を見つけたのは入学間もない時期。
同じクラスだった。
クラスデビュー入学デビューという恥ずかしい言葉がスタレることなく、むしろ毎年主張を増すような気がしているように。
人間関係はだいたい最初が肝心で、初っ端をトチったらもう、あきらめた方がぜんぜん早い。
その女もそうそうに諦めておひとり様を決め込んでいるのかと思ったのだが、どうやら様子が違った。
「つまんない、つまんないよ」
ぶつぶつぶつぶつ……と、念仏のように唱え続けている唇と、指に握ったペン先を叩きつけているノートに延々と「私私私私私私私私私私私私私私」
と書かれ続けているのを見て、俺はまぁ、その、だいたい察した。
こいつが逃げているのはなく周りが避けていて、しかも本人は気づいていない。
そんなシチ面倒臭い、つついたら明らかにこっちが悪者になる人間をからかうのはリスクが高いのにリターンが少なすぎる。くだらねー。つまんねー。
だから強いて言えば偶然と気紛れ、というところだ。
何となく人目を避けたい気分で体育館の近くにある便所に向かったら、「うううっ、うううう」という泣き声が聞こえた。
鳴き声じゃなくて泣き声。女の声。口は嗚咽に支配されてるから、鼻から辛うじて呼吸と一緒に漏れるぼろぼろの声。
「ちゃんいいでしょ、ね」
「ううう、うううう……」
「ねえ泣かないで、お願い、ほら、ほら」
それでもあのというアレな女は「ううううう」と泣き続けた。
興奮気味に詰め寄る男子生徒と、ついでに二人が如何ともしがたい問答をしてるのが男子便所の個室に体半分入りかけ、なんて体勢だったのを見て、
やっぱりまぁ、だいたい察した。
「ー、おいー」
そう呼んだ声に、男の方はすぐさま退いた。そりゃもう早かった。
わき目もふらずに逃げることだけ考えて俺の横を走り抜けていった。
状況判断と反射神経はいいセン行ってんのかもしんない。
スポーツ選手だったりして。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」とか笑っちまうぜ。バカじゃねーの。
むしろスポーツマン当人どもが考える「健全」と、
教師、応援団、ファン、スポンサーという取り巻きの考える「健全」がズレすぎている。
健全であればあるほどタマるものはタマるし、
アスリートであればその鍛え上げられた体はいつだって武器になるのだ。
そこに果たして「健全な精神」を宿らせている奴がどれほどいるってんのかね、なんて。
ともかく独り取り残されたはやっぱり「うううう」だった。泣いてる。
「ねぇ、ちゃん、大丈夫?」
「ううっ……う?」
洋式便器にもたれかかって泣く「ちゃん」に手をさしのべてやった。
笑顔つきで。胡散臭くならない程度の、ちょうど頬の筋肉が痛くなってムカつく「微笑み」。
「ほら、つかまって」
「う……」
はバカ正直に俺の手を取ろうとして、おずおず手を伸ばした。
ので、俺は一足先にサッと手を引っ込めた。
「ったくバカかっての」
それでもはこっちをボンヤリ見つめるだけで、スカった手も伸ばしたまま。
俺は背を向けて舌まで打ちつつ、面を記憶されないうちになんて思いつつ立ち去りかけたのだが。
「待って、待って花宮くん!」
覚えてやがった。
「大きい声で呼ぶな」
「たったた、助けてくれたの、あ、あっ、ありが」
「だから声でかいっての」
「ありがとう!」
「……ッ」
会話噛み合わねえ。これだからこういうタイプは嫌いだ。
助け合いの精神どうのじゃなくって個人的に嫌いだ。つまんねえし。
「勘違いすんなよ馬鹿。お前みたいののせいで退学になっちまったらかわいそうだろ、さっきの奴」
遠慮なく馬鹿を見る目で眺め回してストレートな悪意をぶつけてやったが、のほうはふらふら立ち上がってきらきらした目でこっちを見ている。
「助けてくれたんだよね」
「お前人の話聞いてたか?」
「聞いてた」
「ったくこれだから馬鹿は」
「ありがとう……」
「はいはいそうですね、助かってよかったねちゃん、じゃあね」
悪意を通り越して殺意を持って罵倒してやったのに、それもぜんぜん理解されなかった。
なんだか逆にこっちが空恐ろしくなる痴れっぷり。
それにペースをかき乱されそうになっている自分自身を悟り、いろんな意味で胸くそが悪くなった。
「待って、ねえ待って」
「つ……?!」
片手を振って背を向けたが、は動物じみた勢いで俺の背中にタックルしてきた。
「てめ、離……」
「お願い、ありがとう、嬉しかった、私!」
「そりゃ聞いたって、離せ……って、お……!」
ギュウウ、との腕が腰に回ってきて、見た目よりずっと強い力が籠められる。
軽くふりほどいてやるつもりだったのにそれができない。
理性を失った動物みたいにひたすら、こいつは俺を離さないことにだけ熱心になっている。
「わかった、わかったから」
それでも立ち去ろうとすると「ううう」と呻きさえし始めたので、そのまま突っ切るのは諦めての方を向く。
