がひょんなきっかけで母親と共に東京に出向くことになったのは、彼女の通う高校が冬休みに入った頃だった。

東北方面のさだめで豪雪、寒さと同時に重すぎる雪による被害に悩まされる時期。
陽泉高校の建つ秋田県とは比べ物にならないほどイモ臭く薄暗い……いや、これはが持つコンプレックスからくる不当な表現なので訂正すると、
交通手段は親の車しかなく、近くに遊び場所もない。
……もちろん長期休暇中は東京に帰ってしまう紫原に会うことは出来ない。
そんなところで特に予定もなく、強いて言うなら家の外で雪かきを手伝うことしかない休みを過ごすなら、
複雑な心中であっても、何もかも華やいでいそうな大都会東京へ出向いてもいいかな、と、は思ったのだ。

の母はわりあい現代的な感性の持ち主で、
「つきあっているカレシがいるの」と娘が言ったからとて、では結婚を前提に正式なウンヌンなどと前のめることはなかった。
……が、今まで色恋沙汰とは無縁だった娘が、どんな男に見初められ、また惚れ込んでいるのか知りたがる出歯亀精神もキチンと持っていた。
重たい風邪を引いたが、「カレ」の助けにより大事に至る前に病院に搬送されたと聞いたとき、
これはよいチャンスとばかりに娘を言いくるめ、
「今度の休み、彼のお家にちゃんとお礼を言った方がいいと思うわ」と、半ば強引に東京行きの計画を立てた。

「まぁ、ご家族と会ってたりするとね。彼との仲が気まずくなったとき、別れたりするのが……」
「そんなこと絶対ないよ!!」

……押して引いて、「彼の両親へご挨拶」というイベントに難色を示す娘を説き伏せようとする母が発した言葉に、は猛烈に抗議してくる。

「私と……あ、あつ……アツシくんが、別れるなんて、絶対ないから……あの、それは、心配しなくていいと思うんだけど……」
「…………」

いかにも若い言葉に笑いをこらえながら、母はシレッと頷くと、意中の彼であるところの紫原敦くんとやらの電話番号と住所を控えるのだった。



あらかじめ連絡をつけておいた紫原家に母子で訪れ、なにやら畏まった様子の紫原とその母と対面と相成った。
……は正直なところ、緊張のあまり記憶が薄い。
紫原は四兄弟の末っ子だと聞いていたので、家にその兄や姉がいないことが気がかりでは、あった。
そういうポツポツとしたことは覚えていても、自分がどんな受け答えをしていたかはすっかり記憶にないのだ。
いよいよ退屈を持て余した紫原が、

「ねー、お菓子買ってきていー?」

と口を開くまで、ただ無心に笑顔を作っていただけのような気もする。

ちんも」

……そう誘われて、二人でコンビニエンスストアにたどりつくまで、いまいち何も脳に定着しなかった。

「あ〜……緊張したぁ」
「えっ?」
ちんのおかーさん、あんな感じなんだ」
「う、うん…なんだぁ、アツシくんも緊張してたんだ」
「当然じゃん!」

紫原はそう言って頬を膨らませたが、にはそう見えなかったのだ。
紫原は大きすぎる上背を窮屈そうに椅子に押し込んで、母が出してくれたお茶菓子を誰よりも多くつまんでいた。

「お菓子食べても味しないんだもん。もー何回口ん中噛んじゃいそーになったかわかんないよ」

いつもに比べればお菓子の消費ペースは遅いほうだったが、それは緊張ではなく、母子を前にしての遠慮だと思っていた。

「……そんなに?」
「そー!」

むくれた様子で言いながら、買ったばかりの甘菓子の袋を開ける。
なんだか気持ちの共有が出来て嬉しいだった。

しかし一息ついてみると、この東京の景色の不可思議なこと。
住宅街でも似たような……というかほとんど同じ外観の戸建てが隙間なく並んでいたから、
ウッカリ夜遅く帰って、間違えてよその家に入っちゃわないのかなぁ、なんて思ったが、まあ土地の大きさと人口の比率だと理解も出来る。
だがこの駅までの道のりの不思議なこと不思議なこと。
なんと言ってもコンビニから別のコンビニが見えるのだ。
さらにその別のコンビニの向かいにもまた別のコンビニが建っていたりする。
ガソリンスタンドだって似たようなもので、車を使えば五分もかからないだろう距離に違う会社のスタンドがある。

(ひ、一つにまとめちゃダメなの?!)

