買い物を終えたを連れて艦の食堂に戻ると、昼時にも関わらずガランとしていた。
まあそれもそうだろう。
ここしばらくの宙域航海は思ったように物資補給が出来ず、今停泊している星につくまで食事は栄養素をゼラチンに含めてなんとか固形にしたものだった。
元々自分を含める夜兎は食欲旺盛で知られているし、
そうでなくてもそんな食事がずっと続けば健常な成人の肉体は悲鳴を上げるだろう。
団員はほとんど敵陣に突っ込むような勢いで、食い物屋台や飯屋に突っ込んでいった。
「……」
ふと、横からきゅる、という小さな音が聞こえて振り向くと、が腹部を押さえてうつむいていた。
「…お、おなかすきました」
「あはは。俺も」
行きがてらに屋台で多少珍味をつまんだりしたが、本格的な食事はしなかった。
その中途半端に広げられた状態の胃袋が空腹を訴える。
なぜ自分たちも外食しなかったかと言えば、面倒だからだ。
食堂にてほとんど馬車馬のようにこき使われる当番が、やたら得意げな顔をしているのをあらかじめ知っていた。
なんでも当番の生まれた土地はこの小惑星に近い文化を持っていたそうで、
食料調達さえ出来ればわざわざ外で食わずとも寸分違わぬものを作ってみせる、とか。
外へ食いに出た連中は聞いていなかったか信じていなかったのか、待ちきれなかったのか。
自分だって空腹は嫌だ。我慢などしたくもない。
が、横の女の存在を考えると、多少の時間は気にせずにいられた。
とりあえず作れる限り全部持ってきてよ、と頼んで食堂席につくと、
は俺の足下に正座する。
……そう、これを余所でやると面倒くさい。
まず一番最初に豪奢に盛りつけられた蓮の花のサラダが出てきた。三人前が一皿で。
そして取り皿も忘れずに置かれる。
さすがに食堂班は慣れきっている。いちいち気を揉まなくていい。
思わず喉が鳴る彩りの野菜を取り分けて、の前に、つまりは床に置いてやる。
は一度こちらをきらっとした瞳で見つめて、甘えるようにこてんと頭を俺のひざにぶつけてから、いただきますとつぶやいた。
「おいしい?」
「うん、すっごくおいしいです」
ソースもかけていないのに、久方ぶりの青物は身に染みるほど甘く、同時に酸味も感じる。
唾液が後から後から出てきて、気がつけばサラダボウルは空になる。
俺が二人前を食べきる頃に、はようやく一人前を半分ほど口に入れていて、うんうん、とうなずきながら味わっている。
アサリの酒蒸し、よくわからないがゼリーの上に干しエビが散ったもの、鮮やかな色の貝が殻ごと入った粥。
海老煎で巻いた春巻き、揚げ魚に柑橘の果汁を加えた色鮮やかなソースをかけたもの。
はじめはそんな風に格式張った、もてなしで出されるような料理ばかりだったが、
おおかたそれらを食べ尽くしたあたりで、庶民的だけどこれもいける、と当番が丼に真っ赤な汁と細い麺がたっぷり入ったもの、
それから変わった風味がする、木の実が入った豚の角煮と青菜のスープを置く。どれも三人前。
サラダ以降は正直なところ自分の食欲を満たすことが第一になっていて、とにかく片っ端から平らげた。
が、途中でがつんつん膝をつついてきたところであ、と思い、角煮と麺を取り分けて置いてやった。
不満げどころか、むしろ恥ずかしそうな顔でうつむきながら、または俺の膝に頭をぶつける。
「ごめんごめん。足りない?」
「ううん、これだけあればおなかいっぱい」
そう言っては手づかみで崩れそうなほど柔らかい角煮を口に運び、幸せそうに眼を細める。
汁のついた手指をぺろぺろ舐めて、ふふ、と笑う。
…ふと、自分が口に運んでいた揚げ魚を、その口許に差し出してやる。
もう半分も残っていないが、はきらきらと、今までのどの食事を前にしたときよりも瞳を輝かせた。
いただきます、と弾む口調で言って、ぱくんと。
一口で食べきって、ちゅぷちゅぷと俺の指をしゃぶる。
それは卑しいというよりいじらしい。
幼子が母の乳房を欲して自分の指を咥えるのにどこか似ている。
…ふと、自分と同じ髪の色をした幼児が、むずがりながら温もりを求めて泣き出す声と顔がざらりと記憶を撫でた。
「…いや」
「神威?」
「ん、なんでもないよ」
言って、赤い汁の麺に箸をつける。見た目からは想像がつかなかったが、牛肉の味が濃かった。
漁醤と香草の風味と混ざった独特の麺を啜る。
「チューイ・ケム」
「ただのバナナに見えるんだけど」
「凍らせたバナナにクリームとミントを乗せてある」
「バナナじゃん」
「いや、バナナだけどチューイ・ケムって言うの。こっちはバインフラン」
「これもただのプリンだろ」
「いやだからぁ、プリンだけどうちではバインフランっつうの」
「名前なんてどうでもいいよ」
自分はサクッとフォークが入る程度に凍ったバナナをほおばりつつ、そのばいんふらんと呼ばれた、やっぱりただのプリンにしか見えないデザートをスプーンですくい、の皿にぼたっと落としてやった。
「あは、甘いの」
「甘いの好きだっけ」
こくんとうなずいて、さすがにプリンは手では掬えないらしく、浅い皿を傾け、口を付けてちゅるちゅる食べていく。
ぺろんと平らげて、は至極幸福そうにほほえんだ。
喜び、だ。
悦楽とはまた違う、生命としての単純な行為を有り難く思う顔。
常に湿っていた。床板も砂壁も畳も。
恒星の恩恵を充分に受けられぬ位置にあるのだという知識は誰から得たものだったか。
少なくとも父親でも母親でもない。
自分は読み書きすらまともにできていなかったのだから、
そんな必要以上の雑学なんて習った記憶はない。
ぐずぐずと降るばかりの雨を吸って部屋も家具も湿っぽく、僅かばかりの田畑も腐る。
