たまんない瞬間
「…モグラじゃないのに穴が好きー」
「アラ、お下品」
私のベッドの脇の点滴を取替えに来たルッスーリアが、はしたない、という口調で言う。
私からすれば、それはなんとなく口ずさんでみただけで深い意味はなかったから、
どう言われようともどうでもよくて、その言葉は無視することにした。
「あのねェちゃん。アンタ気をつけないとクビよクビ。ボスもカンカンよ」
「…すいません」
「精鋭の暗殺部隊の一員が栄養失調でフラフラなんて、きっとボスの美意識に反するのね」
「私、ボス嫌い」
「あら」
「ああいう怒り任せの暴力人って美しくない」
「あらあら」
「だからスクアーロも嫌。うるさいし」
「でもねェ、ちゃんがこうしていられるのもボスのお陰でしょ」
「感謝はしてます。でも嫌い」
「まぁ、ボスにも美意識があるように、アナタにも美意識があるのよねェ。だから王子様にお熱なんでしょ?」
「……」
突然自分が心に描いていた人の事を口に出されて、私は思わず赤くなってしまった。
恥ずかしくなって顔を背けると、
ルッスーリアは「まぁ、かわいらしい!」とぴょんぴょん跳ねた。
「きもいですルッスーリア」
「あら。ご飯いらない?」
「…どうせヨーグルトだから、いらない」
そもそもどうして私が栄養失調で点滴を打たれて活動不能に陥ったかというと、
まあ、自業自得としか言いようがないのであるが、一応事情があった。
えらく個人的な事情であるが。
舌にあけたピアス穴を、ずっと時間をかけて拡張していって、
そろそろ頃合かな、と思って、私は自分の舌を二股に裂くため、舌にメスを突き刺したのであるが、
サクッと入ったはいいが、そのメスは舌を下まで(まぎらわしい表現だ)ブチ抜くことができず、
私は混乱に陥り、口の中と周りを血だらけにして、舌にメスを突き刺したまま「あがっ!あがあああっ!」と泣き喚いた。
…つまるところスプリットタンは失敗し、舌に大怪我を負った私はまともな食事が取れなくなり、
食べられるのはプレーンヨーグルトと何もかけていない豆腐、というありさまになり、
当然栄養失調となり点滴を打たれるハメになった。
きちんとした固形物でのエネルギー補給ができないので、もちろん作戦にも参加不能、
他の連中にさんざんバカ呼ばわりされて寝込んでいた。
「舌はどう?」
「ヘンです。上だけ裂けちゃったから」
「ちょっと見せてごらんなさい」
「あ」
そう言って、私は口をかぱっと開けた。
それを見たルッスーリアが、「あああぁっ!」なんて小さく叫ぶものだから、すぐに閉じたけれど。
が。
「ちょっと…も、もう一回見せなさい!」
「イヤでしょこんなの」
「怖いもの見たさよっ」
また口を開くと、ルッスーリアは思い切り覗き込んでくる。
なんだかそれが気味悪くて、私がなにか言おうとしたときに。
「うっわ。オカマとバカの衝撃現場」
思い切り軽蔑したニュアンスの声が飛んできて、私は慌ててそちらを向いた。
「あら、アタシはお邪魔ね?じゃあねちゃん。ちゃんとご飯食べるのよ」
「え、待って…!」
開かれたドアの真ん前に立っている人物を器用に避けながら、ルッスーリアはすごいスピードで部屋から出て行った。
…そして、私は部屋に残された人物をゆっくりと見た。
「な、何しにきたの、王子」
「言う必要あっか?」
私の唇を、白くて細い指先で強引にグイッと引っ張り、それから歯列をこじあけて、私の無惨な舌をしししと笑った。
「バカ。ホントにバカ。オレに内緒でそんなことしようとすっからだね」
「ら、らって…」
口をこじ開けられたままの間抜けな自分の声を聞かれることを恥ずかしく思いながらそう言うと、