の実家周りには、実はコンビニが一件もない。
あるにはあるが、行こうとすれば軽く二時間はかかるのだ。
深夜に小腹がすいたから、という理由なぞでは向かえない。

「ねぇ、こんなにコンビニあって迷わない?」
「んー?」

チョコレートの包み紙をくわえていた紫原が、の声を聞いて首を傾げる。

「オレは大体ここで買うけどー。ポイントカードあるし……あ、でも気分で変えたり。ここにないのも、あっちにあったりするし」
「へぇぇ……」

からすると、馴染みの薄い文化だ。

「スーパーの方が安いんだけど、期間限定とかコラボとか、コンビニにしかないんだよね〜…」
「あ、それはある!寮の近くもそうだよねー!あそこのスーパー、お菓子ぜんぜんないの!」

ふふ、とは笑ったが、紫原は相変わらずビニールの中をごそごそやっている。
その顔がどうにも、いつもと違う雰囲気なのを悟ったは、何か悪いことを言ってしまったかな、と俯き加減になる。

「……ねー、ちん」
「んっ?」
「オレ、アレでいーと思う?」
「え?」
「あのさぁ……あれで、オレのこと、認めてくれると思う?」
「それって…」
「だからぁ〜!おかーさんとか……ちんとオレのこと、うるさく言ってきたりしない?」
「…………」

は、胸の奥からこみ上げる嬉しさと愛しさでなんだか息苦しくなった。

「……し、しないと思うよ」
「そっかー……」
「えっ、えっと…アツシくん、不安だった?うちのお母さんが、別れなさいとか…言ったりすると思った?」

本当なら今すぐ抱きついて、大好きだと叫びたいのをこらえて喋る。

「不安に決まってんじゃん!親とかー……」
「だ、だよね。いきなり親に会うなんて、ハードル高いよねぇ…」

が危惧したのは、親との対面そのものではない。
話を切り出したとして「そーゆーの、重いって言うか」と紫原にドン引きされたらドーシヨーってことだったのだ。

ううん、いずれは……その、私、アツシくんと結婚すると思うけど…でも、まだ、まだまだ私たち、学生だし……。
ううん、別れたりは絶対ないけど、絶対一緒に暮らして、絶対結婚して、絶対幸せな家庭を築くに決まってるけど……。
でも、まだ高校生だし……。

……バカバカしさで満腹になりそうな思考だが、はどこまでも本気だった。

「わ、私こそアツシくんのお母さんに、失礼なことしてないかって、すっごく気になっちゃって……」
「うちはいーんだよアレで〜。上の兄弟多いから、つきあってるとかそーいうの、もう慣れっこなんだってば」

なんだか顔を見合わせた後に、恥ずかしくなって視線を逸らし合う二人だった。

さてそれから、の携帯に「日が暮れる頃まで自由時間」とのお達しが来て、と紫原は二人で時間をつぶすこととなった。
いつもは制限のある時間の中で、部屋の掃除をしたり、制服のボタンつけをしたりするに、
眠たげな紫原が寄り添っているのが常だったから、外で遊ぶとなると途端に勝手が分からない。
しかも。

