わいだん


ぺろっと、彼の指先から垂れる滴に舌を這わせる。
葡萄酒。だいぶ甘い。
数回ぺろぺろと舐めて私が満足したと見ると、今度は白い塊が眼前に差し出された。白黴のチーズ。
ありがとう、と口にしてもぐもぐ頬張る私を見て笑いながら、神威はテーブルの上のグラスにさらに注がれそうになる酒をかわしていた。
今日は神威の横にいるのは阿伏兎さんじゃない。
母船のサルーンには毛足の長い絨毯が敷かれていて、膝も痛くないし頬張るチーズもおいしかったけれど、
なんとなく意識が散って、神威の隣の男の人を見てしまう。

「でな」

神威はにこにこ笑っているが、すっかりその男の話に飽いているのだと、私の首元をじゃらす指でわかった。
もちろんその方が、私としてはうれしいのだけれど。

「なりませぬ、やめてくださいまし、とな」

女の声を作ってけたけた笑う男に、神威が目を細める。

「いきなり突っ込む乱暴者なんていない、これじゃあゴウカンじゃぁありませんか、とかなんの抜かしてな、もう拍子抜け」
「ありゃ」
「なんで自分の体売り物にしてる奴にそんな丁重な扱いしなくちゃならんのかね」
「職業意識とか?面倒なだけだけど」
「プロならこっそり潤滑油仕込んどくくらいしろっつのな」
「アハハ」

ぶるん、と身震いした私のおなか周りに、突然神威の腕が回り込んできた。

「こういうの」

テーブルの上に動物の格好で乗せられて、さらにはぺろんと下履きをめくられたものだから。
また、ぞくっと震えてしまった。

「作っておくと便利だよ」
「ん……っ!」

丸剥けになった尻の谷間に差し込まれた神威の指に、表面に収まり切らなくなった粘液が絡む。

「ねえ?」
「んっ…ふ、う、ん……」

指が二本、勢いよく入り込んでくる。

「なんの薬だ?」

突っかかりなく飲み込まれて、口から何度も息を漏らす私をしげしげ見て、男が言う。

「んー、薬かなぁ」

とぼける神威の声に私はかぶりを振った。縦に。
どうせ横に振ったところで横に腰掛ける男にはわからないだろうし。

「お、お薬、です…いつも、神威がくれるの……」

私の中に吐き出されれば、たちまち体内のどんな毒素にもまさる強い妙薬となるのだ。

「いいねぇ」

ふと神威のものではない体温が近づく気配がしたが、神威がちらりと一瞥するなりすぐに離れた。

「薬の時間だから。じゃあね」

私をひょっと抱えて椅子から立ち上がった神威の胸板に。
うれしくてつい、頬ずりした。


あさひるばん


朝起きると、大体自分の横の少女はまだ、すうすうと寝息を立てている。
規則正しい動きで、まるで猫か何かのように、ふくふくとした腹が、膨らんではへこむ。
体温が肌に直接響くほどに顔を寄せると、甘い花の匂いをさせる吐息が漏れるのも、ちゃんとわかる。
不思議なもので、横向きになって腕を差し出すと、まだ寝たままのはずなのにコロン、と、
寝返りにしては随分と位置が正確な動きで、俺の腕に入り込み、胸板に背中を預ける形で体を収めてしまう。
朝から持て余す欲求を、醒めきらないぼんやりした頭でどうにかしたくて、下腹を丸い尻に押し付ければ、
まるで肌そのものが歓喜しているようにざわりと粟立った後に、寝たまま小刻みに下半身を揺らしてくる。
無防備に放り出された、心臓を包む柔らかい肉に手を食い込ませたところで、大体はっと覚醒するのだ。
そしてすぐに自分の置かれた状況を理解して、恍惚交じりに、おはようございます、と震える。


昼間は部屋から出さないけれど、それでも不自由したとは言わない。
言い出せないのではなく本当に退屈もなにもしていないのだ。
たとえ自分で慰めることを禁じたり、腕を後ろ手にまとめて縛り付けたり、そうやって制限を与えて放っておいても、
夜に帰ってきて褒美をやると囁けば、彼女にとってはそれが言いようのない刺激なのだ。
興奮でかたかたと歯を鳴らし、火照る肌をどうにもできずただ我慢するだけの時間が狂おしいものになって、
自分は戦の最中は余計な心配などしなくて済むし、くだらない会議の間は頭の中にその様子を思い描くだけで退屈しのぎになる。

「……ふふ」
「ん?」

粘膜の熱さ。じくじくと熱を持ち、灼ける温度。
自分が熱を発しているのか、彼女が自分をとろかしてしまおうとしているのか。
どちらかも区別がつかず、つけなくてもいいやと放棄して楽しんだうちに、ふと、笑った。

