「あんまりいい加減な男とカカズラってはいけません」という教えは、ママによるものだった。

「女としての自分を安売りしてもいけません」とも言われた記憶があるが、
そのころから私はだいぶん不思議に思い、同時にだいぶんあきらめていたように思う。
どうやら女と言うのは、高く売りつけることも安く買い叩かれることも出来るけれども、
どちらにせよ目に見える価値をつけられ、男というものに金を出されて初めて出来不出来が決まるらしい。
それが嫌で嫌で仕方なかったときもまああるにはあるが、
それほど執念深い子供じゃなかったのですぐにあきらめた。
というより、ちょっと視線を変えてぐるっと修正した。
男の人は一生懸命ゼニ勘定して「よい女」を自分の懐事情に合わせて買わなければいけないけれども、
女はひとまず欲を掻かずにおれば生きているだけでいいのだ、と。

……と、いう考えは、口にしたら絶対に怒られるというか、
「りべらるふぇみにずむな世界に生きているんだねえ」と一見尊敬しているような口ぶりで、
「バカをさげすむ目」で見られるのを知っているので、 黙っておくことにしておいた。


「ふ…く、う、うゥ、ん……っ!!」
「はっ……すげ、どんどん出てくる」

そう言って黄瀬くんがうわずった声で私の耳たぶをこちょこちょ愛撫する。
この人は、自分の何気ない声とか、言葉とか、視線とか、そういうものが全部女をくすぐる極上の絹であることをわかり切っていて、
絶えず私の肌も、感覚も、恥ずかしい所も撫でまわされて痺れていく。

「なーんでこんなに濡れちゃうんスかね、チャンは」
「ふくぅっ……き、せ、くんだからぁ……」
「はは、かーわい……っ」

必死で技巧を凝らしたり、ねちねちと脂の滴るような愛撫をしないのは、しなくたって事足りるから。
使わなくていい部分はどんどんすたれていくのだ。
黄瀬くんが私の両膝をしっかり揃えて抱え、閉じた小股のせいでさらにぎゅうぎゅう軋む肉穴を何度も行き来する。
じゅぼっ、じゅぼっ、と、規則正しく出入りする熱は、もしかするとなんだかススけた筒をブラシで磨いているようすにも似ているような。
いや、別に私がぐしょぐしょのゆるゆるで、運動をしないものだから品のない形容をするところのゆるまんだという悲しい事実を思い知りたいのではなくて。

「はっ、う、いー、スよ、すっごく、チャン、今日すっごくいい」

なんだか今日の黄瀬くんは機嫌よく饒舌で、気持ちいい、よく濡れる、と、何度も自分の快楽を口にしてくれるもので、
私も嬉しくていろいろ垂れ流しだ。
ゆるんだ口の端からは涎が垂れたし、下の方もだくだくだった。

考えないことは、とっても楽だ。幸せだ。
私はそういう充足と、性の気持ちよさを与えてくれる黄瀬くんのことが大好きだ。

「黄瀬くっ、あぁ、わ、私、いくっ、う、うぅう……!」
「すっげ、動物みたいな声…アッハ、イクんだ、太股ぴっくぴく」
「うんっ、だから……き、黄瀬くんも出してっ、なか、なか、中がいい、中がいいよぉ……!」
「そーッスね、俺も中がいいなぁ……」

こくこく頷いて、内臓を収縮させるように臀部に力を籠めた。
ギュウッ、ギュウウッ、と、膣穴を絞り金にするみたいに。

「中出しなんて別に興味ねーって思ってたんスけどね、したい奴の気持ちも俺はわかんない……っは、きっつ……!」
「はぁ、あぁあ、あぁあうっ、うぅうっ……!!」
「んっ……でも、は、もー、虜ッスよ、いつでもハメ放題だし、出してドロッドロにしてやんのがたまんね、ッスよ……!」

細波みたいな快楽がばしばし打ち寄せている。
はー、はー、と大げさに吸ったり吐いたりしていると、だんだん過呼吸を引き起こして頭が回らなくなる。
それが気持ちいいのと苦しいのと、黄瀬くんが大好きなのと綯い交ぜになって下腹部からトロンと落ちていく。

「は、っ、イクから、言って?中出しありがとうって喜んで、ほらっ!」
「あっぐ、あ、あぁ?!なっ、なか、だし、ありがとうっ、黄瀬く、うれし、い、いいっ、ぐ、うぅうぅぐっ……!!」

