……首から上は茹だるほど熱くて腫れぼったいのに、腰や背中には寒気が走ってぞわぞわする。

季節の変わり目、気温の変化に体調を乱され、は風邪を引いていた。
熱と悪寒、関節の痛み。
保健室でも感冒だと断定され、引きずるようなら医者にかかるように言われた。
今も授業を休んで、寮のベッドで一人横になっている。

「……退屈だなあ……」

ついつい罰当たりなことを呟いてしまう。
もっと幼い頃は、風邪を引いて熱が出ようならしめたもの。
堂々と学校をサボタージュでき、布団の中にこっそりと漫画やゲームを持ち込んで遊んだりしたものだ。
その上いつもは倹約を口にする親が、ゼリーやヨーグルト、冷たい果実なんかを用意してくれる。
どちらかと言えば健康な子供だったにとって、風邪は特別なイベントみたいなものだった。

……それが、年齢が上がった今になってかかるとこんなに苦しいものだとは。
誰の目もない。
今ここで起きあがって踊ろうが、お菓子を床に広げてあぐらをかいて食べようが、咎める者はいない。
子供の頃のようにゲームをしたり、好きな漫画を読んだりしてもいい。コソコソする必要はないのだ。
……が、頭がボーッとして全身が重怠いものだから行動的にはなれない。
携帯電話の液晶画面をずっと眺めていると、眉間が重たくなっていく気がするし……。
かと言って眠りにつくほど疲れているということもなく。
結果、横になりながら暇を持て余すくらいしかすることがないのだ。

「暇だよぉー……」

は寝返りを打ちながら、悲しげに吠える。



……の、だが。

バンバンッ。

不意に何か、部屋のドアを叩く音が聞こえて身を起こす。

「……だ、誰?」

パジャマの上に適当な上着を羽織り、ドアの向こうの様子を伺ってみるも返事はない。
代わりにもう一度バンバン、と、扉が壊れてしまうのではないかと思う程大きい音がする。

……それがドアノックの「コンコン」のつもりなのだと気付いたのは、三回目の「バンバン」がの頭三つくらい上から……。
ちょうど大好きな彼の目線くらいの位置から聞こえてきた時だった。

「アツシくん?!」
ちんっ」

が慌ててドアを開くと、ビニール袋を持った紫原が飛び込んできた。

「なんで?!授業は?!」

思わぬ来客、しかも大好きな紫原。
身を襲う感冒症状を忘れて歓喜しそうになるも……当たり前の疑問に突き当たる。

この時間、普通の生徒は授業の真っ最中だ。

ちんが心配だったから、抜けてきた」
「抜けてきたって…どうやって?」
「頭痛いって言った」

……ちなみに名誉のために記すが、老齢の数学教師は紫原に棒読みで「あー、なんか頭痛い。保健室行きたい」と言われ、
ただ機械的にボイコットを容認したわけでも、巨大な手のひらに圧し潰される恐怖に怯えたわけでもない。
紫原はスポーツ推薦で入学した生徒で、現に本校のバスケ部の功績に非常に貢献している。
学業の成績も悪くないどころか、どの教科でも上位だ。
その上「熱がある、風邪っぽい、腹痛い」と違って、頭痛というのは仮病を指摘し辛い症状だし。
本当だったとして無理をさせ、放課後の部活動に支障をきたすようでも困る。
……そんな打診の上で、教師は半分以上仮病であろう紫原の保健室行きを許したのだ。

まさか紫原が保健室を素通りして堂々と女子寮に侵入しているとは思わないだろうが。

さておき。

「ずる休みしちゃ駄目だよ……それに、私風邪だから…うつっちゃったら大変だよ」

嬉しくないわけがない。
紫原の顔を見ただけで、風邪が治ってしまったような錯覚すら抱く。
けれど……サボリも、病人の部屋に滞在することも、何一つ紫原のためにはならないのだ。

「むー…ちん、つらくないわけ?」
「う、うん。寝てれば平気」
「……水とか、お粥とか欲しくない?」
「最低限はそこの冷蔵庫にあるし……」
「…………寂しくないわけ?」
「………………」

紫原も紫原で、を籠絡する方法を会得しつつある。
風邪がうつっちゃうよ、部活大変だよ……などと言う建設的な意見は、
「会いたかった、一緒にいたい」という感情論で押せば簡単に折れてしまう。
そっただ女をなぁ、情の濃い女って言うんじゃ。
紫原はやたらと顔の濃い部長が何かの拍子に口にした言葉を思い出して、脳内で反芻する。
ちんは、情の濃い女。
優しくて無理し過ぎて、向こう見ずに背負い込んじゃおーとする。
だけど、こっちがホントのこと言えば、ホントのこと言い返してくれる子。
そんな彼女が風邪を引いてダウンしているというのだから、看病するしかないだろう。

