「あーうん、いんじゃね」

さっきから何度この台詞を言ったかもう覚えてない。

自分にはいささか文明化が過ぎたような気がしないでもないと言うか、そんなファッションビル内を連れ回されて、
そもそも今自分とが佇んでいるのは夏季限定でオープンする女性水着の店で、どうにも居心地が悪い。

買い物に付き合うのは苦手だ。特に女の。
なぜ目的もないのに、買うわけでもないのに延々と店の中を回ってられるのか。
そして決まって。

「ねえ、銀さんはどっちがいいと思う?」

…こういうことを言い出すのだろうか。
は大分可愛らしいというか、いまいちガキくさいというか、ピンクと白が重なったふりっふりの水着と、
こっちは涼しい感じがする、鮮やかな水色とこげ茶が横縞模様になったこれまたふりっふりの水着を両手に抱えて、「どっちがいい?」と俺に迫ってくる。

「あーうんと」

どっちがいいっつっても、きっともうの中では心が決まっているのだ。
こっちがいいんじゃね、と指差したとして、「えーでもなー、う〜ん」とか言って、結局自分がいい方を選ぶか、
あるいは本当はどっちも別に気に入っていなくて、全然違うものを手に取ったりだとか別のお店も見たいー、とか言い出すのだ。

「そもそもなんで急に水着?もう夏終わるって、海水浴場閉まってるって」
「季節外れじゃないよ。銀さんも知ってるでしょ、大江戸プールリニューアルオープン!」
「あー…プールか」

去年何かと腐れ縁のオッサンの手伝いで監視員のバイトを行った大きな室内プールレジャーが、今年さらに規模を拡大して改装オープンした。
…その改装プンの裏に実は将ちゃん様的な人のアレがあるんじゃないかと勘繰って仕方ないのだが、運営は今まで通り行われていて、
よりレジャーらしく、子供プール、滑り台、飛び込み台に50メートルプールと、もともと充実していた設備に加え、
流れるプール、波の出るプール、サウナに温泉、メッチャ長いウォータースライダーなどを増設。
完璧な室温と水温調節で常夏気分、夏季はテラスも解放し、室内にも軽食売店からレストランまで完備している。
おかげで老若男女問わず大人気らしい。
エリアが拡大したぶん人手も足りないらしく、今年も長谷川さんにバイトの助っ人を頼まれた。
これから数日もちらほら予定が入っている。

「銀さんの好みってどんなの」
「あーうん、いんじゃね」
「…パステルカラーがいいとか原色系がいいとか」
「あーうん、いんじゃね」
「……飽きた?」
「あーうん、いんじゃね」
「……パフェ食べに行こうか」
「おう」
「……」

大体なんでそんな苦手な買い物に付き合っているかと言うと、は店員にこれもいいですよと押し付けられると、大体断りきれずに買ってしまう。
店からしたら入れ食い状態の美味しい客で、後でぱんぱんに膨れた買い物袋を憂鬱な顔で背負って帰る羽目になるのだ。
とりあえず自分がついていればそんなことにはならないし、帰りはここの地下フロアにあるパフェとアイスの専門店で好きな物を食っていいと言われた。
のでまあ、案山子だ。とりあえず突っ立てればいい。


「知らないもう、すっごい派手な水着着て悪目立ちしてやる」
「悪目立ちってーか、お前予定あんの?いつ行くの」
「え…えーと、週末あたり銀さんと行きたいなーって…だめ?」

バニラアイスの上にキャラメルソースとチョコレートソースが交互にかかったパフェの頂上を、もったいなくもスプーンですくいながら頭の中のカレンダーを探る。

「銀さん週末バイトー」
「えー…まあいいや…どっちにしろ行くつもりだからね」
「一人で?」
「え…うん」
「何しに」
「え…えっと、泳ぎに?」
「ふーん……」

こいつ泳げないんだっけ。俺も泳げないけど。
口の中から鼻腔に抜けていく幸福な甘みを、舌を反芻して味わいながらボンヤリ考える。

「だからもっとまじめに水着、選んでくれてもいいんじゃないの」
「なんで」
「え…えっと、その、もし私がきゃわいい水着効果でもてもてだったら?銀さんのいないとこでモテまくりだったら?」
「ブッ」
「!!」

無遠慮に噴きだすと、は顔をかあっと赤くした。

「…な、ないですね。それはナイですよね。はい…」

別に完全にないと思っているわけではないが、さっき見たような、ぶっちゃけあんなの着てないほうがいねーよ、な具合の水着でプールをウロついていても、
特別視されて注目の的になるとは思わない。
出会いの需要とナンパの需要はまた異なるんであって、そういう目的で来ている男なら、そもそももっと軽そうな女を選ぶだろう。