だというのに一度晴れると、地面が白くひび割れるほどに日差しが降り注いだ。何日も何日も。
雨が100日続き干魃が100日続き、そんな土地故に作物も取れず自分だけでなく余所の家も貧しかった。
貧しい土地の民は親族以外でも結束を堅くし助け合うと言うが、自分の民族でそれはなかった。
後から知った、生まれついての闘争本能のせいだ。
集まればなにが引き金になり、食い合うような殺し合が始まるかわからない。
出来ることと言えばそれぞれ集落に籠もりきりで耐えることだ。
それでも自分は苦しくなかった。
いや、今思い返せば、自分が苦しい状況にいるなんて解らなかった。
母は常に笑みを絶やしたことがなかったし、針で布を繕う手も何かの魔法のようで見ていて飽きなかった。
身体がうずうずと、言いしれぬものに震えた時は雨でも晴れでも傘を差して空き地まで走った。
頭の中が白くなって、身体を疼かせる衝動を忘れるまで木でも石でも殴っていた。
手が擦り剥けてもそんな傷は次の傷が出来るまでには治っている。
右手で殴って指が変な方向を向いたら左手で。
左手の皮がえぐれて骨が覗いたら右手で。
どちらも間に合わなければ脚だって二本ある。
だんだん訳が解らなくなって自分の口から勝手に笑いが漏れる頃には心底疲れきっていて、ついでに腹の虫が鳴き始めるので家に帰る。
お米って言う有り難いものよ、と教わった白くて甘い粒と、米よりずっと小さい粒で噛んで味わうことも難しい…今ならあれは粟か稗だと解るが、それらを煮て、
上から粟と同じくらいの大きさの胡麻と塩を振った重湯のような粥を飽きずに食べた。
まれに米よりずっと甘い芋が足されることもあって、無邪気に喜んだ。
父親はたまにしか帰ってこなかった。
が、母はそれを悲しんではいないようだった。
お父さんは私が服を縫うよりももっと大変で時間のかかることをしていて忙しいのよ。
つぶやく様子は自分に言い聞かせていたのだと今ではうっすら思うが、母が悪いと言わないのだから悪くはないのだろうと一人で納得した。
その考えが覆ったときを今でも覚えている。
忘れ難いとか、大切な思い出というわけではないが、なんとなく強く記憶してしまっている。
幼い自分にとってはそれほど衝撃的だったのだ。
雨の夜だった。これも覚えている。
ふと妙な気配を感じて、蒲団が敷いてあるだけの自分の部屋を抜け出し、廊下を通って母のいる部屋に向かった。
途端に、腹が痛いときに出すようなうめき声が聞こえて、あわてると同時に身が凍ってしまった。
凍った体で何とか引き戸を開けて中をのぞき込めば、滅多に帰らぬ父が馬乗りになって母を押しつぶしていた。
やめさせなければ、と思うのに、舌は下顎に張り付いて動かない。
乗られた母は、はっ、はっ、はっ、と、断続的に苦しげな吐息と、おかしくなってしまったのかと思うほどに悩ましい声を上げて身を捩っていた。
上になった父親はなにも纏っていない裸で、自分より遙かに屈強な体躯でそんないたいけな母をさらに苦しめる。
そして何かに、満足しながら追いつめられているような息と声を吐き出し続ける。
見覚えがある気がして何とか頭を働かせ、
行き着いたのは空き地で見かけた二匹の犬だった。
骨が浮くほど餓えていて汚く、
それなのにそんなことなど気にせぬように、一匹が一匹の背中にのし掛かってガクガクと身を震わせていた。
その様子になんだか…本当になんだか、よからぬものを覚えて。
自分はその近づいても逃げやしない、自分のことなど見てもいない犬に、渾身の力を籠めて踵を振り落とした。
色の悪い物が飛び散って、犬はすぐに冷たくなった。
その様子に心から安堵して満足して、
同時になぜか自分が排尿感にも似たものを得ていることに気がついて首を傾げた。
あの二匹の犬そのものだ。母も父も。
ただ恐ろしくなって、ようやく呪縛の解けた身体で部屋に戻って蒲団で丸まった。
鼓動が早く、湿気た蒲団がさらに湿るほどに汗が噴き出した。
それでもなんとか眠りについて、すべて夢だったと自分に言い聞かせたのに。
しばらくして母は身体を悪くすることが増えた。
笑みを絶やしたことのなかった、自分にとって日常の象徴とも言えた顔はまるで降りしきる雨のように陰った。
いつも、泣いていた。
ふらふらになりながら食事を作ってくれても、作る傍ら、あるいは卓袱台の前に座った瞬間に胃液を吐き出す毎日で、
自分はただ不安になることしかできなかった。
ある日、黒ずんだ紫色の目の下を見せびらかすようにただ座り込み、そして自分にとって決定的なことを口にした。
「あの人のせいよ」
なぜだろう。自分はその、あの人というのが父を指しているのだとすぐに理解した。
「私がこんなになっているのに」
母は今、自分が不幸なのだと認めた。
「あなたにもこんなにつらい思いをさせているのに」
そして自分も同じく、父の下で不幸に身を窶しているのだと知らされた。
「あなたが出来たせいであの人と一緒になることになったの」
そしてどうやら、母が苦しむ理由の根源をたどれば自分に行き着くらしかった。
色々なことが頭を巡ってどうにかなりそうだった。
なにも考えないように立ち上がって、いつもの空き地に走った。
晴れの日だった。傘を忘れていた。
けれども家に戻る気にもなれずに、ただ誰かが放置したのか知れないがいつの間にか増えていた岩を素手で叩いた。
岩が砕けるのと、自分の骨が砕けるのはほぼ同時だった。
痛い、とわかるのに、それを追い抜くほどに愉しい。
自分の手によって何かが砕けるのは驚くほど痛快で、どうにも止められそうにない。
