……うちの学校はわりと校則が厳しい方で、 私が使っている髪留めも、生活指導の先生に「もっと飾り気のないものにしなさい」とたびたび注意される。
バレンタインデーなんていう浮わついたイベントは先生からしたら「切符切り」のチャンスに違いない。
鞄を抜き打ちチェックして、そこでリボンがついた包みなんて出てきたらしめたもので……。
なんですかこれは、から始まって、髪も巻いているでしょうとか、香水は禁止です、制汗スプレーなら匂いのないものにしなさいと言ったでしょう……と、
まるで姑みたいにぐちぐち言われるに決まってる。

が、もちろん生徒だって馬鹿じゃないので登校するなり隠すわけで。
文系の部室は助けを求めた女子たちのチョコレートの包みがぎゅうぎゅうに詰まっているはずだ。

……私は朝、なんだか目が覚めたらとっても憂鬱になって……せっかく用意したチョコは、持ってこなかった。
持ってこない、学校にはバレンタインを絡めない、と決めてしまうと逆にとってもすがすがしい気持ちになって、
ここ数日気分が優れず、なにをやってもうまく行かなかったのはバレンタインのせいだったんだ、おおバレンタインのない日常ばんざーい!と踊り出しそうになりながら通学路を駆け抜けた。

……その浮かれモードは、学校について時間が経過していくたびにどんどん沈んで行った。



……放課後。
私の隣の、さらに隣の席の女子がそわそわと鞄の中を確かめている。

あの子は……高尾くんのことが好きなのだ。
私と高尾くんはつきあっているけれど、それをしっかり認識しているのはごく親しい友達だけで、
そうでもない人たちに聞かれても適当にごまかす、というのが私と高尾くんのスタイルなので、
それはまぁ……ぬか喜びな事態も呼ぶ。

でも残念、今日は高尾くん、『ちゃりあかー』で緑間くんを家まで送る日だから放課後の教室には帰ってこないよ。
……そう思って平行に見た女子に心の中でほくそ笑んでしまった自分に自己嫌悪する。
高尾くんは優しい。
男女問わず他人の好意を踏みにじるなんてことはしない。
交友範囲も広いし、駄菓子みたいなチョコを朝からいろんな子からぽいぽい貰っていた。
あんなあからさまな義理、とわかっているのにいちいちイラッとする自分の狭量さがすごくいやだ。
……それに交際を公言してるわけじゃないから、今横でそわそわしている子みたいに心からのキモチを籠めたチョコなんて持って来ちゃう子も出てくる。

器用に優しく、さわやかに嫌味なく調子よく。
そんな高尾くんがだいすきだから、文句も嫉妬も口に出来やしないんだけど。

……帰ろう。
頭に今も冷蔵庫でキンキンに冷やされているであろうリキュールボンボンのことが浮かんだ。
帰ったら自分で食べよう。
ふへへ、ちょっと高くて大人っぽいやつなのよ。
オレンジ風味の洋酒をまるいチョコで包んだ逸品なのだ。
自分でがりがり食べちゃおう。
それで言っちゃうんだ、えー、高尾くんみんなからもらってたから私のチョコなんかいらなくない?って。
そんなかわいくないこと言っちゃう嫌な女になってしまおう。




と半ば自棄にステップを踏みながら帰宅したのに。
オレンジと焦げ茶を組み合わせたきれいな包装紙は、簡単に破けなかった。

夕飯のときに母親が下世話に私をせっつき、ときどきおうちに来てたあの子どうなの、とか言う。
軽く流せずにどもった私を見て、喧嘩でもしたの、なんて追い打ちをかけてくる。
時計を見るともう19時だ。高尾くんも夕飯食べたかな。
……お風呂入った後に一回だけ電話をかけよう。ワンコ。ワン切りで。
すぐ出てくれなきゃもう電源切って寝ちゃおう。

そう思って自室に戻って携帯電話を手に取ったら。

「……っうぅ?!」

まるで見計らったように「高尾くん」の文字がディスプレイに表示された。

……ほんの少し逡巡し、そしてゴクンと固唾を飲んで通話ボタンを、押す。

「……もしもし」
「あ、おっす!」
「……えっと……なに?」

バカ。なにじゃないよ。可愛くないな。

「いきなりゴメン、今話してヘーキ?」
「……平気じゃなかったら切っちゃうの?」

可愛くなさ過ぎ。私が高尾くんだったら舌打ちして電話投げてると思う。

「いーや、話したいから時間作ってもらおっかなって」

……高尾くんは、本当に人間としてのうつわが大きい。
彼氏としても申し分ない男の人だ。

「平気だよ……で、なに」

なのに私ときたら。なに、ってなんだ。
私こそなんなんだ。なにをこんなにむくれているんだろう。
だいたい高尾くんにはもっとふさわしい女の子がいるような気がする。
私よりももっと年上の人とか。
バスケやスポーツ医学の知識が豊富で、サポートしてあげられる子とか。
私なんかいらないじゃん。こんな可愛くない女。
頭の中に真っ黒な螺旋階段が積みあがっていく。

