「へーえ、こんなのでいいんだ」
手にしたハンディカムをしげしげ眺める団長の姿を、なんとも言えない気持ちで見る。
「ねぇ、これテープはどこに入ってるの?」
「……あのな団長、何でも一流に扱えたァ言わねえよ、でもなぁ」
きゅるきゅる巻かれたテープに映像を焼き付けるメディアなぞ、古すぎてプレミアもんだってことくらい知っておいてほしいもんだ。
「内蔵されてんだよ、テープにあたる部分も。後はスイッチ押して、んで撮れたら線つないでデータ移動させりゃあいいんだ」
「へェー……あれ、電池は?」
「へいへいバッテリーな。予備玉もたっくさん用意しときましたよ」
充電済みのバッテリーパックを五つほど入れた箱を差し出して、もう一度手順の説明をする。
「電源入れて、んでこのボタン押して。そうすりゃひとまず録画は出来っから。でもまァ」
……目の前の男と、その男の腰掛けるベッドに横たわっている女に目配せして、
これからこのビデオカメラで撮影される映像をなんとなく思い浮かべる。
「写真と一緒だ。ピント合わせにゃブレるし、上手に撮るならそこそこ気配りするこったな」
「気配りって?」
「あー……明るいところで撮るとか、そういう類の」
言いつつ、なぜ自分は上司にこんなことをレクチャーしているのだろうと虚脱感に襲われて仕方ない。
……一日を二十四時間と計算して、およそ半日ほど前。
食堂で団長の足下に膝をついていた奴隷娘の股間から、突然血液が溢れだした。
中身のパンパンに詰まった薄皮がいきなりプツンと弾けて、周囲に赤いしぶきを撒き散らかしたような。
その唐突さは血腥い戦場ではなく、殺陣の役者が腹に仕込んだ血糊を破裂させる芝居のようだった。
当の本人も実感を持てなかったらしい。
あれ、あれどうして、と不思議そうな顔をする娘の顔はみるみる青ざめていき、団長に抱き留められるままに倒れた。
「」
真っ黄色な輸血製剤を一パックなみなみ受け、股間の奥に鋭い針で止血剤を打たれ。
一日は絶対安静ですよ、性交渉は数日控えてくださいね、と言われて横になったままだった娘は。
「ん……あれ……?!」
「おはよう。具合悪くない?」
「だ、大丈夫です。あの……?」
団長が呼ぶなりぱっと目を覚まして、周囲を見回して現状を把握する。
「あれ……あれ?」
「これからさ、ちょっとビデオ撮りたいんだけど」
「……ビデオ?」
医務室のベッドシーツに負けない程白い顔で寝込む娘を見て、突然団長はわけのわからないことを言い出した。
「あのさ阿伏兎、ビデオってどうやって作るんだろ」などと。
居合わせた船医は間違いなく団長を気の触れた男だと認識したであろう。
……悲しいかなオジさんは普段から目の前の二人を眺めているものだから、団長の意図も、やりたがっていることもすぐに察してしまった。
「と俺がしてるとこ、ちょっと撮ってみたいなーって」
「え?!そんな、それって……えっ、ええ……?!どうやって……?」
「平気平気。俺が撮るから」
「どうして」ではなく「どうやって」なあたりに適材適所を感じてなんとも言えない気持ちになるわけだが。
「アッハハ、構えないでいいよ。普通にね。片手は塞がっちゃうけど」
そう言って団長は手の甲にハンディカムのバンドを通し、レンズの範囲に娘を捉える。
「……そいじゃ、俺ァこれで失礼……」
「ああ阿伏兎、出てくんなら」
…………出てくならついでだし、なんか使えそうなもの集めてきてよ。
上司の趣味に付き合わされて頭の悪い道具をかき集めさせられるオジサンの気持ち。
……そんな任務にも種の存続にも関係ない、ただの嗜好に付き合うのには、もちろん自分なりに理由があるわけだが。
「だいぶ持った方だと思うんだがねェ……だましだましにしちゃあ上出来だろ」
覚悟しておけだの、あまり入れ込むなだのという言葉が節介だと弁えている。
それに、「それ」はそれでまたアリだとも思っている。
失恋も挫折も若いうちがいい。
死別と破局は違うという声もあろうが。
