都合のよい言い訳
「んっ……?!」
締まった身体のあちこちに浮かせた汗の玉がつるんと流れ落ちる。
それまで緊張していた彼が一気に弛緩したのがわかる動きだった……のだが。
「えっ……ちょっ、これ、?!」
「んあっ……?」
フレンの身体は、ごぼ、と私の割れ目から垂れ落ちた液体を見た瞬間に再度凍り付いた。
「アレだよなぁやっぱり……」
フレンが私に対して負い目を感じているとすれば、あの一件ぐらいしか思い当たらない。
ことが済んだのち、彼が出した濁りに赤い血の色が混じっているのを見て、フレンは大きな勘違いをしたのだ。
「うわあああ、僕はの初めてをもらってしまった!」
と。
バカである。だいたい誘ったのは私だ。それもかなり強引にしつこく挑発して。
そんな相手がなんで処女なんだ。ちょっと抜けすぎだ。
「…あれ、たぶんフレンから出てたんだよなぁ」
……性行為に不慣れな男性器は、裏っかわらへんが擦り切れやすくなっていて、血が滲むのもよくあることらしい。
が、フレンはそれを……私にとっては都合よく……解釈し、
「強引な態度でごまかしているが実は処女だった!」
「僕に自信をつけようとして!なんて!」
と、私に感じなくてもいい負い目を感じているのだ。
元々小さい頃からあちこち飛び回って留守にしがちな両親は、下町の住民たち、大人から子供までみんなに丁寧に言ってまわっていたらしい、
「あの子のことをよろしくお願いします」と。
馬鹿正直にフレンはそれをこの歳まで守っていて、そんな私の純潔を頂いた=傷物にしてしまった!!
とか大げさに考えているのだ。
……それにつけ込んでいるのは私のほうなのだけども。
ぐっ、と勢いをつけて潜ってきた指が、熱い闇を引っかき回す。
「……ふ、く、ぅ……ん」
もうすっかり慣れた様子の指先に、私の肉も安心しきっている。
彼の手のひらに、滴った愛液が溜まってゆくのをなんだかわくわくしながら眺めている自分がいる。
「……痛くないか」
「ん…痛そうに見えるの、これ……」
「…………っ」
指だけじゃなくてもう、本人だって余裕しゃくしゃくだ。
なので可愛げのない返事をしてやる…と、蒼い目はおもしろくなさそうな形を作る。
「…じゃあ、いいんだな」
「あっ、は、はは、言わせたいのフレンー、とか媚びてほしいの?」
「どうして、そう……」
いつも君はかわいくないんだ、とか言いたいのだろうか。
私からすればフレンのほうがぜんぜん可愛くない。
「っ、く、あ、あぁ、か、は、ああ……!」
「……っ、やっぱり、痛い、んだろう……?!」
「い、痛いっ、つったら、やめてくれる、の、フレン、はっ!」
痛くない。ぜんぜん痛くないのよ。
そんなのは気持ちよさそうに軋む私の壁でわかるはずなんじゃないの。
どうしてかたくなに痛い、と言わせようとするんだろう。
「はァ、ん、ふ、フレン、動いていいよ、早く、早く」
「いや……」
「い、痛くないってば、早く、ねえ、早く」
「……君はどうしてそうやって、つ、うっ?!」
可愛くないって言いたいんでしょ、と、逸りを通り越して面白くなくなってきたので、ぐいい、とフレンの腰を脚で挟んでやった。
慌てて腰を前に出して、意図せずに私にめりこんだ彼が驚く。
「あ、あっ……は、ぁ、ああ…こ、んなの、え、えすてり…ぜ、様は、しらないっ……ん…!」
「…………エステリーゼ様?」
「そ、そう、そう、し、知らないんでしょ、ひ、姫は、ふ、ぁ、あ、あんたが、清廉潔白な騎士様だ、ってぇ、ええぇえっ?!」
突然荒々しく肋骨のあたりを捕まれて、身体を浮かされてしまったものだから舌を噛みそうになった。
「なんでそこで彼女が出てくる」
「ふぁ、あ、え、いや、だ、だって、それは……」
「…そういう悪ふざけはよくない」
「悪ふざけ……ち、違う、ん……!」
この調子だと、ホントにエステリーゼ様のこと好きなのかな。
それとも好意は関係なしに、こんな事柄の時に高貴なお方の名前を出されるのは気に食わないのかな。
「なん、だか」
「はっ、ふ、深い、ちょ、腰、そ、んなしたら、深いって、ば……あ、あァ、ああ……!」
「こうしてるとね、僕は…」
……ふと汗で濡れきった自分の髪と額を腕で拭って、真顔でフレンが口にする。
「……が僕に都合のいい女になろうとしてるんじゃないかって、不安で仕方ないよ」
「はぁ?……って、あ、あっ、くぅ、ま、待って、がくがく、だめっ、だめっ……!」
「自分がとんでもなく悪い人間になった、ような…気が、しなく、も、ないっ……」
さんざん揺すられる身体とは別のところで心が一抹の寂しさを訴えたので、激しくかぶりを振った。
「ばか、バカじゃあないのっ、はっ、こ、んなことして、まだいい人のつもりなの、あ、うぁ……!」
「……っ」
「は、裸でねぇ、こんなぁ、汗だくでね、私のこと、こんな、してるっ、の、に」
「」
「僕はいい人だとか、正しいとか、おも、わないでよっ……!」
「、っ、そうじゃなくて……」
「悪い人になってよぉっ!私のこと、めっちゃくちゃにするひどい人に、なってよっ!」
なんかいかんな、感傷的な気持ちと一緒に気持ちよさがぐんぐん上ってくる。
「僕は君が、どうしたら、幸せ……っく、あ…?!」
「早く突けばかっ、がんがんしてよっ、し、幸せにしたいなら、いっぱい犯して……!」
そこまで言って踵でフレンの臀部を軽く蹴ると、彼の方もあれこれ言う気をなくしたらしい。
「……悪い人って言われたいのね、私に悪いことしたから、ツグナウよ、って免罪符がほしいのね」
ボソッと言うと、フレンは無言で私の額に手をやった。
「どうしてはそんなにひねくれているんだ」
「フレンがまっすぐだからじゃないの」
「僕がひねくれれば君は素直になるのか?」
「やれるもんならね」
「あなたが悪徳に淫せる唯一の存在でありたいの」なんて、恥ずかしいことは口にしない。