互いに捧ぐ

「ひあっ……!? あっ、痛ッ、あっ……!」
「……ッ!?」
 ルカさんと私の身体が同時に跳ね上がった。触れ合っていた舌と唇が勢いよく離れる。
 私は数ヶ月ぶりに味わうあの……ここのところはすっかり忘れていた激痛の余韻に、びく、びく、と身を震わせてしまった。
「まさか……へ――平気か?」
「で、電流、きました」
 ベッドの上でうずくまり、こわごわそう言う私にルカさんが自分の口元を押さえる。
「冗談だろ? さっききちんと装置に触れたぜ」
 言いながらルカさんは、またベッドのわきに置かれている黒い装置に手を置いた。
 それは、ルカさんが私のために発明してくれた「放電」マシンだ。
 ときどき帯電して、強力な電流を人に伝えてしまう彼が、私に痛い思いをさせないようにと作った。
「し、舌が、びりびりして……」
「――…………」
 ルカさんとキスをしている最中だった。唇を寄せ、ぬるりと舌が合わさった瞬間に「それ」は来た。
 衝撃と一緒に、例の青白い電流がびりっと走ったのを、私もルカさんも確かに見た。
「故障か……? いや、それよりも」
 ルカさんは私を抱き起こそうとした。でもすんでのところで止まった。もしまた自分が帯電していたら、と考えたのだろう。
 私に触れれば、また痛い思いをさせてしまうと……。
「大丈夫です、ちょっとびりっと来ただけで……」
「……」
 衝撃は去ってくれた。同時に、キスしたときまでに感じていた、ルカさんに甘えるような恋人っぽいムードも消え去ってしまったけれど……。
「ルカさ……あっ、あっ」
 が、ルカさんのほうはそうじゃなかった。
 身体を起こした私は、ルカさんのすさまじい顔を見た。
 潰れた片方はさておき、もう片方の二重まぶたと睫毛が、大きな瞳を囲い込む目。すっとした鼻筋。チャーミングな八重歯が覗く、私が大好きな口元。
 そんな美青年にはそぐわない……なんだかとっても……こんなこと思いたくないけど、「邪悪」としか言えない表情を作っていた。
「えっ……あっ……」
 そしてなにより驚いたのが、ルカさんのズボンを押し上げる隆起だ。
「る、ルカさん……?」
「す……すまない、冷静になる」
 邪悪な顔はずっとは続かなかった。ルカさんはすぐになにか、今度は激しく後悔したような目をして、私にふいっと背を向けてしまう。
「ああ……もともと私は、君を電流で撃ったときの邪悪な気持ち、あれに向き合い、克服するためにこれを作ったというのに」
「ルカさん……あの……」
「故障か? ポンコツ機械しか作れないゴミめが……」
「る、ルル、ルカさん」
「だいたい今の感情はなんだ……以前よりずっと凶悪だ……恋仲になってなお……いやそのせいか? 私は、より深く繋がった愛する女性を、このいまいましい電流で打ち据えたいと思っているのか?」
「ルカさんってば!」
「……っ!」
 トレードマークの囚人服に包まれた背に触れると、今度はルカさんがびくりとした。それこそ電気が流れたみたいに。
「ふ、触れないでくれ。今私は冷静じゃないんだ」
「う……ううん、大丈夫です」
「君ではなく、私が平静ではない」
「あの……私、世間知らずだけど、ルカさんが今、悩んでることはわかるので……」
 というかわりとダダ漏れだった。ルカさんは結構、思ったことをぼそぼそ口にしてしまう。
「……要するにルカさんって、私が電気でビリーってなるところにちょっと興奮するんですよね? 前も言ってたけど」
「……」
「それで……それは不健全? だと思ってるから、これも発明してくれたし……そういう気持ち込みで、私を……こ、恋人にしてくれる、って、決めたんですよね?」
「そう……なんだが」
「あの、でも、思うんですけど、結構、人をいじめたいって人、いるじゃないですか……ほら、ガキっぽい男とか、好きな子ほど泣かせたくなるとか」
「いや……」
「だから、あんまり……悩むこともなくて、エッチの最中にビリーなって、私が痛がっても、なんか、そういう……あの……私、結構痛いの平気っていうか、慣れるのが早いと思うから……」
「いや、いや、だが……相当痛いだろ」
「大丈夫、大丈夫です」
 だって今の私は、痛いという気持ちよりも、ルカさんをなんとかして慰めたいという気持ちのほうが大きい。
 こりずにめげずに、ルカさんに抱かれたいという想いで溢れている。
「ね……ルカさん」
「あ、こら」
 ズボンの上の、まだ膨れたままの肉茎に触れると、ルカさんはびくりとした。
「大丈夫です……またビリって来ても、今度は……」
「ま、待ってくれ……く、あ……」
 ルカさんのズボンをそっと下ろす。すぐに熱っぽくて、骨よりも硬いんじゃと錯覚するようなものが姿を見せた。
「痛いのより、ルカさんにもう触ってもらえなくなるほうが嫌だから……」
「ん……あ、ほ、本当に待て……」
「待たな……あっ、きゃあっ」
 ――また、電流が走った。
 今度は私の手に、ルカさんの肉茎からそれが伝わった。私はまた硬直して、痛みに声を上げてしまう。
