仕事先の大江戸コンビニエンスの向かいの着物屋の軒先に飾ってある、華やかな浴衣に心惹かれた。
色合いはどちらかと言えば寒い、青とか紫なのに、裾に描かれている花柄が大胆で……うん、表現力のないちゃんが一言で表すなら。
「すごくすてき」だった。

……が、すぐさまその下の値札に視線が行って、キラキ ラした憧憬はシュンと萎れてしまった。
有名なデザイナー様が、ナントカ染めとかいうさぞかし高級らしい布に一品一品手作業で花を描いているんだそうで、同じものはこの世に二つと生まれない。
故に価格は……まあ、その……お察しくださいということ。
惜しみながらもどうにかその浴衣から視線を外して、帰 路を急いだ。

最近は長屋を借りて、退院した母親と華のお江戸暮らし だ。
すみっこだけど。便所共用だけど。

女は学がもなくても生きていける、
服装はちょっと見窄らしいほうがほどこしを多くもらえ る。
美しい女が飾り気のない髪をしていると、そこに自分の買った簪を挿したくなるのが男の人なんだという。
……そんなことを常々口にしていた母なのに、病気をしてから気弱になったのか、それとも罪悪感か。
私のわがままをある程度聞いてくれるし、特に身に纏うもののことになると、やっぱりいらない、いいや別に、と言ってもどうにかしてくれようとする。
「親切にしてくれようとする」。
もっとひどく言うなら、押しつけてくる。
……それを受け入れることが、私の子供としての義務であり優しさであり孝行なのだと、思うことにしていた。
甘えられなかった子供が大人になって他人に迷惑かけちゃうのと一緒で、
甘えさせられなかった母親は今になってほぼ大人の私に 「迷惑かけてほしい」のだ。
いいよそれくらい、受けてあげるよ。
……そういう奉仕の気持ちでいることもあながち悪くないと、ゆったり説いてくれる人の存在も、あったし。


……でも。
でも、いくらなんでもちょっと間が悪かったのだ。



「大江戸夏祭り・盆踊り大会」の会場……普段はただっ広い公園が、今は屋台でひしめき合って人だかり。
奉仕の気持ちの持ち主たるちゃんは、その中を一人、明るい柄の浴衣でトボトボ歩いていた。
私の「わがまま」が通った結果買って貰った携帯電話を片手に持って、今朝がた貰ったメールをもう一度開いてみた。

ちなみに私から送ったのはこう。
『ザキさんは夏祭りの日、お休みもらえるんですか?
は新しい浴衣まで買って貰って、ウキウキで参加します(^^)v』

……これはもちろん言うまでもなく、一緒に行こうよという催促だった。
同時に自分にかけた暗示だったのだ。
……あの夜、家に帰ったら母親がなんだか、メガッサ好みでない感じの浴衣を私に「押しつけてきた」。
もうなにからなにまで気に食わない感じだった。柄も帯との組み合わせも。
あのすてきな浴衣を見たあとではどんなものだって霞んだだろうし、それをあなたのために買ってきたのよ、みたいに言われちゃったのもすごく気に食わない。
私頼んでないもんそんなの。
……そうやってムクレられれば幸せだったのかもしれな い。
うまくいじけられないまま曖昧に頷いた私は、押しつけられた浴衣で出掛けるはめになった。
そのうえ。

『ごめん、夏祭りの日は見回りがあるんだ。
お祭り騒ぎに便乗するワルっていうのも結構いるから……』

と、彼氏のザキさんにデートをお断りされてしまって、もう生きてるのがつらいレベル。
ああ駄目だ、携帯を持つようになってネットをやり始めてから、変なスラングばっかり身についてしまっている。
もっと可愛くおしとやかな発言と思考を心がけないと。
自分は自分が形作ってゆくもの。
可愛くなりたいならかわいこぶること!
まずは自分をだまし遂げること。
……そういうポリシー?を持つことにしたので、気に入ってない浴衣も、新しく買って貰った浴衣、と言い換えてザキさんにほめてもらおうと思ったのだ。
そうすれば自分なりにまあまあ処理できるかなあなんて考えていたのに。
その肝心カナメのザキさん不在。
誰もちゃんを可愛いとか、浴衣似合ってるとか言ってくれないのだ!