、チョコちょーだい!」
「…………え」

螺旋階段は急遽建設中止となった。

「バレンタインじゃん?!俺からのチョコほしい!」
「え……え、そんなの……なんで」

言いつつ、あわてて部屋を見渡す。ベッドの上に放られた四角い箱。

「だって俺ら……あーと、あーっと……か、こっ、か……違げー、えっと、付き合ってんじゃん……」
「う……う、うん」
「……彼女からほしいって、思っちゃうって、俺は」
「…………」

顔が急にぽかぽか熱くなった。
壁伝いに床にへたりこんで、電話を両手で握る。

「……うん、あるよ。高尾くんにチョコ、用意してある……」
「マジで?!やった!」
「でも……もうこんな時間だし……あの」

だから明日渡すよ、と無難なことを言おうとして、ふと言葉が迷子になった。
そして、ひねくれまくった自分の思考が高尾くんのまっすぐな言葉に負けたのがなんだか悔しくて……。

「……取りに来て。家の近くの公園にいるから」



あわててお化粧して、ぐずぐずだった髪の毛も整えなおして、お気に入りのコートを着て。
公園のベンチで小さな箱を手に座り込んでいると、五分もしないうちに大きな足音と吐息が聞こえてきた。

ー!」
「……早いよ、高尾くん……」

高尾くんちからここまで、自転車でももう少しちょっとかかるはずなのに。

「いやー走り込みがこんな時に役立つなんて思ってなかった!さみーけど走ってりゃ気になんねーし!」

ふぅふぅと手短に呼吸を整え、厚手のパーカーの高尾くんが私の前にやってくる。
改めて顔を上げて、あの涼しい目元をへにゃりとさせて人なつっこい笑顔。

「待ったよな。さんきゅ」
「ううん、ぜんぜん……」

もっと時間かかるかな、と思ってポケットにミュージックプレイヤーを入れていたのに使わなかった。

「冷えてんじゃん、でも」
「あ……」

高尾くんの手が手袋とコートの袖のちょうど間、わずかに見える素肌をつかむ。

「これ……チョコ、今日、学校で渡せなくてごめんね」
「あいやいやいーの、それは気にしてなくて……いや、俺もうもらえねーのかって思って……」

そう言いながら、高尾くんはもごもごとうつむいた。
……あ、照れてるんだ。

「ううん。来てくれてありがと……受け取って」

あらたまって、両手でチョコレートの箱を持って差し出せば。

「……っ」

高尾くんの肩が一瞬ぶるっ、と震えて、それから行きおいよくがしっ、とオレンジの箱をつかんだ。両手で。
賞状授与じゃないんだから。

「っあー!!やべ、うれしい……どーしよ……どーしよ」
「あのでも、口にあうかどうか……」
「あ、そだ今、今食っていい?!開けていい?!」
「い、いいよ」

高尾くんはそれを聞くなりチョコを持った手をぶんっと回転させ、軽く全身でターンしてから……とん、と私の隣に腰掛ける。

「あ、中にどろってしたの入ってるから、こぼさないように……」
「どろ……んお?ほんほら、なんかれへひは」
「それ、オレンジリキュール……」
「むおお!」

まん丸いチョコをほおばり、中に仕込まれていた洋酒が口の中に広がったのだろう。
高尾くんは目を丸くして、それでもうっとりとうれしそうにほころんだ表情でもぐもぐと咀嚼を続ける。