「えきしっ」
「わ、大丈夫?!」

小さなクシャミをこぼす紫原に、は慌ててポケットティッシュを差し出す。

「う〜……さぶい」
「だね、私も足が冷えてきたよ……」

秋田に比べれば関東は気温が高いのだが、秋田では寒いからこそ絶対に屋外には長居しない。
半端な寒さと風が、二人の体力をジワジワと奪っていく。

「どっか…入れるところないかなぁ?高すぎないお店…」
「あ、こっち。こっち行くと、マジバある」

交差点の先を指さして歩き始める恋人に、は妙にときめいた。

……が、紫原の案内でやってきたチェーン店はあいにく満席で、当ての外れた二人は他の場所を探してウロウロする羽目になった。

「どうしよっか」
「ん〜……」

手持ちのお菓子も食べ終わってしまって、いよいよ意識散漫になっている紫原に問いかけたが、の方にも具体案があるわけでなし。
大体、訪れたばかりの右も左もわからぬ町では、行きたい所も落ち着ける所もわかるわけなく、心細くなる一方だ。

「……アツシくん、手、繋いで」
「え」

上着のポケットに入れっぱなしの紫原の手を、ちょいちょいつついてみせる。

「どしたのちん」
「なんかぁ…心細くなって……」
「……いーけど……」

そう言って辺りを見回してから、ポケットから出た大きな手が、の冷えた指をつかむ。

「わ、ぬくい!アツシくんあったかい……」
ちんが冷たすぎんでしょ」

背格好の違いすぎる二人が手を繋ぎながら歩くとなると、 は手首だけでなく肘まで上に向けねばならなかった。
そしてその様子は恋人同士というより、大人と子供のようで紫原はそれが気になって仕方ないのだが……。
互いの手を繋ぎ合うというのは、二人して面映ゆくも嬉しいことだった。

「うれしい、こういうの……」
「……はずかしーけどね」

照れ笑いを向けられると、にいたずら心が芽生え出す。
指先に強弱をつけ、紫原の手の感触を何度も確かめたりする。
ああ、なんだかスゴイなぁ、と思ってしまうのだ。
たとえここが慣れないコンクリートジャングルだろうが、馴染みのない土地だろうが。
自分は高校のある秋田の地と変わらず、紫原と手を繋いでいる。
場所や時間などはさして問題ではないのだ。
どこにいたって、私たちは恋人同士なのだ。
そう実感する。

「ああっ……もう、アツシくん……好き!」
「……恥ずいんだってばぁ」
「でも、でもなんか、急にそう思ったんだもん!」
「人の目があるんだけどー……」

ただでさえ人混みで衆目を集める紫原は、彼女と手を繋いで騒いでいると、もう台風の目のようだ。

「も〜、ホント恥ずかしいんだってば…ココ、知り合いとかいるかもしんないし」
「あ……そ、そっか」

にとっては知らぬ街、それも今日くらいしか縁のないような所でも、紫原にとっては子供の頃からの故郷なのだ。

「…ねー、ちんいつまでこっちにいんの?」
「えっと…明日の夜、新幹線。明日はおみやげ買って、宅配便出して、お昼前にはホテル出て……」
「……お昼前にホテル出て、買ったおみやげ宅配便で出して、夜に新幹線てこと?」
「そうそう、あははっ!ダメだね私!時系列めちゃくちゃ」
「そっか…」

素っ気なく言って、紫原はから視線を外してしまう。

「もーちょっとゆっくりしてけばいいのに」
「そのつもりだったんだけど……」

行き帰りの新幹線はさておき、東京にいる間の宿の確保がうまく行かなかった。
家族二人で泊まれるツインやダブルの部屋に空きがなく、と母が個別にシングルルームを取ることになってしまったのだ。
そうすると、一日にかかる宿泊費用というのも割高で……。
が、なんだか負い目を感じさせるのもイヤだなあと思ったので、ホテルが取れなかった、とだけ言うだった。

「しょーがないけどさー、もー少し時間あれば…あーんと」
「……?」
「なんかー…もーちょっと、なんか、あったかもしんないじゃん……」

そこで紫原の頬が赤くなったので、言葉の意味に気がついた。
そうだ。ゆっくり時間がとれれば、なんだかシットリした感じの所に二人で行って、アレがコウしてアアなったり出来たかもしれないのに……。
いまいちデートというものが解っていないので、実態を伴わない曖昧な想像になってしまうのだが。