尋問のための「箱」と呼ばれている部屋から責め具や拘束具なんかを適当に掻い摘んで戻る。
「はぁ、ん、んっ……!」
部屋の扉を開けるなり悩ましい声と吐息をこぼしながら捻られる肉体と、それを小手先でいびる白い腕。
「ってオイ団長、ビデオ撮るんじゃ……」
「撮ってるよ、ほらそこ」
……さっき構えた手つきはなんだったのか、団長は両手ともラフに空けている。
肝心のカメラはサイドボードに置きっぱなしだった。
……電源は入っているし、画面を確認すると「REC」のマーク。
片手で撮りながらの行為が予想以上に煩わしかったのだろうが……。
「団長、これ映ってねェから。団長も嬢ちゃんも映ってねーから」
「え?」
「は、あんっ……?」
二人がこちらを見て、はて、という顔をするのでため息をつく。
「壁しか映ってねーよ。二人ともフレームアウトしちゃってるからねコレ」
「映ってないって。どうする?」
「どっ…あぁっ、んんっ…どう、しよ……?」
……後に残った道など興味はなく、前だけを見てただ進む。
そんな団長がいきなりガラにもないことを言い出したのは、まぁ、間違いなく気持ちの変化だ。
今の生き方を誇示するなら知らぬまま死んでいっても支障ない感情の萌芽だ。
それを嬉しく思ってしまうのは……同族の朋輩だから、何かと世話を焼かされている上司だから……なんていう言い訳が、成立する。
成立してしまうのだ。
「おっし、オジさんこう見えてもこーいうの得意なんだぜ」
言い放ってカメラを手にすると、娘はきゅっと唇を結んで頬を染め、団長はヘラッと笑ってうなずいた。
「ほーらお二人さん、笑ってー。オジさんがきっちりメモリアルしといてやらあ」
「あっはは、ほらほら、ピース」
「……ぴ、ピース……!」
まだお互い着衣のまま軽くもつれ合っていただけの二人は、身体を起こしてこちらを振り向く。
団長が背中から娘のわき腹に手を回し、そこで阿呆らしいピースサイン。
つられて娘も、両手を握ってから二本の指をピンと立てて恥じらいのある笑顔。
「阿伏兎、ちゃんとなんか持ってきた?」
「ちゃんと」「なんか」。
きっちり要求するんだかアバウトに任せるんだかどちらかにして欲しいんだが。
へらへらと平常心を保っているように見えて、どうにも意識が散漫だ。
もどかしがっているくせに、妙に自分を律して欲望をケチるなんてらしくないことをしているように見える。
「これなんかどうでしょ、団長サンよ」
古代の拷問器具を真似たという身体を内側から痛めつける責め具。
単純明快に、拘束して身体を末端から切り落としていくための刃物。
そんなものはごろごろしていたがお呼びでないだろう。
定番と言えば定番のものなのに、選ぶのに苦労した。
本体から伸びるコンセントの先を変圧器に押し込んで、団長に手渡す。
「これは?」
「そこのボタン押してみな」
清潔な白さを持つ硬質な器具の中央にある、無難なスイッチ。
それが何だかさっぱり解らぬ様子で眺めている団長は、言われたままにボタンをカチリ、と押して。
「わっ」
直後にけたたましい音を立てて振動し始めた器具に驚き、もう一度ボタンを押して慌てて停止させる。
「張り型……にしては大きいなぁ」
ああ、上司の口からこんな言葉を聞く羽目になる部下の心境よ。
「そんな甘っちょろいモンじゃねえよ。大事な所に直に当ててみな。五分と持たねえぞ」
……口にするのもアホらしいが。
遠回しに説明するとなれば、要するに振動を利用して強制的に皮膚や粘膜を充血させる道具だ。
「へー…もたないって。五分だって」
団長は後ろから抱え上げた娘の顔を、にやにやとのぞき込んでいる。
ただからかっているだけだ。
既にその道具は娘の下腹に押し当てられていて、これで彼女のことを弄ぶと決めている様子だった。
「だ、大丈夫…私、絶対大丈夫です…んっ…五分なんて……」
「アハハ、なんだか地球に行ったときのこと思い出すなぁ…あの時も、おまえはそうやって胸張って」
……団長は俺の与り知らぬ思い出に心を奪われている。