「べっつにー、ナンならモテてみろって、プールサイドの女神が彼女なんて銀サン鼻高々だよ〜」
「うわっ腹たつ!むかつく!」

第二層目のチョコレートアイスに突入したあたりで、話題は今月発売のギンタマン単行本に載る、カーペンターダンスの作者とのコラボ漫画に移った。




「おーおー、今年は粒ぞろいじゃねーか、いるもんだねーデカプリ娘」

監視台にバイトを斡旋してくれた長谷川さんと一緒に座り込み、双眼鏡をのぞき込む。
去年の子供ばかりのスタレた光景とは異なり、リニューアルの影響もあってか、どのプールエリアにも若い娘がうようよしている。

「いやちゃんと監視もしてくんないと困るからね、まあね、デカプリ娘もいいけどね」

いい加減な口調で俺をたしなめる長谷川さんだって、視線の先は露出の高い水着の女だ。

「おっ、オーいいじゃんあれあれ、あっちのなんか三人連れ、水風船みてーな乳してら、うおーこぼれそっ、見えそっ」
「んー銀さんああいうの好み?やっぱ若いねー、なんだかんだ言いつつあーいう即物的なもんに惹かれるのか。オジさんはあっちの方がいいなァ」
「あっち?」
「ほらアレ、今更衣室から出て来たでしょ、背の高い子の横にいるアレ」

もはや監視など一ミリもしていない。
つられて長谷川さんが指した方向をのぞき込む。
髪の毛をポニーテールにして、やたらふりっふりでピンクの水着に身を包んだ細身の女が目に入る。

「なんていうの、ああいう田舎っぽいっていうか、まだ子供っぽいっていうかね〜、ちょっとぽやっとしてる子が」
「ぽやっとってぇか、アレはちょっと…」

ポニテ女の位置がずれて、長谷川さんの言う女が視界に入ってきた。
シンプルに鮮やかな色が栄える露出の高いビキニを纏った、色白い肌。
それだけであるならさして気にもならないが、そのビキニの紐が食い込んで押し出されるようになった胸の谷間や、
少々水着のボトムに乗るなだらかな腹、布地をはみ出しそうな尻肉…いい言い方をするなら肉感的な体つきが、妙に視線を奪う。

「ありゃあ…いや、いやいや」
「やっぱりねー、オジさんガリガリの子よりあーいう幸せそーな体してる子がいいわ、健康的で。あ、別にロリコンじゃないよ俺」
「健康的ぃ?ありゃデブってぇか…」

そう口にしたが、それは横のオッサンに同意したならば、 まるで自分が若い娘に興味のない枯れた人間に思える気がしたからで、
その意見にさして異論はなかった。
デブ、とも思わない。
むしろある程度はみ出た肉は、なんとも…スタイル抜群の美女とは違った色気を醸し出している。
神経質にやせぎすな訳でも、たるみすぎてだらしないわけでもない。
モデルのように整った体型よりも、むしろ掴んだときの感触やなんやがリアルに想像できて…思わず唾を飲み込む。

ああうん、俺だってセックスするんならあーいうのがいい。
ぷにぷにしてつるつるして、いい匂いしてスベスベで、
いつものみたいな…というか。

「ん……んんんん?!」

横のポニーテールと同じようにまとめて結った髪をかき上げるその顔を、しっかり見れば。

「……え、?」

がここにいる、という事実が現実味を帯びてくるのに時間がかかって、すぐさま反応できなかった。
しかし一度気がついてしまえば間違えようがなく、色気満載のマイクロビキニに身を包むのはだった。
というかついでに横の女はお妙だった。
長谷川さんはアレが俺の彼女だということを知らない。
ほかの娘に目移りしたらしいマダオを後目に、じっ、と耳に意識を集中させる。
やや離れたあの二人の会話を、聞き取ろうと躍起になった。

「あらやだっ、やだやだやだちゃん、かわいいじゃあないの!大胆!」
「あっはは…や、やだ、恥ずかしい…私太いから…」
「そんなことないわよ!やだぁかわいいわ、それに恥ずかしいならそんな水着着てこないでしょー?」
「あの、こ、これは、自責っていうか……」

どうやら二人で遊びに来ているらしい。
というかそれならお前、この間俺に見せたガキくせえ水着はどうしたんだよ!
全然違うじゃん!全然いいの着てるじゃん!

