スクリューボール
――その日MTCの三人は、ヨコハマ・ディビジョン内のハワイアンダイナーにやってきていた。ロコモコやガーリック・シュリンプなどのグルメはもちろん、パンケーキが有名な店だった。
「大きい! ホットケーキ、大きい! ベーコンがのってる! おいももついてる!」
「はしゃぎすぎんなよ。パンケーキは逃げねぇから」
ワンプレートに盛りつけられたミールパンケーキを見てはしゃいだ十代の少女を、テーブルを挟んで向かいに腰かけた左馬刻がいさめる。彼にしては優しい声色だった。
銃兎が引き取った身寄りのない、推定十八歳の娘。彼女の好みがスーパーで買える冷凍ホットケーキだと聞いた左馬刻は「銃兎てめぇもっといいモン食わせろや。俺がマジモンのパンケーキを教えてやんよ」というお節介(と言ったら左馬刻はその相手を打ち据えるであろうが)で胸が満ち、その日のうちに銃兎と少女を連れてダイナーへ向かった。
理鶯も連絡がついたので途中で合流し、MTCの三人と少女で、テーブルを囲んでの食事となった。
「パンケーキであれば、小官のベースキャンプでも焼けるが……」
隣の理鶯が惜しそうに言うのに、左馬刻は内心慌てながらも冷静を装い、胸ポケットの煙草に手を伸ばしかけて禁煙だったと思い出す。
「そーいう問題じゃなくってよ。銃兎がコンビニ飯と冷食ばっか食わせてるらしいから、たまには贅沢教えてやろうって話だ」
「そんな、言うほどひどい食事はさせてないはずですが」
「炊いた米に冷凍唐揚げとカップサラダがか?」
「銃兎、まだ冷凍食品に頼っているのか。彼女の栄養を考えた献立を送ったはずだが」
「ぐ……あ、あれを毎日、仕事が終わってから作れる男はそういないですよ。それにあなただって嫌いじゃないでしょう、冷凍食品」
「からあげとホットケーキ、好きです!」
「テメェ卑怯技使うな。そんなんそれしか知らない奴に聞いたら、好きって答えるに決まってんだろ。今から俺が贅沢教え込んでやっからな、おら食え」
「いただきますっ」
左馬刻が促すと、少女はフォークを持った。
「あっ、あっ……」
「ああこら、これは最初にナイフで切り分けるんですよ。右手に持って」
「え……ないふ……? ホットケーキに……?」
「そう。こうやって」
少女の隣に腰かけた銃兎が、ナイフを使ってパンケーキを切り分けていく。やがて小さくなったきつね色の生地を、少女はたどたどしい手つきでフォークに突き刺した。
「んむっ……」
「どうだ? 冷凍よりイイだろ」
「おいしいっ、ほこほこしてるっ、しょっぱいホットケーキ……おいしい!」
「だとよウサちゃん」
素直に頬を落とした彼女と、銃兎の顔を交互に見やる。銃兎は複雑そうな表情をした。
――銃兎の言い分、否、言い訳もわからないわけではない。彼は多忙だ。ずっと家にいる彼女のために三食料理をするのは無理だろう。
少女自身が堪能に家事をできればいいが、普段の所作を見ていると、炊事をマスターするのは当分先に思えた。なにより銃兎が、それまでろくな食事をしてこなかった彼女を引き取ってすぐにファストフードや弁当ばかり与えていたせいで、それを好物というか、食のデフォルトだと思い込んでしまった節がある。
「ごちそうさまです!」
「オイ、まだ残ってんだろ」
「のこってません」
「しれっと嘘ついてんじゃねーよ」
プレートの上には、添え物のレタスがまるっと残っている。レンジ・グルメの子供の常で、この少女は生野菜が嫌いだった。
「相変わらず葉物野菜が嫌いなのか……いつもスープにすれば食べてくれるが、店ではそうもいかないな」
「ほら、一口だけでも頑張りましょう」
「うう……いやです」
「あなたが偏った食事をしてると、チーム内で私の肩身が狭くなるんですよ……! 食べたほうが健康にもいいし」
「たべなくてもしにません」
「ほら、口を開けて」
「いやですっ。りおうさんたすけて」
「銃兎の言うことはもっともだ。苦手な気持ちはわかるが」
「さまときさんっ」
「――あんま銃兎のこと困らせんなよ。食わねぇとイイ女になれねーぞ」
「……! いい女……」
左馬刻の一言が、彼女の頑なだった態度を変えさせた。
「う……むっ」
「お」
少女がレタスを頬張りだす。左馬刻は勝ち誇った顔で銃兎を見た。
「銃兎はレディのあしらいがなってねぇな」
「……」
愉快な気持ちで悔しそうな朋輩を眺める。彼女がやってきてから、彼の人生に楽しみが増えた。