「どうしたの」
「いえ、今日はその寝間着だ、と思って」
「これ?」

ただの長杉だ。下にズボンを履いて、帯で留めている。
産まれた頃からこんな服装をずっとしていた覚えがあるが、これは地球の一部分の民族衣装になぞらっているらしい。
この娘は、なんだかそれが嬉しいようだ。

「マントでも、あの日避けの包帯を巻いているときも、ジャケットのときも好きですけど…」
「これが一番好きって?」
「あ、い、一番なんて、ランク付けをしたいんじゃなくて……」

首元のボタンを一つ外す。
気が付けばこめかみから汗が伝っていた。

「寝間着の神威を見られるのは、正装した神威を見られる人よりは少ないでしょう」

私凡庸ですね、なんて言う。
恥ずかしいのかややうつむいたまま、俺の首筋を拭った。

「ん……んむぅ?!」

首筋を拭ったちり紙を手から奪い取って、一瞬のうちに口の中に詰め込んでやった。
もごもごと苦しげな声を出す癖に、決して吐き出そうとはしない。

「じゃあ、お前も寝間着を買おう」
「んぐ…うえ?」
「お前の服はそれしかないだろ。俺しか見れない服って、ないじゃないか」
「んぐぅ…」

そんなのいいです、と言っている。
何も持たないこの女がものを買うとなれば、俺が金を出す以外の方法はないのだ。
服の一つ、化粧品の一つ媚びてねだってみられても腹を立てたりはしないのだが、
そういうことになるとすぐに謙遜する。

「ん…じゃあこうしよう」
「んぐ…ぅ?」
「次の小惑星のゲートで、金を持たせてやるからお前が買ってくるんだ。俺が気に入りそうなのを」
「んぐっ……ぷは、え、神威が、気に入りそうなの……?」

そこまで、口から出さないと言うよりは出したくない、味わっている節すらあったちり紙を吐いて、
ほんの少し困惑の視線を向けてくる。

「そうそう。思わずいじりたくなるようなの買ってきてよ」

けらけら笑う。
元は阿伏兎だったか。
用途が明らかで淫猥なものを、「おつかい」させて持ってこさせるのが愉しいとかどうとか。
話半分に聞き流していた酔っ払いのたわごとなのに、実際させてみようとすると結構楽しい。

「……神威が、私を、ぐちゃぐちゃにしてくれるための」
「そう」

その瞬間の瞳があまりにうっとりと潤んでいたものだから、思わず頭を掴んでそのままベッドに倒した。
朝も昼も夜も曖昧なこの星の海で、こうして微睡み続けていることが、一つの息抜き。

説教くさいアレ


「……さ…………」

……主人が留守中にペットの世話を任せられ、そのペットが突然苦しみだしたとして。

「サソリが食べたい……」

気を確かに持て、と呼びかけた後にそんな言葉が返ってきたら、どうすればいいのか。


「……あのさァ」
「むんぐっ……む、うっ」

また口の中に「ハサミ」が突き刺さったらしい。
二匹目をモグモグと咀嚼し、呼吸も整ってきた娘は口の中に指を差し込む。

母艦の馬鹿にでかい食料庫にも、そんな下手物はなかった。
医療班の管轄の倉庫の中に、煎じ薬にするためのものがいくばかあったのだ。
生きたサソリが。

一掴み、五匹ほど持っていってやると下肢を痙攣させたままの娘はまだ尾をウゴウゴさせるサソリを掴むなり、
そのまま踊り食いし始めたのでさすがに目を丸くした。
そして当然というか、生きたサソリは娘の咀嚼に反抗し、口腔内で暴れ回った。
尻尾の毒針で口の中をしこたま刺されて、毒娘はもがもが泣き叫んだ。

慌ててその身を押さえ込み、サソリを吐き出させて頭を潰した。
ほかのすべてもひとまず頭を潰し、もうせめて動いても「ぴくぴく」程度になってから、
もう一度ゆっくりと、娘は泣きながらサソリを食い始めたのだ。
調理してないナマ、その上カタい殻に包まれた節足動物。
食いたいかそんなん?という問いかけは意味をなさない。
黒い身を噛み砕く苦々しい顔を見れば、決して嗜好で口にしているわけでないとわかったからだ。

