にとって、才能と努力は全く違うものだった。
そして努力することは、何にも優る美徳だった。

頭が悪くて美人でもない。とりたてて大きな特技もない。
そんな自分でもできるのが努力で、その上結果が実を結ぶならば大きな喜びだ。

簡単に現代っぽく表現するなら、才能とは手に入れたら離れない武器。
生まれたときから持っているか、あるいは経験値やレベルアップによって新しく手に入れることができて、
一度身につければそうそう失うことはない。
対して努力とは、効果に時間制限ありの消費アイテムだ。
努力するぞ、と意気込んだときから作用し始めて、事柄の結果が出るまでしか持続しない。
その上結果が良くても悪くても、積み重なるということはない。
一度効果が切れてしまったら、また本来の低いステータスからやり直しだ。
まぁ、それでも続けていれば経験値になって、レベルアップに繋がることもあるかもしれないが……それはあくまでもたらされた結果の副産物だ。「努力」本来の効能ではない。

……才能にはどうしようもない差異があるけれど、努力は誰にだってできる。
結果を出せなくても、努力したことは自分自身が知っている。
才能がある人は一回で出来ることを、ない人は努力すれば十回目で出来る……かもしんない可能性がある。
なんの取り柄もない凡庸な私が、ここまでこられたのは努力のたまものなんだ。
そう思えばは決して腐れることなく、まっすぐ生きてこられた。
平凡な自分だってありがたいくらいだ。
生まれつき才能に恵まれた人よりも、ずっと努力を認めてもらえるだろうから。
才能があって注目される人は、「さすが、すごい」と思われることはあっても、「とても頑張ったね」と言われることはそうないと思う。
……まぁその考えは整然とした哲学と言うより、が思春期の周りに対するコンプレックスと向き合うために編み出した詭弁だったのだが。


……詭弁は当然、簡単なことで折れる。


高校受験で、実家から離れた寮のあるところに進学して、は昔の顔見知りと再会した。
喫茶店で取り留めのないことばかり駄弁っていた中、ふと持っている資格、検定……なんて話になった。
はちょいちょいと、なんの役に立つんだと言われても漢検だのワー検だのといったものを自分の意志で受験して努力して、
結果として表彰状と資格を持ち帰っていた。
鼻高々に自慢できる派手なものではないかもしれないが、卑下するものでもない。
そう思って正直にあれこれ言ううちに、ちょっとは自信ありげな態度になっていたのかもしれない。
ふと友人は陰りのある表情になって、ぼそっと呟いた。

「……ちゃんは、昔からすごかったもんね」
「えっ?すごくないよ、すごくないから頑張ったんだよ」
「……努力も、才能のうちだよ」

……その言葉はの心に重くのしかかった。

ふらふらと帰った寮は二人部屋で、出会ったばかりのルームメイトの前でシクシクサメザメするわけにはいかず必死でこらえたが。
翌日になって校内を巡っていても、授業中でも、ずっとその言葉が頭の中をリフレインした。

……努力も才能?
私が今までたくさんたくさん、才能ある人にはかなわないけれど、と頑張ってきた「努力」は、
「努力する才能」がある人間の才能によるもので、
あー才能あるやつにはかなわんわー、はいはい、?やっぱ才能あるんだねー、へー、で片づけられてしまうのか?
違う。違う違う。私は才能がないと自分をあきらめた。
ただ、そこで拗ねて終わるのがいやだから努力して、その結果たくさんの褒賞をもらってきたんだ。
それを、才能があったから、の一言で片づけられるなんて。
そんなことあっていいわけないよ。
でも……でも。
あの子に言わせるならば、努力だって「才能」で、選ばれし者特有のスキルなのだという。
なら、私はそれを今まで考えずに、自分が恵まれた人間であると意識せずに過ごしてきて、
その上「自分は落ちこぼれだけど誰にでも出来る努力というものでなんとかやってきた」とかいう勘違いもいいところな思い込みをしてきたことになる。
そしたら、たぶん、そんな私をボコッてやりたい「努力という才能」を持たない子はたくさん周りにいたはずだ。
そして「努力以外の才能」のある人からしたら、
「けっ、努力出来るくせに凡人と同じ結果しか出せないのかよ」とバカにされていたことになる。
え?どうして?どうしてそうなるの……?