「んぐっ……うめー、やべえ……やべ、どうしよ、嬉しいんだけど……?!」
「な、なんかそんな喜んでもらえると……」

恥ずかしくなってくるよ。
そう言おうとしたのに、高尾くんが急にベンチに足をかけて立ち上がったので驚いてしまった。

「この感動を曲に乗せて!高尾和成、歌います!」
「ええええ?!」
「聴いてください!曲はもちろんカタル……」
「あー!わー!ギャー!!」

いろいろまずいよ!あと近所迷惑!
と慌てて止めようとしたが、高尾くんはそこでへらっと笑って、冗談だって、とまた私の隣に腰掛ける。

「……ありがと、すっげえ嬉しい」
「ううん……そんなに喜んでもらえると、私も嬉しいよ……高尾くんの」
「んー、違う」
「えっ?」

うつむき加減だった私に、高尾くんがずいっと距離をつめてくる。

もそろそろ名前で呼んでもよくない?俺のこと」
「え……?え、あ……名前って」

……そういえば。
キスもそれ以上のこともした。
でもなんでか、私は高尾くんのことを名前で呼んだことがなかった。

「か……かずなりくん?」
「そそ、そー」

それを聞くなり、高尾……和成くんは、へへ、と頬をほころばせた。

「かーわいっ」
「ん……!」

……ちょっと久しぶりのキスは、チョコレートの苦みを伴っていた。
すぐ離れちゃうのかと思ったのに、和成くんの唇は何度も私の唇をツンツンつついてくる。
それでも緊張していると、腰に何気なく腕が回ってくる。

「は……あ、んっ……!」

ぺろっ、と、和成くんの形のいい唇の間から這い出た舌が私の唇を舐める。
……ここに入らせてくれ、と。
舌を絡めたいんだよ、と、無言の催促をされる。
それを許したら、この冬の冷気も、ここが外であることも忘れてしまいそうだ……と思ったのに。

「ん……!」

考えるより早く、私は唇を開いて、和成くんの舌をぱく、と挟んでしまう。

「ん……へへ、んっ……!」
「う、んんっ……う、はん……!」

……触れる和成くんの手と、ぬるぬると絡めあっている舌に感覚が集中して、気持ちよさが胸をギューッと圧迫する。
そして……その「気持ちいいの」が、下腹部にゆっくり溜まっていく。
自分のことを、邪淫なやつだとは思わない。
ごくごくふつうのはずだ。
なのに……。

「は……あ、うっ……」

離れた唇を、名残惜しく追いかけたのが和成くんに見え見えだったと思う。

「……、なんかエロい気持ち?」
「な……なんか、そうみたい……」

へへへ、と、和成くんはイタズラっぽく笑う。
でもさすがにここじゃあ。
今からじゃ家に行くにしても……なんて迷いが脳裏をちらついたが、和成くんはそんなことを気にしていないみたいで。
私のコートとスカート、タイツ越しの太股に手を置いて、したいことがわかる動作でゆっくり力を籠めてくる。

「た、高尾くん、だめ……!」
「……ちょっとだけ」
「ちょっとって……ねぇ、ちょっと、ここじゃ……高尾くん……!」
「ダメ」
「だめって、なんで……」
「俺、和成だもん」
「…………あ」

それで自分が、さっきのやりとりを忘れてまた彼のことを苗字で呼んでいたことに気づいた。

「か、かっ、かかじゅなりくん……!」
「アッハハ、それもかわいーなー」

言葉を噛んでしまったことを恥じる暇もなく、和成くんの手がスカートの中に潜り込む。
いつもと違って、その下もタイツに包まれているけれど……それでも和成くんは、私の熱くなった場所をしっかり探って、指先で執拗に押してくる。

「ふぅ、うぅ、ん……!」
「このまま、な?ちょっとだけ」
「うっ……く、ずるい……よ、か、和成くん……」
「……へへ、和成クンっての、照れんなぁ」
「ごまかさないでっ……あ、わぁ?!」

……和成くんのもう片方の手が、私の手のひらをつまむようにつかみ、和成くんの下腹部に置いた。

「わ、あ……ぁ、なにこれ……」
がエロいせい」
「それは、あの、えっと……ん……!」

こわばる手のひらを、それでもなお膨れだした下半身に押しつけられると、なんだかもうわけが分からなくなってしまう。

「でも、この……こんな、ここじゃあ……」
「……触ってて」

そう言って、和成くんの指がまた私の芯をぐり、ぐり、と圧迫する。
衝撃で体が傾くと、押さえつけるみたいに和成くんが支えてくれる。

……いいや。
このままで、もう、いい。
二人で気持ちよくなれちゃうなら、いいや。

「……触るって、こう……?」
「お……っ?!」

ズボンの上からでも、強めに握れば形がわかった。
それを手探りでくいくい撫でると、和成くんの背筋がびんっと跳ねた。

「これで、いいの……?」

……和成くんが私のアソコを舐めようとしたとき、私は「それって楽しいの?」と聞いてしまった。
嫌だったわけじゃなくて、私に気を使って別にしたくないことなのにさせるなら申し訳ないと思ったのだ。
和成くんはそんな私を笑って、楽しいからするんだよ、と言った。
そのときは……いまいち納得できなかったのだけれど。

「……気持ちいい?和成くん……」
「っは……そこで名前……へへ、、鬼だわ……ん……!」

……私の手の動きひとつで、和成くんがこんなに切なそうに、気持ちよさそうに声を上げて身をよじる。
そう思うと、相手の体を触るという行為は……とっても楽しくて愛しい。

