ワキ甘
「お前、気ぃつけろよな」
「へっ?」
ちょうど四限目が体育館だったので、そのまま緑間と一緒に昼休みも移動せずに過ごしていたら、
俺の彼女(と誇っちゃうね!心の中で!)と、その友達がやってきて、昼食を取り分けてくれた。
そのうち通りかかった部の先輩も、わいわいやってる所をのぞき込んできて、ちょっとしたピクニックみたいになった。
……のはいいんだけど、なぜか解散前に俺だけ宮地サンに呼び止められてしまった。
「あー……ん、と」
しかも宮地サンにしてはやたら歯切れが悪い。
俺よりふたつも年上なのに、むしろ幼く見える顔を居心地悪そうにさせて……。
「俺だけじゃねーぞ。他の奴らだって解るぞ。あれじゃ」
「ちょ、何の話スか」
目の前の先輩の言わんとしていることがイマイチわからなくて、両手を上げて尋ねてみれば。
「お前、つ……きあってんだろ」
さっきの女子と。
「へっ?え?俺言いましたっけ?」
「だから気ィつけろつってんだよ!バレバレなんだっての」
隠してるわけじゃないけど、大っぴらに言い触らすつもりもなかった。
なのに、たったあれだけの短時間で宮地サンは「バレバレ」だったと言う。
「お前な、いつも緑間みてぇな朴念仁とばっかいるからそのへん鈍くなってんだよ」
ぶっ、と吹き出してしまった。
朴念仁。真ちゃんが。
「何気ねぇ顔で同じ水筒のコップなんか使っててみろよ。あてつけがましーっつうの」
「あ」
吹き出した口元を拭いつつハッとした。
そういや飲み物を分けてもらうとき、他の奴らは友達が用意していた紙コップで分配してたのに。
俺は差し出された水筒のコップをそのまま受け取って、口を付けていた。
「えあっ、いやでも違うッスよ、別に見せつけとか、いや……俺以前に、あっちも意識してなかったと思うし……」
「だーから!そのへんの意識してなさが分かりやすいんだっての!」
「…………」
す、スミマセン。
と口にしても、そのまま頭を下げるのもなんだか変だし……何ともいえない顔で硬直した俺を、宮地サンは面倒くさそうに見る。
「俺はいーんだよ。まー浮かれてる後輩見ていい気分はしねーけどな」
轢くぞったく、と口にしたのは照れ隠しだろう。
宮地サンは明るい色の髪を掻くと、俺から視線を逸らして言葉を続ける。
「仲良しこよしやってる中の二人がツガイになったっていきなり知ったら、色々バランス崩れるかもしれねーだろ」
「ちょ、ツガイって宮地サン」
「るせーな!心配してやってんだよ、あの調子じゃ緑間は全ッ然わかってねーんだろ」
「そりゃ……ま、真ちゃんは真ちゃんだし……」
話題にしたことさえないが、まあ……アイツの性格からしてちっとも気付いてないだろーな。
でも女友達から聞いたりとか……いや、ゆるく経過を見守ってるけど、今のところ緑間が自分から女子に話しかけることはない。
ましてや恋愛がらみの話題なんか。
……そこまで考えて、なんだか妙に照れくさくなってきて……矛先を目の前の先輩に向ける。
「そーんなこと言うんだったら、みやッサンはどーなんスか。気になってる女子とか」
宮地サン、をさらになれなれしく略して顔をのぞき込むと。
「てっめ調子乗んなよ!ライン引きで轢くぞ!」
「あでっ、あだだ、でもライン引きってあんま痛くなさそっ……!」
……どーやら先輩にも色々、探られたくない腹がありそーだ。
恋人てれぱしー
た、か、お、か、ず、な、り……と、大好きな彼氏の名前を声に出さずにつぶやく。
こうすると、なんとなく和成くんに近付けるのだ。
心の距離、という抽象的なものもあるけど…。
和成くんを思い浮かべて、すっと深呼吸。
……すると、体育館で練習中の和成くんの声や呼吸が、ぐっと近くなったような気になる。
私がいるのは体育館を遠巻きに眺めることも出来ない、校舎から離れた文芸部の部室棟なのに…。
和成くんの笑顔が、見えるような気がしてくる。
「なんて…言っても誰もわかんないよね…」
メモにあった書類をまとめ終えると、結んだ紐に手を通して廊下に出る。
「……ん?」
トクン、と胸が高鳴った。
誰もいない、聞こえてくるのは校庭からの喧騒だけ。
なのに…ピンッ、と、まるで見えない糸が張り詰めるように、私の心は「なにか」を感じ取る。
「……!!」
知覚するといてもたってもいられない。
誰も見ていないのをいいことに廊下を小走りで抜けて、目当ての場所に急ぐ。
ぴいん、ぴいん、ぴいん。
近付けば近付くほど、糸が見えない何かに弾かれる。
もう、ビンゴ。
初めはただの予感だったけれど、今はもう確信になっている。
「カズくんっ!!」
「うおっ?!」
部室棟の出入り口まで行くと、やっぱり。
そこには、和成くんがいた。
「あはっ…やっぱりいた…」
「ちょ、息切れてんじゃん。走って来た?」
「う、うん…だ、だって…あれ?でも、なんでカズくん、ここに?」
「雑用〜。スカウティングのディスク、こっちに置いてあんだって」
「ああ、だから…はぁ…はぁ、ふふっ」
「そっちはなんで走ってたん?まさか外からオレが見えた?」
「う、ううん、見えなかったけど……」
たまにこっちに行けば和成くんがいるって、わかるときがある。
「なんでかは、わかんないんだけど…」
私の言葉を聞いて、和成くんは顔を背けてしまった。
……よくよく考えたらこれ、なんかストーカーとか、電波な人の言い草みたいだ。
でも、でも本当にわかるし、でも…言っても信じてもらえない気がするし…なんだか…。
「あの、カズくん…」
「あーっ!やっっべえぇ…!」
「え?!」
弁解しようと一歩近付いた私の背中に、いきなり和成くんの腕が回ってきた。
「可愛すぎんだろ…なんでオレの彼女、こんな可愛いわけ…?」
抱き締められてしまった。
ここは学校だし、和成くんは部の、私はクラスのおつかいの最中。
でも……振りほどくなんてことは出来ず、私からも腕を回した。
カズくんも、すっごく格好いいよ。
そう言って、真っ赤になった顔を胸板にうずめる。
誰かが来ちゃうまでは、このままでいたいなぁ……。