「…もっと、ゆっくりデート出来たらよかったね」
「……うん」

紫原も紫原で、残りの休みはと会えないのを惜しんでくれている。
そう思うと……。

「あーもー!アツシくん大好きっ!」
「だから、恥ずかしーんだってば……!」

またもや照れ笑いを向け合う二人だったが、突然紫原が思い詰めた顔になり、握っていた手をパッと離してしまった。

「……アツシくん?」
「あ…いや、別に……」

が見上げても力なく頭を振るだけで、離れた手が繋ぎ直されることはない。

「手、疲れちゃった?」
「いや…」

どちらかというと、電車の吊革に捕まるように上げっぱなしだたの腕のほうが、疲労は大きいのだが。

「あーもう!」

紫原は髪の毛をくしゃくしゃ掻くと、早足でわき道に歩いて行ってしまう。

「ま、待って!」

…そうなると、は全速力で走らねば追いつけない。

「どうしたの、アツシくん」

ちょうど飲食店の裏手となっているらしい袋小路では、冷たい空気をかき回す換気扇の音が響いている。
なにやら紫原は壁に背を預けつつ、頭を抱えていた。

「なんか…オレ、なんか、うまくいかない……」

は紫原の顔色を伺うべくその正面に立ったが。
その瞬間に大きな手がニュッと伸びてきて、自分のわきの下に入り込んでしまったものだから驚いた。

「えわあああっ?!あつしく…ん?!」

の足はたやすく地面を離れた。
驚愕するばかりの声も、獰猛なな唇に塞がれて奪われてしまう。

「んっ…んんう?!うっ、むおー?!」

自分がしっかり抱き上げられて、紫原にキスされているのだと悟るまで、だいぶ間があった気がする。

「ぶはっ…は…やっちゃった……」
「やっちゃったって…あ、アツシくん?!」
「なんか…なんか、これ以上一緒にいると、またヘンな気分になりそーだったから…」
「ヘンって、そんな……あっ」

そこでは、過去に紫原が耐えきれない衝動に駆られ、自分に欲望を向けてきた時のことを思い出した。

「あ……アツシくん、もしかして……」
「もー…ヤダ、ホント、恥ずいから……」

……アタリだった。
さすがにこんな場所では「確かめる」わけにもいかないが、紫原の顔がすべてを物語っていた。

「アツシくん……」

でも、だからといっていつものようには行かない。
ここはにとって、完全なる治外法権なのだ。
二人きりになれる場所、ましてや「こと」に及べるような所なんて……。

「…………あっ」

ふと、の中の悪魔が囁いた。
自分がシングルルームに泊まることになったのは、このような事態を予測した神の思し召しではないのか?



まあそれほど都合のよい神もなかなかいないとは思うが。
幸いホテルフロントの者は、コンビニのビニールを持った連れ合いと一緒にエレベーターに乗ろうとするを咎めはしなかった。
……でも、いくらなんでもこれは、親や周りの人を裏切っていはいないか?
越えちゃいけないラインを平気で越えてしまっていないか?
そう、上昇していくエレベーターの中で煩悶するだったが。

「やっと二人っきりになれた……」
「あっ……アツシくん……」

部屋に入って抱きしめられると、罪悪感など都合よく忘れるのだった。

「なんか…いろいろ、ガマンしよーとは思ってたんだけど……」

中腰での上着のボタンをせわしなく外しつつ、紫原は眉根を寄せ、どこか苦しそうな顔になる。

「親のこととか…住んでるとこのこととか……面倒くせーこと一杯考えなきゃならないし…」
「アツシくん……?」

の上着のボタンを外し終えると、肩から脱がせるようなそぶりをしながらも、一歩一歩距離をつめる。

「そーゆーの、ちゃんと考えなきゃって思ってる。なんか…あんましマジメなこと言うの、照れくさいし、恥ずかしーし…ああ、もー…わけわかんないんだけど」
「う、うん……?」
「でも、いちお、態度で出したいじゃん。ちゃんと考えてて、ちんとちゃんとなりてーって思ってんだよって……」