ぐすぐす。ひどいよ。これならわざわざ今日バイト休むこともなかった……というのはひどく自分本位な考えだろう。
私が山崎さんの予定を確認しないままに勝手に休みを決めたんだから。
でも祭りの日にバイトを入れちゃうと、それを知った母が『この子……お祭りの日まで働きづめで……』と心を痛めてしまう……たぶん……ので、
これでよかった。のだ。
ちゃんが一人でさみしく、好きじゃない浴衣を着て歩くだけでだーれも悲しまない。みんな平和。

「おなかすいた」

虚しい気持ちを打ち消すように、一人ごちてみる。
小麦粉とお醤油が焼ける匂い。
やっぱり手っ取り早くおなかを膨らませるなら粉モノだよね、と屋台にふらふら近寄って。

「あれっ?ちゃん!」

……仕事着の山崎さんと、ばったり遭遇した。



「つっきがー、でったでーたー、やぐらーもでたー……」

ボンヤリと、盆踊りの輪の中心からスピーカーで流れてくる音頭を真似して口ずさんでみる。
今がだいたい20時、お祭りの撤収が21時。
おまわりさんたちは周辺で屯する者たちを追い払い、解散するのが22時くらい。

なんと私はそれまで時間を潰せば山崎さんとデートができるらしかった。
らしかった、というか、自分で約束をこじつけたんだけど。

そんな時間まで待って貰うのは悪いから……と乗り気でない山崎さんにべたべたくっついて、どーしてもザキさんとデートがしたいよ……なんてしなをつくってみた。

山崎さんは悩んでから頷いて、じゃあ仕事が終わるまで待ってて、ちゃんと遊んでて、と、笑ってみせた。

それから、浴衣似合ってるよ、と付け加えておつかいに戻ってしまったけれど。

……いやいやおかしい。この考えは変。
私は山崎さんに浴衣をほめてほしかった。
そうすることで、本当はこれじゃないやつが着たかった……なんていうコドモっぽい愚図りをどうにかしたかった。
デート→からの→浴衣褒めという順番は思い通りに行かなかったけれど、とりあえず褒めてもらえた。

……だというのに、どうしてこんなに気分が優れないんだろ。クヨクヨしているんだろうか。
ほめられちゃったきゃっきゃっ、えへへザキさんのお仕事終わるまでいい子ちゃんで待つんだ〜……というのが、理想の私。
八方美人と謗られようと、ブリッコと蔑まれようと、私は可愛い自分の方がぜんぜん好き。
蓮っ葉にふてくされた顔してる自分よりずっとずっと好き。
……そんな私になれる、そんな私がいたっていいと教えてくれたのが、山崎さん。

ひとまずツンケンすることでなんでもやり過ごしてきた私のことを、物理的にも精神的にも丸裸にして、
何度いやだと言っても可愛い可愛いと返してくれ……たと思いきや、
途中からはあの平々凡々とした見た目からは想像できない強引さで押し入ってきた。

……無言で携帯の画面に触れて、電話帳から『お母さん』を検索。
電話じゃなくてメールで、今日は遅くなります、心配しないで、と素っ気なく伝える。

……その後に、電源をぶちっと切ってやった。

はン。もし心配だってんなら祭りに来るでしょ。
「ああっ娘が、私が買ってあげた大層華やかですてきな浴衣を着た、年頃の娘なんですけど見かけませんでしたか?!」
とか聞いて回ればいいのだ。ざまあ見さらせ。
……いやいや。ダメだ。「ざまあ」はない。
「ふーんだ、ママのばかぁ」程度にしておくべき。



「お待たせっ!」

しゃがみ込んでいる私に息を弾ませながら駆け寄ってきた山崎さんは、さっき見かけた黒い制服じゃなかった。
地味な袴に、長めの髪の毛は後ろでちょんとまとめている。

「ずっとここで待っててくれたの?」
「うん……友達いないから……」
「……ちゃん」

山崎さんが現れたというのに、どうにも機嫌が直らない。

「ごめんね。制服のままじゃどうかと思って……一旦着替えてきたから」
「そんなの……気にしないのに」
「ううん。待たせてごめんね」

そう言って、山崎さんは結んだ自分の髪をちょいちょい触った。

「ちょっと伸びてきたから……」
「あ……ううん、それは、似合ってると思う……」
「へへ、ありがと。ちゃんも浴衣、似合ってる」
「…………」

浴衣、似合ってる。

そう言われて……ちゃんの精神は、なお沈んだ。
なんで、なんでなんだろ。
どうしてザキさんは私のこと好きなのに、私の彼氏なのに、こんなこと言うんだろ。
こんなヒドイこと言うんだろう……。
いや違う、違う違う。ひどくないでしょ。
これはお母さんに買ってもらった新しい浴衣で……それを褒めてくれるのは、ぜんぜんひどくないはず。