「回数券買ったし、流れるプールで水中歩行しようかなーって。おなかのお肉気になるし…自分で身体が見えれば、へばりそうになっても頑張れるかなぁって」
「あらあらあら。そんなこと言って、本当は大好きな人に見せたかったんじゃないの?」
「ちっ、違いますよ!銀さん全然興味ないみたいだったし…痩せてから言えよデブ、みたいな感じで」

いや、俺言ってない。言ってないよそんなこと。

「あらひどい。かわいいのに」
「あは…あの、九兵衛さん遅いですね」
「着替えで手間取ってるのかしら…私見てくるわ」
「はい、あの、私はずーっと流れるプールで歩いてると思うので…」
「はいはい、あとでまた合流しましょ」

ばいばーい、てな風に手を振って、二人は別れる。

思わずポカンと開けっ放しになっていた口を慌てて閉じて、双眼鏡での歩いていった方を追う。
言葉通り流れるプールに向かったが…それと同時に、一人になるのを見計らっていたように、視界に男が二人ほど入り込んでくる。

「な、あ、ちょっ」
「ん?どうした銀さん」
「ちょ、あの待って長谷川さん、なんかヤバイわ、あっちで具合悪いガキいるみたい、俺見てくる」
「え、あ、おい……」

二の句を継がせずに監視台を飛び降りて、のいる方へ向かう。

「かわいいね」
「え。あ。あ、あえ?」
「あははっ、照れてる?いや、かわいいねって」
「は、はあ、どうも」
「さっき一緒にいたのお姉ちゃん?一緒に遊ぶの?」

ゆるい流れを作ってある細長いプールの真ん前で、下心を丸出しにした男二人に囲まれては硬直している。
すぐそこへ飛び出していくことを考えたが、すんでの所でなぜがふと思いとどまって…さりげなく近付くだけにとどめる。

「と、友達です、あの、でも違う友達と遊ぶって言ってたから、あの」
「ふううん一人なんだ。なんで?プールで一人?」

見え見えの誘導尋問だったが、「プールで一人?」を、バカにされている、あるいは咎められていると受け取ったのか、は無言でうつむいた。

「逆ナン?ナンパ待ち?」

んなわけねーだろボケ!
目の前の女が微妙に泣きそうになってるのに気付けよ!

「ち、違います…」
「あーれなんでそんなヘコんでんの?あ、アレかなアレ?彼氏と別れたばっかり?傷心だったの」

違うわボケェェ!
彼氏ここにいるわ!

「いやでもまじかわいいな」
「言われるっしょ、オッパイすげーとか言われない?」

まず人数で相手を圧倒しているという余裕と、大して抵抗されないという状況に、もう一直線に下半身がカッカしだしたらしい二人組は、の手をぐいっと掴んだ。

「いえあ?!あ、ああのあの」
「いえあってなに、あはは、ねえ名前は?」

そこで我慢ができなくなった。
監視員ハッピを見せびらかすようにして、大きく声を上げた。

「あーはいはい、迷惑行為禁止ね、お兄さんたち」
「えああれ?!ぎぎ銀さん?!」

慌ててこちらを振り向いたとは違って、兄ちゃん二人はさして動じない。
ゆっくりタメてこっちを見て、それから鼻で笑った。

「迷惑してないよね、今から一緒に遊ぶの、一緒にきてんだよ俺たち」
「だよねーユリちゃん」
「ゆり…?」

誰だよユリって。適当こいてんじゃねーよ。

「いいからヤメロっての、嫌がってんだろそこの子」
「ユリちゃん嫌がってるの?」
「え?い、イヤって言うか、ユリ…?」
「嫌がってないって。監視員のオッサンのほうがウザいって」
「ち、違います…!」

ちょっと額に青筋勃ってきた。
ガキ二人にもだが、しどろもどろなに対しても。

「ユリちゃん気をつけなよ、オッサンの方が怪しいかもよ、物置に連れ込まれていやらしいことされちゃうよ〜」
「えっ…え、ええ……?」
「おい」
「うわ〜オッサンやらしー!あっぶねーよオッサン、監視員っていうか監視淫だよ!」
「…………」
「あ、あの、私…」

なんで自分はこんなとこにいて、こんな恥ずかしい格好してる彼女をかばってこんな恥ずかしい目に遭ってるんだよ。

「おいガキ」
「あっ、あああ、あの監視員さん知り合いなんです、あのだから、ねっ!」

「ねっ」と一緒に、にしては必死なんだろう力で、男の手をふりほどく。
そして俺に飛びついてくる…と思いきや、素早く俺の横をすり抜けて更衣室に走って行った。

!」

……名前を叫んだのは、ちょっとしたプライドだったのかもしれない。

ついでに。
ついでにどうしても…どーしても。
唖然とするガキ二人を放置するのがなんでか嫌で、思わず卑しい顔を作って振り返った。

「あ〜あ。てめーらがイジめっから泣いちゃった」

ガキの一匹が何か言いたげに口を開きかけたが、それより先に畳みかける。

「俺もケチじゃねーからぁ、まぁ声かけるくらいなら許してやるけどさぁ、お触りはちょっとォ」
「…てめ」
「はーいはいナンパ失敗したからってあたらねーの、いいですかァ?現地調達すんなら誰でもかんでも股開く女かどーかくらい判別しろっての」

