ、ああふっ、ふぅううっ、く…!」

なぜか涙がこみあげてきて、ふとしんみりした感傷に浸ろうとした瞬間に。

「ひや、だっ、めぇ、えぁあぁっ!!」

ふ、とまた息を荒くしてフレンが私を吸い上げたので、目の前が真っ白になった。

「うっ……う、ふれ、ん、なんか……なんかぁ……」
「僕が怖いか」

言いながら乱暴に自分のズボンをむしり取って、悪びれもなく屹立した肉を私のいりぐちに宛がうものだから、私は呼吸を整える間もない。

「ま、待ってちょっと、待って……!」
「待たない。もう君の話は聞かない」
「そ、んっ……んんっ……は、離せっ、これ、離して……!」

ぐりぐりと、肉茎の張りつめた先っぽで私のヒダを潰して遊ぶ。
そのまま一気に押し入ってくると思ったのに、何度も何度も横に膣口をなぶるだけだ。

「ここで」
「ううっ、くぅぅ…ん……っ!」
「ここで問いかけたりすれば、君はそれを責任転嫁と取るんだろ」
「せ、きにっ…あっ!あ、そ、それは、だめっ!それだめっ、それやめてぇえっ!!」
「やめないよ。何度も言わせるな」

膣口をいたぶるのに飽きたのか、私を追い詰めたいのか。
フレンが反り返った肉茎を無理矢理手で押さえつけて、私の肉芽に押し付ける。
鈴口のわずかなくぼみがぴったり肉芽を包んで、先端から溢れる粘つきが恥知らずな音を立てる。

「ふっ、う、やぁ、ああ、さ、最悪、うぅぅ……!!」
「最悪でもするよ、このまま……ん」
「ひっあ、ああっ、やっ、つ、つよい、って、ああっく、くうぅ、ぐっ…!!」
「……気持ちいいな、これは」
「ふくうっ…?!」

目を瞑ったフレンがそう言って感じ入るように喉を鳴らしたので、目を見開いてしまう。

「いいよ、すごく。気持ちいい」
「な、何言ってるの……?!」

……いつもはひたすら、私に問いかけてくるのに。
気持ちいいか、痛くはないか、君は嫌じゃないかと。
それでいで、まるで自分が私の孔に淫していることは恥じるかのように口を噤んでしまうのに。

「ふ、フレン、なんか変なの!やめてっ、もうやめてっ、こ、これ、これやめてっ……!」
「……やめない」

胸の奥からこみあげるザワザワを押し戻すように。

「あ゛っ……う、く、はあ、ああああぁあ……!!」

遠慮も容赦も知らないそぶりで、一気に身体が穿たれた。

「ああ……すごい、熱い、の中は、熱い」
「やっ?!やっやめ、やめてえぇえっ!!言わないでええっ!!やめてっ、やめてぇえっ!!」

馬鹿みたいに叫びながら、自分の両手で顔を覆った。
心の奥でざわめいている感情の正体に、気づきつつあった。

……恥ずかしいんだろう」
「はっ、ず……かっ?!あ、うぅううっ、く、は、あぁあーーっ!やめっ、や、やめやめっ、えっ、ああぁあっ!!」
「君は…僕に一方的に肯定されるのが、恥ずかしいんだ」
「ち、違う、違うっ、ちがうからあっ!や、め、奥っ…うっ、ふううっ、くっ……」
「違うのか。そうか……ああ、でも、いいよ、、いい」
「ちっ、がうけど、や、やめてえぇっ……!!」

何度も打ち付けられて、拡げられていく。
圧迫にこなれてきたかと思うといきなりいりぐちまで引き抜かれて、またいつ奥を小突かれるかわからない緊張を要求される。

「それでいつも、僕にやたら絡んできてた、ん……違う?」
「違うっ、ち、よ、く、わかっ、ん……あぁあっ?!」
「私のこと見てよーって、僕に甘えてた」
「ば、ばかっ?!あ、甘えて、ないっ……!!」

フレンの呼吸もだんだん荒くなってきているが、表情は余裕の笑みを形作る。

「わかるよ。は甘えん坊だ。僕に叱ってもらったり、褒めてもらったりしないと……自分がわからないんだ」
「ば、ばか、馬鹿!違う、違うよっ、そ、んなあぁあっ、だめえっ、ギュッて、しないでっ…!!」
「するよ、抱きしめる……君は自分の意見を求められると困ってしまうんだ、強引にいじめてほしいんだな」

私の背に腕を回して、ぎゅっと身体を抱きしめてくる。
それだけ密着しながらも揺すられて、もう頭の中身がぐちゃぐちゃだ。

「ふやっ、な、なに言って、るの、そんな、のぉ……!!」
「ちょっと早く大人になりすぎたんだな……甘え足りないんだ」

どうして私をそこまで見抜いて、ダメ人間だと評していくくせに……フレンはこんなに笑っているんだろう。

「馬鹿だよ、僕も……無言で撫でてあげればいいのに、は……っ」
「ば、ばか、も、う、言わなくて、いいからっ…や、やめて、泣いちゃ、う……泣きそっ…!!」

実際に、視界がじわんと涙で歪んだ。
が、フレンがれをぺろりと……舌先で拭った。
今までの、スカしきった騎士様としては想像できない、物凄くやわなしぐさ。

「可愛いよ……興奮する」

「こ、ば、馬鹿っ……!!」

そう言われて、自分の身体が変に震えだすのが解った。

「ふっ、フレン、だめ、わ、あ、私、い、きそ、かも……んっ?!」
「わかるよ、奥、きつい……!」
「だ、だめ、だめなのにいぃ…フレンに、こんな、さ、れてるのにいっ…ばか、いく、いッ、く、うぅううっ……ううううぅうぅぅっ……!!」
「……っ、だめじゃない、僕もイクから……ほら、出すよ、っ、……!!」





「……撫でていいか、って聞かれると、いやだとか、あんたが撫でたいなら撫でれば、とか言うね、は」
「……私……」
「奪い去って欲しい?」
「……うん」
「支配してて欲しい?」
「……うん」
「僕の「もの」にされたい?」
「…………うん」

そうだね、と言って、フレンは笑った。

「それを人としてどうか…って、他の人間と照らし合わせると、君は拗ねてしまうんだな」
「どうせ子供だもん。ダメな女だもん……」
「……拗ねるくせに、そんな自分を一番嫌いで、いけないって思ってるのは自身なんだ」
「だって……」
「可愛いよ」

徐々に治していこう、とか、また毅然とした顔で言われるかと思ったのに。

が可愛がれない分、僕がを可愛がるよ」
「な……」

何を言うのよ、なんて叫んだ私はすっかりもう、フレンとの関係が逆転していた。

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