けたけた笑いながら、砕けた岩をさらに砕けた拳で殴る。
手を握れもしないから、振り上げて岩の上に叩きつけているだけだったが、それでも万力こめれば砂埃になって表面が穿たれていく。
肘まで折れたとわかった頃にふと上を向くと、必要なときには全く相手にしてくれない陽の光が自分を睨んでいた。
笑って応えてやったが、陽光はこちらを睨むだけだ。
邪魔しないでよこんなに楽しいのに、と呟いても同じ。
やがては自分の方が根負けして、まるでプツンとスイッチが切れるように意識を失った。
耳鳴りがひどい。こんなの初めてだ。身体が悲鳴を上げている。
日光が全身の血液を煮えるくらい熱くさせ、そしてグルグルグルグルと普段よりずっと早い勢いで駆け巡らせる。
ああ死ぬ、死ぬんだ、と。
自分は光の恩恵がないと生きていけないくせに、
それと真っ向から向き合うとこんなに簡単に死ぬのだ。
涙が出た。
悔しいという感情をきちんと意識したのも初めてだ。
母が呼んで聞かせてくれた童話にあった。
「うさぎはくやしくてくやしくてくやしくて、おやまのかげにかくれてなきつづけました。そしてあんまりめをこすったのでうさぎのめはまっかになってしまったのです」
目をこすれもしない。両手とも粉々だ。
そんな意識を、顔に打ちつけた冷たいものが一気に覚醒させた。
両手が動く。治っている。
ついでに自分が伏せているのは地面ではなく冷たいコンクリートで、上空に陽光もなかった。
慌てて立ち上がると、自分よりはずっと上だが、父よりは年若い男が数人自分を見下ろしていた。
もう動けるらしい、子供にしては随分と。
口々にそう言ってなにが面白いのか、自分や父と似たような服装の…自分が生まれついた種族と同じところに属するとわかる者たちが、自分に手をさしのべた。
「おまえほど素養のある者がのうのう牧場暮らしなど笑わせる」
それは、どうやら自分を肯定しているらしかった。
「我々がすべきは貧しい身分を嘆くことでも陽の光を恨むことでもない」
絶対的な存在の母に叩きつけられた不幸を、拭う方法があると誘う。
「血だ、肉だ骨だ、我々に流れる血潮と屈強な体躯は戦うためにある」
それまでただ湿った部屋の中で、母の庇護下でぼんやりと、誰に固定されることもなく生きてきた自分の魂を、しっかり留めておくものがあると教える。
やがて雨が降りしきる時期になって、ふと湿気た家に戻れば、父親が世話しなく玄関を右往左往していた。
ただいま、とも言う気になれず黙って靴を脱いだ自分をとがめもしない。
……この父親のことだから、自分が留守にしていた間、一度も帰ってこなかったのかも知れない。
息子がどこにいてなにをしていたかなんて、知らないのかも知れない。
とがめるより前に、おい、と、高潮した様子の顔で言う。
「今日からお前は兄ちゃんだ」
言葉の意味がまったく理解できずにぼうっとしていると、途端に弾けるように、甲高い声が奥の間から聞こえた。
同時に、何人か女の声が聞こえて、母以外の者がいるとだと知れた。
ああかわいい女の子だ、と、泣き声に混じって感嘆の声がする。
慌てて駆けていった父の後ろから部屋を覗けば、あの日母と父が犬のように交わっていた蒲団の上で、憔悴しきった母と…ほんの、ほんのわずかな、犬よりも小さくてひ弱な存在が、その細りきった腕に抱かれていた。
それから廃屋と、ただ母に抱かれるだけの妹がいる部屋で交互に過ごした日々は記憶が薄い。
あの廃屋に走って、文字の読み書きから遠くの国や星のこと、何から何まで教わり、そして自分が生きている世界の小ささと、
血を求めて歩む為の強さを身につけている時間はあまりに自分にしっくりと馴染みすぎていたせいで、
逆に部屋で過ごす日々は虚ろに過ぎていくだけだったからだ。
廃屋から戻ったときにふと父親が帰っていて、自分をちらりと見てから無言で何も乗っていない卓袱台に視線を戻した。
わざとらしく後ろ髪を掻いたりもする。
むらりと何かあおられて、その真後ろに立ってみた。
幼い頃に目にしていたよりは大分短くなった頭髪から覗く首と筋張って見える背骨なんて、引っ掴んでへし折れば一度で終わる気がした。
それほど父の背中は頼りなく、自分に対して何か、今更ながらに後ろめたさを感じているようでもあった。
何も考えずにその首に手を伸ばしたときに、ふと。
「その…なんだ、お前も」
「……」
「あの、なん、あー…父さんあまり帰ってこれないから」
「……」
「だから男手として…あーと、母さんと神楽のこと、守ってやらにゃあ」
「…自分で作ったくせに」
「……神威?」
「なんで俺があんたの尻拭いしなきゃなんないの」
「………おい」
母が泣いていたことは、なぜか口に出来なかった。
疼く。何かがずるずる痕を残しながら肌の下を這い回る。
それ以上は言葉にすることも出来ず、黙って寝室に戻った。
冗談じゃない。
一見可愛らしいあの妹だって、父と母が野良犬みたいに絡まって作られた不純物なのだ。
それに自分も。
どうせ後先考えずにただの畜生みたいに交わって、結果ぼこりと出来てしまった「デキモノ」だ。
なぜ母は自分を取り除いてしまわなかったのか。
なぜ父は母の腹を引き裂いて自分を処分してしまわなかったのだろう。
そのせいで自分は不幸に喘いでいる。
師示した男は自分に説く。血の乾きと喘ぎと。
その解放と、自分の奥に眠る素質を。
家族、だの、兄弟、だの親だの。
そんなただの、自分の意志など関係なくあてがわれた型枠にはめられて身動きがとれない。
何が守ってやれだ。
