「……う」

ノドに詰まったような声が耳を心地よくくすぐって、
ああいよいよだと思って張りつめた先っぽを吸いながらも、視線をジッ、と、彼の顔に向けた。

「ん……ご、あっ!」

黄瀬くんがぎゅーっと目をつぶって、きれいな歯列をきりきり噛んだとたんに、私の口の中にどこか甘ったるさをはらんだどろつきが溢れた。
これで三十回目、口に出してもらうのは。

メモも取ってないのに全部覚えてる自分はたぶん、ちょっとモノマニアだ。

「見せて……ほら」
「う、ううぐぶ」

「ウンイイヨ」と言おうとしたら、まだ口内に持て余していた白濁がこぼれてしまいそうになってあわてる。
焦って口を閉じて上を向いた。
……ら、黄瀬くんの指が頬をぐにぐに掴んできたので、唇を割り開く。
決して不快じゃない生臭さが舌と歯列をたっぷり溺れさせているのが、大好きな人に丸見えになる。

ちゃらついた……これは私にとってちっとも欠点にならないところなんだけど、
私のことをドーとも、いや、少なくともガラス細工とは思っていない手が、今度は下アゴをぐっと押してきた。

合図にあわせて、「とりあえずカンパーイ」でサラリーマンがビールジョッキをあおるみたいに。
ノドを鳴らしながら、精をしっかり飲み干す。

「黄瀬くん、あの……」

そう言って部屋着の下を脱いで、もう私はどろどろでぐしょぐしょだからいつでも大丈夫なんだよ、とアピールする。

チャンはよく濡れるっスね、いつも」
「うん……どうしてだろ……」
「バカだからっしょ?」
「うん……そうかも……」

それは言葉によるなじりの愛撫ではなく、彼はけっこう本気で私のことをバカというか、なにも考えてない足りない子だと思っている。

それは私にとっては、ちっともいやなことじゃあないのだ。

「後ろからしたいな」
「うん……後ろ、好きだね、黄瀬くんは……」
チャンが好きなんでしょ。俺に押しつけんなって、感じッスよ……」
「うっ……ぐぅ、う、ん、そうだ、ねッ……あ、ああぁ、う、うしろ、私、好きぃ……」

正面から、黄瀬くんのことをマジマジ見ながらするのも大好きだけども、それはよく怒られる。
「アレッスか金魚って奴ッスか」と気味悪がられた。
後々知ったのだが金魚というのは、ナニソレしているときに目をずっと見開いている女を揶揄するスラングらしい。

でも、それぜんぜん悪いことじゃないはずだ。
だって私は黄瀬くんのことずっと見てたいのだ、快楽なんていう消耗品に流されて目を瞑ってしまい黄瀬くんの表情を見逃すなんてことがあったとしたらそっちの方がバカだと思う。
が、それは黄瀬くん基準の男からすると、感じてないのに声だけ上げる演技くさい女のようでいやなのだという。萎えるのだという。
それに黄瀬くんはあんまりくっついてくれないのだが、後ろからはめてると気がゆるむのか、
逸ってしまうのかどちらにせよ大好きだよっ!と言いたくなるがぎゅうっと、背中から腕を回して私の乳房を揉み、あばらを折れそうなくらいに抱きしめ。
機嫌がいいと腰からぐるっと指を伸ばして陰部をまさぐり、充血した粘膜をいじくりまわしてくれる。

「は、あ゛、きもち……っ、いい……よぉ……!」
「んっ…で、アンタは、きもちーってしか、言わないん……っ」
「すっ……き」

じゃないじゃない。

「き、きもち、いいから、すっごく、いいからぁ……!」
「う……っ、わ」

うっかり嫌われかねないことを口走りそうになったので、あわてて腰をつきだしてバックオーライ。

ちょうど先っぽが入ったくらいかなぁ、だった黄瀬くんのがずっぽし根本まで。

「入っちゃった……へへ、やらしースよチャン」
「う……うぅぅう……!!」

ぞわっ、ぞわっ、と、一言一言に肌が粟立って震え、足の親指が攣る。
乳房の先端にもみるみる血が渡って、ジンジンと切なげに疼く。

「き…せくん、おっぱいも……」
「はは……かーわいっ」
「うっ?!ぐ、あ、あぁあ……!!」

大きな手が乳房をまさぐり、人差し指が勃起した乳首を探り当てるなり乱暴にぎゅうぎゅうとひっつかんでしごき出す。

「はァ……はァ、あぁ、きもち、いい……のぉ……!」
「変態っスよ、あんた」
「き、きせく、ん、がしてく、れるうぅう、からぁあ……!」
「はいはい…っ、は、なーんか、今日はノリノリだなぁ…腰がたがた言ってる」
「う、動いちゃうの、勝手にうごくの、黄瀬く、んっ……!」