言って、鼻を鳴らす。これだけ浴びせてやればいいだろう。
そう思って背を向け、更衣室の方へ横柄に歩いた。

「んだっつのツレいんなら言えっての、でもアレもう一押しだった、あーいうのが案外誘われると断れねーってしらねーなあのオッサン」

背後から聞こえてきた声はもう、負け惜しみとして流した。
流した。くれぐれも流した。

まさか女子更衣室にそのまま入り込むわけにはいくまいと気を揉んだが、その必要はなかった。
は更衣室の前に、所在なさげに佇んでいた。

「おい」
「……銀さんなんでいるの」
「バイト」
「…そっか、バイト…んでも、それなら……」

ばつが悪そうな顔で、は俺と視線を合わせようとしない。

どうしてか、その動作に苛立ちを覚えている自分に気がつく。

「帰んぞ」
「え、帰るの…」
「…帰らなかったらどうすんのお前、そんな素っ裸よりも恥ずかしい格好でまだウロウロすんの」
「……」

いらつきがそのまま声に出て、しまったと思ったがは反抗しない。
着替えて来い、と背中を押すと、口をぎゅっと真一文字に結んだまま、はすごすごと更衣室に入っていった。





羽織を脱いでから、冷えたシーツのダブルベッドに寝転がって黙っていると、古臭いエアコンの音だけが鳴り響く。
その空間と、ベッドのすぐ横のソファに小さくなって座るにもやたらイライラして、思わず掛け布団を蹴り飛ばした。

「あ…」

まるで図ったように、その瞬間にの携帯が間抜けな電子音を立てる。

「お、お妙さんから返信きたよ」
「んー。なんだって?」
「具合大丈夫、また今度…って」
「へー」

会話が途切れてまた無言になる。
その沈黙にいい加減耐えきれないのか、が口を開いた。

「どうしてそんなに怒ってるの…」

きちまった、と思ったときには遅かった。

「怒るに決まってるだろうが」

唾でも吐くみたいにそう言って、その様子にが息をのんだのがまた気に食わず、苛立たしげに頭を掻いた。

「お前なんなの?どーして銀サンが怒ってるか理解できねーの」

あ、そうか俺怒ってるのか。
改めて口にしてみて、そんなことを悠長に考えている自分もいる。

「…あ…と、調子乗ってたから…?」
「は?」
「だ、だから!わ、私が、調子に乗ってた、から?」

から返ってきた言葉が理解できずに、思わず身を起こす。

「わ、私がかわいいとか言われて調子に乗ってたと思ってるんでしょ…?!」
「はァ、そーいう風に言うってこたぁ自分で思い当たる節があると」
「え、ち、違うの…?でも…」
「イイ気分だよな、みっともねー乳とケツ晒しゃあ引く手あまたでチヤホヤされてな」
「違う!」
「違くねーだろ!てめえ喜んでたろうが!」
「喜んでない!なんでそんなに怒ってるのかわかんないよ!」

思ってない。
自分だって、あんな泣きそうな顔をしたがガキ二匹に絡まれて女王様気分だったなんて思ってない。
それなのに言葉が尖るのを止められない。

「お前はもっと危機感持つべきなんだよ、見てんだよみんな、なんで一番大事な時だけ誰も私なんて気にしてないし〜とか思うんだよバカか!」
「バカじゃないもん!」
「バカおめーほんっとバカ、あの場にいた九割の男は頭ん中でテメーを素っ裸にして顔面にぶっかけてヒーヒー言わせるとこまで考えてるんだよっ!」
「……」
「ああもうこれだからもうさぁ、ほんっと最近のガキは発育ばっかよくて貞操観念がスカスカで」
「銀さん」
「だいたいお前なんなのアレ、なんなのあの水着、あんなのでプール入ったらポロリ確実だって小学生でもわかるわ!」
「ヤキモチ?」
「そうそれヤキモチ、ビックリしたわ、野暮ってえ身体だと思ってたのに周りが騒ぐしさぁあのガキどもなんてわかりやす過ぎだっての!」
「私が人からかわいいとか言われちゃうのいや?」
「あー嫌だね、わかってないねお前は基本的な部分で、男ってワガママだから、かわいくねえと嫌なくせにほかの男の前ではイモいままでいてほしいっつう二律背反の欲求があってだな」
「嫉妬してくれたの?」
「くれたの〜じゃねーよ!ったく、お前なら外敵も変な虫もつかねーと思って安心してたとこにコレだよもうほんっと……」

あれ?

