目を覚まして、要するに自分が眠りに落ちていたことを理解してうんざりするような気持ちになった。
寝ているベッドが一人用の硬いものなことに気がついて視線をさまよわせると、透明な液体が入った点滴パックが目に入る。
もううんざりどころか厭世観のようなものに包まれる。
点滴はもちろん私の腕に繋がっていて、いまいち効果が実感できない薬剤を健気にドリップしていた。私はコーヒーか何かなのか。いつも思う。

「はぁ……」

医務室。私は倒れた。それも神威の留守中に。
誰か親切な人によって運ばれて、ひとまずの処置を施されている。
涙が滲みそうになった。孤独。孤独。孤独孤独孤独孤独。
こうして神威のいないときにばかり体調を崩すのは、私の中にある花園とでも呼びたい甘美な思考の吹き溜まりを穢されているようで苦しかった。
朽ちるのは神威の腕の中でだ。そう決めているし運命だってそれにうべなってくれるはずだと当然のように思う傲慢を罰されているのだろうか。
たちんたちんと、緩慢に落ちてくる薬剤は過去に何回も打たれたことのあるものだ。
私の身体に、この毒に冒された肉に「悪影響」を及ぼさないことを保証されている液体だが、要するにほとんど薬効のない水のようなものだというのはこの重さと微熱を引きずり続ける身体が教えてくれるようだった。
きっと倒れた場所は廊下、ロビー、あるいはサルーンだったのだろう。
私はそこで神威に買い与えてもらったタブレットを操作している最中で、突然意識を失って床と衝突した。
その証拠にベッドの脇にタブレットが置かれていて、液晶画面に蜘蛛の巣のようなヒビが入っていた。

「あぁ……」

その無惨な姿にまたどうにもやりきれない思いが浮かび上がってくる。
しかし、無駄だろうと思いながらそれを手繰り寄せてボタンを押すと、驚くことにきちんと電源が入った。
液晶は悲惨に割れたままで見づらいが、指で画面を操作するとその通りに動いてくれたのひとまずほっとした。

「…………」

私の手は無意識のうちに、ついこの間課金したばかりのウェブサイトを開いていた。
サイトを見るだけで一定の金額を支払う必要がある、月額課金制だ。そこに置いてあるのは映画でも書籍でもない。
超高額かつ、惑星エリアによってはそもそも違法とされていることもままある肉体改造手術のカタログだった。
こんなものを見てしまうこと自体私が弱っている証拠だった。認めたくない。
けれどもはやこのサイトを読む行為は一種の安定剤として作用していた。
書かれていることはいちいち仰々しく下劣で過激だった。

「口腔・咽喉手術……」

喉から食道に快感を得る神経を植え付け、要するに口を使った男への奉仕で性的な悦びを得るようにする施術だそうだ。

「ふぅん……」

それを読んで勝ったような気分になっている自分がいる。
こんな手術をしないとフェラチオで気持ちよくなれないなんて、これを受けさせられる奴隷はどれだけ不感症なのだろう。あるいはどこまで不幸なのだろう。
たぎった熱が喉を通り越して食道を押し上げてくるあの感覚を気持ちいいと思えない、それだけ情熱を注ぐ主人に巡り会えない、どれだけ悲しい暮らしをしているのだろう。
それがずれた優越感だというのもわかっている。
こんな人権無視も甚だしい施術、おそらく双方の合意の上で行われることなんてない。
歯を殺傷力のないゴムに植え替える手術がセットで半額。オプションで好みの記憶を植え付ける施術……。
そんな記述を読んでいくと、自分の出生に対して、哀れみともつかないものが浮かび上がってくる。
随分アナログな手段をとっていたものだ。毒漬けの処女奴隷。
最新技術を利用して手術をしてしまえばいいのだ。処女膜を傷つけないように極細の管で膣内に毒物を注入し、奴隷としての心構えなんて脳に作用するマイクロチップを飲ませてしまえばそれでおしまい。
初期投資の費用が嵩むかもしれないが、あの古くさい手段にかかる時間と手間、失敗作として死んでしまう少女がいることのロスを考えると、手術のほうがよっぽど効率的だ。
人道的ですらあるように思える。

「……」

違う。違う違う違う。
私がこのテキストを何度も何度も読むのは、優越感を得るためでも、故郷に思いを馳せるためでもない。
「脳移植・肉体の転換施術」
そう書かれたページでいつも息を呑む。
やむを得ない事情で遺棄せざるを得なくなった肉体から脳を取り出し、別の身体に移植することで生きながらえさせる技術が存在するのだという。
当然途方もない金額で、この悪趣味な宣伝サイトには書かれていないが失敗のリスクも高いだろう。