……でも……。

「……私は、あんまり、気に入ってないけど……」

もう人もまばら、酔っぱらいの声さえ聞こえない。
祭りの後のどこか寂しい夜道を二人で歩きながら、ぼそっとつぶやいた。

「……ん?」
「浴衣……気に入ってない」
「そうなの?」
「そうなの!」

そう短く返した途端、視界がジワッと滲んだ。
あ、ダメこれ……泣いちゃう……。

「ちょ、ちょっとちゃん……?」
「これ勝手におかーさんが買ってきた奴だもん……」
「……そうなの?」
「そうなの……」

ポロッ、と一滴涙がこぼれると、その後はもうせき止められない。
ぽろぽろぽろぽろ……といくつも涙がこぼれて。
夜道で泣く女と、それに寄り添う男。
端から見たら、複雑にお取り込み中に見えるんだろうな。
そんな風に自分を俯瞰する冷静な自分も、そのうち涙に呑まれてしまう。

「うーん……」

山崎さんは、困ったなあという風に首を傾げた。

「うーん……あ」

かと思ったらポンと手を打って。
にこにこっ、と。
なにか、モノアリゲに笑った。

「そんなに『スッゴイ気に入らない浴衣』なんならさ」

あ、なんだかこの感じ、覚えがある……。
ザキさんが、私をいやらしいことに誘うときの……なんだかエヘラッてした微笑みだ……。

「いっそ、脱いじゃおうよ」

ね?なんて言われて手を取られたら……断るのが、難しい。



「これも似合ってると思うんだけどなぁ」

そう言って、私から脱がせたばかりの浴衣を手にとってしげしげ眺め、それから畳む。

「……似合ってるかどうかじゃなくて……」
「好きじゃないんだもんね」
「…………」

そう。そうなの。
好きじゃないモノを似合ってるとか言われても、根は偏屈でダメ人間なちゃんはぜんっぜん喜べない。

「でも買ってもらったから、ちゃんと着てあげたんだ」
「…………う……でも……」
「えらいじゃん。ちゃんえらい」

えらいえらい、と。
裸でベッドの上に正座なんかしてる私の顔をぞき込んでから、髪の毛を撫でてくる。

「でも今は脱いじゃって、裸だもんね……へへ」
「ざ、ザキさんがしたんでしょ、裸に……!」
「うん」

……どうして、こう……。
この人は、押して引いての駆け引きみたいなのが、こんなに上手なんだろう……?
いじけてみても怒ってみせても、ぜんぜん驚かれない。
それなのに……のれんに腕押しで流されてる感じでもなくてこう……なんというか……。

「やだ、もう、ザキさん!コドモ扱いやめてっ!」
「…………」

そう。コドモ扱い!
これはお父さんとか、寺子屋の先生とかが子供に見せる「大人の態度」ってやつだ!

「ザキさんずるいよ……私の彼氏に……その……なってくれたんでしょ……なのに……ううぅ……」
「違う違う、なってくれたーじゃなくて、俺がなりたくてなったの」
「またそうやってはいはいって受け流すの!ぜっったいコドモ扱いしてる……!」

そう言って、裸の私と反対にまだ服を着たままの山崎さんの胸板を叩けば。

「……オンナ扱いされたいの?」
「っち、違うの!として見てほしいの!」

オンナでもコドモでもなくて、恋人として。
山崎さんの前でべたべたに可愛くて、上手に甘えられて、素直に怒れる恋人として。

「……そっか」

言いながら顔が真っ赤になる私とは反対に、山崎さんはずいぶんと平常を保っている。
それがどうにもなおのこと恥ずかしい。

「ごめん、ちょっと茶化した……かわいんだもん」
「えっ?いや、別に……そんな……」

……悠々と乗りかかってきたと思ったら、急にしおらしい顔をしてこれなものだから。
つくづく山崎さんという人がわからない。
そのまま山崎さんは耳たぶをつまんで、ふぅっと息を吹きかけてくる。