「……えへ」

あれ、俺。
なんで笑ってんの、こいつ。

「なぁぁんだぁああ」

うわあ腹立つ!いきなりニヤニヤしだしたよコイツ!
さっきまでの怯えた表情が嘘のようににこにこしながら、ベッドの上にばふっとダイビングしてくる。

「おま着物かけろって…くしゃくしゃんなる」
「……へへへ」

やや品のない笑い方をしながら、が俺にぎゅっと抱きついてきた。
胸板に触れた髪の毛から、ふとプールの塩素のような匂いと、それとは違うものが漂ってきて息を呑む。

「私性格悪いから、そういうの…ちょっと嬉しい」
「そういうの?」
「だ、だから、嫉妬…してくれる、の」
「嫉妬してねーし」
「うふふふ!」
「笑うなァ!」

の頭を、パンと軽く叩く。
自分にしたって、さっきまであれほどカリカリしていたのが嘘のように心が軽い。
あーそーだ、銀サンは不安なんですよ。
欲目もあるかもしれないが、普段のやや暗い雰囲気を拭われたの見せる表情は、誰だってドキリとするはずだ。
それを知っているのは自分だけで、周りはこいつのことをおずおずした引っ込み思案だと思っていると安心しきっていたから、
急にその安寧が破られて気が気でないのだ。

「あー……」

は幸せそうに、くすくすと笑った。

「ていうか、お前なんであんな水着着てたんだよ」
「え、あれは…あの、なんていうか、あ、お妙さんと来てた理由なんだけど、スポーツジムより安いし、あそこで水中歩行ダイエットしようと思って」
「だったらスクール水着でも着てろ」
「だからぁ!出てるお腹とか、そういうのが自分の目に見えれば、ああ疲れた今日はやめやめ、って思っても、自分を奮い立たせられるでしょ」
「そーいうもんかね」
「そうだよ」
「あんまり気にしなくていいんじゃねえの」

そう言いながらの背中に手を回して、帯を乱暴に引っ張ってほどく。
すぐにパランとはだけた着物から見えた肌は、さっきの鮮やかな水着と一緒に見るのとは違って、ほんのり後ろめたい色気をはらんでいる。

「いや、ちょっと…ねえ、最近お腹がほんと出てきちゃったし…」
「そうかあ?」

まあ、たぶんそのへんは男女の認識の違いだろう。
というか、俺はがこの調子でコロコロ太っていったとしてもさして気にしないような。
…それを言ったらむくれそうなので言わないが。

がくしゅっとクシャミをしたので、ずり落ちた掛け布団を拾うために起きあがる。

「…ん?」

掛け布団をベッドの上に乗せたところで、ベッドのサイドボードに灰皿やティッシュと一緒に無機質なものが置いてあることに気が付く。
気付いてしまうと目をやらずにはいられないのに、あまりに自然に置いてあるので今まで気付かなかった。

「…………」

にや、と口の端がつり上がってしまう。
コンセントを確認すると、ボードの横に誂えたようにちゃんと差し込み口があった。

「あー…にしても疲れた」

こっそりコンセントを差してから、ベッドの上でグッと伸びをする。

「こーいうときはマッサージチェアで昼寝でもしてえな」
「あはは。こないだ電気屋さんでやってたよね」
「んー…」

そう言って、おもむろに腹這いに寝転がった。

、それ、それやってくれ」
「それ?」
「それだよそれ」

そう言って、さっき確認したもの…いわゆる電気マッサージ機を指差す。

「なにこれ…こけし?」
「ちげーよお前、それスイッチ入れてみ」
「スイッチ…あ、これ……あ、あわわわ!」

カチ、とつまみを上げるなり強く振動し始めた手の中の機械に、が驚きの声を上げる。

「それ腰に当てて」
「え…平気なのこれ……」
「お前やったことねーの?案外いいもんだよ…あー」

懐疑的な顔でそれを俺の腰におそるおそる添えただったが、俺が同時に間延びした声を上げると、ふぅん、とつぶやいた。

「へ、へー、マッサージ機なのね…」
「おー…それが一番最初に出た形じゃね?電マ」
「でんま?」
「電動マッサージ機…うー、略して電マ……あー、あーー」
「ちょ、銀さん変な声上げないでよっ」
「いや、きくわーそれ、あーきくわー…」
「…………」