紫原自身はあまり病気の経験がなく、家族が風邪を引いたとしても上の兄や姉が何とかしていたのであまりピンとこないのだが、とにかく看病。



「じゃ、ちょっと早いけどお昼ご飯作るから。ちんは寝てていーから」
「う、うん……」

うまいこと言いくるめられたは、ドキドキしながら給湯室に向かう紫原の背中を見守る。

「アツシくんって料理できるのかな……?」

個室に本格的な調理設備はない。
自炊がしたい者は給湯室で、というのがルールで、最低限のものは備えてあるが調味料や食材は持ち込みが基本だ。
よく見なかったが、彼が持っていたビニールの中身は食材だったのだろうか?
そんなの買う時間あったのかな。
いろいろ考えていると妙にソワソワしてしまい、何度も何度も寝返りを繰り返す。

「できたよ〜」
「早ッ!!」

思わずバネ仕掛けのように身を起こす。
紫原が部屋から出ていって、まだ十分も経っていないはずだ。

「はい、ポカリ。廊下の自販機で売ってた〜」
「ありがと……あの、ご飯って……」

感謝と共にペットボトルを受け取る。
が、の関心は紫原が手にする寮共用のお盆と、その上の食器に向いてしまう。

「あー…あんと、あんま大したのは作れなかったけど…オレ、料理とかしたことないし……」
「ううんっ。作ってくれたの?!」

紫原はうなずくが、その顔はどことなく気まずそうだ。
うんうん、初めての料理とかお菓子って、食べて貰うのドキドキするんだよね……!
はニヤニヤするのをこらえつつ、ゆっくりベッドに腰掛ける。
すると流石に観念したのか、ハイ、とマグカップが差し出された。

「あ……スープ?」
「スープってゆーか…オレは好きなんだけど…」

湯気と共に立ちこめる、醤油の優しい香り。
飴色のスープの底になにか具が沈殿しているので、静かにスプーンを入れる。

「飲んでいいんだよね?」
「……うん」
「じゃあ、いただきまーす……」

ゴクンと一口。
……コンソメキューブっぽい味、というのが素直な感想だ。
が、少々塩味の強いスープは、空腹のには美味しく感じられた。
となると気になるのはさっき見えた具だ。
カップから口を離し、カップの底から……その「具」をすくって、よく見つめてみる。
なんだかプルプルしていて、不思議なカーブを描いている。
まるで、お湯に浸しすぎてふやけたインスタント麺のような……。
いや、ような、というか。

「あっ…これ、べびすたらーめん?!」
「そー。オレの部屋に、あんまご飯になるのなかったから……それでスープ作れるかなーって」
「……あはっ!あはは、うん、美味しい!」

……乾麺に似せたスナック菓子に湯を注いだらしい。
がコンソメだと感じたのは、菓子の味付けが湯に溶け出したものだった。

「私も小さい頃やった〜。これ、キチンラーメンとは違ってラーメンにはならないんだよね」
「あ、ちんも知ってるんだ。そー、なんないの。でも、これはこれでオレ好きー」
「うん、私も好きっ」

……これを料理にカテゴライズしていいのかは甚だ疑問だったが、確かに美味を感じたのだ。
お粥よりは濃いものが食べたい、でもあんまり重たいものだと胃がもたれてしまう。
のそんな煩悶を解決する、とても優れた差し入れだった。

「サラダも作ったー」
「サラダ……?」

そう言って紫原が差し出した小皿には、だいぶ色の濃い、ポテトサラダ…のようなものが乗っている。
は食べる前に察した。
「しゃかりこ、お湯でほぐしたの?」
「あ、すごい。わかるんだー。うん、こうすると美味しいってフタの裏に書いてあったから」

……なんと言うべきか、の心に、愛しさとはまた違った温かな気持ちが湧き起こっている。

「……ありがとうね、アツシくん」
「ん……喜んでくれたんなら、オレも嬉しーし」

自信なさげだった紫原も、素直に感謝されると嬉しいようだ。



「お昼食べたから、薬飲もー?」
「あ、保健室から貰ったやつがそこに……」

風邪薬を飲んで、はベッドに横になる。
加湿器のタンクは紫原が水を足してくれたし、薬が効いていたのか軽い眠気もする。

ちん……寝る?」
「うー……ん、かも…ごめん……」
「謝ることじゃないじゃん」
「んでも…なんか、アツシくんといるからもったいない……」
「もー。オレが勝手に来たんだからいーの。寝るの」