考えるうちにだんだん努力という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしてきたりもして、は脳髄の迷路で迷子になった。


……そして放課後誰もいなくなった教室で一人、泣いた。
紫原敦との出会いは、そんな状況で起こった。


「なにしてんのー?」
「っ、う?!」

教室の隅で体育座りして、顔中ぐしゃぐしゃにして泣いていたものだから、誰かが背後から近づいていることに気がつかなかった。
しかもあわてて振り返った先にいたのが尻餅をつかないと顔を伺えないほどに長身の男だったものだから、は悲鳴を上げそうになった。

「むっ……むらさきばらくん……」

サクサクサクサク……と軽快な音を立てて駄菓子を咀嚼しながら、無気力な顔で紫原はを見つめる。

「なにしてんの?」
「なっ……な、関係ないでしょっ!!」

ないけど。とアッサリ言ってから紫原は教室の椅子に腰掛けてポケットをごそごそやりだし、
取り出したお菓子を机の上に置いて、またサクサク。

気を遣って出ていくとかしてよ、というかふつうするでしょうが!
というの涙混じりの憤りは通じず、紫原は今度はチョコレートをモグモグやっては幸せそうに頬を盛り上げさせている。

入学式のときも、同じクラスになったときもひときわ目立つ存在だった。
周りの男子より頭二つ分は大きいし、比較対象が女子となるともう身長差どころの騒ぎではなく、
座っている紫原に立ち上がった、という状況なのにそれでも紫原の方がでかいのを眺めていると、私って小人だったっけ?とか思えてきてしまう。

……そんなタッパばかりに目を奪われてしまうが、性格も相当に変な奴だと、同じクラスのは思う。
今だってだだ泣きのを前にして、慰めるつもりも目の前から去るつもりもないらしい。
ただ教室に来て、食べたくなったのでお菓子を食べている、と。
そこに「泣いてるがいた」という事柄が割り込んできても別にかまわないらしい。

「……」

そのとことん自分に無関心な様子を見て、の涙はふいになりをひそめ……ふと、尋ねてみた。

「……紫原くんは、努力は才能だと思う?」

もぐっと口の中のものを飲み込んでから吐かれた彼の台詞は、とっても冷たかった。

「は?そんなわけないでしょ」
「…………」
「努力が才能にかなうわけないでしょ」
「…………!!」

……紫原は、の詭弁的な矜持とはまた異なった己の考えに則ってそう言ったに過ぎないのだが。

「そっ……そうだよねっ!」

その時のにとっては、彼の言葉は何よりも頼もしく、自分を悲しみの迷宮から引き上げてくれるものだった。

「才能と努力は別物だよねっ」
「そーそ、当たり前じゃん。なんでそんなこと言うの?」
「えっ、あ、えっと…わ、私にね、努力できるのは才能を持ってるからだー、とか言う人がいてね!」
「はぁ〜?」

新しいチョコレートの包みに伸ばしかけた手を止めて、紫原はの方を身体ごと振り向いた。

「誰に言われたの?そんなこと言うやついんの?」

……返す返すも。
紫原は別にの味方になると決めたわけではないし、慰めのつもりもみじんもない。
が、にとっては今の台詞は「そんな奴いたらオレがヒネリつぶしてやるよ」的な響きを持って伝わり……。

「いたの!私より結果を出せない子が!言ったの!」
「はぁ?何それだし。それ努力とか才能以前に、そいつがダメすぎなだけでしょ」

そう!そうなの!
は心の中で紅色の花が咲き、視界がキラキラと明るくなっていくのを感じた。
紫原くんは私のこと、わかってくれるんだ!
……今まで会話したこともなかっただろ調子のいい奴、と、第三者から突っ込みが入りそうだが。
の中で唐突に紫原は、「巨体を持て余す変人」から「運命の王子様」に変貌を遂げていた。

