……に、飛来せし、当時の科学常識を超越し、
様々な「力」の権化みたような位置づけによる宇宙人
(のちに、天人、の呼び名が定着せし。諸説の一つとして、宇宙人という呼び名が排他的かつ差別の意図を含んでいたように思えるからで、
斯様な否定的な要素を取り除くと同時に、
人、イクウォール地球人の上に立つ者、という根本的な意識の植え付けを行うための改名指示が、
幕府(侵略を成した部族のうち戌威族が着眼した都市、江戸に政治を敷いていた組織、ヒトエに政府)より放たれたものとある)
による意識の改正、文明の加速化などは其れは其れはスサマジイものであったとされるが、
当初、枯渇から逃げ延び、種の反映を只一つの悲願として同盟を組んだ各惑星の軍師達にあった意識と、
実際に行われた地球に対する制圧行為は、これまた異なるものとされている。
開国用命の折、拠点となった江戸に出撃した部隊として、
大型軍艦数隻の他に、文明人の抑圧、殺戮を目的に科学兵器(主に、神経毒により臓器の萎縮や呼吸困難を齎す瓦斯)の散布の為の巡洋艦が控えていたが、
結局のところこれらは使用されることなく終わりとなった。
「江戸には侍を名乗る武人が多数おり、開国要請に棒キレ一本で抵抗し続けた」
という都市伝説みたような、今では冗談とされる話は、けして突然火のない所に立ったものではなく、
事実、当時の先鋒を切った戌威族による武力制圧は現地民の大いなる抵抗によって予想外に難航した。
それは正しく、侍を名乗る者を筆頭とする多くの、兵力差に置いては比べる迄もなく脆弱な者たちの、
決して折れぬ意志と犠牲を厭わぬ神風(顧みずの特攻を指すが、転じて美徳の一種、武士を名乗りし者、戦場(いくさば)にて死するなら本望なり、大儀であり誉れとする事屡)、
による徹底抗戦のためであった。
サリトテ現地民の抵抗は想定内であり、このために科学兵器による抑圧が予定されていたのであるが、
最初の開国命令、江戸幕府の無抵抗化の後、細々と反抗する組織に対しても、使用されることはなかった。
当初の目的は、豊潤な資源を持つ地球を移住先と定め、
そこに植民としてではなく、権利を持つ存在として降り立つための完全なる支配であり、
その為に最も優れた場所として「江戸」を選択したまでで、
幕府以下市政など皆殺しにする事すらも視野に入れての作戦だったのだ。
それが何故に開国、降伏という形での一種「和解」と取れる交渉に形を変えたのか、
また、即座に完全降伏の意を示して傀儡となった政府は兎も角として、戦争状態を引き起こした当時の民草に、
殺戮という形で大々的に粛正を行わなかったのか、に関しては、筆者とて考察の余地大いにあれど、未だ真相には至っていない……。
……考察書とあるくせに、今のところ過去の事実関係しか記されていない本をぽんと投げ、主不在のベッドの上で伸びをした。
そしてその直後に、この間出会った女性のことが脳裏に浮かんで何ともいえない気持ちになった。
……記述について資料によりばらつきがあるも、
天導(てんどう)と呼ばれ、「賢人」と位置づけられた一族が野蛮の極みとされていた、
現在も血筋を絶やさずかつ銀河に名を馳せる程である傭兵部族夜兎(やと)、茶吉尼(だきに)、辰羅(しんら)と接触を図り、
何ラカの駆け引きを用いて懐中に抱え込んだことは、大きな転機と記すに吝かでない。
但しこの事実について、否、この事実の裏にある、
その実、傭兵部族の殆どが文明的な生活を送れずにいたという事と、天道の入れ知恵によって、単なる「力比べ」だけでないヒエラルキーが誕生したことについて、
快く認める者は少ないということもあり、未だ謎に包まれた部分が多い。
解る範囲で記すならば、中でも取り分け夜兎は、凶暴性故の種の消滅という本能的な危機に瀕しており、
