泥模様で舞う

 その日ルカさんに招かれて彼の部屋へ向かうと、珍しく音楽が流れていた。
 そっとした音量で、蓄音機からドラマチックな――と私は思う――メロディが、広い空間の中に漂っている。
「ルカさんって、音楽とか好きですか」
「ああ。心地よい大きさの音は好ましい」
 問いとその返事を聞きながら、私もわくわくしていた。曲に合わせて、自然と身体が揺れる。
「踊れるか」
「あっ……え、ええ……と」
 でも、その浮ついた気持ちはルカさんの一言でしぼんでしまった。
 慌てて身を揺らすのをやめると、いつもの私らしい卑屈っぽい感じで下を向く。
「踊れない……んです。習ったことも、当然ないし」
「踊りたそうにしていたぜ」
「う……! あの、踊りが、なんなのかも、よくわかってないんですけど……」
 羞ずかしさで顔を赤くしながら……。
 私は、今まで荘園の誰にも話してこなかった己の過去の片鱗を、ちょこっとだけ覗かせてもいいような気持ちになっていた。
 流れ続ける情動的な曲には、そんな魔力があった。
「夜、街の裏通りに立ってると、時たま聞こえるんです。酒場の裏口から、中で流れてる曲と、それに合わせて馬鹿騒ぎする人たちの声……」
「ふむ」
「なんだか、私も楽しくなってきちゃって……相手もいないのに、こっそり身体を揺らして、頭の中を音楽でいっぱいにして……」
 そのときだけは、自分の惨めったらしさを忘れられる気がした。
 ルカさんはうん、というように頷くと、本当に当たり前のように、息を吸って吐くみたいな自然さで、私の手を取った。
 もう片方の手は腰に回って、ゆっくりとぬくもりを伝えてくる。
「では踊ろう。私と一曲」
「ええっ?!」
「君は私の動きと一緒に、足踏みするだけでかまわない。エスコートさせてほしい」
「え、えすこーとって……あっ、ああっ!」
 ルカさんは驚く私にかまわず、そのままゆっくりとリズムを刻みだした。
 ブーツのつま先が音を立てずに転回し、部屋の中を本当に……舞うように動きだす。当然私も、それにつられて円を描いた。
「えっ……ええっ……?!」
「なかなか上手じゃないか」
「えっ、えーっ、これ、踊れてるんですか!」
 不思議なもので、彼を追いかけてたどたどしく歩いているだけなのに、自分がいつか話に聞いた社交界の貴婦人になったかのような気分になってくる。
「……あはっ」
 そうなると現金にも、楽しくなる。
「そう、その意気。ダンスは楽しむものだ」
「あはっ……あは、えへへ……!」
 ルカさんが私と自分の腕を持ち上げてすっとアーチを作る。私はのりのりでそこをくぐって、くるりとルカさんの腕の中に飛び込んだ。
「踊るの、好きかもしれないです!」
「私もだ。美しい女性とこうして舞うのは、心まで躍るよ」
「美しいって……」
「綺麗だよ」
 いつもならうつむいてしまいそうな言葉も、この高揚の中では素直に受け止められた。