「そーだよねー!努力が才能だったらさ、それこそ才能がない人は生きてすらいけないじゃん!」
「ん〜……あ、これアーモンドじゃなくてマカダミア」

口に放り込んだチョコレートを咀嚼する紫原は、すでににさして興味はないようだったが。

「ありがとう紫原くん!」
「どういたしまして……んあ」

直後の、チョコでのど乾いたからジュース買ってきてくんない〜、という不遜なパシらせも、
その時のにとっては「彼が心を許してくれた証拠」となった。



……かくして、と紫原の奇妙な関係が始まった。
さすがにもいつまでも浮かれっぱなしなおめでたい人間ではなく、
ときめきも瞬間最大風速で時間がたてば落ち着くし、
今のところ紫原は自分に興味を抱いていないようだ……と悟ったが。
それでも、訪れた恋のときめきとチャンスを逃すのはもったいない。
本人に興味を持ってもらえないとしても、そこは努力が身の上の人間。
彼の性格をリサーチして、とりあえずモノで釣る戦法に出た。

「おとなり失礼します」
「ん……?」

学食で友人と食事を済ませると、尻を浮かせて紫原の隣に移動し、おもむろに菓子の封を切る。

「あのさあ、なんでいつもオレの横で食べんの」
「え、だって一人でお菓子って肩身狭いんだもん」

うざいから近寄んないでくんない、と言う攻撃的な言葉が紫原から出るより先に、期間限定の甘い香りを放つデザートを、ぱくっと口に含む。

「……」
「うん、甘い。おいしい」
「…………」
「…………」
「……ちょ、オレにもちょーだい」
「ん?いいよーほら、どーぞ!」

でまあ、そんなことを繰り返しているとだんだん無下にはされなくなってくる。
は毎回新しいお菓子を持ってくる、と紫原もわかるわけで。
手がべたべたになるとか理由をつけて、紫原がの手に直接口を近づけたり、
時にはの唇にくわえられたものを自分の唇で奪う、なんてことをするようになるまで時間はかからなかった。

「ごちそうさま〜……」
「ちょ、ゴミはゴミ箱に!床に捨てちゃダメだよ」
「めんどい……」
「じゃあ私が捨てるから、全部よこしてほら」

紫原は食べた菓子の小包装やジュースの缶なりをそこいらに放置する癖があるようで。
あちこちぽいぽい捨てられるよりは、がゴミ袋を用意してまとめた方が怒られない。

「……あ」
「わ、こぼしてる、紫原くんこぼしてるっ!」
「ん〜……いーよ別に……」
「よくないよ、ココアなんてシミになっちゃう」
「いーよ、着られるし」
「笑われちゃうよ、シミついたシャツなんて着てたら」
「あー、もぉ……じゃーアンタが洗ってよ」
「えっ?いいけど」

何かしていた方が充実感を得られるにとっては、身の回りのことを任されるのは光栄だったし、
好きな男の子シャツ洗濯って!すごくない?だの、
やはぁ、紫原くんにノート貸してあげちゃったー! だの、
もう恋の空騒ぎ状態だったので、不都合が生じるどころか、と紫原はお互いの生活にどんどん綿密に織り込まれていった。

……ついぞ校内だけでなく、寮に戻ってからの洗濯だの掃除だのの面倒まで見るようになり、互いを下の名前で呼びあう仲になると、
周りの人間もまぁ、黙認という形を取る。
なのでが紫原の部屋にやってきて床をコロコロがけし始めると、同室の男子はすごすご出ていくわけだ。

「わー……毛たくさん」

それは非難のつもりではなく、ただの疑問による独り言だ。
だって気づくと床に髪の毛をたくさん落としているから、こまめに掃除機をかけねばといつも心がけているのだが、
どう考えても髪じゃない毛が大量にテープにへばりついているのを見ると、なぜだろう?と思えてくる。
別に嫌悪は抱かないが、その、これはたぶん、シモの毛ってやつだ。
でもなんでだ。全裸で生活してるならまだしも、どうしてこの気温が低い地方、朝晩は綿入れズボンが欠かせない環境で、こんなに毛が床に落ちるんだろう?

ちん〜」
「フォ?!あっ、なにアツシくん……!」
「何見てんの」
「え、いや、その、これ……あの、なんでこんなに毛ぇ落ちるのかなって……」
「んー……そりゃ……」

の肩を抱いた紫原が、頭を掻く。
いつもの変に間を空ける彼の口調というよりは、言い淀んでいるという具合だ。

「あー……なるじゃん、裸」
「え?!え、なるけどさ、普段は服着てるでしょ……?」
「そーじゃなくて……いや、いーや」

そう言葉を切られてしまうと、ねぇねぇどういう意味?なんて聞きづらいし、
言いたいことは全部だだ漏らしにしてしまう彼が言わないということは、たぶん言いたくないことなのだ。
そう合点して、は黙ってぺりぺりとテープをはがす。
……が、ゴミ箱前に移動しようとしても、背後の紫原が離れない。

