わいだん
引き戸が開いて、その音で目が覚めた。
眠りは浅い。日にちの感覚ももうないが、それでもなんとか思い出すなら、連れてこられた初日よりは深くなっている気がする。
そもそも最初は眠れなかった。
最初に部屋に入ってきた男は、その隻眼で私の方を見ることすらせず、優美に気だるい動きで腰掛ける。
が、それに続いて入ってきた…初めて目にする男は、梁から吊された私を見るなり表情を崩した。
「ほぉほぉ」
好色そうに笑って、すべてを開く形で縛り上げられた私の身体のどこと言わず舐め回すように眺め、そしてひときわ高く笑ってから腰を落とす。
…私が気がかりで仕方ない彼の方はそんな態度もどうでもいいらしく、すぐに煙管を取り出して煙をふかしている。
やっぱりこちらを見もしない。
ふとしたときに向ける殺意は、本当に死んでしまうかと思うほどすさまじいのに。
…いや、たぶん私が死んでも生きていても彼にとってはどうでもいいのだ。
だから気が向いたとき以外は徹底的に無視されて存在しない扱いだ。
置物と一緒。
一緒というか、こうやって吊されているだけの私は本当に置物だ。
……ふと。
なにかの弾みに。
それにしても、と、浪士がこちらをちらりと見て、
高杉殿も色事が好きにありますな、と軽口を叩いた瞬間。
彼の顔にほんのわずかに憤怒の表情が浮かんだのを、私は見逃さなかった。
浪士のほうは気づかない。ひぇひぇ、なんて笑っている。
かん、と、かんしゃくを起こしたように煙管を火鉢に叩きつけて、その上それを蹴飛ばしてから、
一瞬目を剥く浪士に構わず、私の髪の毛を毟るような強さで掴む。
「あ、ぎ」
「くれてやる」
片方しか望めない瞳が浪士の方を向いてそう言った瞬間に、私は深淵に突き落とされたような気分になった。
「手前も張型には飽きたろう」
うなずけばきっと殺される。
かぶりを横に振っても叩きのめされる。
黙って、彼の「気に入る」恨めしい顔を作るだけだ。
なんの因果もないのに。
いやむしろ、自分で作ってしまったのか。
いつになったら自害させていただけるのですかと懇願できる心を持ったままなら、救われたのか。
きらきら星
鏡も見せてもらえないし、ここでの私にとっての「風呂」あるいは「水浴び」とは、
わざわざ汲み上げた、もう温度が低すぎて、熱い冷たいよりも痛いという感覚が先行する水をびっしゃびっしゃ浴びせられる行為だし、髪に通せる櫛もない。
…けれどもほら、あれだ、あれだよ。
凍るような井戸水だって、彼が私のために、私にわざわざ嫌がらせをするために汲み上げている、
ないし、誰かに命令して汲ませているのだとしたら、それはとってもいじらしい。
なんだかとっても彼が健気に思えてくるじゃないか、というのをえらい人は自己欺瞞的心理操作と呼ぶらしい。
私は私に必死で言い聞かせ、自分の心を守るために己に暗示をかけているらしい。
つまらないことばかり考えてしまうのは退屈をもてあましている証拠だ。
ふと夜着丹前に包まりながら自分の腕を撫でてみる。
「……荒れてる」
産毛でも生傷でもなく、肌そのものが湿度を求めてかさついている。
…急に恥ずかしくなった。
もちろんそんな思考が逃げ、だというのもしっかり理解している。
私は恐ろしい。もっと恥ずかしくて恐ろしいものがある。
「……」
ペタン、と自分の乳房にあてた手のひら。
もう少し、もうどのくらい前かわからないけれども、もう少し。
もう少し前はもっとあった気がする。大きさが。
どんどん小さくなっていった。余分な肉が取れたと喜ぶべきなのか。
「…………っ、く、う……」
そして胸と大して変わらない腹を滑って陰毛をかきわけると、もっとも恐れるべきものがある。
「……っ!」
…そこに触れようとして。
いきなりガランと引き戸が開いたものだから、心臓が止まるかと思った。
「あ…うあ」
しんすけさま、とボソッと、口の中でだけ名前を呼ぶ。
……彼はたとえ丹前に包まっていようと、心の中にだけとどめたものであろうと、私の声を聞き分ける。
すぐさま夜着は剥がれて、私はスッパダカを晒す羽目になった。
「おい」
「…う、く……うあ」
顔がにやけるのをこらえ、られそうになかったので、触れかけてやっぱりやめた、
日々肥大化していくような気がしている自分の陰核を、グリッとつまんだ。指で。
「あっ、ぐう、うぐ」
「……」
ああ、だめだだめだ。
これでもだめだ。
「はっ…ひゅ、ひ、ひ…っ」
ついつい笑いが口の端から漏れて、私はそれをごまかすために一層強く陰核をつねり上げる。
直接的過ぎる快楽が痛みとなって突き刺さり、びりっと背筋を抜けていく。
「いだ、あ、いだああっ」
「……」
焦る。なお焦る、彼はきっと見抜いている。
うれしいのだ、彼が私の前に現れてくれることが、私のどんな小さな声も表情も決して見逃さないことが。
私が喜んでいると知ったら、きっともう晋助様はかまってくれない。
「てめェは」
「うっ、く」
「てめェはなにがそんなに可笑しい」
あなたがいることがね、なんて口が裂けても言えないのだ。
「き、気持ちよくて、あ、あはは、あ、はあ、しん、じゃ、ない、た、たたた高杉、さん、み、見てください」
脚を、ぱかっと開く。
カエルみたいに。
そこから腰を突き出して、さらにがたがた震えた。
「ふん…」
「お、は、あ、はは…」
もともと藪にらみの視線がさらに細くなって、私を射抜く。射抜く。それはもう何度も射抜く。
死ぬ。何度でも死ぬ、死ぬ。
死ぬのは怖くない別に。もうどうなったっていい、きっと私にとっての死とは恐れるべきものではなく、受け入れるべきものなのだ。
この胸を焦がす熱さから逃れられるなら死ぬのだってまた一興だ、来世は鳥がいい。
そんなことはどうでもいいのだ。
「歳はいくつだったか、お前は」
「あ、あえと、え…と」
歳をつげると、彼の口の端は卑屈さを持った笑みの形を描いてゆがんだ。
「にしちゃあずいぶん」
わかってる。
ああやっぱり、しんすけさまはやさしい。
日々、知らない男にもいじられすぎて、どんどん形が恐ろしくなっていく気がしていた。のだ。さっきまで。
それを…彼は、笑ってくれる。
「で、すよね、ほ、ら、ほおら……」
さらに下半身を持ち上げようとしたら、かかとがぐきりと音を立てた。
したたかに腰と頭を床板にぶつけた私を、
「……ハハ」
晋助様は、やっぱり、笑った。