ぎゃははは。
本当はそんなふうに腹を抱えて笑い出したい。
うつ伏せになっているのに、の顔と考えていることがありありとわかった。
・らぶほてるにきたんだから、あの、その、あれだよね?
・なんか…これ、なんか……。
・銀サンが変な声あげる!私のこと…ちょ、挑発してる?
こんなとこだろう。

「あ゛ーーう」
「……あ、はくしゅんっ!」
「お、寒いか?わりわり、寝るとこだった」

身体を起こすと、がマッサージ機のスイッチを切る。
それを見て、掛け布団をぐっと引っ張ってを抱きかかえた。

「ちょっと寝たら出ような」
「……え」

露骨に戸惑いの声がする。
の目が、左右に泳ぐ。

俺はわざとらしくため息を吐いて、それから腕枕を差し出して目を閉じる。
腕に頭を乗せながらも、え、どうしてどうして、という狼狽を隠しきれないの様子を、直接見ずに楽しむ。

「あ…あの、銀さん……」
「んー?」
「……わ、私もちょっと、疲れた」
「だから寝ろって」
「そうじゃなくて…あの、さっきの、で、でんま?わ、私もしてほしい……か、かな?」

ああもう。

「ほー」
「えっ、え、別にふつうだよね?みんな使うんでしょ?マッサージ機だよね……?」
「そうだな」
「〜っ…し、してほしいのっ!」

にやにや。
ついにこらえきれずに笑いを顔一杯に出した俺を、が恨めしげな顔で睨む。
言いたいことわかってるくせに。
そう訴えたいのだろうが。


「あ…うう?!」
「ん?強いか?」
「え、いや、強いとかじゃなくて、あわ、これ、なんか全身びびびびって…あああ」

うつ伏せになったの腰に電マを当ててやると、足をばたつかせながらそわそわした。

「あ、ううあ、これ、なん、か……」
「アレだ、やりすぎると血行よくなりすぎてかゆくなるぞ」
「そ、そうなの?ん、でも、確かに…もう、なんか背中、ぽかぽかする…」
「じゃやめるか?」
「え……え、ええ、えっと…」

迷ってる迷ってる。
声色にもニヤつきが出てきてしまう。

「ぎ、銀さんなんで楽しそうなの……?!」
「いや、お前の疲労を癒してやろうと」
「ち、ちがう…なんかちがうことかんがえてるでしょ…?!」

なんでこう、こいつをいじめるのはこんなに楽しいのだろう?

「違うことって何」
「……う、うく…」
「え、アレ?アレなの?お前まさかこれ?こーやって」
「あわあぁ?!あ、あわ、わひゃあぁぁっ!!」

スイッチを切らないまま、腰からうつ伏せの臀部に振動を当てる部位を変えると、素っ頓狂な声が漏れる。

「ちょああっ、い、今のなに?ちょ、ちょっ…!」

すぐさま仰向けになろうとするの身体をがっちり上から押さえ込み、ぱかっと脚を開かせる。

「いやーこれAVでしかやらねーって、さすがにコレは強すぎるって」
「ちょっ、ちょ、だ、だめ、それ、当てないっ…であ、あぁあぁぁあっ!」

前にほんの少し持ち出したバイブやローターなんかとは、刺激は比べものにならないだろう。
そもそもこれは邪な使い方を後から思いついた奴がいるだけで、本来はそういう用途じゃないんだから。
半ば混乱しているの下着越しに、もう一度先端を押しつける。
無機質な機械の先でも、その肉の割れ目と、一番感覚が集中している粒がわかるほどだ。

「おいおいびっしょりじゃん、お前平気?お漏らし?」
「漏らしてないっ!こ、の…だ、だって…」
「ハイ言い訳禁止」
「んはっ、は、はひいぃぃっ!や、やぁあっ!それ、それだめっ、だめだめぇぇっ!あーーーッッ!」
「おっ…ここ好きか?だよなぁ、このちっせえの、いつも転がすと大喜びだもんなお前」
「ひはっ、ひや、や、やぁあ、だ、だめ、ぶるぶるやめてっ、や、やあ、つ、つよ、すぎるのぉおっ!」

暴れるというよりはけいれんのように脚を攣らせるの股ぐらをのぞき込むようにして、ベッドに潜って逃げようとするクリトリスに、強く振動を当てる。
悲鳴のような声が上がる。
その声にこっちも身体をぶるぶる震わされる気分になりながら、ふと思いつく。