「あ……アツシくん?」
「掃除、もーいいから」
「う、うん……わかった」
「んで、こーっち。ちんはこっち」
「あ、わ……」

紫原ほどの巨体に身体をぐいっと押されると、軽くでも暴力じみた勢いになる。
……が、まぁ、はそれを怖いと感じない。
「やだっ、ドキドキする!」とか思っちゃう子なわけで。

ベッドに胡座をかく紫原に抱きしめられると、やっぱり自分は小人だったんじゃないか?と錯覚してしまう。
大きな手のひらひとつで、の鎖骨から胸までが全部包まれる。
最初は驚くよりなかった体躯も、今は自分を守ってくれるものに思えて仕方ない。
そんな自分を現金だと思いつつ、は紫原の喉がけだるげに鳴り、自分の身体をゆるゆるまさぐってくるのを心地よく感じていた。

……もちろん緊張もあるし、期待もしている。

「あ…アツシくん、ちゅー」
「ん……?ちゅー?」
「うんっ」

そして変に緊張したら、いっそ自分から一つ段階が上のスキンシップをねだると決めていた。
……唇が触れ合う直前に、は瞳を閉じる。
紫原はときどき瞼を開いたままなので、まで開きっぱなしにすると……なんだか、気まずい。
照れくさいのもある。

「はんっ……ん、うぅ……!」

ちゅぱ、と、キスというよりは「ちゅー」と言うべきなような、ちょっとした幼稚さを伴う口づけが終わっても、
紫原の方は名残惜しげに、舌での唇をぺろぺろ舐めていた。

「んわ、あ、アツシくん……?」
「んー…ん、んっ……」

唇だけでなく鼻の下や頬も舐めながら、紫原の手のひらがの胸元をまさぐる。
抱きしめるついでに手が余って届いちゃいました、という偶然さではなく、明確な意図を持って。

「ちょ、そ、え……えわ、えわわ……!」

……いや、してたよ、こうなったらいいなって、期待してたけども!
でもいきなりすぎると思う!
そう思って慌てて後ろを振り返って制止をかけようとしたが、紫原はよりも自分の意志を優先するつもりでいるようで。

「わ、あ、ちょ、壊れる、アツシくんそれ壊れちゃうから……!!」
「えー……じゃあどうすればいいの」

服の裾から手を突っ込まれた!と騒ぐより先に、さらにその手がブラジャーをはぎ取ろうと穏やかでない動きをすることに焦ってしまう。
しかもホックを外す、という考えは端からないようで、大きな手と無骨な指がワイヤーをグイグイ押し上げようとする。
服の上からでも形のよい胸に見せるために寄せ上げて、アンダーバストもぎりぎりにつめた下着を着けているにとっては大問題だ。
紫原の指が割り込んだぶんきつくなったワイヤーに肋骨が締め上げられて苦しいし、布地がミチミチミチミチなんていうしゃれにならない音を立てている。

「う、うしろ、後ろ、後ろのね、ホック外せば取れるから!ちゃんと!」
「ホック?」
「あ、ええとこれ、これ!ほらこれ!」

そう言っては、自分で上着をまくり上げた。
ここ、これ、と自分の背中を指さして、ブラのホックを示す。

「これ外して……」
「やだ。めんどい」
「め、めんどがっちゃダメじゃない?!そこは!」
「やだ。ちん逃げるでしょ、なんか逃げよーとしてるもん、今」
「え……?!」

……的には、ブラのホックを外してもらって上半身裸に。
そこでお互い一度冷静になり、改めて仕切り直し、くらいのつもりだった。
が、紫原に指摘されると、意識できていなかった緊張が一気に頭に押し寄せてきて、まぁそうだね、と。
逃げられるなら逃げて、先延ばしにしちゃいたい自分がいたよね。
……と、自分を省みたりする。

もちろんイヤじゃないのだ。
好きな人とキスが出来て抱き合えて幸せで。
それ以上に深く密着できるならしたい。その幸せを知りたい。
が……は大きな、他人が聞いたらおそらく笑う、けれど決して馬鹿には出来ない……文字通り大きな懸念を抱えていた。