大好きなんです、私はすごく幸せなの。
彼の愛撫も性行為も、「優秀なるご主人様」というよりはきっとなにも考えちゃいないのだ。
考える必要もないに違いない。
さらさらの髪を無造作に掻きあげてほほえむだけで、ああこの人かっこいいなーと誰しもが思って、
軽く、本当に軽く誘われれば舞い上がっちゃう。
たとえひどいことをしてその子に嫌われても、改める必要はない。
嫌われたら手を振って見送ればいいのだ。それこそ掃いて捨てるほどかわりがいるのだし。
「黄瀬くんって顔だけよ!」とか必死に吹聴したって周りの子は聞く耳持たない。
というか聞いてはいるけど、どの子も。
「そんな彼も私だけには優しくしてくれる」と思うのだ。

「イ…っ、キそうでしょ、チャン、震えてる」
「うんっ、うんうんうん、もう、もうだめっ」

黄瀬くんがそう言ってくるときは、私じゃなくて彼の方がもう持ちそうにないのだ。
わりと最初の方は、ぐりぐり腰を回してみたりだの、ゆっくり押し当ててみたりだの、先っぽだけ入れてぬちゃぬちゃかき回してみたりだの。
そういうことをしてくれなくもないのだけど、余裕がなくなってきてしまうとただ前後するだけだ。
それもいやじゃない。うれしい。

私が彼に手を振り振りでお見送りされない理由は、彼のことを嫌いにならないからだ。


「は……あ」

ためらいもなく胎の近くに出された残滓が垂れてシーツを汚しそうになった……と思ったら、黄瀬くんの手のひらがぱしっと受け止めてくれた。
うつ伏せのままの私の陰部の下に受け皿みたいに差し出された手と、もう片手に取ったちり紙が、ぐぐっとしっかり拭き取ってくれる。

「あ……ありがとう」
「あれ……薬は?」
「うん、大丈夫……飲んでる」

ピルって実費だから結構高いんだよ。おかげで家族にもばれないけど。
なんてこと言ったら面倒がられるので言わない。言いたくもないけど。


「……もう帰っちゃうの」
「んー…することないし」
「そっか……うん」

洗面台でじゃばじゃば手を洗うなり鞄を持った彼の背中に問いかけると、気のない答え。そして私も力なく返事をする。

ばいばい、と玄関でお見送り。
またねチャン、とこっちを振り向かずに上げられた手に喜んでから、部屋に死んだみたいな沈黙。

両親共働きに感謝することは、今までなかったんだけど。
まさか人付き合い大好きなママも頑張りやさんなお父さんも、私が放課後時々同級生を連れ込んで気持ちいいことしてるなんて思ってないのだ。

貧しくはない、マッチ箱のようだけれど一戸建て。
けれどママは、専業主婦で近所に知り合いも少ないしただ家にいたらおかしくなっちゃう、と。
私が高校に無事進学できたとたんにパートを始めた。
平気だよぉ、私寂しくないよ。何歳だと思ってるの。
というのは強がりじゃない。
……というか、それとだいたい同時に黄瀬くんの彼女……のような、みたいな、なんかそんなモノになったので、
むしろありがたかったのだ。

「は……あ」

チェストの奥の奥を探ると、ゴロンと。
男のそれそのものをかたどったゴムのおもちゃが出てきた。
チャラ男にとって処女なんて面倒くさいだけなのでは。
という考えに至り、慌てて通販で買ったバイブでブチ破ってしまった処女膜にも今はなごりおしさなんてない。
私は自分にいろいろ教え込むことで、黄瀬くんにとって都合のよい女でいられるのだ。

黄瀬くんは私のことをバカだと思っていて、やきもちとか対等な会話は望んでいない。
それがぜんぜん心地よい。とっても楽で気持ちいい。
バカは楽しい。
私は本当にバカなので、頭いい女子なんてものを求められると口が開けなくなる。バカがバレるから。
なにか考えるのは面倒くさい。
黄瀬くんはその手間を大幅にショートカットさせてくれる。
黄瀬くんの求めるままに都合のいい女でいれば、それ以上にもそれ以下にもならなくていい。


「黄瀬くん……大好き」

つぶやいてベッドに倒れ込み、そのままへこへこ腰を動かした。
残念ながらもう温もりは残っていなかったが、陰部に手をやればまだ、お風呂に入っていないから彼の匂いが残ってる。
ゆるゆる指をこね回し、つかの間の余韻に浸るだけだ。