好みのタイプと恋人は必ずしも
「モノを知るのはいいことですよ」
「だあって、めんどうくさいんだもん」
私は自分の彼氏であるところのはじめによく教養のなさを指摘されたが、
自分の中では別にそれは重要なことではないので、適当に流していた。
何事もきっちり調べ上げて事に挑む、頭脳明晰で規律を好むはじめが、どうして私のようないい加減で頭の悪い女を彼女にしたのかは気になるところだったけれども、
そのことで不安になったりはしなかった。
「貴女には知性というものが欠けているようですね」なんて、
イヤミどころかそのまま悪口を言われることもあったけれども、
私は自分が馬鹿だということに危機感を抱いたりはしないし、今の自分が気に入っているし、
それになぜか、はじめもぐだぐだ言いつつ私のことを傍に置きたがるので、まあ、それでいいや、と思っている。
「あ、コレかわいい」
目の前に出されたソーサーとティーカップの柄に、目を奪われる。
ところどころにイチゴが咲き、そのツタが全体に広がっている。
「ワイルドストロベリーです。ウェッジウッドですよ。知らないんですか?」
「知らない」
でもかわいい。
同じ柄のティーポットを手にしたはじめが、はぁ、と息をつく。
たぶんため息。
でも私はどうとも思わない。
ティーカップのイチゴ柄がかわいい。それだけでいいじゃないか。
「全く…」
はじめはそう言って、カップにあめ色の液体を注ぐ。
ほわあ、と、よくわからないけれどいい香りが鼻腔をついた。
「どうぞ」
差し出されたので、私はカップを手に取る。
口をつけて、湯気が立つ紅茶を少し口内に流し込む。
「あ、あつッ!」
口腔に入り込んだ液体があまりに熱いので、私はビクッと跳ねてしまった。
そんな私を、はじめはチロリと見たと思うと、知らんぷりというふうに自分のカップに口をつけている。
「熱い…私ネコ舌だから冷めるの待つ」
「冷めた紅茶ほどまずいものはないですよ」
「だって熱いんだもん」
「それとずっと思っていたんですけれど」
「なに?」
「ティーカップの取っ手に指を通すのは、下品です」
じゃあなんのために取っ手があるというのだ。
私はそんなことを考える。
意味がわからない。
…その考えは私の顔に出ていたのだろう、はじめはまたため息をついて、自分の持ったカップに添えている指を私にずいっと見せ付けてきた。
「指を通さないで、こうして持つんですよ」
見るとはじめは、ひとさし指と中指、親指で器用に取っ手をつまんでいた。
「つまんでいる」という表現だとどうにも変なニュアンスになってしまうが、
白い指先が、優雅にカップを持っている。私のボキャブラリーではうまく言い表せない。
「ふーん…」
一度カップをソーサーに置いて、それからはじめがしているように指を添えなおしてカップを持ち上げる。
と。
「ちょ、うあ、わーッ」
カップは傾き、中の紅茶はテーブルにこぼれそうになる。
あわててもう片方の手を添えて平均を保ったので、最悪の事態は免れた。
もし派手にお茶をぶちまけたりしたならば、たっぷり一週間ははじめにイヤミを言われ続けただろうから。
「持てないよ、これ」
「仕方のない人ですね…」
カタン、とはじめが席を立つ。
「こうです、こう」
私のぎこちない手に、はじめの手が添えられる。
またさっきのような持ち方でカップを上げたが、今度ははじめの指の力のおかげか、カップは傾かない。
でも、はじめがそっと手を離すと、また中の液体がこぼれそうになる。
「難しいよ…重いんだもん、これ」
「持てるようになるまで練習するんですよ」
「そんなことしてまで、なんでこんな持ち方をしなきゃなんないの?」
「マナーですから」
「そんなカチコチに固まった雰囲気で飲むお茶なんて美味しくないよ、私はこれでいい」
そう言って私が取っ手に指を通すと、はじめははぁ、と本日三回目のため息をついた。
「本当…どうしてこんな子が僕の恋人なんでしょうかね…」
「知らない」
「僕はもっと知性的な女性が好みです」
「ふーん」
「…少しは僕につりあうように努力しようとか、思わないんですか?」
「べつにー」
「まったく…」
本当に貴女は僕のデータとは異なった行動を取る、と、はじめがこめかみを押さえる。
「本当に貴女は…」
「なに?」
「本当に…」
本当に可愛いですね、と、はじめは四回目のため息をついた。