「あ……アツシ、くん、あのね……」

逃げないよ、という返事のつもりで、は自分でブラジャーのホックを外した。

「……!」

下着の締め付けから解放された乳房が揺れるのが見えたのか、紫原がぴくんと震えた。
そして長い腕が条件反射のようにの肩に回り、こっちを向いて見せてくれ、と身体の方向を変えさせようとする。
……同時にの懸念しているものが、傍目にわかる勢いで大きくなっていく。

「あ……のね」
「うん」

話、聞くつもりないよねこれ。
紫原の声は生返事で、視線はの乳房に注がれたまま。
が気恥ずかしくなって胸のあたりに手をやると、やはり条件反射じみたスピードでその手は弾かれた。
隠さないで見せて、と。

「アツシくん……」
「うん」
「す、すごく大事なこと話すよ?」
「うん」
「あのね、これ……ってあやぁあ!ちょ、まだダメっ……!」

紫原の手が乳房に伸びてきたので、大声を上げながら飛び退いた。
が、ベッドの上で壁際に追い込まれてしまう。
伏し目がちでやる気がなさげのいつもの紫原の顔なのだが、発される気配が……ストレートに言うなら、やらせろ、やらせろ、やらせろ、と頻りにに訴えかけてくる。
……どちらにせよもう後戻りは出来ない。

「いつならいーの、ねえ、いつになったら触っていいの」
「ちょっと、ね、本当に、今は、まだ……!」

そう言って時間を稼ぎつつ、はスカートのポケットを探った。

「あのね!アツシくんこれ、一回、ね、これ……!」
「……なにこれ。ガム?」
「ゴムね!!」

がビッ、と突き出したのは、ラテックスゴムの避妊具だ。
……わざわざ学校から離れたディスカウントショップで、一人コソコソ買ってきた努力の勲章。
秋田よりも雪深い未開の地であるの地元と違って、この辺はありがたいことにコンビニが何件もある。
そこにもあるだろうから、わざわざ遠くまで行かなくても……と、これまた他人は笑うだろうが。

「これ……入るかどうか試してみてっ……!」
「……え……入るって、どゆこと?」
「だ、だからね、つけてみて、きつくないか……」
「あー、そーゆーこと」

……バカな耳年増と笑えばいいよ!と、は心の中で恥を掻き捨てまくった。
個包装になっているそれは、が棚を見てチェックする限り一番大きいサイズと書かれていたコンドームだ。
いや、だって、と。
……が中学生の頃、誰かがふざけてコンドームを買ってきて、みんなの前で開けて見せたことがあった。
これにアレが入るんだー、と笑う主犯グループを、遠巻きに眺めて眉をひそめるふりをしながらも、はガンガン盗み見た。
……その時の記憶を頼りにするなら、たぶん、間違いなく、紫原のものは、通常サイズのゴムには収まりきらない。
きりかはそう考えて、わざわざ買って来ちゃったわけだ。
ラージサイズコンドームを。

「あーんと……」

……の乳房と、差し出したゴムを交互に見ていた紫原の顔が急に赤くなって、ぽつんと下を向く。

「……見ないでよ、ちん」
「う……うん」

そう言ったきり紫原はに背を向け、ベッドの上で中腰になって部屋着をごそごそやりだした。

「うわっ、なにこれヌルヌルしてる、気持ち悪……」
「あっあっ、ちょ、アツシくん?!かぶせる前に、あの、その、さきっぽの、あれ、あの」
「あれ……?あれ、待って、これ、表裏あんの」
「あるっ、ある!ちゃんと、ねえ、その、ねえ……!」

土壇場であれあれどうしようダメになっちゃいました!という状況を防ぐため、
そして努力を惜しまない身の上なは、買ったゴムの説明書をしっかり熟読した上、一つ自分で開封してへえこれこんななってるんだ、
とびろびろびろ、と広げたりつまんだりしまくったわけで、
どうやらゴムという器物を初めて見るらしい紫原よりは扱いをわかっているはずだ。
なので背を向けて苦心している様子の恋人を見ていると、どうにも手を出したくなってくる。