「お前さぁ」
「ひっ、ひ、ひぁ、あ、ああ、はぁ、ああッッ…な、なにっ…?!」
「お前さぁ、俺がよそで女と一緒にいるだけで機嫌悪いよな」
「うっ…くぅ?!うあ、あ、だって、そ、それはあぁっ!!」
「それなのに何なの?お前は俺の知らないとこであんな裸みたいな格好しちゃうわけ?」
「んひぃッ、は、はだかじゃなッ、ああ゛ーーッッ!!」
「もし俺がアレだよ、今日バイトであそこにいなかったらどーなってたの?」
「どーなってたって、あ、ふ、ふぅぁッ、も、もうほんとっ、や、やめてぇえっ!あいっ、あぐっ、あ、あはああぁぁあああっ!」

……「あーいうのが案外誘われると断れねーってしらねーなあのオッサン」。
…別にあの言葉を、真に受けたわけじゃないが。

「答えろよ、なあ、お前ナンパされて、俺がいなかったらどーしてたわけ」
「そっ、そ、や、やぁ、やぁっ、や、あ、あ、あっ、あああぁああッ、あ゛ッ、あ、ひぃぁあッ!!」
「よがってんじゃねーよ、答えろ」

そう言いつつも、自分も手を休めないんだけど。
押しつけているというよりは、もう華奢な肉芽をつぶしてやろうとしているような強さでマッサージ機をぐりぐり当てて、ひたすらいたぶる。

「ひ、ひな、い、や、やめて、も、もうや、やぁ、の、それやぁのっ!」
「「ひない」ってなんだっての、どーなんだよ」

その気はなくてもきつくなる言葉と、強くなる責めに自分自身が高揚するのを感じながら、ギュッと。
ひときわ強くのクリトリスに刺激を与えた。

「はっひ、ひぃぁあぁあぁぁっっ!ひぐぅぅぃいいいっっ!」

まるで何かの体操みたいに、の両脚がびくーんと天井を向いて硬直した。

「あれ、イッたのお前」
「い、ひ、ぁ…あ、だ、だって…」
「だから言い訳禁止な」
「うあひっ?!ま、また?!や、やだやだっ、や、も、もうそれやめてっ、それはいいの、いや、あぁあああッ!」

ヒクヒクと、演技でなく震えるの臀部にダメ押し。

「ひっ、ひぁ、あ゛ーーッッ!!」

もう一度、下敷きにした身体がびくっと跳ねる。

「ひっ、あ、あ、ああ…わ、わたし…べ、べつに…」
「んー?」
「いやっ、やや、やめてっ、もーそれいや、いやぁ…わ、私ナンパされてもついてかないよっ!」
「お前がついてかなくても、無理矢理連れてかれたらどーすんの?」
「そ、それは…え、えっと、そのときは…え、えーっと……」

が浅い呼吸を繰り返しながら、なんとか言葉を選んでいるのを後目に、もう一度、今度はスイッチを切った状態でぐりぐり。
それだけで、は怯えるように固まった。

「や、やめてっ!そ、そいうときは、助けて銀さーんって叫ぶ!叫ぶから大丈夫!」
「……お前なぁ」

がくがく震えるからマッサージ機を離して、ついでに上からも退いて、後ろから顔をぐっと掴んでやる。

「お前はもうホンット…なんつうの……」
「だって…あ、ああ…」

言いながら、素早くズボンを下ろして肉茎を引っ張り出す。
もう用を為さないほどにびちょびちょになったの下着もなんとか尻からずり下ろして、ひくつく肉の合わせ目に先端をぐりぐり当てた。

「やっ…ぎ、銀さん…!」
「バカ」
「や、やだ、あの、今、今すごくっ……あ?!あ、あはぁあっ!!」

ぽっかりと開き切って、自分を待ちかまえているような膣穴に、思い切り押し込む。
そのまま体重を掛けて、柔らかい尻っぺたが下腹にくっつくほど密着する。

「あっ…か、は……あ、ああっ…はいっちゃ、った…」
「おー…あ、なんか…」

どくんどくんと、血の巡りの響き。
なんだかそれが、いつも以上に下半身から響いてくる。

「いっ、今、なんか、あ、あそこ熱いの、かゆいくらい熱いのっ…どくどくしてる、すっごく熱いの……!」
「あー…そりゃ、あれだけ当てりゃあ…おわ」
「んくっ、う、びくびくって…ぎ、銀さんに伝わる…?熱いの、伝わるぅ……?!」

自分から臀部を押しつけてくるように、が尻を高く上げる。
その動きに、気付くと口腔に溜まっていた唾液を飲み込んで歯を食いしばり、逆にぽっかり開きっぱなしのの唇に指をくいっとひっかけた。

