「彼らの前に脱ぎたて服一式を置いておくとどうなるのか」


土砂降りの中をなんとか走り、玄関をくぐってすぐ。
あいつは部屋に他の人間がいないとわかると、シャワー目当てにすぐさま服を脱いで風呂場に飛び込んだ。

「…………」

無防備に脱ぎ捨てられた着物と下着。
びしょ濡れになってんだからせめてソファにでもかけろや、と言い訳じみたことを考えて、それに手を伸ばす。

「………」

下着は現代っ子らしくブラジャーとパンツ。
今は腰巻きの方が少ないくらいらしい。

「……いや、いやいや」

着物をソファの背もたれにびたんとかけて、扇風機を持ってきてスイッチオン。
ぶおお、と部屋の中の生ぬるく湿った風がかき回される。

「……や、ほら…娘がね」

床に落ちたままの真っ白い三角の布を、指でつまむ。
「娘がね…ホラ、汚れのついたパンツとか履いてたらさすがにアレじゃん?主夫とかカジテツ男っていう時代なんだから、こーいうのもお父さんの役目って言うか……」

もう自分でもなにを言っているのかわからなくなりながら、ひょいッとパンツを手のひらに乗せる。
股布…クロッチだっけ…そう呼ばれる部分を、じっと見ようとして。

「あ?なんだこれ」

白い布地の上に、もう一枚。
白い…コットンのような何かが、股の部分にだけ重なっている。
よくわからないままその表面をなでると…ぬる、と、ほんの少しの湿り気が指先にまとわりついた。

「ナプキン?あいつ生理なの今?」

しかしこれはドロドロ出まくる血を吸い取るには頼りなさすぎるような。
というか血、ついてないし。
生理のときにこんな白いパンツ履かないよな。
自分の指先をクンクンと嗅ぐと、ほんのり乳製品のような匂いが漂った。

アレだ、いつもあいつが股から出すねばねばの匂いとおんなじ。
そう思うと下世話な気持ちから、急に性的な興奮を伴う興味へと心が変化していって、なんとはなしにもう片方の手で自分の内股をさすった。

「お、はがれる……」

やっぱりナプキンなのか?と。
下着とコットンの境目に指をつっこむと、裏のシールのようなものがぺりぺりはがれていく。
ぺりっと取りきってしまうと、ただの下着とただのべたべたする変な脱脂綿になってしまった。
いやいや、とそこでかぶりを振る。
マズいだろ。下着を物色してたことがばればれだというのは。
慌ててさっきのシール部分と下着の股ぐらをペタペタ合わせたが、接着力が弱まっているらしくうまくくっついてくれない。

「くそ、ああもー……」

一度くっつけて、上からより密着させるように撫でていると。

「…………」

……なんだか、変な風に気持ちが煽られる。

「い、いや…いやいや銀サンそこまで変態じゃねーよ、パンツはいてるあいつを撫でてナニならともかく、パンツだけ撫でてアレって…あー!」

しかもそれだけやっても脱脂綿はくっつかなかった。
仕方なく脱脂綿は自分のポケットにねじこみ、何事もなかったようにパンツはソファにかけておく。
それから、ブラジャーの方に手を伸ばした。

「油断ならねーかんな、最近は激盛りとか言ってBからEへのカモフラを行うブラがあるらしい……し……」


「……銀さん……」

ブラジャーのパッド内蔵部分を撫でたあたりで、いつのまにか風呂から上がっていたそいつの鋭い視線に気がついた……。

耳のかきすぎちゅうい


「……」

かわいいあんちきしょうの膝に頭を乗せ、掃除をさぼりがちな耳を掻いてもらったのちに凡天でこしょこしょ。
……至福の時間であるはずなのに、俺はびくびくしなくてはならなかった。

「うひ、う、ひひ、ひは、ひゃ、ひはは!」

……こんな声を上げているのは耳を掻かれている俺…ではなく、俺の耳を掻いているやつの方だ。

「ぎ、銀さんの天パ、思ったよりずっとくすぐった、あは、や、やだもぞもぞ動かないでー!着物の上からもさもさなってくすぐったいのー!!」
「…………」

耳掃除したげよっか?
と、ふとした思いつきから言い出したときはやや下世話な心を持ちつつも至福の時間を期待したのに。
なんで俺は、いつ耳かきが俺の鼓膜をブチ抜くんだろう、なんて不安に刈られているんだろうか。

「……あー。もういい、いいから」
「え、でも…うひゃっ?!」

方向転換して、畳の目をじっと見ていた顔をぐりっと笑い娘の股間に向ける。
そして着物の上から、その股ぐらに思いっきりふーーっと息を吹き付けた。

「や、ちょ、ちょっと……!」
「んー」
「ぎ、銀さん……あの…」
「垢がたまってそーな匂いだな」
「はぁ?!」
「溜まってるなこれは確実に。腰巻きからパンツにチェンジした現代っ子の弊害だ」
「垢って…ど、どこの話してるの?!」
「え、ま」
「言わなくていい!」
「あんだおめー…これはアレだな、銀サンの耳掻き棒でしっかり掃除してやらねーと」
「結局…そうなるの……」