「ちょ、ね、見せて……?」
「えー……やだ、恥ずかしい、やだ、見ちゃダメ」
「わ、私だって恥ずかしいんだよっ!」

そう言って、チラと振り向いた紫原の前で、わざとらしく胸を張った。
あまり大きくもないが一応肉の乗った乳房がたぷついて、紫原はもう一度それをじっ、と見つめる。

「……なんか、うまくつけらんない」
「う、うん……わ、私、手伝うよ……」

が顔面から発火しそうな勢いで真っ赤になりつつ言うと、紫原はようやくと向き合った。

「これね、かぶせる前に、なんかさきっちょのこれ、ここ、つまんで、空気抜かないといけないんだって……」
「へー……てか、なんでちん知ってるの」
「し、調べたの!人事を尽くして天命を待つ!」

……そしては改めて初めて、紫原のナニを目にしたわけだが。

「あ……と、え、と……でかい、ね」
「……恥ずかしいんだけど」

「やだ、大きいよぉ」みたいなぶりっ子じみた反応ができなかったのは、予想以上にそれが生々しくて、
ややもすると私はこれで串刺し、人間バーベキューになってしまうのでは?というまがまがしさを持っていたからだ。

「う……うう、ごめん……あの、でね、これ、こっちが表……これを、クルクルって……わ、うわっ!」
「あっ、つ、く……!」

……紫原の肉茎は、すでに血液が行き渡って上を向いている。
のものさしで計るならば……太さは、自分の手首…よりはまぁ、少し細いけども。
大好きな人の、そして初めて見る本物の男を前にして顔は真っ赤。
それなのに、予想していたとはいえ大きな体躯に見合う肉茎のサイズをまじめに目視すると、心の方は青ざめていく。
……それに先端の空気を抜いて、裏表を確認して亀頭にぺたりと張り付けた避妊具はどう見ても頼りない。
比較対象は保健の教科書とこっそり読んだエロ本くらいだが、この規格外の大きさの男根を覆えるとはとても思えなかった。

「さ、触るよ……?いい……?」
「……なーんか、オレかっこわるい……」
「い、いーよ。アツシくんのこと、私がしてあげたいんだから」
「あー……いいけどさ」

ゴムの端をつかみ、ぐっ、と、丸まっているラテックスをくるくると肉の幹にかぶせてゆく……が。

「つ、っ、う……つ……」
「ね、ねぇ……これ、痛い、よね……?」

ぎりぎりまで、もうこれ以上は伸びません、というところまでゴムを下げきったが、まず長さが足りない。
肉茎の半分くらいまでのところでゴムの端がびきびきの血管を圧迫している。
それに、なんとか包むことができた上から半分も、いまにもはちきれそうだった。

「あ、アツシくん、痛くない……?!」
「……い」
「い?」
「い……いたい」

苦悶の表情で子供っぽく眉をゆがめる紫原を、そのままにしてはおけない。

「待って、今、取るから……」
「いーよ、取んなくて……取ったら、できないじゃん……」
「あ……え、と……えと、そうだけど……」

でも、言っている間にもゴムに圧迫された紫原の肉茎はどんどん赤く、興奮とはまた違う具合に血が集まっているように見える。

「う、鬱血とか、しちゃうんじゃないの……?」
「……でもオレ、ちんとしたいもん」
「そ、そうだけど」
「もう入れたい、早くさして、オレのがだめになる前に、入れさしてちん」
「い、いきなりいれんの?!で、でもこれ、途中で……破けちゃったり、したらさ……」
「……」
「…………」

紫原は、もぉー!と言いたげにベッドに突っ伏した。

「オレ、ちんと……できないの?」
「……!!」

……その言葉は、「あきらめ」を思わせた。
だって、力及ばず諦めたことはある。
だがそれは、本当に最後の最後まで粘ってみて、それでも実力が届かないとはっきりわかったときだ。
「できるのにやらない」、あるいは「できそうなのに試さない」のは、の中では「努力をしない」のと一緒だった。

「ううん!大丈夫!」

これは努力でなんとかなる。
そう思った瞬間から、は猛烈に闘志を抱く。

「あのねっ、これより大きいのも、たぶん、いや、絶対売ってるから!私探してくるから!」
「……これが全部じゃないの?」
「うん!世の中いろんな人がいる!先人たちの努力と、飽くなき挑戦によっていろいろ開発されてるんだよっ!」
「むん……じゃあこれ、取っていい?」
「いいよ、でも……今日は、できない、けど、いい……?」
「…………」