外交などを可能とするための教養の浸透は存続に関わる重要な問題であった。
……が、この教養の浸透が全ての民に行き渡ったかと問われれば必ずしもそうではなく、アチコチに分かたれた民族のうち幾つかは禄に読み書きもできないものもいる。
この教養において、地球に置ける数字が既に基礎として存在していたことから、随分古くから天導は地球に干渉を謀ろうとしていたことが伺える。
トモアレ天導が急激に組織化し動き出したのは、実働する兵士として前述の傭兵部族の協力、乃至公僕化に成功してからである。
銀河中に拡散して潜伏、布教を続ける天道の全てを調べ上げることは不可能だが、
銀河系随一の犯罪シンジケートとされる春雨(はるさめ)なる部隊の統一を行っているのも天導である。
呼称、普及の認識としては「宇宙海賊」だが、
主たる活動や破壊工作等の指揮をみる限りに組織の内部は軍隊と呼ぶが正しい。
事実、世間、主に地球での認識や危険意識は日本国内でのテロリストに対するものと同等、或いはそれよりも低いとされ、
この攪乱とも呼べる組織広報は成功と呼べるであろう……。
この間、きへいたい、と名乗る組織の人間と接触する機会があった。
その中に一人女性がいたのだ。
武人、と名乗るには余りにも扇情的な服装の彼女は、それでも前線で戦う者なのだという。
読んでいた本で言うところの「棒キレ」、サムライのタマシイである刀…ではなく、彼女は近代兵器を使用するそうだ。
そうすることでそれこそ、棒キレを振り回すだけの枯れ藁みたいな雑兵との性別による戦力差など埋められるという。
本人は、そう言ってキュッとくびれたお腹をさらに引き締め息まいた。
……普段私が身を置くこの艦にも、組織の大本のさらに大きな要塞にも「女戦士」はいるのだが、
彼女たちはそもそも造りが違う。
どう違うかと言うと、まず体躯がぜんぜん違う。
私どころか、神威が並んで腕を伸ばしても全然頭に手が届きそうになかったりする。
夜兎族の女戦士も数人いた。
彼女らは私とそう変わらない見た目をしているが、
食堂で白米を櫃みっつほど平らげた後に「腹ごなし」と称して鉄アレイを両手に持ったまま器械体操なんかしていたりした。
どうでもいいが、その女戦士のひとりは一度この艦に乗った。神威の部下になった。
本当にどうでもいいというか、逆にどうでもよくなくて忘れたいことだから省くけれども、私とその女は軽く険悪な雰囲気になっていた。
もともとあまりロビーを彷徨くのは好きじゃなかったが、艦内のどこかであの女とまた出くわすことを考えると憂鬱で仕方なかった。
……だから、彼女が初陣を前に艦内で他の男とセックスのあとに大喧嘩になり、
お互い心臓を腕で貫きあって全裸で死んだと師団内でちょっとした騒ぎになったときは正直ほっとした。
もっと言うならざまあみろとさえ思った。
そのうえ喧嘩の発端は女の方にあり、
死んだ男団員が一、二発終えてちょっとしゃぶってくれと言ったら激怒したのだという。
「あたしは娼婦じゃないんだからそんなこと要求すんな」
と。
ありゃあ俺でも殺してたかもわからんねえーと覗き見していた団員が笑うのもさもありなんと言ったところだった。
……とにかく。
「マタコ」と名乗った彼女は、そう言った屈強さを持った戦士とは違うように見えた。
もっと端的に言えば、細い腕は神威が掴んで握れば簡単に折れそうだったし、
あの露出させたお腹や脚に私の髪の毛をくっつけているだけですぐ肌は溶けるだろう。
あまりにひ弱かったのだ。どう考えても戦に向いているとは思えない。
他人の思想にあれこれ口出しするのは面倒だし、好きでもないのだが、ふと尋ねた。なぜ戦うのですかと。
「あの人のためッス」
私というより、自分に言い聞かせるようなその一言で、彼女がきっと共に戦場を駆ける人に憧憬とはまた違う感情を抱いているのだとはっきりわかったのだが。