そう言って紫原は、掛け布団をの頭の方まで押し上げてしまう。

「早く元気になってよ」
「うん……ありがとう……」

布団越しにそんな声が聞こえたかと思うと、その後は規則正しい寝息が伝わってくる。

ちん、ホントに寝ちゃったんだ」

布団を押さえる手をゆるめ、紫原はポツリと呟く。
……さて。
自分にできる「看病」はしたのだし、対象は穏やかな眠りについた。
紫原が取るべき正しい行動は「教室に戻る」だろう。
もう少しでちょうど休み時間に入るから、それに合わせてさりげなく。

「…………」

……そう言ったシステマチックな割り切が出来ないからこそ、紫原は今、ここにいるわけだが。

「リモコン……あ、あった」

ベッド周辺を探り、天井の照明のスイッチを切り替える。
電子音と共に豆電球に切り替わったの部屋は、紫原が見たことのない様相だ。
がいつもこうしてパジャマに着替え、照明を落として寝ているのだと思うと、なんだか落ち着かない。
これだけ親しくて、毎日教室で会っているというのに、その生活の大部分を、紫原はまだ目にしたことがないのだ。

「むー……」

それっておかしくない?と、誰に向けたものでもない怒りがこみ上げてくる。
の寝姿や風呂の様子を、さして親しくもないルームメイトは「同性だから」という理由だけで見ているのに。
を誰より大好きな自分は、男だからという一点で見ることが出来ない。
この世の理不尽を目の当たりにした気分になり、紫原は浅い思考を繰り返す。

「お風呂……寮のお風呂は駄目だし…んー……」

どうにかして男子寮の大浴場を貸し切り状態にして、そこにを運び込んで二人で入るとか。

「いや、いやいや」

仮に貸し切りに出来たとしても。
あの浴場は口を利いたことさえないクラスメイトだって利用するのだ。

「そんなんヤだし。ちんのエキスが……エキス?うん、エキス……」

観念的なものだが、汚れる。が。
それだけで嫌なのに、入浴後、念入りに浴槽を洗わないと後から入る連中が「が入った後の風呂」に浸かることになる。
紫原は多大な労力を費やして風呂をセッティングしないとと二人きりのバスタイムを楽しめないのに、
他の連中は労せずおこぼれに与ることが出来るのだ。

「ムカツク……」

まーそもそもお風呂の貸し切りなんて出来ないんだけどさ……と、暇つぶしの妄想を打ち切り、のベッドに顎を乗せる。

「……ちん……」

の寝顔は穏やかだ。
普段より頬が赤い気がするが、それは風邪のせいだろう。

「……飽きないなー」

にへら、と口許が緩んでしまう。
ただ寝息が繰り返され、軽く身体が上下するだけなのに。
を眺めているのは、ちっとも退屈しない。

「あとは…んー、うちに来てもらうとか……?」

やがてウットリしながらも、取り留めない妄想を再開させる紫原だった。

「夏休みとか……でも、東京行くのけっこー高いんだよね」

生粋の地方育ちであるは、なんと東京には中学校の修学旅行で行ったきりだという。
交通費は自腹だろう。高校生には痛い出費だ。

「連れてったとしても、ぜってー家族うるさいし……」

……いくら恋愛ごとに疎い紫原でも、休暇の帰省で「女のコ」を実家に連れて行けばどうなるかくらいは想像できた。

「早く大人になりたいなー……」

そうすれば好きなところにを連れていって、どこかに泊まって、このかわいい寝顔と一緒に横になったり出来るのに。

「お風呂だって一緒に入れるし」

東京に遠征する時に泊まるビジネスホテルは、小さい上にトイレとセットだが部屋ごとに浴室がある。

「そーいうとこに泊まれれば、人の目なんか気にしなくていーのに」

いやでも、よくよく考えたら恥ずかしいな……なんて紫原はかぶりを振る。
自分もも全裸になって、髪やら身体やらを洗う無防備なところを見せる羽目になる。
のことは見たいが、自分が見られると思うと恥ずかしい。