「でも……私……」

もし私の全身を痺れと痛みが支配して立ち上がれなくなったとき。
新しい身体がほしいと泣きついたら、神威は頷いてくれるだろうか。
未練がましい女だと嘲るだろうか。
いや、神威より先に私が嘲っている。私自身を。
美しい破滅とはなんだろう。朽ちていく肉体を甘いものに感じているのではなかったか。

「どうして私……怖がってるの」

死にたくない。消えたくない。
ずっと神威に抱かれ、その温かさの中にありたい。
独りだと益体もないことばかり考える。
……そもそも私を私たらしめているのはなんだろうか。
意識というのはこの肉体を離れても継続して、私は私であるという自我を、本当に持ち続けられるのだろうか。
自分がなんなのか、なぜまっさらな肉体を望んだのか……それどころか愛すべき主人も忘れ、ただの白痴も同然の存在に成り果ててしまうことはないのか。

「……っ」

それは死よりも恐ろしい。くらくらする。頭の中が感情の濁流に呑まれる。
自分で自分を哀れみたくない。




「あ……あ、うんっ……?!」

私は再び眠りに落ちていたようだ。
眠りを実感するからには当然覚醒があって、私をまどろみから引き起こすきっかけになったのは奇妙な熱気と汗のような匂いだった。

「えっ……あっ、神威!」
「おはよう」

気がつけば目の前に神威がいた。横たわった私をベッドシーツごと跨いで膝立ちになって、至近距離でこちらを見つめていた。
青い瞳を細めた顔に宿るのは熱っぽい情欲で、それを証明するように真意の股間は張りつめていた。
それも服の上からでもわかる、なんていう甘ったるい欲望のサインではない。
黒い服の前垂れを捲って、その下のズボンと下着はベッドに脱ぎ捨ててあった。
屹立した肉茎を私の前に晒して、自分の手のひらでぎゅっと握りしめている。

「だ、だめっ……だめです、神威……!」
「だめ?」

神威の手はせわしなく前後した。痛くはないかと心配になるほど強い力で肉茎をしごいて、私が驚くのにも頓着しない。

「ああ、もう出そう。ちゃんと受け止めてよ」
「あ……んっ!」

すっと通った鼻筋にかすかに皺が寄ったと思ったら、私の首と頬に熱いしぶきが降りかかった。
反射的に瞑ってしまった目を薄く開くと、第二の飛沫が私めがけて襲いかかっていた。
また意識しないうちに瞼を閉じると、その上に強い性臭を放つ熱が重ねられる。
睫にねとつく液体が絡む感触に、半覚醒だった意識は完全にたたき起こされた。

「あはぁ……ああ、ん……濃いです……」

ぶちまけられた精液を指ですくい取って唇に運ぶ。苦いのにどこか甘ったるく強烈に青臭い、いつもの神威の白濁だった。

「俺の留守中は部屋から出るなって言ってるのに」
「ごめんなさい……」

そう言ったあと、どうして自分が己の居場所たる神威の部屋から、タブレットなんて持って出たのか思い出した。
味のある飲み物がほしくなって、サルーンまで貰いに行こうと考えて、長い長い廊下をただ進むのも退屈なので、横着してタブレットを眺めたまま歩いたのだ。きっとその道すがら倒れたのだろう。
思い出してしまうとあまりに間抜けだった。見つけた人も気の毒だ。
……それを言い訳のように口にすると、神威は肩をすくめた。

「部屋の内線で、飲み物くらい持ってこさせればいいのに」
「う……なんだかそれは、申し訳なくて」
「変なところで遠慮するよね、は」

だって、電話一つで離れた部屋にものを運ばせられるくらい偉いのは神威なのだ。私ではない。

「おまえは俺のものなんだから、俺の権利を使うのは変じゃないよ」
「神威のもの……」
「遠慮して外で倒れられちゃね。部屋におまえがいなくてさ」

神威が目を薄く開いたまま微笑んだ。きっと今もひどい顔色をしているだろう私の頬を撫でて、整った顔を寄せてくる。

「寂しいって思っちゃうの、ちょっと恥ずかしいからさ」

そう言われて胸がぎゅうっと締め付けられた。
どうとも形容できない、どんな言葉もたちまち陳腐になるほど熾烈な勢いを持って、目の前の主に対する愛しさがこみ上げてくる。

「ごめんなさいっ……私は、神威のものだから」
「うん、うん」
「ちゃんと部屋にいて、神威におかえりって言います……」
「そうしてよ。ほら」

神威が私の、点滴を通されてないほうの手に股間を握らせた。
ついさっき射精したばかりなのに、先端までしっかりと熱が行き渡って上を向いている。

「部屋なら遠慮しなくていいのに」

そう言いながらも、シーツをはぎ取って私の足を開かせる神威の手つきには周囲を気にかける様子はなかった。
私が身につけているスリットの深いスカートをたやすくまくり上げて、申し訳程度に着けている下着も簡単にはぎ取っていく。
白い指が私の胎の入り口に当たり前の仕草で入ってくることに、安堵と同時に歓喜する。