「あはぅっ…?」
「響くわ、おめーのまんこぴくぴく言ってるの」
「んひっ、ふあ、あ、う、うれひっ…ひあ、あうっ…」

つっこんだ指に、が自発的に舌を絡めてくる。
その頭のとろけた仕草に、どんどん肉の中に埋め込んだ欲が熱くなるのを感じて、思わずかぶりを振る。

「っあ、銀さんのもぴくってしたっ、中でぴくぴくしたぁ、はっ、あはぁっ、あ、ああ、あんぅうっ…!」
「は…てめえが締め付けてくるからあんまり動いてねえよ、は……ああ、ちょ、力抜け」
「ぬ、抜けない…抜けないよぉ、か、勝手にギュッてなる、なるのっ、離したくないのっ!」
「ちょ、おめっ、は、銀サン早漏になるだろーが…っ」
「い、いいよ、いつでも、いーよっ…は、ああ…わ、私、ぜったい銀さん離さないから、は、ん、あ、ぎ、銀さんも、私のこと、離さないでっ…!」

そう言われて、なんとかちびりちびりにしようとしていた欲求が一気に高まった。

の身体にしがみつき、片手を乳房に、片手を腰にぐいっと回して密着する。
すべすべの肌が、自分のためだけにある柔らかさが、隙間なく幸福を伝えてくる。

「はッ、あ、あ、ん、あんッ、あ、だめ、だよっ、ぎゅうだめ、うれしくてっ、わ、私もすぐいっ、ちゃ、ああああっ……!」
「んだてめえっ…離すなっつったりギューすんなっつったり…わがまま言うんじゃねー…よ、は、ああ、遠慮すんなって…」
「わがままなの、私わがままなのっ、だ、だからもっと、もっとぎゅーってして、ぎゅーしながらガクガク突いてぇっ!」
「あーもー…」

ぱっつぱっつと、もう技巧も何もなく、勢いに任せて腰をぶつけているだけなのに、どんな時よりも気持ちがいい。
そして自分の高ぶりを察して、の肌もどんどん汗ばんでいく。

「あいっ、いく、いく、だめ、あ、わ、私、あ、は、あ、ぎ、銀さんっ!」
「わかってっから…ほら、ギューっと……はッ、うあ、あー…!」
「う、うれしっ…あ、あ、い、いくっ、う、うあ、ああぁーーーッッ!!」

もう抱きしめているというよりも締め付けているくらいの強さを腕に籠めた瞬間に、すべて弾けた。







ざぶ、ざぶ、ざぶと。
水を掻いて、歩いていく。

「……」

監視台に座り込みながら、その様子をじーっと見て満足する。
さすがにスクール水着は逆に目立つ、ということで、黒地に蛍光グリーンのラインが入ったスポーティなワンピース型の水着を纏ったが、必死に流れるプールの中を歩行している。

「ほんっと、あーしてると地味なのにな」

その様子はプールの客の一人として完全に溶け込んでいて、変に目立つこともない。
それに奇妙に満足している自分がいて、それもまた、なんだか妙に気恥ずかしかった。







☆おまけ?☆

「う、うー…脚がこりこり…」
「あれ、銀さん…と、ちゃんいたんですか」
「新八くん…うん、あのね、ウォーキング始めたら脚が重たくて」
「あーダメですよ、いきなり過激な運動しちゃ…少しでもいいから毎日続けなきゃ。あ…そうだ」
「毎日…うう……」
「お疲れならマッサージしましょうか?ほらこれ、この間トンキホーテで買って」
「うはひぃわわわわ?!」
「?!」
「え、えああ、そ、それ何?な、なんで」
「あ、ちゃん知りませんか?これ電マって言って、こうやってスイッチ入れると……」
「あ、い、いや、いい、いいよ、ありがとう!あの、あああの、悪いし!疲れ取れた!治った!」

「…どうしたんだろう、ちゃん」
「しらね、あー新八それ貸せ、肩凝った」
「はいはい、案外効くんだけどなぁこれ…」







*****
書き始めてからすごく長かったです。
銀さんが嫉妬する、というネタを読みたいというご意見はいくつかいただいていて、
ちょうどこの話を書き始めていたのでおおお!
と思ったのですが…あんまり嫉妬…してない?
嫉妬というか、「かわいいってことは自分だけ知ってればいい」みたいな独占欲というか。
うーんよくわからん。
でも、個人的にはいろいろ書きたいシチュエーションを詰め込めて楽しかったのですよー。

読んでくださってありがとうございましたー!