リフレクソロジー


「ん、っくぅ、い、やっ、やんっ…強くしないでぇ……!」
「なーに言っちゃってるのお前?こんなコリコリさしてさぁ…おら」
「はぁあぅっ?!や、やめ、ん……!へ、変な声でるぅ……!」
「出せって。どーせ誰も聞いてねーし。お前の変態くさい声、銀サンにもっと聞かせてみ」

(……脇が甘いアル、天パ)

襖のほんの少し開かれた隙間から見えるのは、もつれあう二人の脚。
そしてたびたび漏れてくる、姉と慕う…は言い過ぎだが、いつも小遣いくれる姉ちゃんの悩ましい声。

それと、愉しげにそれをいじめる男の声。

「や、あ、や、や、やめてぇっ!ん、くっ…そ、そこのコリコリ…強く押されたら、い、痛い……のぉ」
「いてーってなによ。嘘付け。こんなになってんのが痛いだけか?」
「っっ…き、きもち、いい、いいよ、いい、銀さんの手、きもちいーけどぉおっ!」
「そら見ろ気持ちいいんじゃん、言ったろォ?俺こーいうの上手なの」

「はっ、ん、いい、けど、そんなしたら、あ、明日、痛くなっちゃう……」
「痛くなったら明日もしてやるって…ったく若い娘がさぁ、こんな体中ガクガクでどーすんの…よっと」
「あっ、だ、だめ、おしりっ…おしり、の、とこ、だめぇえ…!」

(……っ)

自然と、隙間をのぞき込む自分の息が荒くなっていることに気がつく。
あれこれ与多な情報は仕入れられても、直接目にするのなんて初めてだ。

しかも…普段家族のようにふれあっている男と…その彼女の。
ちりっと胸が痛む、まるで父親をよその子に取られてしまいそうになったときのように、彼女に嫉妬が浮かばないでもない。

けれどそれ以上に、目の前の行為は……。

「やんっ、あ、そ、そんなふうにぐりぐり押し込まないでぇえ!銀さん手つきやらしいのぉ!」
「あー?そりゃおめーがやらしーこと考えてるからやらしく感じんだよ」
「やんっ、ちが、うっ、ぜったい、わざとやってるぅ……お、おしりそんな、いやぁあ…ぐにぐにしないでぇえっ!」


「ダーメだってお前、しりっぺたもがっちがちじゃん。座りっぱなしだからだって」
「だ、だからってそんなぎゅうぎゅう押さなくていいのっ!それより腰、腰がいいってば、腰もっとツボ押ししてー」
「へーへーお前も大変だねェ、立ち仕事は腰に来るってマジなんだな」
「んっ…ん、きもちい、銀さんの指圧マッサージさいこー……えへへ」

ガタンと。
神楽はそこで、ひっくり返った。

「お前らなに紛らわしいことしてるアルカぁああぁあ?!」

すぱーん、と襖を開けて。
かなり落胆、そこそこ安心を抱く神楽だった。

たまにはデートっぽいことしようか


「おー甘ぇ甘ぇ、うめぇうめぇ」
「甘すぎない?これ…」

かぶき町の市民公園に、クレープ屋台が来ていた。
屋台が来るのはさほど珍しいことではなく、昼から夜にかけてきちんとしょば台を払って、
一、二軒ほど、焼きそばだのたこ焼きだのお祭りでもないのに時々売っている。
以前お昼時に匂いにつられてたこ焼きを買おうとしたら、「あんなんタコなんて三つに一つの割合でしか入ってねーよ、小麦粉玉だっつの、ボッタクリ」と、銀さんに止められた。

が、屋台が甘い匂いを放つ、アイスクリーム、ベビーカステラ大判焼き、そして今日のようにクレープ…となれば、話は別らしい。
公園前を通るなり銀さんはその匂いを嗅ぎつけ、
「クレープ食いたくない?」
と、わざとらしく私を振り返った。

…もちろんお金を払ったのは私だ。
見えるところで、プレートで焼いた生地にクリームやアイス、チョコレートソース、そして各種フルーツ。
そういったものを包んでくれるのは確かにわくわくするし、
最近はクレープも私が知っている、昔むかーし父親につれていってもらった「かとうよーかどー」の食堂で食べたぺったんこのものではなくて、
むしろこれ、クレープ皮のほうがおまけだよね?
というくらいに中にクリームが絞られて、まるでパフェグラスのように膨らんでいて持つのが大変だった。