今すぐ父の手で自分も、母も妹もひねり潰すのが一番手っとり早いじゃないか。
どれだけアレがこの民族や他の星に対して有益なことをしているか知らないが、
俺という他人に頼んでまで守りたいものならその手から離すんじゃないよ。
お前がいないうちに何もかも壊れてるなんて考えたことがないのか。
親殺しが古い風習だと聞かされて首を傾げたのは、
親などきっと殺して乗り越えるためにあるという自分の考えとぶれるからだ。
自分をこの世に産み落とし、肉を裂いて血を浴びたい欲求を無理矢理に押さえ込ませ、家族と名付けて他人のお守りなんかさせる。
風習などと言われているがごく当たり前のことだ。
殺して然るべき邪魔者なのだから。
俺は妹を生んだきり病の床に伏せり、鬱蒼とした顔をし続ける母の面倒を見、そして幼い妹を守るだけでこの一生を終えるというのか。
こんなに修羅場に相応しい身体を得ておいて、ただそれを腐らせていくだけなのか。
自分の価値を認めた師にも背き…つまりは夜兎の本能にも背き、ただ死んでいくだけなのか。
珍しく竈に立った母が甘藷の屑を煮ていて、妹はそわそわしながらそれを待ちこがれていた。
めまいがする。
こいつは自分がどれだけの者に守られて安穏と暮らしているかを考えもしない。
自分一人の力で生きていけない。
ただ可愛らしい顔で待っていればその口元に誰かが甘いものを運んでくれると思い込んで疑うことを知らない。
甘藷が自分に回ってこないのはわかっている。
自分で歩いて何でもできる息子よりも、たどたどしく動くことしかできず自分から離れられない娘にひもじい思いをさせたくないのだ。
母は言葉にはしないが、言わんとすることは目で訴えてくる。
お兄ちゃんなんだから我慢できるでしょう。
自分はただうなずいて曖昧に笑うだけだ。
なにが兄だ笑わせる。
自分で俺をデキモノ呼ばわりしたことも覚えていないのか。
ふとどうしようもなく頭にきて、廊下で立ち止まった。
頭の中で渦巻く憤りもあれば、単に満たされない食欲がそれに油を注いだのもあるかもしれない。
私がこんなになっているのに。
そう恨みがましくつぶやいた母にしてやれることがあったとすれば、それはすぐさま腹を蹴飛ばして中の妹をつぶしてやることだったのだ。
卓袱台を蹴飛ばすと、上に乗った皿が引っ繰り返って、中身を浴びた妹が悲鳴を上げて転がった。
慌てて自分に掴みかかってきた母を同じように蹴飛ばして、呻く顔を踏みつける。
甲高い悲鳴がまたほとばしって、程なくしてそれは泣き声に変化した。
その声がひたすら耳障りで、ああこっちが先だ、と自分に思わせた。
にーちゃんやめてよ、いつものにーちゃんにもどって、と、泣く。
いつものってなんだ。
すべて抑え込んで我慢して、へらへら曖昧に笑う俺か。
それがいつもの俺か。そんな俺が次の日もまた次の日も永遠に続いていくのか。冗談じゃない。
こいつだって何れデキモノを妊む。
周りの誰もが不幸になる孔を持っているのだ。小さくても女だ。
そう思うと嫌悪感が溢れて、そのふくふくとした腹を踏みつけるのも躊躇いなかった。
間がいいのか悪いのか。
玄関から飛びかかってきた父親に腹をどつかれてよろけたが踏みとどまった。
覚えていないというよりも、ぽっかり抜け落ちている。
あまりに興奮しすぎていたせいで記憶が途絶えている。
気がつけば自分は床板に頭を強かにぶつけて、鼻と口から流れる血がゆっくり水溜まりを作っていくのをぼんやり眺めていた。
殺せなかった。畜生。
そんな気持ちは萎れていて、むしろなんでこんな脆弱な男に処女を捧げそうになったのかと悔恨することしきりだった。
自分が弾き飛ばした腕を押さえてなにも言わない。
その脇で泣いている。
妹が泣く。子供の声色で。可愛らしい音色で。
今はただの幼子でもそのうち母と同じように素知らぬ男と交わって、今はふくふくとしている腹も異物を内包して醜く膨れるのだ。
途方もなく弱い。
修羅になる覚悟も捨て、そしてただの人間に戻る気概もない。
そんな宙ぶらりんに揺れるどうしようもないものを殺したところでどうなる。
徹底的に無価値の父と、自分がやがて無価値を産み出すことを知りもしない妹。
自分を謗った母。
ああくだらないなぁ、と笑いすらこみあげてくる。
くっ、と喉を鳴らすとまた血の塊がこぼれたが。
悪い穴はその目にすることになっても醜かったが、自分の欲を昇華させてくれる。
肉びらが擦り切れて血が漏れるまで摩擦を繰り返して、満足した頃合いに内側から肉茎で、外側から拳で子宮を押してやる。
きちんと「悪い袋」が潰れるのを確認してから、血に塗れて怪物のようになった己を引き抜くのだ。
そもそも妊まないようにと排泄の穴を使ってみたこともあったが、女が叫んで仕方がないのと、後始末から何から面倒であまり続けたいと思わなかった。
それがなぁ、と、部屋のベッドの上で組んだ足をぶらつかせながらぼんやり手の中のものを眺める。
が預けた金で寝間着を買っている間に、ふと目をやった露店で売っていたものだ。
色も形もとりどりで、子供用のおもちゃかと思った。
なんとなく手に取ってみたら、店番が手振りで「それ」の使い方を説明しだして、
ああなるほど、とその猥褻な動きに笑いをこらえきれなくなりながらしっかり買った。
「あの…か、神威」
「ん、終わった?」
「えっと…こんなのです」
いつもの着た切り雀のドレスではなく、新しく購入した生々しくつややかなベトナムシルクの、袖のないシャツに下着のように短い黒いズボン。
さらには、くるんと俺の前で回転する。
背中は前から伸びた紐で留まっているだけで、シャツと言うよりも前掛け、というのが相応しいかもしれない。