ベルフェゴールは私のベッドに乗っかり、そのまま思い切り私を見下す体勢になった。
「オレならサクッと綺麗に切ってやったのにさ」
「…っはぁ…王子は舌根まで切り裂いて私を殺しちゃう気でしょ」
「あり、嫌なの」
「……嫌、じゃない、け、ど」
私が恥ずかしくなって口ごもると、王子(こう呼ばれると気分がいいらしい)は私のシーツをばさっと剥いだ。
「あ…」
「傷見してみ?この前の」
言うなり早く、私が抵抗する前にパジャマのズボンをズッと下げられてしまった。
白い下着が露わになるけれど、王子の関心はそこにはない。
…だからと言って私が恥ずかしくないわけはなく、もじもじと手で下腹部を覆い隠すと、
思い切り手をつねられた。
痛みにびくついて意識が離れた瞬間、太ももをがばっと掴まれてそのまま開脚させられてしまった。
…思い切り恥ずかしいカッコウなわけだけれども、繰り返し言うが王子の関心はそこにはない。
「お、キレーな瘡蓋」
開かれた私の脚の、太ももの内側にできた傷を見て、王子はそう言う。
「BELPHEGOR」と、王子の言葉どおり綺麗に瘡蓋がそう私の白い肌に文字を刻んでいる。
「ふつう、こんな綺麗な傷にはならないよ」
「だってオレ王子だもん」
その瘡蓋を王子の指がスルリと撫でて、私は自分のヴァギナがゾクゾクと震えるのを感じていた。
つめの先で、するする肌をなでていく。フェザータッチ。
その裏側に悪意が潜むことを知っているから、私の身体は疼いて仕方がない。
で、当然その疼きは私の身体から蜜を滴らせて、下着をじわりと濡らしてしまう。
「お…王子…」
私はもう、この男のやることなすことすべてに情欲を煽られてしょうがない。
もう、その視線が私を捉えているというだけで、私の下半身ははしたないことになってしまう。
恋している。
甘美な疼きが身体を支配して、この人のすべてを求めて仕方がないのだ。
愛撫が欲しい。
…愛撫、なんて、そんななまやさしいものではないものが、欲しい。
「おねだりしてみ?」
歯の奥で、またしししと笑いながら王子が私にそう言った。
私はこみ上げる情熱を唾液と一緒に飲み込んで、
恥ずかしさで逸らしたくなる瞳に言い聞かせて、王子の方を見ながら、ふーっと弱く息を吐いた。
「わ、たしの…女の、弱いところ、を、虐めてほしい、です…」
その言葉を聞くなり、王子はまた笑う。
手品のような手つきで、彼の指先にナイフが一本添えられる。
「弱いところ、ねぇ」
笑いをこらえられない、というように、それかもしくは喜んでいるのか、
上がりきってしまった私には判断がつかないけれど、王子は私の願いを聞き入れてくれる。
そのつもりらしい。
しゅざーっ、という音がした。
王子が私のパジャマの上着の布を裂いたのだ。
その音に、私はどくんと昂ぶった。
ほどなくして、生身の上半身に空気が触れる。
「ああ…」
ぞくぞくする。
私は再び唾液を飲み込んだ。
「女の弱点つったらココだよな」
ピタ、と、私の乳首の上に冷たい刃が当てられた。
ペチペチと刃を当てて、胸がぷるんと震えるのを王子はしこたま愉しんで、それから私の方をじっと見た。
「ドスケベ」
笑いながら、そんなことを言う。
きっと、私の腰がじれったく揺れるのを見ての軽蔑なのだ。
だけどそんな言葉すら気持ちいい…私は、私は王子の実になめらかなナイフさばきに濡れてしまうのだ。
王子が気まぐれに誰かを切り裂くとき、私はとんでもなく昂ぶって脚がガクガクして、立っていることさえ難しく、
同時に切り裂かれた相手にとてつもない嫉妬を抱いた。
私もあんな風に、美しい手さばきで切りつけられたい。