「ホレ」
「んっ……んっぐ、はっ……」

差し出してやった水で無理矢理にサソリを喉より奥に流してしまうと、娘はようやく安堵した。

「ありがとうございます、阿伏兎さん……サソリ、あってよかった」
「なんでサソリ?」
「……だって、痙攣したから……」

そもそもはそうだ。
団長の部屋で留守番しているこいつの様子を見に行ったら、寝床の上でカタカタ小刻みに震えてのけぞっていた。

「薬にすんのは聞くけどねェ、サソリだのヘビだのでもさ」
「薬じゃ効かないかなって思って……」

この娘は毒が効かないが、同時に薬も効かない。
それどころか時たまおかしな反応を引き起こす。

以前こいつの股から月のものの血が止まらなくなり倒れたとき、
治療室で輸血製剤を点滴して一息ついた……まではよかったのだが、
敗血症を防いでおきましょうと艦医が抗生薬剤を注入したところ娘は突然泡を吹いた。

ちなみに娘は知らないと思うが、艦医はその場で首が跳んだ。
比喩ではなく。スッパンと。

「ほら言うじゃないですか、栄養不足のときはそれを含む食べ物が自然と欲しくなるとか」
「サソリ食ったことあんの?」
「ないですけど…ほら、サソリの煎じ薬は痙攣に効くって」
「……あのさァ、嬢ちゃん、無計画すぎやァしないかね」
「なにがです?」
「サソリ食って逆にクッてなって死んだらどーすんだ」
「それは……そこまでなんじゃないですか?」
「おい」
「いや、あの、だって、苦しかったんです、息できないし痛いし、体動かないし、神威いないし……」
「そのうち治まるかもしんねーだろ」
「でもあの……だって、阿伏兎さんの言うとおりに、無計画で矛盾しているんですけど」

娘が残したサソリをひょいとつまむ。
潰した頭はともかく、厳つい尻尾はすぐに萎みもしない。
串焼き感覚で、ぽんと口に含んでみた。

「おごっ……!」
「だって…神威が帰ってきて、私が死んでたとするじゃあないですか、そこで……」
「まず…っつうかチクチクするわこれ!」
「そこで、あの、苦悶の表情であわれに死んでいた!と、サソリを頬張って間抜けに死んでいた!だったら」
「……」

尻尾を吐き出し、舌を指で撫でながら娘を見やる。

「サソリ食べてたほうが、神威にとってなにか残るのではないかなぁ……とか」
「……団長ありきなワケな」
「です。そういう選択を本能的にするように、私は私自身をセルフ調教中なのです」
「……あのさァ、肉オナホだのセルフ調教だの、そーいうの若い娘が言うのやめてくんない?」
「奉仕と自己陶酔の末に退廃芸術的な死にひたるための自己暗示です」
「嬢ちゃんさァ、オジサンのことコケにしてるよなァ…」
「してないですよ」

へらっ、と、普段とはまた違うラフな笑みを浮かべた娘にため息をつく。

……どーにかなんないモンかね。
余計な世話だとはわかっちゃいるのだが、そう思わずにはいられない。

風流下流


「お待たせしました!」
「わ」

さして驚いてはいないのに、短い驚嘆が口から漏れた。

「華やか。ユカタ、だっけ」
「はい!」

見慣れない和服に身を包んだ姿が、思いの外可愛らしかったのだ。
江戸ではこんな、寝間着みたいな格好で祭りをするらしい。
なんとなく眺めていた衛生放送で、地球の祭りを特集している番組があった。
無意味に幸せな雰囲気は好きでないが、立ち並ぶ露店とその間を歩く人々の服装には惹かれるものがあった。

「これ、ありがとうございます。とっても嬉しいです…」

そう言って浴衣の裾を持ち、ひらひらと振ってみせる。
どうにも落ち着かないのは、服よりも贈り物をされた気恥ずかしさのせいか。

特集番組と提携しているチャンネルで、婦人浴衣を通販していた。
誰に告げるでもなく番号をメモして阿伏兎に渡すと顔を顰められたが、肝心の浴衣はキチンと翌日には届いた。
平坦な服だと思っていたから、大きな梱包で届いたときには驚いてしまったが。