白いのに、すでに期待に色づく背中の肌が丸見えだ。
「いいんじゃない?似合うよ」
「あ…ありがとう……」
思わず目にして欲情するような寝間着を買ってこい、なんていう買い物を言いつけたのだが、そんな意地の悪い言いつけも忠実に守ってみせる。
露骨に扇情的ではないが、この女の柔らかそうな肌と合わされば思わず剥いてみたくはなる佇まいだ。
慣れない服と、じっくり眺める俺の視線に落ち着きなくそわそわするその身体を、抱き寄せて膝の上に乗せる。
「ねえ、」
「んっ…!」
「この穴好き?」
「あ、な…ぁ、そ、そこ好きっ、好き…!」
肉の乗った尻肉がぱつんぱつんに押し上げるショートパンツの表面から、靫葛の壷のように獲物を待ち受け、粘液を滴らせる「悪い穴」を隠す割れ目をぐっと押してやる。
「はっ、あ、ぐりぐり…あ、ぁ…きもちい……!」
拳を押しつけて、曲がった指の関節で表面を何度も上下させる。
もどかしい刺激が心地いいのか、すでに口をぽっかり開けてトロンとした瞳を頌えるその顔を鼻の先でまさぐった。
「ひあ、あ…ん、んー!」
「アッハハ」
そのまま顔を口許のすぐそばですっと離すと、キスを期待していたは俺の顔を追いかけてくる。
そのいじらしさがなんともいえず、自分の中の嗜虐的な心を揺すられる。
「ねえ」
「はっ…う?」
「ここは子供を産むための穴なんだよ」
光沢のあるズボンの上から、ぎゅっと膣穴のあたりを押してそう囁くと、の身体がとたんにこわばった。
「そ…れは」
「子供も女もそんなに好きじゃないんだけど、自分から闘争相手には選ばないんだ。なんでかわかる?」
「……っ…」
ついさっきまでとろけていた顔が、完全に萎れてうつむく。
なにも今日初めて言ったことじゃない。
何度か口にした自分の中のルールだ。
はしっかりそれを覚えていて、だからこそ落胆と悔恨を抱いた口惜しい表情をする。
「…産むから」
「ん?」
「…ふ、ふつうの女の人は、子供を産むし…こ、子供は…この先、強くなるかもしれないし……」
「そうそう。いずれ俺に立ち向かってくる可能性があるなら潰したくないね」
「……」
この女に出産は無理だ。そもそも受胎が成立しない。
いくら注がれても、の中でそれが育って胎芽になることは不可能だ。
それをわかりきっているから、自分もこんなことを言うのだし、も落ち込んだ顔をするのだが。
「まァ、俺は父親なんて死んでもゴメンだけどね」
「えっ?!」
軽く笑いながらそう言うと、ばっとが顔を上げる。
その瞳には涙が滲んですらいる。
「その…それ、は…あの、べつに…子供、産めない女でもいいってこと…?」
「そう聞こえなかった?」
「んア゛ッ?!き、きこえたっ、きこえましたっ!」
「あはは。じゃあくだらないことで落ち込むなよ。せっかく新しい服着てるのに台無し」
薄い布地の上から乳首をひねってやると、とたんに矯声が上がる。
それからうんうん、とうなずいて、淫蕩な微笑みをする目の前の女が愛しい。
「だいたいお前は、この穴がなくても平気だろ」
そう言って、両腕での身体を挟み込んで太股を掴む。
脚を開け、という要求だとすぐに理解したは、ぱかん、と、実に開けっぴろげに、足の指先がくんっと、物欲しげにびくびく震えるのが目に入るほど高く両脚を高く上げて広げる。
ショートパンツの脇、ちょうど骨盤の骨が当たるあたりに手をやると、両端もエナメルのリボンで留まっていた。
くっと引っ張れば、もうズボンの用も為さなくなってぱらんとほどけ落ちる。
「は…んっ…」
下着を付けていない下腹部が露出して、むき出しになった肉の割れ目がひくん、と収縮する。
…が、そこに手をやるのはもう少し後だ。
「んあッ…!」
「こっちも準備できてる?」
「あっ…は、で、できてま、す……!」
会陰よりさらに下の穴につんと触れると、膣穴に触れたときのようにすぐに快楽にゆるんだ顔はしない。
少しだけ逡巡して、かたかた震えながらうなずく。
…自分で知識を教え込んだわけではないのだが、俺がこっちの穴も使いたがると知ったは、律儀に下準備をするようになった。
「ちゃ、ちゃんと奥まできれいにしてます…時間も経ったし、も、もう平気…んッ!」
「そう?ほら息吐いて」
「は、うあ゛ッ…あ、ああ、ん……!」
すーっと、鼻から弱々しく吸って、口からふぅと吐息。
すると固く結ばれていた窄まりがきゅうっと柔らかくなって、いきなり潜らせた指の先を呑み込んでいく。
笑いが漏れてしまう。
指にしろ自身にしろ、こっちにいきなり入れると誰もが悲鳴を上げる。
は違う。
俺がに対して望んでいるものが悲鳴ではなく矯声だと知っているから、苦しさを押し殺して気持ちのいい声を絞り出す。
回数をこなすうちに舌を出して恍惚に浸るようにまでなって、
余興に弄ってやるだけでも歓喜する。
もともと排泄するだけの穴だ。膣と違って快楽のための装置なんて用意されていない。
「こっちの穴も好き?」
「んっ…く、ぅ、あ、好き…!」
「なんで?こっちは良くなる穴じゃないよね」
「…っ、は、あ、ああ…!」
けたけた笑いながら問いかけて、それでも根本まで入り込んだ指を前後に何度も動かしてやる。
前の穴と違って柔い粘膜による保護はないが、
指がちぎられそうなくらいにきつく締まるし、なぞると滑らかな腸壁が縦溝を作ってぎゅうぎゅうと蠢く。
それを上回る強さであちこち押し返してやるのがたまらない。
「あっ、あ、だ、だって、も、もったいない、のぉ…!」
「もったいない?」