「ひぃわあ、わわわっ……!」
「横になろ?」
「わうっ?!」

そのまま腰を引っ張られると、ベッドにずるっと倒れ込んでしまって……改めて、山崎さんと間近で向き合った。
その、キツくもないけれどつぶらなわけでもない瞳を見つめていると……なんだか、ボンヤリ本音がこぼれた。

「……このあいだ、すごく可愛い浴衣を見かけて」
「ん……?」

山崎さんはちょっと首を傾げたけれど、すぐに私がまだ「気に入ってない浴衣」のことを引きずっているのだと悟ったようで。
ゴロンと寝返りを打ち、うつ伏せで肘をついて私の顔をのぞき込んでくる。

「青紫っていうか……藍よりは、紅い感じで……それで、白いお花が描かれてて……」
「へぇ……あ、もしかして喇叭水仙の?コンビニの向かいのお店に飾ってあった……」
「そう!それ!ザキさん見たの?!」

描かれた花がラッパズイセンだというのは今初めて知ったけれど……たぶん、山崎さんがいま頭に浮かべているものと、私が焦がれた浴衣は、同じものだ。

「……あんなの、買えないし……買ってほしいわけでもなくて……でも、その……あぁう!わっかんない!」

ようやく素直になれそうだと思ったのに、改めて口にしてみるとそれは子供の駄々以外の何者でもないような気がして……。
でも、私がイヤな思いをしたのは確かで……。
自分の言いたいことが、さっぱりわからなくなる。

「うーん……うーんん……」

山崎さんはそんな私を見てまたちょっとうなると、ドカッとベッドの上で胡座をかいて座り込んで見せた。

「俺ね、胡座ってあんまり縁ないんだけど」
「え?」

今度は私が首を傾げる番だった。
いやそんなこと言われても、なぜここで胡座。

「仕事場だと正座なんだよね。胡座なんてかいちゃいけない」
「そりゃ……きちっとした場所なら……」

まごまご答えたけれど、やっぱり山崎さんの言わんとすることが理解できない。

「でもね、正座をしちゃいけない人っていうのもいるわけ」
「…………?」

さらにこんがらがる頭を抱えた私に、山崎さんはしたり顔で微笑んで、ぴんと指を立てた。

「俺らのボスっていうかね、一番エラい人。あの人は俺たちの前で高説たれるとき、正座なんかしちゃいけないわけ」
「……ボス?えっと……シンセングミの、局長さん?」
「そ。あの人はドシッと胡座かいて、威厳ある顔してなきゃいけないわけ」
「それが……?」

立て続けに意味のわからない事を言われて固まる私の腰に、山崎さんの腕が回ってきた。

「わっ?!ちょ、ザキさん……!」
「俺、なんでちゃんがあの浴衣に惹かれたかわかるよ。知りたい?」
「え……え……?」

そんな、なんで。
疑問符で頭が重たくなってきたのもあって、そのままコックリうなずくと。

「喇叭水仙の花言葉って、心遣い、なんだって」
「……えっ?!」
「へへ、そうなんでしょ?」

……ちょっと超能力者じみている。
どうして山崎さんはあの浴衣も、それに描かれた花の名前も花言葉も知っていて、私のご奉仕心までものぞき込んでいるんだろう……?

「あの通りは、浴衣がたくさん並んでたでしょ。同じ花軸でもカキツバタとか。でもちゃんは、水仙がよかったって言う」
「え、ちょ、ちょっと……ザキさん?!」

狼狽する私をよそに、山崎さんはさらにエヘンと鼻を鳴らし……。

ちゃんはいろんなことをガマンしてる。仕事でも家でも、いろんな期待に応えたいって思ってる」
「……それは……」
「頭の中に、昔どこかで読んだ花言葉がひらめいて、いろんな人に気を使う自分と水仙がオーバーラップ。それで、あの浴衣はまるで私なんだーって、なった」

思わずびくっ、と身をひきつらせると……山崎さんは、私を一層強く抱きしめて、離してくれなくなった。

「そんなところに、我慢を無為にするようなモノを押しつけてきたわけだ。お母さんが」
「え、そ……だって……」
「だからすごーくイヤな気分になった。ちゃんのその気持ちはワガママじゃなくて、深層心理に訴える至極まっとうなモノなんだよ」
「……そ、そう、なの………?そうなのかな……」