……が、それ故に、もっと理解できなくなってしまった。
だっていくら役に立ちたいからと言っても、あそこまで戦力に優れていなさそうな人間が武器を取ることに意味があるだろうか。
それはかえって邪魔となるのではなかろうか。
もっといろいろあるはずだ。
これは私の幼い頃の教養も相当に影響している考えだと思うのだが、女というのは男に比べて肉体に限らずとにかく色々な所で劣っているのだ。
いや、女が劣るというよりは、男が優っているというか。
そして、優っているからと言って様々な場所にいる男は、女に対して丁寧に出る必要なんてない。
支配すればいい。蹂躙すればいいのだ。
女教皇が末永く保った例が限りなく少ないのを鑑みたってわかる。
女は受け入れる生き物で、男はそれに対しての様々な権利を握っている。
惚れられたとあればなおさらで、人の上に立つ男であればあるほど女は使い捨てなければならない。
支配者が自分は弱き存在なのだと一瞬でも思ってしまったその時から秩序は崩壊してしまう。
基本、女なんて私を含めみんなバカ。
バカというか、極端に考えることが苦手なのだ。
結論や理路整然とした思考がとにかく苦手で仕方なく、あるものと言えば性欲とか。
性欲とか。情欲とか。愛欲とか……つまり性欲とか……。
というか、私が神威としたい。今すぐ。
……というのはどうでもよくて。
あとは、「強い存在に引っ張られていたい」という、怠惰な心とか。
それに対して、まるでデコとボコみたいに男はぴったりはまるのだ。
きちんと飼い慣らせばどんな役割でも言いなりにできる。
売春して金を取れでも、房中術で隙を衝けでも。
男にはやり辛い部分を女が自然と担ってくれるのだ。しかもまったく苦痛に思わず。
それどころか自分の雌穴が「引っ張ってくれる男」の役に立てることで幸せだったりする。
そういうことなのだ。
いくらでも他にやりようはあるように思えたのだ。
だから、マタコサンが戦士としての立場に固執する理由がわからなかった。
その思いは丸ごと私の顔に出ていたのだろう。
マタコサンは顔をしかめて、アンタにゃわかってもらえなくてもいいッス、とむくれた。
その「アンタ」にちょっとばかりの侮蔑を嗅ぎ取ったのだが、なんだかそれは同時に感じた恋慕と併せると不思議と可愛く思えたので、ついからかってしまった。
「そっか……マタコサン初めてのヒトは「アノヒト」がいいんですね」
「え!?ちょ、ど、な、なんっ、なんで?!」
「知ってます?処女って左手の親指の付け根にホクロがあるんですよ」
「んなッ?!」
「ほら今確認した。やっぱり処女なんだ」
「ちょ…あ、あんたハメたッスね?!」
「はめてませんよー、あ、いやハメてるか。マタコさんよりはハメてますねぇ」
「な、ちょ……あぁ!アンタ、ちったぁ恥じらいとか持ったらどうなんスか?!」
……はじめにこちらを警戒というか、敬遠していた様子もすっかり失せて、彼女は紅潮した頬で自分の憧れを語った。
そこでシキリに出てきた言葉が、攘夷、だった。
その言葉自体は知っていたのだが、きちんと意味を理解していたかというとそうでもなくて、
なんとなく今日は退屈しのぎにそれについて書かれていそうな本を引っ張ってきた。
が、いまいち期待はずれだ。興味を抱けない。
「……ん……?」
ぱらぱらページをめくって、「夜兎の肉体的な特徴と由来」なんて見出しが目に入って思わずがばりと起き上がった。
……と、同時にガタンと艦体が大きく揺れた。
どうやらドックに入ったらしい。
……今までも何度か来たことのある…ちょうど読んでいた本にも記されている惑星、地球に到着したわけだ。
………私の愉しみは、これから始まる。
立つことのない戦場よりもずっと、私にとっては大きな生命の律動を感じられる行為への期待で胸がはちきれそうだ。