面倒くさいこと、ちゃんと、考えてて。
紫原は妙に言葉を選びながら、今度はの頭をぐりぐり撫で始めた。

「でも……もーしばらく会えないんだなーって思ったら……」
「私と……?」
「うん…我慢なんてヤだけど、どーせ生きてく上でガマンなんかいっぱいしなきゃじゃん。イヤでもしなきゃじゃん」
「……」
「オレがそーゆーガマンをできないヤツだって思われたら…ちんだけじゃなくて、親とかにも思われたら……」

もうこの辺りで感激しすぎて目がウルウルしてきただったが、こみ上げる想いをこらえて、言葉の続きに耳を傾ける。

「イヤじゃん、そーゆーやつ!ちゃんとやってんのに、一面だけ見られてウダウダ言われんのヤなんだよ!」
「……アツシくん……」
「オレ、ちんと…あっと、ちゃんと、するために、いろいろやりたいし、考えてるわけ!それを言われたくないわけ、他人に!」
「ああっ……アツシくん!!」

最愛の恋人からプロポーズみたいなことを言われては、もう抑圧の術もなく。

「私も…私もアツシくんと、ちゃんとしたい!ちゃんと、いろいろしたい!」

脱げたコートを踏みつける形になるのもかまわず、は足を突っ張らせて紫原に抱きついた。

「学校始まらないと会えないなんてやだよ。今日も、手だけ振ってバイバイなんてやだよ」
「うん……」
「ねえいろんなことしたいよ。他の人にどう言われてもいいから、アツシくんといっぱいしたいよ…」
「うん、うん……」
「我慢できないよ。好きなときに、アツシくんといーーっぱいいっぱい、あの……アレ、したい!」

端から見るとアホの極みかもしれないが、それでも二人は今現在、互いの情熱が作り出す異質な酩酊の中にいた。


紫原は上着と靴を無頓着に脱ぎ捨て、すぐさまを抱きしめて、部屋の真ん中に陣取っているベッドにもつれ込んだ。
いつもならもう少し駆け引き、とでもいうべき物があるが、今日はそんな間も惜しかった。
が無事ベッドに寝転んだのを確認すると、下半身に纏っている服だけ乱暴に脱がしにかかる。

「はあっ…あ、ああ…アツシくぅん……!」

で、それに抵抗しなかった。
紫原の欲情に当てられて、もすっかりお腹の下が熱くなっている。

「ああ…すっげえ……もー濡れてるじゃん…」

いつもより粗雑な口調で、ずらした下着の奥にある割れ目の濡れ具合にうっとりと見惚れる。
体格差のせいですぐにかぶりつけないことが、これほど惜しかったことはない。

「は、恥ずかし…ああっ?!」

の足首を掴んだまま、紫原は床に膝をつく。
そうしての身を勢いよく裏返してしまうと、掴んだ足首を自分の肩にヒョイッと掛ける。

「あああぁっ?!あっ、アツシくん…わ、私今これ逆立ちみたいになってない?!なっ……んああぁあぁあっ!」

慌てるの尻肉を割り開き、間も与えずに粘膜にかぶりつく。

「あっ、ア゛、ああぁあ、ア゛ッ、アツシくぅ……んぁあぁあ……!!」

肉の合わせ目に柔く歯を立て、突き出した舌のざらつきで粘膜の溝という溝をほじくり返していく。
やがても現状を呑み込むと、紫原から与えられる愛撫に陶酔し始める。

「うっ…あ、あぁあ…きもちいい……!」
「そーれほ、ん……ひんの、きもちーとこ……」

の愛液と自分の唾液が溜まってくると、勢いよく吸い上げるのも忘れない。
じゅるじゅる、なんて音を立てていくうちに、紫原は自分の内腿が下腹につられて攣りそうになっていることにようやく気がつく。
ああオレこんなにガマンできなくなってるのに、なんでもっとちんのこと舐めてたいんだろ。
早く入れたいのに、なんで今、ちんをよくしてあげるのもやめられないんだろ。
どこか他人事のように思いながら、ふと、紫原はもうひとつ、自分の行為の矛盾に気がつく。