そう言われると、妙に納得できた。
自分の感傷、ただのわがままではなくて。
これは当たり前の、心理学とか深層心理とか、『なんかそれっぽいもの』に基づく……。

「いや、俺もよく知らないんだけど」
「っえええぇえ?!」

心が傾きかけたところに、山崎さんの悪びれない一言。

「ああ、あの浴衣が水仙だっていうのはホント。お店の人に聞いたからね」
「えっ、ちょ、え……ど、どういうこと……!?ザキさん?!」
「俺もね、あの浴衣いいなぁって店の前に立ってたの。そしたら店員が出てきて、聞いてもないヨタ話を始めてくれたってわけ」
「で、でもっ……」

でも、それだけで……私の考えもなにもかも全部見抜いて、あんな風に言い当てられるのだろうか?
それに、その前の「正座ができない上司」の話は……?

「うーんと、話すと長いけど……俺の上司は正座をしちゃいけないなんて縛りはなかったはず。単にあの人、足がしびれるからってだけで」
「そ、それが……なんの……?」
「だからね、それがいい方に転がってさ、ドシッと、こう……」

山崎さんは胡座をかいた自分の膝をぱんと叩き、直後に裸の私をきゅうっと抱きしめた。
……思えばきっと、最初に浴衣を脱がせて私を全裸にしたのは、逃げられないようにするためだったに違いない。

「ヒキョーモノ……ザキさんはヒキョーなオトナだぁ……!」
「そうそう。俺はヒキョーなオトナで、ちゃんは翻弄される女の子だから、ぜんぜんいいの」
「またそうやって子供扱いして……っう、あぁ……ん?!」

おなかに回されていた手がふと乳房に触れたので、不満の声は打ち切る羽目になった。

「ちょ、ちょっと……いきなりっ……や、あぁ……!!」
「いきなりじゃないよー、裸のちゃん前にして、俺我慢した方だってば」
「変な話してただけじゃんっ……ザキさんのバカぁ!」
「うん……だから、変な話して意識を逸らしてね、こう……なんていうか!わだかまりをほぐしてあげた後にしっぽり的なプランを立ててたんだけど……」
「しっぽりてなに?!わぁ、や、やだっ、ちょ、ん……んっ……!!」

悪びれもなく、私の背後に回った凡庸男は乳房を持ち上げ、こねるように指を食い込ませてくる。

「ちょっとは上にきたかな……?」
「や、め……またその話っ……はぁ、ん、くぅぅ……強いぃ……!!」

最初に裸を晒したとき、筋肉がないから年の割に乳房が下がっているだとか言われた。
あの頃に比べれば健康的になったはずで……そのぶん体つきだってよくなってるはずだ。

「垂れてないっ……おっきいから、下にきちゃうのっ……」
「…………」
「ちょ、ちょっとザキさん!黙らないでよぉ……!」
「あっはは、うそうそ。うん……柔らかいし、色っぽい大きさだと思う……」

……今度は、私が黙る。
どこか照れの混じった声で言われて、そのままじわじわ指に籠もる力が強くなったら……山崎さんは本当に私の胸を気に入ってくれてるんだと、わかる。

「セオリーっていうか、ハウツーっていうか?そういうのだと、ゆっくり服の上から触るようにー、とか、書いてあるけど」
「……あるの、そんなの……?」

怪訝に彼の方を向くと、若干照れくさそうに視線を逸らされた。

「あるよ。なんでもマニュアルが……」
「……ザキさんは、読んでるの?」

目の前で照れられるのはちょっと珍しかったから、ちょっとつついてみる。
……バイト先に置いてある雑誌で、ちょっとは知ってる。
いやもちろん、他の店員の手前ジックリ読んではいないけど……男の気を引く仕草だの、女を悦ばせる方法だの。
雑誌は夏になると特に盛んに書くじゃないか。
でも、なんとなく、それを山崎さんが読んでいると思うと変な感じがする。