それを聞いた娘も身をくねらせて、「あの時」のことを克明に思い出している。
「だって…神威とだから、絶対平気だって、わかってたからぁ……!」
淫欲に浸りきった顔で、それでも娘は誇りのようなものを瞳に湛える。
「アッハハ!じゃあこれも平気だね。注射器に比べれば全然怖くなさそうだし」
「あん?待て注射器ってなんだ、アンタら一体どんなアブノーマルに首を突っ込んでんだ」
「内緒。阿伏兎には教えてやらないよ。ね?」
「うんっ」
「……あー、そー…………」
鼻先に皺を寄せてやると、団長はそこで仕切り直しとでも言うように、道具を持つ手に力を籠める。
「じゃあ、しっかり撮っておいてね。いくよ」
娘が頷くより先に団長の指がスイッチに回り、機械が無慈悲な振動を始める。
「んっ…あ…あああっ、あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーっっっ?!」
娘の身体は想像通りに仰け反って、断末魔のような悲鳴を上げながら団長の腕の中で跳ねる。
「わ……アハハ、ちょっと、ちょっと、仰け反りすぎ…落っこちちゃうよ」
……一日は、絶対安静。
今更ながら船医の言葉が頭の中をちらついたが、口にする気にはならない。
「……お」
ふと自分が構えていたハンディカムの存在を忘れていたことに気付いて、慌てて構え直して焦点を二人に合わせる。
「あい゛ッ、あ゛ッ、あ゛ッ、あ゛ッ……あぐっ、こっ、あ、これっ……あっ、あ、ああっ…いっ、い゛ーーーーっ」
娘の悲鳴も、懇願か歓喜かも判らぬ言葉も、まるで全て飲み込んで粉微塵にするかのように、刺激を与え続ける。
最初はからかうように笑っていた目元が段々と深い愉悦で歪み、唇からこぼれた舌が犬歯を舐める。
思い出作りなんて阿呆らしい。
団長は腕の中の娘をこのままへし折って殺すつもりなのかと思う程、狂気と隣接した責め苦にかけている。
「あ゛っ…がっ……あ、あ……う、はあっ…ハアッ…ハア、ハア……ああっ……!」
「ん?」
が、下腹部から響く振動に絶叫していた娘は、しばらくすると段々と落ち着き始めていた。
与えられる刺激は止んでいないというのに。
「ん?飽きちゃった?」
「ハアッ…ハアッ…はあぁっ…う、ううっ…わ、からない…なんだか…うくっ…しびれ…ちゃって……」
「…………あり?」
団長は首を傾げると、五月蠅いモーター音を立てる機械のスイッチを切って無造作に床に投げた。
「おい」
あまりにぞんざいな扱いに声を上げるが、もう団長の意識は娘にしか注がれていない。
もしかすると娘よりも団長に絶対安静が必要なのかもしれないと思ったのは、団長が娘の、機械的な振動でぼってり腫れた粘膜に握り拳を押し当てたからだ。
「どうなっちゃったの?」
「あっ…ん、く…わ、わからない…です…ジンジンは、してる…痺れてる……でも、途中から…変な感じにぃ……!!」
愛しいご主人様に報告しながらも娘はその拳を受け入れるようにフッ、と息を吐くので、オジさんの良識など今となっては馬鹿馬鹿しいだけだと諦める。
レンズ越しの液晶モニターに映る二人と、肉眼で認識する二人を交互に確かめながら、ただ黙る。
「これは?」
「んっ……!!あ、あれ……?」
そんな俺の虚脱感が伝わったのではないだろうが、団長はふと握り拳を開いて、娘の陰部を指で摘む。
「あ…れ……なんっ…あ、足が痺れたときみたい……!」
「ふぅぅん、ここも痺れるんだ」
どうやら強すぎる刺激に痺れを切らしたらしい陰唇の粘膜を、団長は玩具のように引っ張り上げて遊ぶ。
「はああっ…!う、く…おかしい…さ、触られてる感じは、ある……んっ……!!」
味わったことのない感覚に戸惑うことさえ許さないのか。
団長は娘が自分の下腹をのぞき込むように背を丸めたのが気に入らないようで、再び丸めた拳を膣口にあてがって脅す。
「どのへんまで痺れてるのかな?奥まで入れても感じない?」
「んんぅっ……!!」
……娘の愛欲を通せば、脅迫も愛の戯れとなるのだ。
「入れて……入れてくださいっ…神威、私の中、全部、全部、さわって……!!」