へっ、へっ、と舌を出して、そのまま弛緩しきろうとしたら……黄瀬くんが私の足首をもう一度ひっ掴んだので、慌てた。

「うぐっ……う……?!」
「なーに休んでるんスか、チャン」

へらへら、笑う。
彼の杭は打ち込まれたままで、そのまま前後すれば吐き出した濁りごと私の肉がまた摩擦を始める。
ぎっちゅぎっちゅと、新鮮なのにただれきった肉が立てる恥ずかしい音。

「へへ……ちょっと不満げな顔してたッスよ、チャン」
「んううっ……わ、かるの……?」
「そりゃあね、ほら、もっかい」

……満足していないのは私じゃなくって、黄瀬くんだ。
部活とテスト期間がブッキングすると、遊んでいる時間はない。
部活に入っていない私ですら、ひとまず無言で自分の股をいじって暇をつぶす時間を予習に当てていたくらいだし。

「これもよく言うでしょ、抜かずのどーこーって」
「はぁうっ、ん、そうなのぉ……?」
「なかなかオツなもんスよ、ほら、中ぐっちゃぐちゃで気持ち悪りーの……っは……!」
「きもちぃ、悪いのぉ……?なか、よくないっ?」
「いーや、気持ち悪いのが興奮する、ッス、ね、へへ……」

品のない色気というか、なんだかそんなもの。
黄瀬くんは決して手の届かぬ、汚してはいけないもの、という分野ではなく、
通俗な憧憬をたっぷりと刺激する美しさを持っている。


だから、ものすごく腹が立った。
黄瀬くんにではない。
一人前に傷ついたりしている私自身に。
私は頭のよい女の子、なにかに秀でた人間としてうまくいかないばかりか、黄瀬くんのおもちゃとしても不良品だったようだ。

古くなったり、使い込んでいくうちに細かな傷がついても大切に扱われるものというのは存在する。
デッドストックとか言ったか、時計とか、人の手が付かないままにお店に売れ残りつづけたもので、
長い時間を経て最新のものよりも価値を増し、高額で取引される雑貨。
あるいはきちんとナメした動物の革で出来たものは、使えば使うほど味が出てきて一生モノになる。
代替なんて存在しない一流のヴィンテージになるのだ。

……じゃあ私は?私の肉穴は黄瀬くんに使い込まれるうちにその価値を上げていくのか?



「んー……と」

ふと、ぶらぶらと計算されたゆるさにネクタイを締めなおしながら黄瀬くんがこちらを見た。

「俺の知り合いなんスけどね」
「……?」

なんだか、私……いや、彼の前に現れる女というものすべて対して、滅多に見せない「遠慮」なんてものを嗅ぎ取った。
彼が見せる遠慮は、遠回しに否定を著す。
黄瀬くんこれよかったら食べてぇ、とか手渡される弁当だの菓子だのは、
大半がこれをされて、それでも受け取って!とごり押しされるとその場では笑顔という「不要品」の烙印を押され、
私の胃袋、という名前のゴミ袋に詰められる。
その私の胃袋だって何号機かしれたものでないのだからむしろ彼女らは喜ぶべき。
「あーこれが黄瀬くんに向けて作られたクッキーの味かぁ」
と認識されて食べてもらえるんだから。
「いっぱいもらっちゃったけどいる?」
とかいう言葉と同時に、誰が誰のために作ったのかも知られずにクラスメイトの胃袋行きだってあり得るのだから。

そういう遠慮……のそぶり、ではなく、伺うに本気の遠慮というか、ためらいだ。

なので私は黄瀬くんのオモチャとしてちゃんとした対応がとれずに首をかしげるよりない。

チャンの話したら、欲しいって言ってて」
「……え?私が?ほ、欲しい、って、なに?」

……かかとから入ってきた寒気が勢いよく背筋を突き抜け、舌を凍らせた。
同時に血が下がるというか、頭がキューッと痛くなって、視界がぐらぐらする。

「いやだから、チャンいる?って言ったんス。したら欲しいって」
「……そ、う……う?」
チャンもそーいうの好きでしょ?大丈夫、さすがにドーテイじゃないッスよ」

よくよく考えれば、たかが一月のお小遣い……の半分、くらいの値段で買ったバイブがぶっこわれたとして。
いちいち分解してドライバーでいじくって直して使うか?
と言われれば、ぜんぜんそんなことない。

黄瀬くんだってそうなのだろう。
ちょっと具合がいいから使っていたけど、なーんかマンネリ。
人目につかないように捨てるのメンドクサいなァーとか思って部屋の中で辟易していたら、
ちょうど外から廃品回収車がやってきてアナウンスが響いたのだ。
「壊れた、ご不要になった、すぐにお引き取り致します……」


だったら……まぁ、車めがけて投げ捨てるのが、ごくフツーの人。


とりあえず私は……ヘラリと、うなずいた。