「つい最近って意味じゃなくてさ、ホラ、仲間内で回し読みとか……」
「……あわててる。ザキさんあせってるー」
「こら……ちゃん!」

してやったりな気分になって彼の腕の中でちょっと微笑んだけれど、ふと私を抱き寄せる力が強くなって。

「……ねぇ、もう痛くない?」
「ふえっ?!あ……あ、そこ……は……っ!」

勝手に一人リラックスムードだったところで、ふとささやきかけられた。
山崎さんの手は足の間を伝って、私の陰毛を甘弄りしている。

「んっ……ん、んんっ……!」

わざとぴんっと指先で引っ張ったり、まさぐるように撫でてきたり。
くすぐったくて身をよじってしまう。

「もう……?あ、あ……」

その刺激に流されそうになっている中で、山崎さんの言葉の意味を、なんとか考える。
……たっぷり時間をかけてほぐしてもらってから、きちんと挿入に至ったのが、二週間くらい前。
最中だけじゃなくて終わった後も、結構なこと痛みが尾を引いて……。
……それを心配してくれる、ってことは。
山崎さん、ちゃんと入れたいんだ、今日は……と理解する。

「ざ、ザキさん……その……」
「……うん、俺、かっこわるいね」

そう、笑う。

「最初に会ったときからずっとそうだよ。余裕持って、こう……大人の男として接したいのに、いつもうまくいかないや」
「そ……そうなの……?でも……」

私はじゅうぶん振り回されてるよ……。
そう続けたかったけれど、今度はザキさんの指先がツルンと滑るものだから……あわてて口を閉じた。

「はぁっ……う、うくぅっ……ん、んんぅ……!」
「あれ、口閉じちゃった……これ、気持ちいい?」

「んくぅっ……んくっ、ふぅ、くっ、うくぅ……っ!」

二本指が何度も割れ目を往復して、下腹部にもぞもぞする感覚を与えてくる。
間違いなく気持ちいいんだけども……どうにも、大きく声を上げるのに抵抗がある。

「くちあーけて、ちゃん」
「んっ?!っぷぁ、はぁっ、ちょっと……んあぁあっ!!」

口をつぐんで鼻声で抑えていたのに、その鼻を山崎さんはくいっと摘む。
うっかり窒息しそうになってたまらず口呼吸になって……その拍子に声まで漏れてしまった。

「はぁあっ、あぁ、や、あぁ、んっ……あ、あぁ、ひあっ、や、んっ……!」
「へへ……」
「ううぐっ……っん、ひゃ、あぁあぅ、あぁうあッ……!」

ヘラン、と紅潮した頬で笑う山崎さんを見ていると悔しいのに、その顔を近づけながらなお陰部を弄られて……変な声ばっかり溢れる。

「かわい……ん」
「はぁ、んっ……むぅ……!」

あ、これは……と思ったらやっぱり予想通りキスされて、山崎さんの唇が押し当たる。
温かいゼリーみたいな感触の舌が入ってきて……もう条件反射みたいに、私はそれをキューッと吸う。

「はむぅ、はむんっ……ちゅ、んぅう……ぐ、ん……!」
「はぁ、あでっ……ん、む……ほら、また吸いすぎっ……舌もげる……!」
「ふあっ……あ、ご、め……んっ、はぁ、はぁ……!」

慌てて舌を吸う唇を離すと、ちゅぽっ……と、勢いのある音がした。
またやっちゃった……と反省するけれど、でも、キスのたびに私が山崎さんの舌を吸ってしまうのは……もう、しょうがない。
吸いたくて吸いたくて、頭の中でそれしか考えられなくなる。

「お返し。ほらっ」
「はぁうっ?!は、ああぁあぁっ……!!」

山崎さんの指が蠢いて、私のクリトリスを探り当てる。
今度は自分を包む粘膜の隔たりのない、直接的な刺激が襲ってくる。

「んッ!は、だめっ、だめ、だめぇっ!つまんじゃだめぇえっ……!」
「へへ……やーだっ」
「うくっ……!いじ、わるぅ……んっ、や、あぁああっ!ザキさんほんとっ、だ、だめぇえっ……!」

痛くない程度に強い快感が、波状になって断続的に襲うのだ。
ちょっとでも気を緩めると腰が浮いて、下腹部の上……こう、うまく言えないけれど「上の方」に、全部持っていかれそうになる。