全部、全部。
「…………」
懇願を聞いた団長の口元が震えながら吊り上がり、間もなく娘の絶叫と共にその手首が粘膜の奥深くまで潜っていく。
……全部、全部。
どう見ても滑稽な、熟しすぎた果実が醜く膨れ上がって、売り物にはならない形に成り果てたようなものだった。
「うぐっ…うううっ…ああぁあああぁあああぁ!!」
胎の入り口で手指を開かれて、奴隷娘が口から泡を吹きながら叫ぶ。
「なんだ、奥は平気なんだ」
「おあ゛っ……おああっ…そ、そお、そうみたいっ…ん……おなかのおく、痺れてない……っぐ、あああぁあああーーーっ!!」
全部、全部。
さっきの娘の声が、ぼんやりカメラを構える身の中に、木霊みたいに響いている。
「アッ、うっ、神威、神威、私、神威の指、好きっ」
「指?」
「うんっ…私を、ひっかいてくれた……んっ、指……」
「ひっかいた?いつだっけ、それ」
「わ、わかんなっ……いつ、か、覚えて…んああぁっ!!」
嗜虐と情欲に溺れる団長の瞳は、いつもよりずっと潤んで色めき立つ。
肉食獣の貌になって、娘の肉の中でもう一度拳を握る。
「あぎひっ…!ひっ、いぃいいっ…いぎっ…ん…はぁあっ…ああぁ……!!」
「ありゃ…、もう少し緩めてよ」
「んんっ…?!う、うん……く、ぅ……う゛っ…!!」
「小指、引っかかっちゃった。が変なこと言うから」
ぞわり、と怖気が走った。
彼女の粘膜の中で、団長の小さい指が爪を立てるのを想像したのだ。
「んんっ…あぁ、神威…うれしっ…いま…あ゛…中で、ぼこって、なってるの…神威の小指ぃい……!!」
「アハハ」
反応がまた、糠に釘というか。
「神威、わたし、神威のこと、大好き…どんなになっても、大好きっ、好き……!」
「………………っ」
「……おい、団長」
ふと、団長が気を荒くしながらも意識散漫で、妙な焦りに急かれた姿なのと、
娘の、どこまでも、何から何まで受け入れてしまう姿と、
残された時間と、擦り減りゆく命と、恐らく引き替えに団長が抱かされるであろう巨大なうつろが、一つの糸で結ばれそうになって、
「おいおい、お二人さん」
俺は慌てて、ちゃらけた声を出してみせる。
「今日でおしまいみてーな、湿っぽいこと言うなよ」
終わっちまう前に、自分の手で潰しちまおうなんて、湿っぽいこと考えないでくれよ。
それを変えられない現実として、俺に記憶させるようなことはしないでくれよ。
団長が毒娘の膣穴から手首を引き抜いた。
「あっ……ふ……」
途端に娘の粘膜は元の形に戻ろうとする。
「ん…じゃあそろそろ、俺も楽しませてもらわないと」
「あぐっ?!あっ、あっ…っっっあっ、あッ、あはあぁああっ!!」
気の抜けていた娘の身体が、今度は憤りの形を持った熱で貫かれる。
「あはっ、ふっ、あぁっ…ああぁあっ!!神威のぉっ……!!」
そして娘は、歓喜の剰りに涙を垂らして悶絶する。
「う……なんか、今日は…熱っつい…の中、熱い……」
ほうっ、と、快楽の感嘆を吐きつつ団長が笑う。
そうだそれでいい。
摘み取るのではなく、枯れるのを眺めて欲しい。
その末に、もう恐らく自分では辿り着けない、何か、何か何かを。何かを、目の前の若い男には持たせて歩ませて。
「おうおうお二人さァーん、お熱いねえ。ばっちり映ってるよぉ」
混乱し始めた己の思考を断ち切るように、馬鹿な声を上げる。
「あぁぁ…!ん…撮ってるなら…いつでも、あっ…神威と、私の…んんっ、してる、とこ…私、見られる…の……?」
「アハハ。見たいんだ?」
「だ、だって……ふつう、見るなんて、できないし……」
「まあそりゃ、ね……ん……」
二人が苦しい体勢のまま舌を絡め合うのを見て、再び阿呆な声を上げる。
だというのになぜか鼻の奥がツンと痺れて涙腺が開いていくのが判るので、自分の唇をギュウギュウ噛む。
血が滲んで、不揃いに生やした髭を伝って顎まで落ちても、それでも噛む。
不憫な二人だと、ここまで間近で見ている俺までもが言ってしまったら、何が残るというのだ。