『黄瀬くんの一日に完全密着!プライベートを丸裸!』
太字のゴシック体でそう書かれた表紙に、己がカッコイイということを恥じない、
「イケメン」を名乗ることにまったく抵抗のない横顔の黄瀬くんの写真が載っていた。
その雑誌を手に取ってぱらぱらめくってみてから、本屋のレジに持っていく。
若い女性、というか私と同じ高校生であろう店員の顔は、隠してはいるが好色ににやけていた。
「この子も黄瀬くんのこと好きなんだ」とか、そんな風に思われている。
黄瀬くん、というピンポイントまでいかずとも、こんな風にちゃらちゃら着飾った若い男がスキなんだ、と。
この男と出会い、ときには喧嘩して、曲折を経ながらも頑健な愛を育んで幸せな性行為に耽って一緒の棺桶に入るところまで想像してるんだろ、と、遠回しに勘ぐられている。
そう思うと私の方も変な笑いがこぼれそうになるのをなんとかこらえないといけなかった。
部屋に帰って、引き出しの中のクロッキー帳を取り出す。
ところどころ粘着糊の水分でたわんでいて、お世辞にもきれいなノートとは言えないが、自分以外には見せないのでかまわない。
「……黄瀬くん」
ノートを開くと、大きいのだと雑誌の見開きそのまま、小さいのだと親指の先くらいのものまで。
……全部全部、黄瀬くんが載っている雑誌のページは切り取って、スクラップブックよろしくノートに隙間なく敷き詰めている。
今日買った雑誌も、まずは大仰に表紙に書いてある特集のページを開いて、黄瀬くんの写真以外の部分には容赦なくはさみを入れて捨てていく。
うっとりする。このぜいたくさ。
黄瀬くん以外のページも文字も、お金を出して買ったのに軽く一瞥されただけでゴミ箱に入ってしまうのだ。
ぜいたくがしたい。無駄はとってもすてきなことだ。
紙くずにされていくほかのモデルも、必死こいてページ構成した編集者も、記事をまとめた記者もいらない。
余計なもの。
もっと言えば……この黄瀬くんの写真ブックだって、余計なものだ。
私は本物の彼とセックスできるんだから。
顔を見つめすぎると不気味だと怒られるけれど。
ざまあみろだわ、とウッカリつぶやいたのは誰に対してだったんだろう。自分で放った言葉なのにわからない。
それを彼に見せて、私こんなにあなたのことを想っているのよとアピールすることはしなかった。
これは心の贅肉であるからこそ意味がある。
黄瀬くんはそんな私を都合のいい肉穴として扱って、つまりは実体が伴ったオカズにしてくれる。
その裏で私が黄瀬くんをオカズにしているのだ。
その事実を改めて見つめて咀嚼すると、ひと噛みごとにジワン、ジワン、と、気持ちのいい震えが身体を襲う。
誰にも言えない自己満足だからいい。
誰も知らない私の性癖だからこそいい。
……なので、ノートからいつの間にかはがれ落ちて鞄に舞い込んだ豆粒サイズの黄瀬くんが、黄瀬くん本人に拾われてしまったのは本当に事故だったのだ。
「……ぷ」
拾い上げた紙屑が、小さく印刷された自分だと知った彼は、ひとまず笑った。
「なんスかこれ」
指先でつまんでぴらぴらもてあそび、私の目の前に突き出して。
「ちえりチャン、こんなの持ち歩いてるんスか」
「え……えっと、それは、あの……!」
為すすべもなくどもるしかなかった。
そんな失態を犯した自分がバカみたいでみじめだった。
「……ちえりチャンって一人でするの」
そんな風に沈んでいた思考は、黄瀬くんの言葉にによって氷解していったわけだが。
「す……する」
「へーえ。こんなの見ながら?」
こんなの。黄瀬くんの写真。
「う……うん……」
「へー……」
黄瀬くんは視線を私から、また切り抜きへと移動させる。
「本物がいるのに?」
絶対的な優位からの物言い。私と黄瀬くんの力関係は絶対に崩れることがないと知っている口調。
ぞくぞくした。
やっぱり黄瀬くんは、私が見込んだ男の人だ。
「素直に言えたっスねー」
うなずくと、つり上がってなお色っぽい口の端がさらに言葉を紡ぐ。
「ご褒美にこれあげる」
その声と同時に黄瀬くんが制服のネクタイを目の前にぷらん、とぶら下げたときには、興奮のあまりに息もできなくなりそうだった。
ほらほら好きに使っていいんスよ。どんなことしても怒らねースよ別に、とけたけた笑いながら言う顔は、
嗜虐心だとか興奮だとか、そういう高尚なものではなく、
もっと単純な子供っぽい、いたずら心に満ちていた。
そのいたずらだって彼は決して失敗する、見つかったら叱られるなんて思っちゃいない。
「ん……!」
「お、やっぱそーするんだ」
はむ、と唇にネクタイの先を挟んだ私を見て、黄瀬くんは目を爛々と輝かせた。
「ふむっ……ん、ん……!」
自分の唾液でなめらかな化繊をふやかして、そこに染み着いた味と匂いを味わうのはまだ先だ。
ひとまずそれをくわえさせてもらったということと、この布はついさっきまで黄瀬くんの首もとにシャツ一枚隔てて巻き付いていたのだということに鼻息を荒くする。