「ぷは…ちん…気持ちいい?」
「んうっ…う、うん…すっごく……いい…」
「うそだー」
「ああう?!」

手をの太股からわき腹に移動させて、しっかり引っ張り上げながら支える。
そして小刻みに震え続けるの秘処から口を離すと、からかうように息だけ吹きかける。

「今日はまだ、一番きもちーとこ触ってないよ。物足りないんじゃないのー?」

問われたが言い訳を探していることに気が付くと、舌でも唇でもなく、鼻筋を粘膜に沿わせて、高い鼻頭で「そこ」をぬるぬるとなぞってやる。

「はああうっ……!!だ、だめぇ…ち、力抜けちゃうぅう……!!」
「ここがいーんでしょ?」

なんだか意外だった。
早くと一つになりたいし、にも快感でとろけ切って欲しい。
そう思っているはずなのに、を焦らせて狂わせたいという意志がむくむく大きくなる。
紫原は頭の中で考えるより先に、大好きな恋人を甘く虐める動作を、本能で熟知して態度に出していた。

「……ん〜…」
「あっ?!あ、ああぁあっだめっ!だめっ…アツシくん、だめぇえっ…!!」

これくらいなら、は羞恥が勝って頷かないとなんとなくわかっていた。
だから紫原はの答えを待たずに、充血した肉芽に舌先を絡める。

「あっ…あ゛っあぁあぁ…あぁあ…だめぇ…なの、にぃいぃ……!!」

口唇での弱点を舐め続けていると、粘膜の孔から、どこか重みのある愛液が垂れてくる。

「ん〜…吸っちゃお……」
「あっ?!ああぁあ〜〜っ!アツシくんっ、あ、あぁあ゛…っ、あ゛っ…あ゛〜〜っ!!」

肉芽も愛液も一緒くたに吸い上げると、は全身をばたつかせながら震え上がる。
だんだん声からも恥じらいが消え、本気で快楽に悶えているのだと解ってくるのが、紫原にとってはなんとも嬉しいのだ。
で、だから。

「っ…は、きもちー?」
「んえっ……?」

の震えが絶頂に至る直前に、愛撫をやめてやる。
なぜか今の紫原は、の状態が手に取るように解るのだ。

「あ…アツシくん……気持ち、いいよぉ…きもちーから……」
「ん〜?」

素知らぬふりをしながらも、紫原の背筋はこみ上げる愉悦と陶酔で何度も震えた。
愛する恋人が、自分の意のままにとろけた顔を晒していると思うと……まだ触れてもいないのに射精まで意識する。

「きもちーんでしょ?ならいーじゃん、それで」
「やあっ…や、だよ…よくないよ……んっ、んっ……!」

の下腹部が、愛撫を求めて疼く。
ちょっとおもしろくなった紫原が、さっきと同じようにツンと鼻先を出してやると、そこに肉芽を擦りつけようとするのだ。

「ああ…やばい、ちん……かわいすぎっ」
「っひあッ?!ア゛ーーーッ!!」

虚を突いて思い切り肉芽を吸い上げると、紫原の予想通りに……はビクッと震えて絶頂を仰ぐ。

「はあ…ああ…ちん…オレ…次はオレので……」

の下半身をようやく解放してズボンを脱ぎ、紫原は隆起した肉茎をに向ける。
ちなみになぜか、入れた覚えもないのにいつも使っているコンドームがズボンのポケットに入っていた。
これは後から解ることだが、紫原の上着のポケットや帰省用のカバンの中にまで入っていた。
先輩の余計なお節介……で終わるはずのものが、結果的に二人を救ったのである。