「うくうぅっ……き、きちゃ、う、きもちいの、きちゃっ……」
「おっ……と、やりすぎちゃった」
「……ふぁ、え……?」

もうだめ、気持ちよくなっちゃう……と思った瞬間、なんの名残も残さずにザキさんの手がぱっ離れた。

「へへ、いきそうだった……?ちゃん……」
「えっ、え、え……そ、そんな……そんっ、なんで……?!」
「ちょっと……考えてる。まだおあずけ」

なぜか解らないけど……その声に、お腹の奥がじぃんと痺れた。

「や、やだよ、そんなのっ……ずるいよ、してよぉ……」

ウズウズしながら山崎さんにすがりつき、出す声はなんだか甘えてしまう。
一度そうやって声を出すと、下腹部の疼きはどんどん大きくなってくる。

「ざきさん、わ、わたし……ウズウズするぅ……して、もっと、もっとしてぇ……!」
「うう……やばいなあ、ちゃんはそーいうのがエロくてズルイ……」

私の体に触れている山崎さんの肌が、粟立ったのがわかった。
……山崎さん、私の声で興奮してる。
このままもっとおねだりすれば絆されてくれるかもしれないと思うと、情欲に任せて喉が鳴る。

「お願い、もっと……ザキさん、ね……?よくして……!きもちいいの、もっと……」
「……っ、こ……あぁ……!!もー!いっつも!ちゃんはぁ!」

山崎さんはぶるっとかぶりを振って、私の腰をいきなり掴む。
私の勝ち……と思って潤む瞳を瞑った瞬間、膣口にぐりっと押しつけられたのは。

「ふあ?!あっ、ちょ、ザキさんっ、またいきなり入れっ……あ、あぁあ、あッ、ああぁあーーッ!!」

腰ごと突き上げる形になった孔にずろずろずろろ……と押し込まれるのは、硬くなりきった山崎さんの肉茎だ。

「が、我慢できなくなったから……は、もーちょい、力抜いて……」
「そ、んなっ……あ゛っ、は、はあ゛ッ……ぐ、うぅう……!」

何度かの経験の甲斐あってか、私の内側はにゅぐにゅぐ言いながら山崎さんの杭に応えている。
それなのに、膣口の方は異物が入ってくるときの摩擦に慣れないみたいで……まだぴりぴり痛い。

「は、あっ……意地悪ぅ、うぅうぐっ……ン、はぁ、まだ、ちょっと、いた、あ……あぁあっ!」
「く……あ、そう言うと思ったん、だよ……脚、開いて……!」
「や、やめっ……や、あ、あぁぁ?!」

痛みで縮こまる私の下半身をお尻ごと持ち上げて、山崎さんは全部丸出しにさせる。

「これでどう、ほら……痛い方が強い……?」
「……んッ?!やっ、ちょ、え、それっ……今あぁっ?!や、やあぁあっ……!!」

ぱかっと脚が開いてしまうと、山崎さんの指が、肉茎をくわえこんだ膣口の上……さっき中途半端に弄ばれたクリトリスに移動してくる。

「ん、ああぁっ、あッ、あ、あぁあッ、だ、めぇっ!」

さっきまでさんざんねだった気持ちのよさがいきなり与えられて、身体がびっくりしている。
私の意思が追いつく前に背筋が仰け反って、腰をぐんっと前に……山崎さんの身体に突き出してしまう。

「う……うわぁ……」
「い、いやぁあっ!いやっ、そんな……変な顔しないでぇっ!や、だ、やだ、恥ずかしいのっ!」

にへらぁ、と締まりなく笑う顔を見て、急激に羞恥心がこみ上げて……もうわけもわからず、いやわかんなくなったらいくばかマシだったんだろうけど……何度もかぶりを振って、悲鳴みたいな声を上げる。

「また俺、うまくいきそうにないや……はぁ、ごめ……ちゃん」
「な、なにがっ……んあっ、ま、またぐりって、ぐりって、ぐりぐりだめっ、だ、め、ら、あぁあめぇえ……!!」