肉を刃物がするりと切断するときの、あのカタルシスを味わいたい。
そんな思いで、王子と一緒にいると私は仕事にならない。
「あ…ッ!」
刃先が、乳首の先端に突きつけられる。
私はじわりと、緊張と興奮でうなじを汗が伝うのを感じていた。
「ぁ…あぁあ!」
プツン、と、ナイフが私の乳首の硬くなった表面を切った。
血が粒のようになって、じわっとあふれ出す。
「ホントはコレごと切ってやりたいんだけどね」
私の乳房を、もう片方の手で持ち上げながら王子が言った。
「はまだ利用価値があるってボスが言うしな」
「あ…っ…か、関係ない、あのヒトの言葉なんて…」
「んー?」
「やっちゃって…私の…オッパイ、まっぷたつにしちゃって…!」
興奮でどうにかなりそうだった。
ボスの言葉なんて、口にしたように本当にどうでもよくて、今は何より目の前の誘惑の方が大きかった。
それが熱に浮かされたように、恥ずかしい言葉を平気で紡がせる。
「やーだね」
「んぁっ!」
乳首の先の傷をナイフの先端でえぐりながら、王子が笑った。
「遊べなくなるじゃん」
言って、王子はナイフをスーッと、私の胸から下半身に伝わせて移動させた。
綺麗なカーブを描いて、赤い血の線と粒が身体に刻まれる。
王子の言葉の意味を深く考える余裕もなかった。
そのあまりに美しい、きっとその瞬間を画家がスケッチして、一枚の肖像画にしたならばどんな芸術よりも優るだろう、
これ以上ないくらい無駄のなく洗礼された刃さばきが私の身体を痛めつけたという事実が、
どんなものより私を興奮させる。
「次は…コッチだな」
ししし、と、また独特の笑い声。
ナイフが下着の上から、私の秘部に当たった。
「あ、ぁ…?!」
すると、やっぱり芸術としか言えない手さばきで、私のびしょびしょになった下着を、
肌を傷つけないように布地だけ引っ張って切っていく。
「動くと裂けちゃうよ〜」
私の腰が、情欲に突き動かされて微動するのを、王子がまたからかう。
確かにぎりぎりの瀬戸際だった。
ヘタに身体を動かせば秘部に傷がついてしまう。
それはそれで快感なのだろうけれども、今は王子のやることに従順になっていたい。
王子が私の下着の、秘部の部分だけ丸く切り取って、いっそのこと脱いでしまったほうが、というくらい恥ずかしい形にして、
それから私の脚の間に座り込んだ。
ぎし、とベッドがきしんだ。
「まずコレな」
王子が、丸出しになった私の秘部の、一番敏感なところ。
クリトリスの包皮を、ナイフの背でつついた。
「ぁ、ん…」
「ひん剥いて欲しい?」
イタズラっぽくそう問う声に、私はこくんこくんと頷いた。
王子はまた笑って、ナイフの背を器用に使って、包皮をググッと上に引っ張る。
「あ、あ…あ…」
クリトリスが剥き出しになって、ぷちゅうと愛液が溢れ出した。
「女子割礼がある部族じゃなくてよかったな」
ナイフの背で、大きくなったクリトリスをぐりぐりと弄りながら、王子が言う。
「それとも切っちゃう?この皮」
その問いに、私の理性が一瞬だけ逡巡を見せたが、それは後から後からどんどん押し寄せてくる性欲に流された。
私は、うん、と頷いた。
また、王子が笑う。
それから今度はナイフの刃先で、さっきめくり上げたクリトリスの包皮をツンとつついた。
「あ……」
それから、ぷつん、と、粘膜の表面を切り裂く、感触。
私はぎゅっと目をつぶった。
痛いとか苦しいとかではなくて、その感触があまりに痺れるもので、全身を動かして刺激に悶えたいのをこらえるために、
同時に歯も食いしばって耐えていた。
冷たい刃先が、やわらかい粘膜を裂く。