「チョコ好きだよね、銀さん」
「お前のはなんだっけ?ブルーベリーチーズケーキ?」

「うん…」

ほんのりレアチーズの風味がするアイスの上にブルーベリーのジャムが乗せられ、その上にクリームが乗っている。
おいしいけど、これだけ甘くて量があるくせにぜんぜんおなかが膨れない。ダイエットの敵。
…のくせに、あと半分は残っているのにだんだんと私の脳味噌はこの甘みを「くどい…」と思いはじめた。
銀さんはもうすでに自分のぶんを食べ終えて、ちらちら私の方を伺っている。
「残すならくれ」
あるいは
「もう一個食っていい?」
か。

お財布の中が心許ない。
500円くらいの「ジャム」「チョコ」単品を選んでくれるならまだしも、
銀さんなら800円から1000円以上するアイスもクリームもやまもりのが食べたいだろう。

「……」

好きな人には、好きな物を食べて幸せそうにしててもらいたい。
そう思うとなんだかそんなみみっちいことを考えている自分がイヤになって、
同時に、「クレープいっこくらい銀さんがおごってよう」
という甘えと、理不尽だ!という感情が顔を出す。

どちらにも素直に従いたくなくて。

「銀さん、これも気になる?」
「んあ?気になるってーか、まぁお前が残すんなら…」
「あげようか?」
「ん、んー、まぁ食い物粗末にしたらバチ当たるからな」
「……はい、ほら、じゃああーんして」

口ではもっともらしいことをいいながらそわそわしていた銀さんは、
普段ならイヤがるだろう「あーん」にも簡単に応じてくれる。甘いもの強し。
なので。

「んっ…?!」
「ね、ほらおいしい?」
「ちょっ、おま…!」

銀さんが口を近づけてきた瞬間にさっと手を引っ込めて、代わりに自分の唇を突き出してくっつけた私のトラップに、銀さんは思い切り引っかかった。

「おまっ……あー!」

くすくすと。
クレープ屋台目当てで集まっていた若い子の集団がこちらを見て笑った。

「あーもォォ!!」
「あ、わっ」

がぶっと。
私のクレープを包みごと口に入れて、もぐもぐしたのち包み紙だけ指でつまみ出す。

「子供みた…あ、んっ!」

やけくそなのかな。
とか、思う。

仕返しに、甘ったるい唇で自分の唇を食べられて。
私はしまりなくゆるい笑いが漏れてしまうのを止められなかった。


わいだん


……困惑の中にいた。
紆余曲折あったが江戸で一人暮らしをしている私の元に、遠い親戚が訪ねてきた。
…というのも、勢いで日帰りお江戸観光旅行を決意してすぐさま新幹線に飛び乗ったはいいが、
帰りをしっかり考えておらず列車を逃し、即日とれる宿探しや夕飯のことを考え、
私が親戚ではないが、遠く関わりのある江戸の蕎麦屋の二階に下宿していることを思い出したらしい。
頼られては無碍にできない。
私より2つ3つ上なだけの女性だし。
とりあえず電車でかぶき町から二駅のところにある宿が取れたので、夕飯に寿司屋に来たのだが。

…座敷に座った私から、カウンターに銀さんが座っているのが見えるのだ。
私が知らない男の人と一緒だ。
お互いの連れを考えると話しかけられない。銀さんは私に気づかないし。

…さらに。

「いやーなんつうかぁ、なんつうのぉ」

銀さんは、したたかに酔っぱらっていた。
横の男性はけたけた笑いながら適当に相手をしているが、銀さんの声と態度は大きくなる一方だ。

その上話の内容が。

「あんましガキでもなァ」
「いや俺も最初そう思ってたよ?でもねーガキって侮れねーの、現代っ子は発育早えぇし」

「…やあねえ」
「あ、あはは……で、ですねぇ」

対面して座った連れがその声に、小さく顔をしかめて私に同意を求めてくる。
曖昧にうなずくことしかできない。

「股の間の赤貝もイキイキしてるわ、吸うとプリップリだし〜」
「ぶふごっ…!」

「すっかり老成してやがんな。ちょっと崩れてタコみてーにヌルつくのがいいんじゃねーか」

寿司ネタの蛸を箸でつまみながら、連れの顎髭お兄さんが言う。

「いーやいやいやお前そりゃ経験ねーからよ、ババアとばっか寝てるからだって、いっぺんピチピチのギャルと寝てみ、病みつきだよ〜」

こっちの腐れエロ天パは、手づかみで赤貝をぱくつきながら。

「いやあねぇ…ああいう人、どこに行ってもいるんだ」
「あ……あ、えっと…」
「だいたい若い子って…あのオッさんが?お店?」
「い、いや…あの……」

「なによりオボコいツラしてってぇのがたまんねえわー、あの顔で銀しゃぁぁんって」
「てめっいい加減にしろエロ天パぁあぁああ!!」

思わず叫んで立ち上がった私に店中の視線が降り注いで。
私ってほんと…バカだ、と、思ったときには遅かった。

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