フランボワーズの陶酔

 正直に言って私は食い意地の張っているほうだと思う。なんでもおいしく食べられるし、ごちそうを見ると独り占めしたい……なんて考える前に手をつけて全部平らげてしまう。
 でもその日荘園の主から届けられた贈り物は、そんな私がなにか別の感情を抱くほどに見事で、特別なものだった。

「る、ルカさん、一緒に食べませんか!」
 私はルカさんの部屋の扉を叩いて、彼が出てくるなりその、粒状のチョコレートが何個も入った箱を差し出した。
 ルカさんは驚いた様子で箱と私の顔を見て、それからすぐに笑顔になった。
「入ってくれ。ああ、少し片付けるが……」
 彼の部屋はいつも通り工具と発明品で散らかっていた。これまたいつも通りベッドだけがなにかの操縦席のように空いていて、私はそこに箱を持ったまま腰かけた。
(たぶん、すごくいいチョコ……)
 一目でチョコとわかったけれど、それは今まで貧乏な私が、町中で羨望の視線で眺めていた売り物とはまるで異なっていた。
(すごく濃くて、果物みたいな香りがする)
 ルカさんに見せるために開けた箱の蓋は一度閉じたけれど、その隙間からすらあの芳香が漂ってくる気がする。うっとりしそうな、甘いスイーツのもの。
「待たせたな」
 ルカさんは作業を一段落させたのか、額を拭いながら私の元へやってきた。
 そして油汚れの染みついた手袋を脱ぐと、ベッドの隣に座り込む――前に、枕元に設置された、彼の身体に溜まった電気を放出する例の装置にペタ、と触れた。
「それは、誰かからもらったのか」
「はい。荘園の主さんがくれたみたいなんです……あ」
 そこで私は気がつく。もしかしたらルカさんにも同じものが贈られているかもしれないじゃないか。むしろその可能性のほうが高い。
(で、でもそうしたら、一緒に箱を開けて、一緒に食べ合えばいいだけ)
 慌ててそう思い直す。でもルカさんは、顎に手を当てて少し考え込んだ。
「開けてもらってもいいか」
 言われて私は再び箱を開く。するとルカさんは宝石のようなチョコレートの粒を眺め、その上で香りをすくうように手を動かした。
「なかなかいいものだ」
「私も……そう思います。こんなの、見たこともなかったです」
「それを私にくれるのか?」
「あ……てことは、ルカさんはもらってないんですね」
「ああ」
 そしてまたなにか、ちょっと考え込んだ様子だ。
「この荘園にある書物は興味深い。異国の文化について細かく記されたものなんかもごろごろ出てくる」
「異国……?」
「なんでも東の国では、特別な日に女性が、恋人に甘いものを贈る文化があるらしい。ちょうど他のサバイバーたちが、その話題で盛り上がっているのを聞いたばかりだった。食事のときに」
「恋人に……」
 そういえば、そんな話は私も少し耳にしたかもしれない。
「あとで他の女性の部屋にもそれがあったか訊いてみると、関心深い結果が出るかもしれないな」
「なるほど……つまり……これは」
 荘園の主がなにかの気をきかせて、女性サバイバーだけに、恋人がいるなら渡せ、というふうに贈ってくれたものなのかもしれない。
 で、私はなにも知らないくせに、まんまとこれをルカさんにあげたくなって、こうして部屋にいる。
「あ……あの、じゃあ……受け取ってくれますか?」
「もちろん。断る理由がない」
 言ってルカさんは、私を感情表現豊かな瞳で見つめたかと思うとぽかっと口を開いた。チャーミングな八重歯が覗いた。
「あ……」
 それがつまり「食べさせてほしい」ということだと理解して、私はおずおずとチョコを一粒つまむと、彼の唇にそれを押し当てた。どきどきした。
「んむ……」
ルカさんはその甘いものを味わう。
「本当にいいものだ。カカオと……ヘーゼルナッツだな」
「へーぜる……」
 ルカさんはやっぱり物知りだ。
「こちらの淡い色のはどうだろう」
 箱の中の一粒をつまみあげると、それを私に向けてくる。
「あ、あーん……」
 彼の思惑に従って口を開くと、ぽんとチョコを舌に乗せられた。
 そしてその瞬間、私は思わず感動で「むー!」なんて言ってしまった。
「甘い、甘い、とろとろしてる、口の中でなくなっちゃう!」
「ああ、見事な口溶けだ。これほどのものをよくこの荘園に、なんの劣化もなく運んだものだな……否、もしかして荘園のキッチンで作った?」
「わかんないですけど、すごくおいしい!」
 興奮しながら、もう一粒。まるで箱のメインとでも言うように真ん中に置かれた赤いチョコを手に取ると、彼に差し出した。
 ルカさんはそれを食べると、ぐっと飲み干して笑顔になる。
「フランボワーズ……赤がこれなら、この黄色はマンゴーか、パッションフルーツか」
「あ……」
 赤の隣にあった黄色っぽいのを手に取って、私に。
 口に含むと、チョコの甘みと混ざって果物の複雑な香りが鼻に抜けていった。
「よくわかんないけど、フルーツでした!」
「はは! 美味しいな、これは」
「はいっ」