「んっ、んっ……!」
「くわえて終わりじゃないっしょ、ね、どーすんの?どーすんスかこれから」
ベッドでくつろぐ黄瀬くんを正座して見上げる私は、褒賞として頂いたネクタイを落とさぬようにくわえつつ、自分の腰から上をぐっ、ぐっ、と揺すった。
「ふぅ、うぐ、うぅぅ……!」
自分の股間が、踵に当たって心地よい。
「あっはは……すげーやらしい、バカみてー」
ネクタイをしゃぶりつつ自分の足とセックスし始めた私を、黄瀬くんは笑う。
「へらへら」だった顔に「にやにや」が混ざってきて、長い背筋が前屈みになり猫背を描く。
「もっと笑わしてよ、ちえりチャン」
「んっ……うん……!」
自然と口の中に湧いてくる唾液は諫めきれずにいて、焦げ茶の布にじんわりと染みを作っている。
名残惜しくも口からそれを離す……直前に思い切り鼻を利かせて、外鼻だけでなく、口腔から通じる孔から入ってくる黄瀬くんの匂いも堪能して。
制服のスカートをまくり上げ、ネクタイよりずっと恥ずかしい染みを作っている下着に触れる。
「はぁ……ん、う……!」
ニヤニヤニヤ、と、品のないことこの上ないのに格好いい笑顔の黄瀬くんを視界の端に捉えつつ、細長い布地を自分の脚の間に通す。バカみたいだ。
というか、バカだ。
「き、せくん……!」
黄瀬くんはいよいよこらえきれずに爆笑……するべきなのに、できないままに興奮している自分を抑える半端な顔つきになった。
「これ、ん、こうや、って……!」
当て布のように、熱い部分にくぐらせたネクタイを上から引っ張りあげる。
下着ごとぎゅう、と食い込んで、火照った粘膜はただひたすらに気持ちいいことを主張するだけ。
「んっ、う、ん、ぅぅ……!」
しゅる、しゅる、と、服を脱ぐときの音が、脱ぐどころかずりずり押しつけている布と布の隙間から響く。
「……足りないでしょ、そんなんじゃ」
「は、あ、あぁ……!」
下着の湿りが伝わって、どんどん水気を帯びていく「黄瀬くん」を熱心に割れ目に擦らせていると、急にわきの下に腕が入り込んできた。
そのまま持ち上げられて、気に食わないものをゴミ箱にポイする動作で、私はベッドに落とされる。
「今日はあんま時間ねーんスけど」
「あっ、う、んぅ……!」
「ちえりチャンの間抜け面に免じて、ハメてやってもいいッスよ」
「んあっ、あ、あり、がとうっ、うれしっ、嬉しいよぉ……!」
「ありがとうございますは?」と、あなたのためだからと言いつつ子供になにかをやらせる傲慢な親の顔で言われたので、
もちろんそれに応えて脚を開く。
「もうぐっしょぐしょじゃねースか、こんなのつけらんねースよ」
太股に引っ絡まったままのネクタイを指でつまんで、私の前でぷらんぷらんさせる。
「謝ってよちえりチャン」
「んっ、ご、めん、なさぁい……!」
言いながらパン食い競争の選手みたいな気持ちで、目の前のネクタイを再びくわえた。
はっ、と吐息混じりの声が漏れて、黄瀬くんが一気に私を押し開く。
苦しい声が漏れるのも、本当に最初だけ。
「……っ、は、いー、ッス、よ」
「んぐう、うっ、ぐぅうっ……!」
ちゅぐぐ、と、使い古したパレットのようにいろんな味が重なったネクタイを、強く吸う。
頭は倒錯した興奮に叩かれ、下腹部は黄瀬くんの腰に殴られる。
気が遠くなると興奮に押し戻され、興奮でおかしくなりかけると苦しさに引っ張られる。
グチャムチャにされていく。
「それ、あげるよ」
「え……いいの……?!」
きれいな指先がぴぴっ、と洗面所の水をはじいたあとに、私の手に握られたままのネクタイを差す。
「ほら、こーやって」
「うん……?!」
振り返った黄瀬くんが一歩私と距離をつめて、ネクタイを手に取る。
なにをされるかわからずにびくっとしたが、そんな私をまたけらけら笑う声と、髪の毛が持ち上がる感触。
「このままこれで学校来たら褒めてやりてーッス、アハハ」
黄瀬くんは私の頭にネクタイを巻き付けて、耳の上あたりでキュッと結んだ。
……これで右手に寿司の詰め合わせを持てば酔っぱらいの完成なんだが。
「なーんて。またねちえりチャン」
「うん……ありがとう、これ……」
へらりと手を振って出て行き、もう振り返りもしない黄瀬くんを見送る。
彼の姿が見えなくなったところでそっと、頭にふざけた形で巻かれたネクタイを引っ張った。
「っは……ァ……」
最悪だ。これが劣等感や悪意からくる行動だったら泣いて逃げ出しているだろう。
黄瀬くんにはそんなものはない。
自分でも察せない範囲でクレバーに鼻が利くだけだ。
そこが大好き。
その味付けのなさに安心する。
「んっ……く」
口許まで引き下げたびちょ濡れの布地を、遠慮なく噛みしめて味わった。
味がしなくなるまで反芻して反芻して、色が抜けるくらいに吸い尽くして吸い尽くして。
私たち、とってもお似合いだと思う……。