「神威がちんぽ入れてくれるのに気持ちよくなれないなんて、そ、そんな穴いらないのっ…お、おしりのあな、ふたつめのオマンコになっちゃえば…あ、あ゛ッ?!あーーッ!」
手のひらに、膣から愛液が垂れてくる。
すっかり出来上がって、直に触っていないのに割れ目も開いて充血している。
そこからぽたぽたと、とめどなく汁が溢れてくるのだ。
この女は思い込みで第二の女性器を作ろうとしているらしい。
大した胆力だ。
そのいじらしさがかわいくもあるのだが。
そう思って、何の前振りもなく膣の方にもう片方の指を入れてやる。一本。
「んはぁっ、あ、ああぁあーーっ!き、きたぁあっ、指、ゆびきたっ、あ、いあ、きもちっ…あぁ、きもちいっ……!」
ぴぃんと、張りつめていた指がさらに、攣ったのではと思うほどに上を向く。
「あっあ、足の指まできもちいいの響くの、きもちいい、神威の指きもちいっ…!」
唾液まで垂れ流しだ。
膣の方の指をぐるんと中で回して、この女が好む上の壁ではなく、下側をぐっと押す。
「んはッ?!は、がっ…ああぁあ?!」
同時に腸壁の方は、上を探る。
「…あ、わかるや。ほらほら、指わかる?」
「わっ、あ、あああ゛ッ、あーーッ!わかるっ、あ、指、指ぃぃっ!指、コツンコツンして、るぅうっ!か、神威の指、私の中でっ…あ、はぁひッ!」
「すごいや。指で押せるんだねー、ココ。痛くないの?」
「いたくないっ、はぁ、へ、へんっ、変なのっ…へん、それ、へんで、い……いい…!」
「イイの?」
膣を強く押すと、腸壁の方までめり込んでくる。
ちょうどそこを指で探ると、の「壁」越しに自分の指がお互いぶつかり合う。
「いい、いいっ、いい…指、指がにほんでほじって、ほじっ…あ、ほじるの、いい、です……っ!」
「…はは」
ぷちゅっ、と、気泡がつぶれる音と一緒に愛液が迸る。
もうすでに垂れてくる汁も粘度が高く、噎せるほど強い匂いに合う濃さだ。
それが腸液の分泌が間に合わない分も補って、指を出し入れするのをスムーズにする。
「ぅ、あんッ…!」
好きなだけ熱い腸壁を指の皮膚で味わってから、一気に引き抜く。
そのままベッドにの体を転がすと、意識して媚びているのか自然に疼くのか、尻をこちらに突き出して荒い呼吸を繰り返す。
「ん…ホントだ、綺麗にしてある」
「いやぁっ?!や、やめ、舐めないでっ!」
さっきまで自分の排泄穴をいたぶっていた指を目の前でしゃぶられるのは、にとって大変な恥らしい。
本人の意図とは異なって、舐めた指先に不快な味も匂いもない。
体液の味と、この女特有のビリッとした、舌に毒気の危機を知らせる感覚が走るだけだ。
それでも恥ずかしがるのがなんとも言えずに可愛い、なんて思う自分の心酔具合が笑える。
ちょっと自嘲が漏れて、けれどもそれを上塗りするほどに押し寄せる欲求に任せて、ズボンを脱ぐ。
「あ…ぅ、あ」
そうするなり、がぶるんっと震える。
一度解された窄まりがきゅうっと、目でわかる動きで震えて、ぷっくり赤く充血する。
「今日はこっちね」
「は、はぁい…!お、おしり、私のおしり…ほ、ほじってくださいっ…!」
「もう開いてるし。頭もケツ穴のことで一杯だろ」
肌の温度がわかるくらいに肉茎を近づけて、それでもまだ挿入せずに指でぷっくりした粘膜を軽く叩くと、こくんこくんと、阿呆のようにが頷く。
「い、いっぱい…頭のなか、神威におしりのあなほじってもらうことでいっぱい…!」
「アッハハ、どんなふうにほじってもらいたい?」
「あっ…あ、ああ……」
ごくっと唾液を飲み込んで。
「お、しりのひだひだ、神威のごつごつで拡げて…は、ぁ…お、おしりは、神威のあったかさも、血管のボコボコもぜんぶわかるの、ぜんぶ脳みそにひびいちゃうのっ…!」
言いながら、自分の言葉にその感覚を想起させられたのか、黒目が上を向く。
薄紅色の唇からまた唾液が垂れ始めて、舌もてろんととろけている。
その様子にぐんと血液が集まって、思わず自分の歯を砕けそうなくらいに噛んでしまう。
「いいよ…ほら、入れてあげる」
「んっ…んぎっ…あ、あ゛ーーーッッ!!あ、あッ、あァーーーーっ!」
「……っ…ふぅ……」
肉茎の半ばまで、窄まりをこじ開けて一気に入り込む。
動物じみたの声に被さって、俺の口からもため息のような吐息が漏れる。
「ちぎれそ…はは、しっかりしてよ…ほらっ」
「んぁ、あ、あ、あっは、あがぁっ…ご、ごめんなさっ…お、おじりイイからぁ、か、勝手にギューしちゃう、神威のちんぽ欲しくてくいちぎっちゃうっ…!」
「よがるのもいいけどさ、力抜かないと奥まで入らないってば」
「おっ…おぐぅ…おくっ、き、きて…ふ、んぅ、くふ、ひ、はぁっ…はぁー…き、きてっ、奥まできてっ…あ、あぉぁああ゛ッ!」
がまた口呼吸して、すこし粘膜の締め付けが緩くなったのを見計らって、残りも一気に突き込む。
「あ゛っ……はッ!」
「ん…やっぱりきつい…は前が使えなくってもこっちがあるからね…平気だろ」
「っう、ん、そう、そうです、へーき、おまんこゆるくなっちゃっても、お、おしりのあなでいっぱい…あ、あぐっ、あ、ああーーっ!」
「じゃあホラ早く、早くケツ穴で俺をしごいてよ、ほら」
「あくぅっ、うッ、んッ、んはっ、は、ひぐっ、う…!や、あぁ…け、けつあな、けつあなって言われるとぉ…!」
「ん…?」
「神威にけつあなって言われると、す、すごく興奮しちゃうっ…すっごく下品な場所なのに、すっごくやらしい穴に思えてきちゃう……!」
そう言って、苦しい息を吐きながらがいきむ。
それこそまるで排泄するような動きで、にゅるんと腸壁が蠢く。
穴の中の肉茎を、撫でながら押し返そうとする動き。