軽く舌なめずりしながら、なお私に身体を押しつけてずぶずぶと肉茎を沈めていく山崎さんは……ややもするとどこか、私よりも余裕がなさそうに見える。

「いっつも上手くいかない……ちゃん可愛すぎて……!」
「えあぁっ?!そ、そんなぁ……や、んッ、ちょっと、ちょっと待って、えぇえっ……や、あぁあっ?!」
キュプッ、と音を立てて、滲んできた愛液と粘膜が指でつまみ上げられる。
じわじわ追いつめられる感覚だったのが、いきなり限界まで押し上げられた。
お腹の奥で弾ける感覚が怖い。
思わず両手を突き出して山崎さんに抱きつくと、肌に汗が滲んでいて……前髪はぺたっと額に張り付いているのがわかった。
言葉通り焦っているのも、快感が逆に恐ろしいのも、私だけじゃないんだと知る。

「このままさせて、このまま……!」
「ひッ……つ、ん、はァ、ひぃあッ?!お、おなか、の、なか、ああぁああぁっ?!」

またギュウッと、指がクリトリスをつまむのと同時に今度は腰が突き入ってきて、かほっ、なんて変な息を虚空に吐いてしまった。
それを恥じるどころじゃなかった。
外側から指で与えられる気持ちよさだけじゃなくて、なんだか腰の髄が痺れ、肉が充血してみちみち開いていくのが解る。
もっと山崎さんを奥に受け入れようと、ねっとりした愛液を垂らしながら解れていく。

「ざ、きさん、わたしっ、これ……あぁ、へ、ヘンなの、奥、いきなりひろがったあぁあ……!」
「ん……ぎゅうってしてる、わかるよ……ん……」
「だめ、あ、ああ、こ、こわ、いっ、あぁあ……いくっ、う、あ、うううぅ……!!」

いりぐちを越えてしまえば肉壁は案外鈍感で、山崎さんの熱も、ボンヤリとしか感じられないと思っていたのに……急に敏感になった。
お腹のどのへんまで山崎さんが入ってきているのかわかるし、その威圧感で粘膜の付け根が内側から圧迫されて、クリトリスが充血状態をずっと保っているのも感じる。

「た、助けてぇっ……ザキさん助けてっ、このままじゃどっかはちきれちゃうっ、私っ……死んじゃうぅぅっ!」
「し、死なない、平気……っう、お、俺の方が死ぬかも……!」
「な、なんで死んじゃうのっ……!わ、私が死ぬよぉっ、こんな、気持ち……いいのと、恥ずかしいのでっ……!」
「いや、俺が死ぬ、ちゃん可愛すぎて死ぬ、た、助けて、墓穴掘ってばっか……あぁ、もー……!」

そう言って身体を強く揺すられて、また変な息が漏れて。

「ああはぁっ、いぃっ……ぐ、うぅう……ううう……ッ!!」

自分が弾け飛ぶ感覚と、山崎さんが一気に緊張と弛緩を起こすのがわかって……。





「……それで、局長さんが正座をできないっていうのは……?」
「えっ?ああ、いや、それは」

山崎さんは、タオル地のバスローブの帯をぎゅっと結びながらこちらを振り向いた。

「あーんと、そういうたとえ話ってなんていうか……漫才と一緒で、いっぺん機を逃すともう……」
「じゃあたとえを変えて新しい話としてザキさんがリベラルして」
「……あー。さっきまでの甘えん坊はどこ行ったのかなぁ……」

そう言って、ベッドに腰掛ける私の頭をポンポンと。

「最初は流れで仕方なくやってたことも、そのうち板についてきてその人の代名詞になることってあるでしょ」
「……う、ん」

すぐにはピンと来なかったけれど、とりあえず同調する。
……と、山崎さんがまた頭をポンポンしてきた。

「それ。今のちゃんの」
「え?え……?」
「わかってないでしょ、今は」
「…………」

笑いながら言われると萎縮してしまう。
でも、山崎さんは瞳を優しい形に開いて続ける。

「わかったフリしながら勉強してけば、いつかわかるから」
「……そうかな……」
「偽善もまた善、やってくうちにしっくりくるもんだよ。幸いちゃんには……あっと」

おれが、いるんだし。

と、小さめの声でさらに続く。

「ぶつかっても立て直せばいいの」
「…………」

エッヘン、とでも言いたげなしたり顔がちょっとしゃくで。

「……がまんできなくて、むりやりいれちゃっても、あとからなぐさめればいいの?」
「…………その返しは致命傷になるからやめて……」








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ひさしぶり山崎。
前に書いた夢の設定を気に入っていたりして、
あれもこれも…と思って添削しまくるうちに長くなってしまったですよ。

たのしかったです。