ベロン、と、着けたときの弾力などなく伸びきったゴムを片手に、紫原は露骨に落胆した。

「オレ、どうすればいーの……」

……あれだけアホな会話を挟んでなお、紫原の肉茎は張りつめたまま。

「……それは……っわ、わわ!」

どうしよう、とベッドの上で途方に暮れかけたに、紫原がぐいっと詰め寄った。

「……いい?」
「えっ、あ、だから、今日は…だめなんだってば…」
「入れないから、おっぱい」
「えあ?!おっぱい?」

ぐ、との両腕が掴まれて、放りっぱなしの乳房の前に肉茎が押しつけられる。
へたり込んだきりかと、軽く膝を立てた紫原の体勢だと、ちょうど紫原の腰がの鎖骨らへんにぴったりだ。
が、は紫原の意図がいまいちつかめない。
あれあれもしかして、と思うが……。

「……あの、ごめん…私の胸じゃ、挟めないと思うんだけど……」
「はさむ?」
「え、違うの?!あのほら、これ、こうやってさ、胸で……」

紫原の手がゆるんだので、は自分の胸を左右から寄せてみせるが、それでもわずかな谷間にしかならない。
エロ本とかでよくやってるパイズリ的なモノをするには、ぜんぜん大きさが足りないはずだ。
なんかむなしくなってきた……と思うだったが。

「これ、こう、こうさして」
「んっ……?!」

落胆するの背中に長い腕を回し、もう片方の手で自分の肉茎に手を添え。
紫原が、乳房にぐっ、と先端を押しつける。

ちんのおっぱい、オレので触らして」

だめ?と改めて問われると恥ずかしかったが。
の中に、嫌悪はみじんもない。

「い、いいよ、これ……こう?」
「……ん、そう、それ、いい」

ちょっと倒錯した気分にもなってきて、さっき一度触れた 紫原の肉茎に手をのばして、前かがみになる。
真っ赤になった亀頭の先端が乳首の尖りとぶつかるくらいの位置に、自分から導く。

「ふ、んあっ……!」

さっきのゴムについていた潤滑剤と、紫原の鈴口からあふれてくる粘液が、の胸をべとべとにする。
その上でツルンとした先端が滑ってくると、くすぐったいような、気持ちいいような感覚が何度もを痺れさせる。

「これ……気持ちいい?」
「うん……」

言葉少なにうなずく紫原と、熱い肉で形を変える自分の乳房を交互に見つめて、ははぁ、と息を吐く。

「わ、私もなんか、気持ち、いいな……」
「そーなの?どうして?」
「な、なんか…あ、頭…かな?ボーッとする…ふわふわする、アツシくんとこんなことするの…」
「……」

はあ、ともう一度漏らした吐息が、紫原の肉茎に降りかかったようで。
大好きな人の腰がぶるんっ、と震えたのを見て、はソロソロと自分の乳房を持ち上げ、彼の先端により柔らかく当たるようにぐい、ぐい、と加減などしてみる。

「……あっ、う」

紫原の唇から快楽を示す声が漏れるのを聞くと、してやったり、という気持ちで嬉しくなってくる。
彼がぬるぬると自分で熱を動かすのに任せるのではなく、の方からもあれこれ刺激をあげたくなる。

「う……っ、は、ちん、そのまま、ぐっ、て」
「はぁう……?こ、こう?」
「うん、そう、それ……」

言われるままに乳房をぎゅいっと、乳首を尖らせるように指で摘んだ拍子に。

「ん……ッ!!」

紫原の先端、トロトロと透明な粘液を垂らし続ける鈴口が、の乳首をぐにぐにと押す。

「はひっ、あ、ちょっ、と……ぉ……!」
「ん……!逃げないで、ちん…そのままして、してっ」
「に、逃げない、けど、んっ、うぅっ、く……」

今までの曖昧な心地よさとは異なる、強い快感がの背筋を走る。
その感覚に思わず身体が跳ねると、紫原の腕がの肩を押さえ込む。

「すっごい、これ、こりこりしてんのが当たっていい」
「うやぁあ?!やー!ちょ、あああ、アツシくんやめてっ、そういうこと言うのやだっ、恥ずかしい、やだっ!」
「逃げないでって言ってんじゃんっ」
「にっ、逃げないっ、逃げないからぁ!もう変なこと言わないで!」
「言ってない」