「いじめてるつもりなんだけどな」
「いじめっ…あ、ご、ごめんな、さぁい…い、いじめられても、感じちゃう…!」
「アハハハ」
ぱぁん、と、一度尻を叩いてやる。
悲鳴と同時に締まりがきつくなって、今度は逆に、締め付けながら俺を引きちぎろうとする動き。
「はっ…あ、あ、わかるぅっ…お、おしりのカベ、神威のごつごつが撫でてるっ…!」
「へー…わかるんだ」
「わかる、の…!わたしのおしり、ぜんぶわかってる、神威のきもちよさわかってるぅうっ!」
「ッ……お前、本当にバカだね」
一も二もなく、はうなずいて悶える。
ああいい。女なんてバカでこそだ。
賢しらぶって母親気取ったり、どうあっても敵わないのに自分と同じ土壌に立とうとしたり。
この女はそんなことを望まれていないことをまず、頭で考えるよりも体でしっかり理解している。
たとえ望まれたとしても、自分にそんなことができやしないのも解っているのだ。
自分の弱さを受け入れるのでも、諦めるのでもなく誇っている。
私はあなたに穿たれるしか脳がないの、と、幸福に語る。
恥じたりもしない。その愚かさがたまらない。
「ははっ……そうそう、」
「んっ…な、なに…?」
そう言って、奥まで差し込んだ肉茎を思い切り引き抜く。
「うぁっ、うあはぁああッ?!ず、ずるずるだめ、お、おなかの中身でちゃうっ!」
「出ないって…」
勢いに腸壁が引っ張られるのを肉茎で感じながら、カリ首のちょうど一番太くえら張った部分で尻穴を拡げっぱなしにする。
痛いくらいだ。自分の肉茎の血管がドクドク言うのがわかる。
「い、いちばん太いとこ…あ、ああ、あ、ちぎれちゃ、お、おしり閉じれない……!」
「これ、なんだかわかる?」
軽くパニックしているの眼前に、ベッド脇から取り寄せた「おもちゃ」を差し出してやる。
「う゛あっ…な、なにこれ…?」
いくらでもさすがに理解できないらしい。
太さで言えば小指ほどもない。
柔らかいゴムで出来たそれは、形だけで言えばブラシのようかもしれない。
…いや、かもしれないというか、ブラシなのか。
おぞましい虫か蓼の花のように、同じくシリコンゴムで出来た指で簡単に曲がるほど柔い毛が夥しく付いている。
「よっ…と」
「あ、ああ、がっは…は、ぁ……!」
の腹に手を回して体を起こしてやると、同時に抜けかけた肉茎がまたずぶりと埋まる。
その衝撃にげほっ、と、の口から胃液混じりの唾液が出てくるのを愉しく思いながら、濡れそぼった秘処に玩具をぴたりと寄せる。
「んくっ…う、うぁ、や、やぁぁんっ?!」
触ってもいないのに、充血だけで包皮も剥けかけたクリトリスを、そのブラシでぐりゅっと擦りあげた。
「はひゃぁぁあっ、あんっ、あ、あやぁっ、く、クリだめ、あ、いや、あ、あああぁあああっ?!」
「どうかな?気に入りそう?」
「はひゃっ、そ、それ、あ、こ、こういうっ…あ、ぁ、だめ、ゴシゴシやめて、クリちゃんゴシゴシしないでっ、お、おがしくなるぅぅっっ!!」
くちゃくちゃと、粘膜とゴムの毛が絡む音がする。
むき出しの背中に皺が寄るほど仰け反って喘ぐの耳を、かりっと噛む。
「お前なら気に入ってくれると思ったよ」
「っ…あ、それは……」
「お前のために買ったんだ」
「え、ほ、ほんと……っん、ああ゛ーーッ!!」
「……あ…はは、想像以上」
尻肉の締め付けが普段と比べものにならないほどきつい。
肉壁を通して溶け込んでしまったような錯覚に囚われながら、の耳元にささやく。
「…っ、まあ、他の女には間違っても使えないね、アハハ」
「な、あ…ど、どういう…?う、うれ、しいけど……」
「これね、ココ」
「あ゛ッ?!」
「ここに入れて使うんだよ」
「は…あ、そ、そんなの……あ、あぁ……」
ぶるんっと、が戦慄く。
…たぶん回数にすると、今挿入している穴よりも多く弄んでいる場所。
同時にアブノーマルさで言えば比べものにならないくらいの穴だ。
同じ排泄用の穴でも、ここは格段に壊れやすい。
「お、おしっこの穴…そんなのいれるの……?!」
「ん?イヤって?入らない?」
入らなくても入れるが。
でもまあ。
「う…ううん……は、入っちゃったら…」
ぶるん、と、また肌が粟立つ。
恐怖ではなく、快楽の予感に。
「すっごく…きもちよくて…頭おかしくなっちゃうんじゃ、ない、かな…?」
まあこの女に限って、俺のすることを「できない」と言うことなんてないんだけど。
「あはは、お前今までおかしくないつもりでいたの?」
「お、おかしいかな…」
「お前が今以上バカになれるんだったら、それはそれで見てみたいよ、俺」
「…だよね……んっ…」
「今以上可愛くなられても困るし」
「………あはっ……」
ささやいてやると、下半身からくる紅潮とは別のもので、の頬が染まる。
「ま、まってね…今、す、ぅ……ん、はぁ…」
「…は……」
ギュウッと、また肉茎への締め付けが強くなる。
が息をゆっくり吐いてから、下腹に力を入れていきむ。
まるで排泄の時のように。
そうすれば楽にものが入ることを、もうこの穴は知っているのだ。
「は、ァ……ん、あ、あい、いぎっ……い、ぁ、あ、あ、あっ……あ゛ーーーーーッッ!!」
尿道を撫で回しながら玩具を突き込むと、炭酸が弾け飛ぶように膣穴から愛液が勢いよく吹き出した。
「あ゛ッ、あ、あ゛…あああ、ああぁああ……ッ!」
それだけで終わらずに、今異物を挿入したばかりの穴からも小水が垂れ流しになった。
「あり?もう奥まで届いた?」
「と、届いてな、いけど、ぉ、お、おおおぉぉっ……!」
膀胱への刺激で促されたのではなく、強烈な感覚で失禁したらしい。