 箱はすぐに空になった。そんなに量があったわけじゃないから別におなかは膨れなかったけど、不思議と満腹のときのような充足感がある。
「素敵な贈り物をありがとう」
「あ……」
 そしてそのうっとり感を、ルカさんがさらに増幅させてくる。
 私の顎をくいと持ち上げると、そのまま彼の薄い唇が降ってきた。
「んんっ……」
 キスだ、と思ったときには唇同士がしっかりと触れあっている。
 さっきまで味わっていたチョコと、中に入っていたフルーツの香りをお互い感じたはずだ。今までで一番ロマンチックなキスだったかもしれない。
 そのうれしさに頭がぽわぽわしているうちに、ルカさんの手が服の中に潜り込んできた。私の半端な大きさの乳房を包み、中心にある尖りをつまんでくる。
 不思議なもので、彼のこのしぐさは妙に品格があるというか、性急に触れられているというのにせかせかした感じがない。
 むしろそうするのが当たり前なのだ、というふうな自然さで、私はベッドに倒れて、ルカさんはスカートの方にまで手を伸ばす。
「あ、あふ……うぅぅ……♡」
「相変わらず感度の高い。優秀な身体だ」
「はぁっ……う、うく……んんっ!」
 下着越しに、まぎれもなく男の人だという強い指がクリトリスをつまんだ。皮ごと持ち上げて、きゅっ、きゅっ、と、充血させていくような動きをする。
「う゛うぅっ……ううぅぅ、うくぅぅ、き、きもぢ……いい……」
 私の悪癖も相変わらずだ。気持ちよければよいほどだみ声みたいなのがこぼれてしまう。
「あ゛ぁあぁっ! ゆび、あっ、あっ、あっ……!」
 そのまま下着をずらされて、膣穴に指が入り込んできたのも心地よい。
 ルカさんの指は、私のナカの一番感じるところをまるで猫の喉をくすぐるみたいに撫であげた。
 甘い痙攣が走って、粘膜の奥から濃い愛液があふれたのもわかる。
「だんだんと君のことがわかってくるのが楽しい。ここを撫でるとすぐ気をやる」
「うぅ~っ……ちょ、ちょろいって言いたいんですか……」
「いや。素晴らしい女体だ」
「それは……はぁ゛っ! あっ、あっだめ、あっ、あ゛ぁあぁあぁあぁ~~~~っ……♡」
 大声を上げてしまう。隆起したルカさんのペニスが、一気に奥まで押し入ってきた。
「うっぐぅうぅ、うぅ、い、イぐっ、すぐイぐっ、あっ、あひぃいぃいっ!」
 挿入の激感で、私の身体はまた勝手に痙攣した。肉壁がぎゅっと引きつるのをルカさんも感じ取って、彼の出っ張った喉からぐっ、と空気が漏れた。
「あぁ……動かずに果てるなんてことになりそうだ」
「いひ、いい、いっ……てくれたら、うれじいっ……ぅうぅぅっ」
「そう言ってもらえると助かる。自分のだらしなさを責めずに済む……はぁっ」
「んぁ゛あぁあぁっ! あ゛ぁっ、あっ、あひっ、あぁあぁあんっ、だめ、ほんとに、だめ、あ゛ッ、お゛ッ、おひィ、ひっ、い、いぃいいいぃっ!」
「あぁ……!」
 ルカさんの律動はいつもよりずっと急くようで、射精だってそうだった。私の子宮をぶつみたいな激しい放液。
 でもその感触で再び絶頂してしまうのだから、私と彼はお似合いかもしれない。
 なんて考えるのは、さっきのチョコが与えてくれたロマンチックさのせいなのか。ルカさんと触れあっている満足からなのか。