「オレの裸なんて、見て楽しーのかな……」

は行為の最中、自分だけ全裸は嫌なのだと言う。
それどころか紫原の最も恥ずかしい部分に平気で触れ、マジマジ観察することもよくある。

……立場を置き換えてみれば、紫原だっての裸は見たい。
だがそれは胸の膨らみと先端の尖りがあって、白くて丸い尻肉があって、不思議に魅力的な足の間があるからだ。
男の自分には乳房はなく、尻だって四角くて硬いはず。
股間に至っては非常にグロテスクだという自覚があるので、眺めたくなる気持ちがわからない。

ちんは可愛いとか言うけどさぁ……」

どう頑張っても、紫原自身には己の股間が愛しく見えることはなかった。
それどころか、常識知らずに快楽ばかり求め、空気を読まずに熱を持つこの肉には嫌悪すらある。
……ああ、ほら、今だって。

「あ……う」

制服のズボンの中で、肉茎がみるみる大きくなっていくのがわかる。
……ちょっと淫らなことを想像しただけでこれだ。
紫原は焦りと、思い通りにならない肉体への怒りを抱く。
そして……それを凌駕する淫欲に流されてしまう。




「んぁ……?」

……異様な気配を察して目を覚ましたが見たのは、ズボンを膝まで下げ、下着をつまみ上げている紫原だった。

「あ、アツシくん?」

未だ覚醒しきらないまま声をかけると、紫原は感電したように跳ね上がった。

「お、あ、オレ」
「……え?どうして?授業は……?今、何時?」
「ああああ、起きなくていーから、ちん、寝てていーからっ」

紫原は長い腕をばたつかせる。
その瞬間、やっとしゃっきりし始めたの意識は……なぜか上を向いてそそり立った紫原の股間を捉えた。

「え……え?」

下着からはみ出したそれはなぜか避妊具に覆われ、ピンク色のウレタンゴムで奇妙な照りを放つ。

「あ……アツシくん……?」

ほとんど無意識にはベッド脇を探り、照明器具のリモコンを押す。
紫原が消してくれたのであろうライトが再び灯り、陰っていたものも明らかになる。

「…………うー……」

……紫原は、もう、言い訳もごまかしもしなかった。
目を点にするの前に、避妊具を纏った股間の肉と、その先端に溜まった白い濁りをさらけ出す。

「あ……あの、それは、何……?」

寝起きな上に感冒状態の頭をどうにか働かせ、は現状の点と点を線で結んでいく。

・アツシくんは教室に戻ってない
・私は寝てた
・ゴム
・射精も終わってるみたい

「え、ええと……?」
「い、いつもは……ああんと」

どうしても回答を導き出せないに、紫原はしどろもどろに解説を始めた。

「てぃ、ティッシュ詰めてるんだけど、ティッシュ、ないから……」
「ティッシュ……?」

言われて机に置いているティッシュケースに目をやると、確かにもう中身がないようだった。

「んで…起こしちゃダメって思ったし…したら、ポッケの中に、これ入ってたから……」

紫原はズボンをずり上げ、そのポケットから未使用のゴムをつまみ出してみせた。
ちなみに言うまでもなくいつものあの人が彼のポケットに忍ばせたものだ。

「これつければ汚さないかなって……」
「ん……んんん……?!」

気まずそうな弁解を聞いていくうち、段々との中に真実が浮かび上がってくる。

「あ……アツシくん、ひとりでしてたの?」

……紫原は、うなずいた。

「ごめ…どーしても……あの、オレ、もう行くから……」
「ま、待って!」

理解するなり、の頭は淫らな悪知恵を働かせる。
背筋を通ってこみ上げる愛しさと下腹部に滴っていく情熱が、風邪を引いていることなど都合よく忘れさせてくれる。

「は、恥ずかしがらなくていいよ……」

受け止めたはいいが処分に困っている紫原のために、は引き出しからティッシュの換えを取り出す。

「ほら、これに……」
「う、うん」

がティッシュを広げると、紫原は根本を持って、みゅみゅみゅ……と伸ばしながらゴムを引き抜いていく。
ティッシュに中の白濁が漏れた瞬間に、なんとも言えない匂いが鼻腔を突く。