「それが大きいんだ」
「はい、これ、作り帯って言うらしいですけど……」

大振りなリボンのようにまとめられた帯を引っ張ると、また照れ臭そうな笑みと声。

「地球の人は、ただの長い帯でこの形を作れるんだそうです」
「へえー…」

その手間を省略するために、この浴衣は腰に巻いた帯に、既に結んだ形になった飾りを差し込むだけ。
妙に細かく説明してみせる横顔をぼんやり眺めて、髪の毛に手をやる。

「あっ……」
「かわいいね。このシャラシャラしたの」

どうやって結んでいるのか、さほど長くない髪に簪が挿されている。
先端に付いた花飾りが、小刻みに揺れる。

「ああ、こ、これ…こう…」

うなじを掻きあげる。
簪を挿すために、短い髪をひと房集めて丸くしているようだ。
後れ毛はわざわざ別のピンで留めて隠している。

「細かいなー」

そう言いながら俺は、なんとなく簪を引き抜いてやって、しっかりまとめられた髪に指を入れていく。

「ああ……!」

ぐしゃぐしゃ。
乱暴な手櫛で髪を一周すると、さっきまでの異国のドレスという風情が一気に崩れる。
手の込んだ寝間着にしか見えなくなってくるから不思議だ。

不満は見えない。
むしろ潤んだ瞳で、俺の行動を待っている。

「うーん…あんまり意味なかった?」
「い、いえ、嬉しかったです……!」

まあ、贅沢は楽しめるうちにしておくものだ。
俺の為だけに、時間を掛けて誂えられた物を乱す。

「行こっか、地球」
「はぁうっ…?!」

布の合わせ目から手を入れられる悦びに浸っている顔に、囁いてみる。

「これで祭りに行こうよ」

喧騒もきっと、この女と一緒なら愉快に違いない。

根本的解決


「毛虱?」

用を終えて部屋に戻ってきた神威が、高い声を上げて思い出し笑いを始めた。
どこか淫靡な様子の忍び笑いではなく、カラカラと子供のように屈託なく、
同時に遠慮もない笑い方が珍しくて、つい理由を尋ねた。

……その直後に、尋ねなければよかったと自分の判断を悔やんでしまった。

「大浴場で、阿伏兎のヤツが…ははっ」

神威がこんな風に笑うのは、私からすると本当に珍しい。
その上喋りながらも再び笑い気が満ちてきたようで、ベッドの上で上半身を反らせて高い笑い声。

「シラミですか……」
「うん。あいつってばそれで、俺や周りが笑うなり「あんにゃろう、ああ違う、女郎か」なんて言い訳してるわけさ」
「阿伏兎さんも、ああ見えて盛んなのでしょうか……」

要約すると、艦内にある大浴場に現れた阿伏兎さんが何やら、普段はしない仕草でコソコソと「前」を隠しているので、
同じ場にいた者たちが不審半分笑い半分で目を凝らすと、然るべき場所が子供のようにツルンと剃りあげられていたという。

神威は最初はそれが意味するところを理解できなかったらしいが、
周りの含み笑いがついに破裂し、「やめてくれよ、うつすなよ」という声が飛んだあたりでぴんと来たのだと言う。

「まあ…そこに限らず、沸いてしまったのなら、その根元たる毛髪を剃ってしまうのが一番だと思いますけど…」

……私は下世話な知識ばかりは人より豊富だと自負している。
その知識を持ってして話を結びつけるなら、阿伏兎さんはどこかで買った娼婦から毛虱をうつされ、その処理として陰部を剃ったのだ。

「風邪なんかと一緒で、用心していてもかかるときはかかるって言いますし…」

この宇宙船はあちこち節操なく寄り道するし。
一般的には知られていない、データにすらまとまっていない厄介なものに蝕まれないとは言い切れないのだ。
けれど神威からすると、普段から目をかけている大分年上の男がそんな姿になっているのが、
どうにも情けなく、同時に笑えて仕方ないらしい。

「なんだよ、おまえはおかしくないの」
「おかしいというか…あの阿伏兎さんがって思うと…滑稽で…」

あの蓬髪に無精髭、実年齢よりもずっと上に見えるあの人が、下腹部だけそんなことになっていたと思うと、なんとなく変な声が漏れそうにはなるが。
神威には申し訳ないけれどあまり笑えてはこなかった。

そもそも私は…もちろん神威と一緒にだけれど、阿伏兎さんの裸を浴場で見たことがあるけれど、
なぜかしっかり見たはずの体つきやら、下半身がどうのなんていうことはまったく記憶に残っていないのだ。
阿伏兎さんは阿伏兎さん、あの気怠い眼差しにしゃがれた声、常に団服を纏った存在でしかない。
裸になっていても、交接を見せつけられても、私は神威以外の男性のことを性的に認識できないようなのだ。

「ノリが悪いなぁ」
「あ、い、いえ…よく考えたら、私……」

神威以外の人のことは、どうでもいいみたいです。

阿伏兎さんには申し訳ないけれど、本当のことを口にする。

「そう?」
「はい」

神威は、今度は声を上げずにニンマリ微笑んでいた。
床に座り込んでいた私を軽々起こし上げると、腕の中に抱き込んでしまう。

喜んでくれているのだ。
満足げに背中を撫でる指を感じて、私は安堵する。



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