「あふぅっ……あぁ、んあぁ……!」

粘膜は目が覚めて、神威の精を浴びせられたときからずっと潤っていた。
こうして触れられることを心待ちにしていた。
二本の指で膣穴をかき回して、さんざん私の性感を高めていくのに、ふとおあずけをするみたいに引き抜かれてしまう。

「ん……もうだいぶ濃いのが出てる」
「あっ……! いや、舐めちゃ……」

愛液のたっぷり絡んだ指を、まるで私に見せつけるように神威が舐め取っていく。

「女が感じてるかどうかは味でわかるなんて言うけど、のは舌がびりびりする感じでわかるよ」
「そんなの……」
「本気で欲しくなってるとき、少し舐めただけで舌が焼かれるようなのが出てる。自分でわかる?」
「いやああっ……言わないで!」

私の足を持ち上げて、屹立した肉茎をそんな毒の壷にあてがいながら神威が笑う。

「かわいいよ、。いっつもここに入るたびに思うけどさ」
「あうっ……ああぁあぁあっ! んひぃっ、入るうぅ……!」

指とは比べものにならない熱量を持ったものが粘膜を押し広げる。
圧迫感に震えながら、腹の底で神威を感じ取れることに法悦の声を上げた。

としてるとさ、生きてるのも死んでるのもわからなくなる」
「え……?!」

その言葉は、眠る前の私が悩んでいたことを的確に射抜くようだった。

「なんで俺がとするのが好きかって言ったらさ、死ぬ感じが近づいてくるからなんだろうなって。たまに考えて」
「あぅっ、あぅっ、ああああぁうぅっ!」

両足がぴんと突っ張ってしまう。強すぎる快感を下腹部から逃そうと必死にあがく。
けれどもその勝手な頑張りが全身に気持ちよさを伝えてしまう。
つま先から頭まで、神威に貫かれる悦びでいっぱいになる。

「やるだけでこっちが死ぬかもしれない女なんて、そうそういないからね。ああ俺は生きてるな、でもこれから死ぬのか、なんて覚悟してるのかも」
「いやっ……し、死んじゃだめですっ……あはぁ、ああぁうぅっ」
「もちろん。簡単に死んでやるつもりはないけどさ」

亀頭が私の膣穴の感じる部分をこねくり回している。
いつもの激情に駆られたような動きではなく、喋る余裕を持たせた責め方だった。
だというのに私は簡単に追いつめられていく。
この人のものが自分の中にあるというそれだけで、私はどこまでも狂わされてしまう。

この瞬間だけ死が怖くない。
こうして神威と繋がっている間に死ねるならば、私は世界で一番幸福な奴隷であったと満たされながら魂がかき消えることだろう。

「何度も死んでるのかもね、の中でさ。心の中で。死んだみたいになって、それでも生きてるのがうれしくて、またのことがさ」
「あぁっ、あっ、ふああぁ……!」
「本気で好きになるのかも」

そう耳元で囁かれた瞬間に、私は死も生も飛び越えてしまった。
魂が交感しあう。
死の中で生を踊り、死の中にあることを忘れ、生きていることも忘れ、ありとあらゆるものがそぎ落とされていって、ただ自分を成していた核のようなものだけになって、その姿で叫び続けている。

「神威ぃ、あぁ、好き、好きぃいぃぃいいっ!」

それ以外になにが必要なのだろう。
私の魂は神威のものだ。
意志はあるが、それは神威の存在以上に大きなものじゃない。
ただ私はこの人のために在ろうと思う。
それが死への恐怖、みじめに繋ぐ生への誘惑を断ち切ってくれる。

「ああ、死ぬ死ぬ」
「くひぃっ、アッ、あ゛ッひぃっ、私も死ぬうぅううっ!」

神威が冗談のように口にした言葉に、愚かな私は本気で追いつめられながら返事をする。
でもその愚かさごと神威は私を愛してくれる。

「ひぐうぅっ、あぎひいいぃッ、あっ、いっ、ひっ、ひぬうぅっ、ひぬうぅうぅうぅぅーーーーっ!」
「くあ……あ、出すよ、……死ぬ……く、う……!」

強烈な絶頂に反り返った身体の内側に、白濁が打ちつけられてさらに跳ねる。何度も何度も震えながら、死すれすれの生を実感して頭に靄がかかっていく。

「あ、血が出てる」
「ふぁ……血……?」

神威の視線を追いかけると、点滴の管に血液が逆流していた。

「……いいです、もう、こんなもの……」
「いいの?」
「ん……ずっと、くだらないこと考えて、具合が悪かったのに……神威としたら、全部、遠い世界のことになっちゃって」

馬鹿な私に神威が微笑んでくれる。

「薬よりも、神威のほうが効くから……」
「はは、効くだって。生意気だな」

頬をひと撫でされると、すべての苦痛が消え去っていくようだった。