「あ…はは、なんか……アツシくん、可愛いね……」
「……どこがカワイーの」
「…アツシくん、私、風邪だけど……」

したい、と言おうとしたが、紫原が猛烈に拒んだ。

「ダメ、それはダメ」
「…………」
「風邪、治んないよ」
「……でも……」

平常心を失った紫原は、大事なことまで失念していた。
情が濃く理屈より感情を優先させるは、転じて思いが固ければ、いくら正論を述べたって諦めないのだ……。

「……じゃあ、アツシくん……」

渋々…を装った顔でベッドに入り、掛け布団を羽織ったは、融通するそぶりで以前からの欲望をさらけ出す。



「私はお布団から出ないから」

それを前提でが要求したことは、紫原にとって苦痛こそないが大きな羞恥を伴うものだった。

「んっ……む……」
「あ……あ、だめ……」

しっかり枕に頭を横たえたの顔に肉茎を近付けると、予想はしていたが、唇を寄せられた。

「ダメだって、ば……ばっちーし…くさいよ、今……」
「臭くなんかないってば……んん……っ!」

肉茎の先端、赤く膨れた亀頭に口付けを寄越したが、照れくさそうに微笑んでみせる。

「ずっとこれ、してみたかったの…」

それも、紫原には理解できない感情の一つだった。
はしきりに紫原の肉茎や、その先から迸る粘液を口に入れたがる。

「あ……あ、う……」

しかも今日はいつものような「未遂」ではない。
は明確な意志を持って肉茎に吸いつき、舌で粘膜を味わっている。

「あ……く、うあぁ……ん……」

オレってこんな恥ずかしい奴だったっけ、なんて紫原は思う。

全身が震え、切ない吐息がこぼれ続ける。
大きな欲望は一度出し切ったはずなのに、の口許に肉茎を寄せるときには、再び期待で張りつめていた。

「んちゅ…む、ちゅ……ン……」
「あ……あ、ちょっ……んく……!」

充血した先端にキスをされ、ぬめる舌先でコチョコチョとくすぐられるのは、なんとも言えず気持ちよかった。

「ぷはぁ…はぁ、はあぁ……すごい、熱い」
「あ、熱いってゆーか……んっ……」

恍惚とした吐息がかかるのも悪くない。
その上、は紫原が感じているとわかるなりもっと野心を出して愛撫を強めていく。
こんな怪奇な行為の知識を、一体どこで得たのか尋ねてみたくなるほどだ。

「はふ…ちゅ……んんんっ……むぢゅ……!」
「あっ?!す、吸っちゃダメ……!!」

鈴口に唇をくっつけたかと思うと、舌で尿道をなぞり上げ、まるでディープキスのようにねっとり舐め回す。
ちろちろ舐め上げ、こぼれ出る先走りを絡ませながら吸い上げていく。

「はあっ……!あ……ん…あ…!!」
「ん〜〜っ……ん、んちゅ……っ!!」

まさか、舌先を尿道に突き込もうとしているんじゃないか。
そんな錯覚を抱くほど執拗な愛撫だった。
尖らせた舌で滲む汁をほじり、それでもまだ足りないと言いたげに何度も縦になぞってくる。

「あ……だめ、オレ、変になる……!」
「んぅう……?!」

先端が奇妙に震える。
射精の欲求とは異なる、本能で腰を引いてしまいそうになる感覚が断続的に襲う。
尿道を先端に肉茎がジンジン痺れ、ひどく敏感なのにすべてが頼りなくなっていくようだ。

「むぐっ……ん、ぢゅっ、ぢゅっ、ぢゅ……!!」

だというのには愛撫をゆるめない。
今度は平たくなった舌が亀頭を並列に舐め、鈴口をぴちゅぴちゅといたぶってくる。

「だ、ダメって言ってんのに……あ、ああ……!」

……言いつつ、決して乱暴にを引きはがしたりはしないが。

「んうぅっ……!」
「っあ……!!」

チュボッ、と音を立てて、唾液の糸を引きながらの唇が離れる。

「はあ……はあ、ああ、息切れ……えへ、アツシくん……気持ちいい?」

荒い呼吸を整えながら、は潤んだ瞳で悪魔のようなことを尋ねてくる。

「……い」
「い?」
「い……いい」

だから、早く続きをしてよ。
羞恥心とは裏腹に、紫原の身体は熱烈な口淫の続きを求めていた。
言葉にしなくとも無言で肉茎を押しつければ、には丸わかりだろう。

「よかった……嬉しいよぉ……」
「あ……っ、あ……ちょ、ちょっと……?!」

心底幸せそうな声の後に襲い掛かった刺激に、紫原は慌てる。
先端の一部に沿わせるだけだった唇が、今度は亀頭全体を含もうとする。

「だ、ダメだって、入らないってば……!」
「んぷ…!は、入るよ、だいじょぶ……ンッ…!!」
「あ、ああぁ……」

紫原の肉茎の直径と、の唇。
どう考えても自分の方がオーバーサイズだから、無理はやめろと言いたかったのに。
は意地を張るように思い切り口を開き…ネットリした口腔に、粘膜をしっかりくわえ込んでしまった。