「ん……うん…私も…アツシくんの欲しい……!」

紫原の予想外だったのは、しばらくぐったりしているかと思ったがすぐに身を立て直して、仰向けで脚を開いたことだ。

ちん……?」

の顔には、どこか妖しく、それでいて快楽に溶け切った切ない微笑みが宿る。
……それは、本人も予想だにしないことだった。
予想どころか……自分がその坩堝にあることに、気付いてすらいなかった。
要因はたくさんある。
ひとつは間違いなく、ホテルの個室という普段より断然没入できる場所。
もうひとつはこれも紛れもなく、いつも以上に増した紫原への愛しさ。
……丁寧に突き上げられた絶頂での邂逅。
他にもいきなり持ち上げられたり降ろされたりした下半身の血流の変化や、大きな矯声による陶酔……いろいろあるが。

は心理学で言うところのフロー……紫原に馴染み深い言葉で表すならゾーン。
そう呼ばれる、一種のトランス状態に陥っていた。

紫原が夢中になりながらも本能で愛撫を為したように。
今のは、紫原を感じるために全身の感覚を研ぎ澄ませていた。

「入れちゃうよ。いいの……?」
「うん、うん…!おねがい……!」

そう言って、まるでひっくり返るような体勢になって自らの足を押さえ込む。
の熱く濡れた膣と、同時に震える会陰が紫原にむき出しになる。

「……っ」

積極的なに不思議な物を感じながら、紫原は腰を屈め、肉茎の先端での粘膜を探る。

「んんぅ…っ!」
「お……?!」

チュプッ…と湿った音を立て、互いの粘膜が触れた瞬間、の臀部がわずかに蠢いて、早く入って欲しい、と言うように震え出す。

「く…やっば……あ……!」
「はぁあっ…!あ、あぁあ……!!」

誘いに乗って、紫原が深く入ってゆく。
いつもは根本まで突き込むとなると時間がかかって、狭い肉を亀頭の先でこじ開けていく感覚があるのに。

「あ……あ゛、入る…ぜんぶ……」
「く……ふうぅうっ…!!うんっ、いれて、全部ぅ……!」

紫原が体重をかけて腰を落とすと、の膣孔は抵抗なく肉茎を呑み込んだ。

「ああっ…ちょ、ちん、今日、なんか…やわっこい……」
「はぁっ…!あ、アツシくんは、いつもよりかたい…おっきい……奥のほう、押されてる……んっ…!」
「……ッ、動くよ、いーよね?」

紫原は返事を聞く前に、ゆっくり抽送を始める。
肉茎に絡み付いてくる粘膜と、その間で熱く粘る愛液が、ちょっと出し入れするたびにぶぢゅぶぢゅと泡立つ。

「はひっ…あ、あぁ……恥ずかしい音ぉお……!」
「つ…っ、ちん、やらしくなりすぎでしょ……!」
「やらひっ…あ…あぁあぁっ……!」

目も眩みそうな快楽の前に、紫原はちょっと焦りを感じていた。
いつもよりずっと気持ちよすぎて、激しく突き入れるとすぐに射精してしまうと直感したのだ。

「くそ…ああ…っ、もー、ちん……!」
「くふぅっ?!あ、ああ…それ…それ……っ!!」

の尻を押さえ込み、出し入れするのは先端だけに抑える。
そうして硬く勃起した肉茎の先端を、のお腹の内側に擦るようにして何度も何度も浅くピストンする。

「はぁあぁっ…!あ、あつし、くん……!」

は露骨に物欲しげな顔で紫原を見ていたが、その願いを叶えて一気に突き込んでしまったらもう、本当に間が持たない。

「アツシくん、おねがい、ね…奥まで入れて…強いのしてぇ…奥、ずんずんするやつぅ……!」
「ああもー…!ガマンとか出来なくなるじゃん……!」

細かい駆け引きが馬鹿馬鹿しくなる。
かわいいおねだりをするに、紫原は遠慮なく腰を落とし込んだ。

「おっ…ほっ、あ、ア゛ッ…おっ…あぁあ…んあぁおおおぉおっ…!!」
「す、っげー顔…ちん、今、すっげー顔してる…そんなに気持ちいいの……?!」

何度も頷くに、フッ、と荒い呼吸を漏らす。
締め付けられる先端を充血させるように、裏筋を包み込む膣孔がたまらない。
気を抜くとすぐにでも射精してしまいそうで、それを誤魔化すために強く腰を打ちつけることを繰り返す。