かぶりを振って、自分の胸を支えていた手も膝の辺りでわちゃわちゃ動かして。
紫原の気だるくも気持ちのよさを隠さない声で放たれる恥ずかしい言葉を振り払おうと、は慌てる。

「オレホントのことしか言ってないもん」
「ほ、んとのことでも、言わないでっ!は、恥ずかしいの、もうっ!」
「っ、つ?!」

さらにダメ押しをするように紫原が言葉をつなげるものだから、どうにかしたくて思わず、留守になっていた手で紫原の肉茎を掴んでしまった。

「ちょ……!」
「はずっ、はずかしいんだよ、本当に、わ、私……!」
「ちょっ……離して、手、離してちんっ!」
「やだ!」

そう言ってしっかり、さっきの「とりあえず避妊具を装着致します」という建前があった事務的な手つきではなく、思うままに力を籠めてぎゅう、とはちきれそうな熱を掴む。

「だめ、離してっ」
「や、やだっ……これ、これ……!」

ああ、スゴイ、びっくりするくらい熱い。
そうやっておっかなびっくりに感動していると、紫原にかかされた恥の仕返しをしてやりたい意地っ張りのと。
どっちが勝つんだろう、というかこれこんな掴んで痛くないのかな、このまま上下にしごいたりするべきなのかな、とふと冷静になった瞬間に、の視界は唐突に揺れた。

「ダメって言ってんのに……!」
「あわっ、あ、わ、あわふっ……!?」

ぐいっ、と、大きな手で頭が掴まれて、さっきまで掴んでいた肉茎がの頬に押しつけられた。
次の瞬間に、ぷくっ、と何かが破裂するみたいな、パチンとはじけるみたいな、不思議な感覚がそのまま頬で起こって……。

「んっ、ぐ、はわっ、あ、ああぁ……?!」
「っ、う」

そして、どぽぽ、と、非常に重量感があるぬるぬるが、頬を伝ってあごにまで流れていく。
たちん、とさらに滴ってそれが自分の膝に垂れたときに、はようやくことを悟った。

「あ、アツシくん、これ……」
「……出ちった」
「そ……だね、これ……だよね」

すっ、と一歩自分から離れて、ふうぅ、と大きく肩を落とす紫原を見ながら、は自分の頬に手をやる。
にゅるり、と、指先にぬるぬるのねばねば、何とも言えない匂いを放つ液体が絡む。

「…………」
「…………」

どうしろというのだ。
半脱ぎの服もなにもかもそのままに、まるでいたずらがばれた子供のようにそっぽを向く紫原を前にして、は変な気まずさを抱くしかない。

「…………」

ええいままよ。

「んっ……ん、苦っ」
「あ?!」

指先ですくい取った白濁をペロッと舐めて見た率直な感想を漏らすと、紫原が慌てての方に向き直る。

「ちょ、そんなばっちいの口にいれちゃダメ!」
「ば、え、ばっちくないでしょ」

おいしくもないけどさ……と、もう一度ぺろりと舌を出すと、紫原は慌ててベッド脇のティッシュを何枚も引き出した。
出しすぎてペーパーフラワーみたいになったティッシュの束を、の頬に押し当ててゴシゴシと擦る。

「ばっちーって、ちん怒ってんの?怒ってるからそんなことすんの?」
「え、え、怒ってないよ」

なんで今のが怒りからくる行動につながるんだろう?
と疑問を持つのだが。
どうやら紫原にとってこの白濁は排泄物と同程度の認識で、
ついついの頬に押しつけちゃったけどよくよく考えたら怒られるごめんなさい、と思って顔を背けていたらそれを口に入れられてしまったものだから。

「恥ずかしーことしないでよ、オレそんなの」
「……これ、恥ずかしいの?」

からすると、思いがけないところから好きな人のウィークポイントが見つかった気分だ。

「……えへへ、私は嬉しいよ」

がそう言うと、紫原はばふん、とベッドに倒れた。
ぎしぎし、とスプリングが大きな音を立ててきしむ。


「……その……探すから、探してくるからね?ちゃんと……」
「やめてよもー……恥ずい……」
「……できなくてもいいの?」
「…………よくない」



頑張れ
君の努力は、もうちょっとだけ続くぞ。