私の秘部はもうベッドのシーツを、失禁したんじゃないかというほど濡らすくらいに潤っていて、
今この私が自分の大切な部分を王子手ずから切り裂かれているという快感に溺れるしかなかった。
「切れたぜ。パックリ」
「ア…!」
王子が、私の秘部を左右に引っ張る。
そうすることで切られた部分が広がって、ちりっとした痛みが走って私は大きく跳ねた。
でも、その痛みが、どんどん身体の中で熱に置換されていって、たまらない。
「っあ、王子、もっと…もっと切って…!」
たまらず、王子にすがりついた。
「オマエ、マジでキチガイ」
王子が、ひゅっと私の陰部からおへそくらいまでを切った。
絶妙な力加減で、表面の皮膚しか切れていない。血管や内臓まで到達しないそれは、また私の身体に美しい赤い線を描いた。
王子はそれから、私の頬をがっと掴んだ。
「マジでキチガイ、切られて濡れるし。そーいうプレイが好きってんじゃなくて本気で殺して欲しいんだな」
「…だって…」
「オマケにこんな舌してさ、ブスだし。オレに切られるくらいしか脳がねーくせにボスにはなんか気に入られてるし」
「ボス嫌いだもん…!」
「オマエの外から見えるところ切るとオレ王子なのにいきなり頭ぶん殴られんだぜ信じられる?」
「だからボスなんて関係ないあのひとはただ私の恩人なだけで関係ないの私は王子にいっぱいいっぱい切って欲しいの!」
「なにそれ告白?好きなのオレの事。たかが平民のオマエが?」
「好きだもん…!」
「はーはー」
王子は、私の顔から手を離して、その手を秘部の、膣のいりぐちにあてがった。
「ココも切っちまってもいい?」
私は、一も二もなく頷いた。
「マジキチ」
「王子にだけ、だもん…!他の奴には触られることさえゴメンなの!」
「…ま、その献身に免じてわがままきーてやるよ」
王子のナイフが、私の膣に添えられる。
冷たさでわかる。
刃が、小陰唇に当たる。
「女はガキ産むときに切るらしいしな」
それは切った後にきちんと縫合手術をするのだけれども。
私の鼓動はどくんどくんどくんと脈打ち、その感触を待ち構えていた。
「…やめ」
「…え」
「気分乗らない。やめとく」
「え…ちょっと…王子…?」
「なんか調子狂う。スッパリ切れそうにねー」
言って、王子はベッドから降りた。
それから私のほうを振り向きもせず、ドアを開けてバタンと出ていった。
私は困惑して、刻まれた傷を無意識に指でなぞりながら、その様子を黙って見ていた。
なぜかその背中から悪い予感はしなかったのだ。
このままもう王子は私の身体を切ってくれないとか、
見捨てられたとか、そういう感じが全然しなくて。
逆にそれが不思議で、何も言えずにいた。
切られたところが、熱を持って疼く。
私は、王子の足音が完全に遠のいて聞こえなくなるのを確認してから、自分の秘部に指を伸ばした。
「わけわかんねー。マジキチのくせに王子だけとか思いあがりすぎ」
口にして、さらにわけがわからなくなった。
切りつけようとして見つめた身体に、あふれ出す血液を思っての高揚とは別の何かを感じて、
その違和感が自分の中で不穏な像を結びそうになったので部屋を出た。
「あら?ベルちゃんもう出てきちゃったの?」
「うるせーオカマ」
「…今日は随分とボキャブラリーが少ないのね?」
「切られてーか」
「ほらやっぱり」
腹が立って目の前のやたらデカイオカマの足を蹴り上げた。
痛いわよっ!とルッスーリアが喚いているうちに、自分の部屋に戻った。
「ムカつく、キチガイの分際で王子の調子狂わせるとか生意気」
あの、恍惚とした淫蕩な笑顔が頭をちらついて。
わけのわからないまま壁を蹴り上げた。