「は、あ゛、おかしっ、お、おかしいのっっ!お、おしっこの穴、そ、そこ、そこぉおおぉっ!!」
この女を初めて見たときも、この穴をなぶってやった。
その時だって、は恍惚にトロケる笑みを俺に向けて見せたのだ。
俺に惚れたと、正気でないことを正気で何度も言う顔に面倒臭さを感じなかったと言えば嘘になる。
せいぜい媚びた、作りものの淫猥さが破綻して泣き出し、許しを乞う表情に変わるまでを見てやろうと思ってやったことなのに。
誰よりも愚かしく、何よりも脆弱な身体で屈強さを訴えた。
あなたの言うことになら従える、と。
あなたが私にしてくれることなら何でも大好きだ、と。
むしろクニャクニャ曲がるほどに脆弱だからか、この女は折れない。
脳をイジられているわけでないのに、この女の中では俺がすることはすべて快楽へ変化する。
他に行くところもないのだし、変な気を揉まなくてすむし。
「こんなとこに何か入れられてよがる女なんていないよ、俺初めて知ったもん、ほら」
「あくぅっ、あ、あ゛あ゛あ゛ッ!だめ、そこだめだめぇぇえっ!」
「ここにコレの付け根があるなんて、知らなかった」
「ふぅあ、あっが、はぁ、ああ…だ、め、そ、そこほんとっ、クリトリスのねっこだから、根本だからぁっ!ゴシゴシされるとだめ、あ、い、いあぁあっ!」
「っ……きつ……」
確かにちょうど下に位置してはいるが。
尿道の出入り口をほじり回すと、直に肉芽に響いて痛いくらいの快楽に襲われるらしい。
「おっ、お、おはぁあぁあーーっ!い、あ、あああ、おしりもだめっ、お、オマンコ締まるとおしりも締まっちゃう、神威の、神威のっ!いっぱい感じちゃうっ……!」
「だね…はは、どうする?千切れちゃったら」
「いやっ、あ、いやぁぁ…!言わないで、言わないでぇ、そ、そんなの…あ、あかはっ、はがぁぁああっ……!」
「嘘だよ」
「ふっく、ぅ、ああ……あ、あぁっ……!」
軽く笑って、一気に肉茎を押し込む。
かたかたっと歯を鳴らせて歓喜するの口を、こちらに振り向かせて吸う。
「んっ…ぷ、ふっ…は、あ、あぅ、あ、む、ぅ……っ!」
「ん…は、お前の身体で死んだりしないよ、アハハ。そこまでヤワじゃないし」
「だ、だよねっ…はぁ、あ、ああっだ、だめ、あああだめぇえぇっ!また根本っ、根本こすっちゃだめぇえっ!」
ひくひくと、今日はあまり弄っていない膣穴が刺激もないのに震えている。
「…は…ああ、イキそうなんだよ…お前も遠慮しないでいいよ」
「んぅっ、う、うれしっ…うれし、いっ、そんなこと、うれしいこと言われたらあッ、あ、あ…あぃぁ、す、すぐいく、すぐイッちゃうっ!」
自分の喉から笑い声がくく、と漏れる。
一時の破滅に向けて上り詰めていくのが、気が狂いそうに心地よい。
「いいって、ほらイクんでしょ、はケツ穴でイキますって、ちゃんと……ほらっ」
「あ゛ッいいい?!い、いぎっ、いぎます、ケツマンコでイっちゃいますッッ!ケツ穴とおしっこ穴でいぐぅうっ!神威、かむい、かむいかむいっ……あ、が、あ、あぁだめぇええぇええーーーっっ!」
すでに限界など超えて、射精の瞬間ももはや苦痛なのではないかと思うほどになっていた自分が弾けた瞬間に。
の身体が弦みたいに引き攣って、その身の愉悦を俺に伝えた。
「ってさ」
「はい?」
リネンに替えのシーツを取りに行くと、もう団員たちもほとんど戻ってきていた。
ああそろそろ出なくちゃ予定がずれる、と思っていたら、阿伏兎が操縦班に既に手配をしていた。
俺の部屋のドアを拳が痛くなるくらい叩いたらしいが、それでも全く気づかれないと知って済ませておいたらしい。
新しいシーツをベッドに敷きながら、俺の方をが振り向く。
「家族の記憶ってある?」
「ないです」
「アハハ。そっか」
その拍子に自分の腹の虫が鳴く。
「なくちゃいけないのかな」
「……えっと…」
主語が思い切り抜けた独り言だったのに、耳に入ったのかはちょっと考え込むそぶりをした。
「私、もう還元してるんです」
「ん?」
「私が生まれて、えっと…学校みたいなとこなんですけどね、引き取られて育つときに、結構お金をもらえたそうなんですよ、家族は」
「…へえ」
「才女に育つより、美女が生まれるか、よそからきれいなお嫁さんをもらえたりする方が、誉れなんです。別の所のお金持ちに嫁がせるか、私みたいに売れるから」
「……」
その表情をのぞき込もうとして、なんとなくやめた。
「でも、すごく感謝してるんですよ」
「なんで」
「だって私、今の私じゃないと、少しでもズレてたら…神威と会えなかったんですよ…」
そこで思わず、今度はの顔をまじまじ見た。
かあっと赤くなってうつむく様子は、年頃の少女そのものだ。
「まあでも、私はそんなこと考えてる暇があったら…その」
もじ、と、白い手が所在なさげに動いた。
…その手を取って握ってやると、はう、なんていう感嘆のため息が漏れる。
「私はずっと……神威のこと、考えてたい…」
「馬鹿だなぁ」
「……えへへ」
食堂の席に着けば、海老のすり身と、辛い葉。
そして白く透ける皮が目の前に出された。生春巻きだ。
意地悪が芽生えて、一枚で食べるにはややきつい香草を真横にひざまずいた女の口に運ぶ。
びくっ、と、苦みを感じたのかその身体が飛び跳ねる。
それでも押し込むまでもなく、俺の指ごと食べたいと、下で上顎で歯茎で、はその苦味を味わってみせる。
「私はあなたと出会うためにだけ存在していた」
どこの少女ロマンスだ。笑える。
馬鹿だと思いながらもその運命が自分にも影響を及ぼしていることをひしひし感じる俺も、かなり笑えたが。