 ◇

「んんっ……!」
 立って壁に手をついた私の腰を、ルカさんがゆっくりと引き寄せる。
「今度、荘園の主に手紙を書こう。この淑女にぴったりのドレスを贈ってくれ、ってな」
「ああっ……ドレス……う、くぅ、うぅうぅうぅんっ……♡」
 ぬぶぢゅぶ……と、恥ずかしい音を立てて、ルカさんの熱が私の中に埋没していく。
 散々踊って息が上がった状態で、二人でベッドの方まで行くと、ルカさんはこれまた当然のような仕草で例の「放電装置」を差し出してきた。
 私がそれを持ち直してルカさんに向けると、ルカさんは手を当てて頷いて、それからまた私を抱き上げてベッドから起きてしまった。
 立った状態で繋がりたいと言うから、どきどきしながらも受け入れた。
(こうしてると……)
 ほんのわずかに思い出す。夜の裏道に立っていた自分。ほんのわずかなお金でも欲しがっていた。酔っ払い、宿無し、そんなやつらと立ったり、動物みたいにうずくまったりしながら「あれ」をして金銭を受け取る。
(ううん……)
 今の行為は、そんなものとはまったく違った。
「ルカさ……あっ、あ゛っ、あ゛ぉ゛お゛ぉぉおおぉんっ♡」
「なにか考えている肌をしていた」
「肌って……んぁあぁあ゛っ!」
「君の身体は雄弁だ。なにか嫌なことに触れるとき、ぞわっと粟立って他人を拒む」
「はひッ……ひっ、ひ、そほぉ、そ、それ……あ゛ぁああぁあっ……!」
 ずぶぢゅっ、ぐぢゅっ、ぐぢゅっ……いつもよりもずいぶん乱暴な抽迭だった。
 私のお尻を鷲づかみにして、そこめがけて杭打ちのようにルカさんが腰をぶつけてくる。
 巻き込まれた秘唇が引っ張られ、押し戻されを繰り返し、膣奥から滲んだ愛液でどろどろになっていく。
「まさか私との『これ』を嫌がっているわけがない。そうすると……なにか思い出している」
「あ゛ッ♡ あ゛ひッ、ひっ、お、おぉっ……おもい、だし、た、けど……ん゛ぉ゛おぉおぉおんッ♡」
 突き上げられて下劣な声を上げながら、それでも必死に自分の思いを伝える。
「おほッ、おッ、もう、ど、どうでもいいっ……ルカさんのほうが大事、る、るかしゃ……あ゛ぁあぁあぁあぁ~~~~っ……♡♡♡」
 私が告げると、ルカさんがふっ、と笑ったのがわかった。
 同時に膣穴の奥の奥、子宮の入り口を揺さぶるように強い突き込みを繰り返してくる。
 全身が揺れる。身体の芯が痺れる。脳の大事なところが快楽でぼやけていく。
「私もだっ……君の身体と、同時に得られる心があれば、他のものはどうでもいいと思える!」
「あ゛ぁ゛あぁあぁっ♡ あひっ、そ、そこ、あ゛ひィいぃいっ!」
 ルカさんの片手が繋がった場所にやられて、私の開けた割れ目をまさぐってクリトリスを探り当てる。
「だ、だめええぇえぇっ……あっ、あっ、す、すぐイぐっ……ルカしゃ、しゅ、しゅぐイッぢゃうから、ら、らめぇええぇぇっ!」
「往かせようとしてるんだ……ほら、ほら」
「あ゛~~~~~~っ……あっ、あ゛ッ、あぁあぁああぁあっ! いっ、イぐぅうぅうぅうぅっ……!!」
 大きな快感が頭の中で膨れて、パチンと爆ぜた。
「うっく……いつも通り、よく締まる……!」
 なにも考えられなくなる中で、それでも自分の肉穴がルカさんを喰い締めるのだけはわかった。
 ルカさんが声を詰まらせ、そのあとに勢いよく熱精が噴き上がって膣奥に放たれるのも、しっかりと。
「あぁ……あぁ♡ でてる……るか、しゃん……の……う゛っ、く……うぅぅうぅぅ……♡」
「はは……もう私が持ちそうになかったからな……君と一緒に往きたくて、少しばかり……ん、急かすようなことをした……」
「い……ふ、いい、れふ……あぁ……」
「おっ……と」
 私が壁に寄りかかる力すら失って倒れ込もうとしたのを、ルカさんが抱き留めてくれた。同時にぬるりとペニスが抜け落ちて、白濁が床に垂れていくのも感じる。
「やっぱり……ドレスが欲しいな」
「ん……ふ……」
「それを汚す愉悦を得たいと、下劣なことを考えるよ」
「あ……ふ、いい……ルカさんになら、よごされても……」
 それは、私の尊厳を削り取る行為じゃない。
 汚すなんて名ばかりで、すでにけがれきった私を、ルカさんの色で染め上げてくれる救済なはずだ。
 そう思いながら、ゆっくり目を閉じた。