「ふぁ…あぁ……あ、ああ……!!」
「むぐっ……んむぐっ、ん〜っ…ンン……!!」

唇とその端から垂れる唾液が肉茎を擦ると、こんな快感を味わえるのか。
衝撃に打ち震える紫原にだめ押しするように、が舌を蠢かせる。

「あくっ…だめ……ちんっ、ダメぇ……!!」

口腔の熱さの中で亀頭をなぶられると、怖いくらいの快楽が一気に押し寄せる。
もう気張る余裕もなく、女のような声を上げてしまう。

、ちん、オレ……あ……んん…っ!」
「んぶ、んっ…ふむ、ちゅ…ん……!!」

尾てい骨が痺れ抜き、甘い疼きが背筋を通って全身に感染する。

はそんな紫原の訴えに、唇を離さずにうなずいてみせる。

「んんん〜っ…ひいお…んむっ……ん……!!」
「いい……?!いいの……?!」
「んっ、んっ……!」

もう一度、コクンコクンとうなずく。

「あちゅひくん、いっへ…いい……んっ!!」
「あっ……!しゃ、しゃべっちゃダメ……!!」
「んぅうっ?!」

モゴモゴと歯を当てないように喋る唇の動きがとどめになる。
尿道を滑る音がしそうなほど濃い精液が、一気に外に噴き出してゆく。

「はぶぅっ?!んっ、ぐ、むぅうっ……!!」

口腔を打つ刺激に、は目を見開く。

「……ぅ、く……は、あ……って、ちょっと、ちん?!」

……が、我に返った紫原が肉茎を引き抜こうとすると、それを手で阻止されてしまう。

「んぐぅ……むぐぐっ……!!」

頬を小動物のように膨れさせたまま、は紫原の先っぽを吸い続ける。

「や、め…ぇ……ちん、やめ、や、やめろ……!!」
「んぶはっ……!!」

平手で頭を押さえられて、はやっと唇を離した。

「んぐ…お、ぶっ……むっ…」
「ってちょっとえ、え……え、何してんの……!!」
「んうぅっ?!」

オモチャを誤飲した子供にするように、紫原はの顎を押さえて口を開かせる。
……さっきの「んぐ」で、紫原の吐精した白濁は全部飲み干されてしまっていた。
どれだけ覗き込んでも、の白い歯と真っ赤な口粘膜があるばかりだ。

「うそ……」

胃の底が疼くような気分で呟く紫原とは反対に、はエヘヘ、と笑う。

「…本当に苦いんだね」
「苦いならなんで飲んだの」

あれだけ愛撫を受けておきながらナンなのだが、紫原にとってあの白濁は汚猥なのだ。
ペロッと舐められたりするだけでなかなか罪悪感があるのに。

「こ…恋人のは、飲むものだって……」
「絶対ウソでしょ」
「凄く栄養あるって……」
「それも絶対ウソ」

悪びれた様子のないの頬を、大きな指でつまんだ瞬間……紫原はハッとする。

「ちょっと…ちん!熱上がった?!」
「え……?」

さっきまで快楽にとろけていた顔を険しくしながら叫ぶ恋人の様子に、も慌てる。

「なんか首すっごく熱い!」
「うそ…?全然熱くないよ、苦しくもないし…」

そう言った直後に「あ」と思った。

平衡感覚が消失して、頭の先が大きな渦に巻き込まれる。
ちん、ちん……と呼ぶ声が、近くにあるのに遠く感じられるのを不思議に覚えながら…の意識は闇へ沈んだ。


……その日のうちにタクシーで市内の病院に連れて行かれたは知る由もあるまいが。
それからしばらく陽泉高校は「パジャマの女子を抱きながら敷地内を全力疾走するバスケ部エース」の話題で持ちきりだった。
「ほ、保健室に行きたくて……苦しくて、電話でアツ…紫原くんを呼んだの」
というの言い訳で、担任教師も見舞いに来た母親も納得してくれた。

が。

「それじゃあその子にお礼をしなくっちゃね。東京のおうちに電話しちゃって平気かしら」


……まさかこんなアホな事件がきっかけでの東京行きが実現しようとは、誰が予想したであろうか……。








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★2014/09/19
久しぶりの更新でした。長くなった…。