「……出さして、直に触って」
「……寒くないの?」

うん、うん、と小さく頭を振って前髪を揺らす和成くんの顔は、どこかじれったい。
つられるように焦りながら、ズボンのボタンを外す。

「ん……!」
「わ、わっ……!」

チャックを半分くらい降ろしたところで、ばね仕掛けみたいに肉茎が顔を出した。
冬の外気に触れて軽く震えたけれど、すぐに和成くんのおなかを叩きそうなくらいに反り返る。

「……すご、こんな、なるんだ……」
「ちょ、やめてくんない……さすがにハズいって」
「で、でも……これ……わぁ……」

和成くんの頬が紅潮して、眉毛が困ったように下がっても、それでもまじまじ見てしまう。
……これで、このあいだ私は……。

「おりゃ、仕返しっ」

「ふあっ?!あ、だ、だめ……だめ……っ!」

まるで引っかくように、和成くんの指先が何度も何度も複数の布越しの秘処を上下する。
視覚から入ってくる刺激と、和成くんへの愛しさが一緒になると、それだけでももう私はおかしくなりそうだ。

「そのまま手で、して」
「う、ん……んっ、んっ、ん……!」

うなずいてから、指で作った輪を熱い肉にぎゅ、ぎゅ、と上下させる。
表面の張りつめた血管がみゅくみゅく動くのも、先端の方から透明な液体がちびりちびりと漏れてくるのも……全部、全部、自分の体じゃないのに興奮する。
自分が触られているように心臓が高鳴り、気持ちのいい電流が背筋を何度も走る。

「はあっ…………!」
「っ、や……よ、呼ばないでぇ……!」

……なんで和成くんが、最中に名前を呼ぶと照れくさそうな顔をするのか。
なんで私が気持ちいいと嬉しいのか。
それを同じ立場になってみて、痛いくらいに理解する。

「やめ、て、気持ちよく……なっちゃう……!」
「……うわ……やっべ」

和成くんがぎゅっと目を瞑って、身体を一層強く震わせた。
私は私で、自分でそう口にしてしまうと歯止めが利かなくなって……身体の奥から溢れてくる快感を抑えられず、がくがく痙攣する。

「はあぁ、う、だめ……名前、和成くんに呼ばれる、とっ……!」

それでもぎりぎりと歯をかんで、気持ちのいいあぶくが破裂してしまわないようにこらえる。
まだだめだ、と。
和成くんに負けたくない……なんて気持ちが、ちょろっと顔を出す。

「ふゥ、く、ううぅっ……うぐ、うぅ……!」
、イキそーなん?なんで我慢すんの……っ、は、あ……」
「だ、あって、かじゅ、なりくん、が、あぁ……っ!」
「ば、か、そこで噛むな、って、かわいっ……は、手もつえーって、俺のこと先に……っつあ!」
「う、うんっ、くやしんだもんっ、かずなりくんっ、和成くんが先っ!」

お互いなんだかよくわからない意地を張り合って、手に籠める力を強めていく。

和成くんも歯ぎしりして、私の足をぐぐっと開かせた。

「ひあっ?!やめぇっ、それ、いきなりぎゅって、やめぇえっ!」
「は、これけっこー好きだよなー……へへ、ぐりぐりされんの……!」

指でも手のひらでもなくて、ぐっと握った和成くんの拳が、軽くいたぶるように私の秘処をぐりぐり押す。

「らめぇっ……わ、私先に、いっあ、いっ……ゆるしてっ、かずなりくぅん……!」
「ダーメ、つかもう俺ももたねーから、ほら、……イッてよ、俺の前で」
「〜〜っ……!!」

耳元で、どこか蜜のねばりを思わせる声で突然囁かれて……。

「ふあっ、あ、あぁああぁ……!!」

ぶるんっ!と、大きな痺れが足首から頭へ抜けていって……身体が引き攣ってしまった。

「ふぅあ、私……さき、に……いっ……ずるい、和成くっ……っあ?!」
「……っ、やべ、ちょ、ああ……!!」

弛緩する間もなく、握ったままだった肉茎が苦しそうに弾けた。

「んっ……出て、るぅ……!」
「……あ……恥っず……やべ、は……はは、出ちゃいました、はぁ……」



……ふたりして、馬鹿なことしちゃった。
ほんの一瞬の絶頂のためにあんな意地を張り合って、あんなに盛り上がって……。
馬鹿だってわかってるのに……なんでこんなに楽しくて、気持ちがよくて……大好きでぞくぞくするんだろう。



「和成くん……大好き」
「……、ダメ押しすんなって……」