「あっく…くあっ…あぁああっ!あ、あづしくっ…ぅうっ、奥うぅっ、いま、奥、ぐりぐりされてるっ…!」
「わかるよ、そんくらい…言わなくてもっ、ってか、…ちょ、腰、やめ…お、オレ動くっ…オレが動くからっ!」
「ふあぃいぃっ?!」
「動くなっ……!もー、出ちゃいそーだからっ、動くなってんだよ……!!」

紫原に合わせて、が小刻みに腰を動かすのがだめだ。
それをされると何度も先端の弱いところが押されて、尾てい骨から走る震えが意識をさらいそうになる。

「い、いいのぉっ…アツシくん……!このまま出してくれたら…奥にっ…奥に、深いとこに、いっぱい出ると思うぅっ……!!」

酩酊状態のは、二人を隔てるゴム製の避妊具の存在などとうになかったことにしていた。
今のにとってはないのと同じで、いつも以上に紫原の熱も、ぷちゅぷちゅと先走りがこぼれてくる感覚もリアルに掴める。

「じゃあ…じゃあちんもいってよ、ほら、ほらっ!」

語尾を強めながら、恋人どころか嫌いな奴にもこれだけ暴力的なことはしない、と一瞬思うような乱暴な抽送を繰り返す。

「いってるっ…何回ももういってるぅっ…!アツシくんが、出たり、入ったりすると……っ、ああぁっ!」
「あー…そーっ…じゃあもう出しちゃうよ?!いいの?!ほんとにいいの……?!」
「いいっ!いいよっ…!出してっ、中、なかっ…びゅーって…アツシくんっ!!」

その懇願がダメ押しになって、紫原の全身が大きく震える。
根本まで挿入したままの肉茎の先から、ぼりゅぼりゅぼりゅ……と、絞り出したように勢いよく白濁が迸る。

「ああ……う……あ……!」
「あ…で…てる…っ…中、いま、びゅーって…あ、は…はぁあっ……んくっ?!」

歓喜の弛緩をしかけたを、紫原が押さえつける。

「まだ出てるから…う、全部っ…中で出すから……!」
「はくっ…うぅ……うぅうっ……うれしっ…うれしいよぉ……っ!!」

この肉の溶け合いから醒めるのを惜しむように、紫原の肉茎が何度も脈打つ。
それを全部膣壁で受け止めたは、遠い目をして悦に浸る。

「はあぁっ…ん…ほんと……ゴム、ないみたい…なんか…今日…すごかったの……!」
「……ふうぅーん……?」

ようやく名残惜しい射精を終えた肉茎を引き抜くと、紫原はジトリとした目でつぶやいた。

「それじゃ、今日はもう終わりって感じの言い方じゃん」
「……うえ?」

先端に白濁の溜まったゴムを丁寧に引き剥がし、紫原はもう一度にのし掛かる。

「もー一回、する」
「えっ…えっ?!い、いいけど…でも……いろいろ……」

ためらうに向けて、紫原は再び熱を持ち始めた肉茎をぐいぐい押しつける。
ついでにもう片方のポケットに入っていた新しいゴムを取り出してから、の唇を奪う。

「ん…は……会えないぶん、いっぱいしとく」
「んっ……!」

今度はベッドの上で胡座をかいて、の身体を抱え込む。

「いっぱいしたいって、ちんも言ってくれたし」
「い、言ったけど…!!」

下手をするとさっきよりも凶暴性を増している恋人を受け入れながら、明日のお昼にちゃんと起きられるだろうか……なんてことを考えるだった。

醒めつつある酩酊状態の脳が、ほんのわずかに知らせる。
こうして互いに受け入れあう日々の末に、幸せな未来があるのだと。








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ちらっとにおわせていた東京編なんですけど、
書き終えてみるとこれ別に東京関係ない(笑)
でもやっぱり紫原くんは書いてて楽しいです。