「私、わあわ、わあわわ私、嬉しくって、こんなのは初めてだから……」
「わかったよ、礼はいらねーから」
「いいイヤだお礼したい、お礼したい」
「俺も欲しいけどさ、残念だけどちゃんには死んでも出せねえもんが欲しいんだよ」
がたがた震えるに意地悪ぅく言い放ってやった。
いくらアレな娘といえど「死んでも出せねえ」の意味が否定的だというのは解釈できたようで、
丸いのに仄暗い瞳はとたんにグルグルグル…と涙の色をたたえ始める。
「じゃあな、気をつけろよ今度から」
「待って、私がんばる!」
「頑張るから!死ぬほど頑張るから!花宮くんの欲しいお礼するよ!」
……その言葉選びは、本当に偶然自分の琴線をふるわせた。
「ああうっ、うう、ううん……!」
「ちゃん頑張れ」
「う、うんっ、うん……!」
「頑張らないと捨てるってよ、新しい子拾ってくるってよ花宮が」
「い、イヤだ、うぐっ……う、うう、が、頑張るよ……!」
の顔だけアップにして、涙をのんで苦痛に耐える様子は「けなげ」とも「いたいけ」とも表現したいが、
そこからズームアウトして全体図を捉えると、
「が汗臭い部屋の中で肛門をほじられて泣いてるの図」だったので「頑張るよ……!」は馬鹿の言葉でしかなかった。
「あんまいじめんなよ、ほら」
「んっ……まーくん……」
「まーくんつうなって何回言えばわかんだよ、んっとにお前は足りてねーな」
「足りてるよ、足りてる、幸せ足りてるっ」
「バァカ、ふっ、は、ほらもっと舌出してベロベロって」
「はっ、ん、べ……ろっ」
頭を押さえ込んで口許まで肉を近づけてやると、言いつけ通りに舌を必死に伸ばしてべろべろ。
俺が一歩前に出るとに群がって身体をいじくり回していた連中は遠慮して、股ぐらをほじっていた肉も肛門を無理矢理広げようとしていた腕も引っ込む。
「入った?」
「いや……ちょっとキツいかな」
「キツい?お前頭ユルいくせにケツだけキツいの?」
「う、ううぶぅ、はっ、き、きつくない……!」
「キツいから入んないんだろ?ったく役立たずな」
「やっ、や、違う、ごめん、ちょっ、と、頑張るから、頑張るから……!!」
「足りてねーんだよ脳だけじゃなくて頑張りも。お前なんつったか覚えてる?」
「お、覚えてる……!」
「頑張るからー、死ぬほど頑張るからー、花宮くんの欲しいお礼するよーっつったろ、できてねえじゃん」
「ご、ごめん、頑張るから……!」
そう言ってはこんなシュールな状況でも眉ひとつ動かさないチームメイトに振り返って、もういっかいおねがいしますと懇願しだす。
「あのさ、ちょっと」
「なに」
「さすがにかわいそうじゃないの、これ」
はっ、と、自分の唇から笑い声が漏れてしまった。
「おい、お前可哀想なの?」
「えっ?」
がちがち歯を鳴らせながら排泄穴から侵入する異物にこらえていたが、もともと丸い目をさらに丸くした。
「俺は彼女がほしーっつったよな。はそれになるって頑張ってんだよな。それって可哀想なことなのかよ?」
「ううん、ぜんっぜん!!」
今度はハハハ、と、さっきよりも大きな笑い声が自分の頭蓋骨をふるわせる。
お返しにの頭蓋骨も揺すってやろう。
「だよなぁ?は頑張る子だもんな、俺そういうの大好きなんだよ」
「うんっ、うん、まーくん、わたしっ……!」
「だぁーらぁ、まーくんって呼ぶな」
「うあうっ、うわあぅうっ……!!」
髪の毛をしっかりひっつかんで、そのままの頭をゆるゆると振動させる。
「ほら、よしよし頑張れ、もっと頑張れ」
「うんっ、が、がんばっ……る、よ……!」
「じゃホラ早いとこやってくれよ、のケツ穴ぐれえでも貫通すっとこ待ってる奴いんだよ」
「えっ……だ、誰?」
「俺」
と回してるビデオの映像買う奴な、と、言わないとわからないのがコイツの滑稽なところなんだが。
「うっ、ううぅ、まーくん、まーくんが、してくれたら、私、もっと頑張れる、よ……!」
「頑張れるってなんだよ、頑張って当たり前だろ」
「ううぅ…ご、ごめん、でも……」
さっきから必死こいてるにも関わらず指一本以上ちっとも広がらない粘膜にも退屈しつつあったし。
「じゃあホラ早くしろ」
「うあはっ、はぎっ、は、い、ああぁあ……!!」
古橋と立ち位置を交代して、脂汗が浮かぶ尻を叩いてやった。
いいねこの汗。
スポーツで流す軽やかで気持ちいいさわやかな汗、とは全然違う。
本気で苦悶しないと流れない、いやにベタベタ鬱陶しい汗。
「力抜けって」
「うん、うんっ……!!」
そう言ってまた頭を掴むと、きつく閉じるばかりだった結び目がゆるゆる開いていく。
「やれば出来んじゃん、さっきまで手抜いてたのかよ」
「ち、がぁう、の、まーくんだと、頑張れるの……!」
ふるふる、と震え続ける尻肉がほぐれていくのを指先で感じつつ。
「あー……楽しみ」
ひとしきり使い尽くしたあとに、こいつに絶望を叩きつけてやるのが。