 でも、それでも諦めなかった。震える身体を押しとどめて、またルカさんの熱に触れる。
「うく……くぅ……」
 それはさっきよりも興奮をまとっていた。ルカさんは本当に、私が電流で痛がる姿でムラムラするらしい。
(でも……)
 痛いけれど、嫌じゃない。
 そう伝える意気込みでルカさんの肉竿をしごく。上下にゆっくり、男の人の気持ちいいところを狙って指のリングをくぐらせる。
「んく……あ、痛いだろう、やめてくれ……どうにか装置の故障を直すから」
「それは……あの、根本的解決? ってやつじゃ、ないと思うから」
「いや……それは、その通りだが……くっ、あ、や、やめてくれ……先を握るのは」
「私、ルカさんに興奮してもらえるのは……嬉しいから……痛いけど、嫌じゃないんです」
「そんなこと、あるわけ……んッ……」
「よ、世の中ってそういうことだらけ……じゃないですか? んっ……ふ、あぁ、硬い……」
 ルカさんの熱はさらに硬さを増していく。先っぽからとろとろした汁がこぼれて、私の指の動きをなめらかにしてくれる。
「好きだけど一緒にいたくないとか、やりたいことだったのに、続けられないとか……そういう……ん、ふ……」
「ああ……だ、だが……や、やめろ、私を蠱惑するな」
「蠱惑……?」
「だ――堕落に誘わないでくれ! 君は今、とんでもない悪女になろうとしている!」
「え……気持ちよくするのが?」
「くっ……く、うッ……今精を吐いたら、私は……一緒に、理性まで……あく、くぁ……」
 ルカさんが歯を噛んだ。上の八重歯が、下の歯列と合わずにがちがち音を立てている。
(こんなに追い詰められたルカさんを見るのは、初めてかも……)
 私の手が気持ちいいってだけじゃない。
 きっと私が電流に打たれる姿や、それを私が嫌がらないという状況が、ルカさんを高揚させている。
「ルカさ……あっ、あっ、ひあぐッ……!!」
「うくッ……!」
 再び強電流が私を引きつらせた。でも今度は、手を離すことさえこらえた。私は半泣きになりながらも、ルカさんをしごき続ける。
 痛い。ものすごく痛い。でもやっぱり嫌じゃない。
 それどころか、私の……こんな、なんにもないからっぽの私の姿で、ルカさんが興奮してくれるというのは……。
 なんだか私に、自分が特別な存在になったかのような、不思議な満足感を与えてくれた。
「だ、ダメだ、出る……出す、君の手で……いや、君が痛がっている姿で出すッ……!」
「い、いいです、お願い、うっ……く、ルカさん、出して、おねがい、あっ、あふ……く、うぅうぅ……!」
「ああっ……♡ 出てるぅ……あぁ……♡」
 手の中で肉茎がびくびくと跳ねた。ルカさんの白濁が、勢いよく私の手のひらを打つ。
「ふ、く、ふうぅうっ……うぅ……あぁ……」
「ルカさん……はぁっ……♡ ……あっ! あっ、ああぁっ!」
 ルカさんが私の腕を掴む。同時に今度は、絶対意識して……意図的に、私に向かって電流を流し込んできた。
「装置の故障じゃないな。なにが起きたかわからないが……私の中に電流が溜まる間隔が短くなっているんだ」
「そんなことが……あぐっ、うぅ、うぅ~~っ……!」
「いや……だが……これは、――いや」
 ルカさんは、片手で放電装置をたぐりよせた。
 するとすぐに私を苛んでいた痛みと衝撃は止まった。
「簡単なことだ。これに触れながら君を抱けばいい」
「あっ……は、あ、はぁっ……はぁ……はぁ、あぁっ……で、でも」
 ルカさんは、強い決意を固めた瞳で私を見た。
「君は、私にすべてを捧げてくれる気持ちなんだな。高潔な女性だ。この男のくだらない嗜虐欲に、本気で応えるのが誠意だと思っている。なんと美しいことだろう」
「だって……私、ルカさんになにもしてあげられないから」
 身分も、お金も、かしこさもない。
 そんな女があげられるものなんて、心と身体だけだ。
 だから痛めつけられてもいい。ルカさんが喜ぶならもっといい。そう思っていたのに。
「いや。君がそういう気持ちでいてくれるとわかっただけでいい。なら私も全力で逃げてみせる。嗜虐の怪物になどならないぜ」
「え……?」
「その気になればいつだって君を痛めつけられる。君も受け入れてくれる。だがそれをしない。そうすることで、君への愛情を証明してみせる」
 真摯な顔。さっきの邪悪さも、快感に追い詰められていた表情も過去にする。
 この人は今、本気で私という女に向き合ってくれているのだ。
「愛してる。だからもう二度と痛い目には遭わせない」
「あ、んっ……」
 装置を片手で握ったまま、私の唇に口づける。
 当然衝撃はなかった。ただ甘い粘膜の触れ合いだけがある。
(……ルカさんは…………)
 さっき言ったような、好きな女ほど泣かせたい、なんてガキっぽい男じゃないんだ。誘惑に流されるような弱い人でもない。
 私の好きなルカ・バルサーさんは、強い理性と情熱を持った……大人の男の人なんだ。