山路は栗のいがの多きに

 今冬は都心も大雪のおそれがある大寒波で、という予報はほどなく的中することになった。
 12月24日の夜に行われた帝國図書館でのクリスマス・パーティーの最中、空からちらちらと白いものが舞い降りると、味な演出だとみなが肩を震わせながらも微笑んだ。
 だが翌日になっても止む気配がなく、それどころか強風を伴って吹雪のようなありさまになると話は違ってくる。
 しかし今も続く窓の外の大雪は、現在の菊池にとって遠い異国のことのように思われた。
「ん……先生、まだちょっと髪が湿ってます。寝る前に、もう一度乾かしたほうがいいかも……」
 司書はそう言って、菊池の後頭部に鼻をさしこんでうっとりしている。
 彼女の部屋には文豪たちの使う大浴場とは別に、小さなユニットバスが備え付けられていた。それを使わせてもらったばかりの身体には、確かにまだ湯の気配が残っているかもしれない。
「なあお嬢、本当にこの格好で……」
「ええ、これがいいんです」
 若干アルコールを含んだ陶酔で、司書はいつもより大胆かつ素直だった。それは喜ばしいことだが、彼女と違ってしらふのままである菊池にとって、今の状況は恥、いやもっと正しく言い表すなら明確に恥辱であった。
 ことの発端は十二月にさしかかったばかりの頃だった。クリスマスプレゼントになにがほしいかと訊ねたのがそもそもの始まりだったと菊池は記憶している。
 当然のように司書は、お気持ちだけで十分ですと答えた。菊池の想定内の返事だった。
 あえてその場で粘ることはせずあっさり食い下がり、あとはその質問など忘れたかのように振る舞った。そして己の思考に確信を持つに至ったのだ。
 お嬢はきっと、我知らずのうちに俺を試している。いつからか菊池の中にはそんな考えが生まれていた。きっと司書を問いつめても認めない感情だろう。なんせ彼女が自覚できていないことなのだ。
「先生の望むままにしてほしい」
 これは司書の基本姿勢で、男を立てようとする、相手に心地よく過ごしてほしいと願う、尽くす幸せを感じる、そういった彼女の本質であることに違いはない。
 だが数年恋人として連れ添ってみると、その奥に含まれるなかなか気難しいまことの心が見えてくるのであった。
「私の望むものを、ぴったりあててごらんなさい」
 自分からああしてくれ、こうしてくれとはあまり言わない。贈り物でも、閨での行為でもそうだ。
 本当に、奥底から望んでいることについてはひた隠しにする。なのにそれを暴いてほしがっている。だというのに隠す。
 それは菊池寛という男の、その侠気、度量に対する挑戦だった。
 彼女の中にはなかば、自分の本当にほしいものは手に入らない、誰にだって理解されないという諦めじみたものがあり、だから傷つかないように隠している……と菊池は読み解いた。
 この勝負においてはとにかく先手をゆくことが要求された。
 たとえば以前、菊池が乗馬服で鞭を持っている写真に劣情を催していたことはあったが、困ったことに司書がそれを発露してしまった以上そのカードはもう使えない。
 同じ服装で尻を打ったところで、表面上は悦んでおきながら、彼女はきっとこう思うだろう。
「私があの写真を気に入っていたから、寛先生は願いを叶えてくださったのだ」
 これではいけない。菊池は『教えられないとわからない莫迦』の烙印を、司書自身も気づかぬうちに捺されることとなる。
 俺はお嬢になにをしてやりたい。お嬢はなにをされたい。知恵熱が出そうなほど悩んで出た結論は、菊池にとって相当勇気のいる、なんなら見なかったことにして逃げ出してしまいたいほどのことだったが、愛しい女のためである。

 クリスマスパーティーの翌日、夕飯のあとに司書の部屋を訪ねると、彼女は驚いた様子で菊池を迎え入れた。小さなテーブルにはブランデーの瓶が出ていた。
「さ、寒かったので……」
 恥ずかしげに言うが、それは菊池にとっては好都合かもしれなかった。
 ちょっと風呂を借りたいんだがと言うと、司書は嫌な顔をせずにそうしてくれた。ここで入浴するのも計算のうちだった。
「おお、つけてくれてるのか」
 風呂上がりに司書の隣に腰かけて、彼女の手首を見て菊池は言う。
 昨日贈った真珠をあしらったブレスレットが、彼女の白い手首に輝いていた。
「本当に……ありがとうございます。とっても嬉しいです」
 金のチェーンと真珠にそっと触れながら、司書は照れくさそうにはにかんでいる。
「喜んでもらえたらなによりだ。それでな」
 ここからが勝負だと自分に言い聞かせて、司書をそっと抱き寄せた。
「ああ、なんだ……これは、アンタに望んでいるのか。それとも俺が捧げると言うべきなのか。どうなんだろうな……」
「先生?」
 恋人に身を抱かれてどぎまぎしながらも、いまいち菊池の言うことが掴めない様子の司書は、不安そうな顔を作る。
「頼みたいことがあってな」
「そんな、かしこまらなくて大丈夫です。私にできることなら、なんでも言ってください」
「うむ……」
 ここで引いては男がすたるというものだ、と必死で己を押しとどめているが、喉がからからだった。額から汗がうっすら浮いているのがわかる。これは菊池にとって相当勇気を要することだ。
「その、前にお嬢は、あれだろう」
「あれ?」
「あの、アレをしてくれたことがあったろう」
「アレ……?」
「アレだ。あのあれだ……その、ようは、つまり……」
「あのアレ……?」
 戯れ程度にあのときのことを揶揄したりはする。それは許せた。しかし己から望むというのは、とんでもない羞恥心が伴った。
 苦しいのはいい。痛いのも。しかし恥ずかしいという感情はいつまで経っても慣れることができない。
「俺が泥みたいに酔って倒れたときに、夢中になって尻を舐めしゃぶってたろう。あれを思い出してな」
 それを聞いて司書のかんばせから狼狽が消え、血が巡って一気に真っ赤になった。
 しかし菊池も同じだった。首から上が火を噴くかと思うくらいなのだ。
「どうにも……忘れようとすればするほど浮かびあがってくる。お嬢の可憐な舌が俺の不浄の場所に触れたんだと思うと、そのなんだ、そわそわして」
「あ、あ、あれは」
「いや別に責めてるわけじゃない。ただ……ああ、どう言ったらいいんだろうなぁ」
「あっ、あのとき私、どうかしてたんですっ……!」
「どうかしてていいんだ。頼むよ、なあ」
 もう言葉をこねまわすのはやめだ。なだれこんでしまうに限る。
「あのときと同じことをしてほしいんだ」
 菊池がそう発した瞬間、司書の瞳がきらりと輝いて宇宙みたいになったことに確かな手応えを感じる。俺はお嬢との勝負に勝ったのだ。
 これもすでにあかされたカードであることに違いはない。しかし菊池から持ち寄ることで、またまっさらな手として使うことができる。
 司書にとって菊池がアニリングスの快楽に目覚めているなど青天の霹靂。さらにはそれを菊池自らねだるなど、もう驚天動地だろう。

 ベッドの上で菊池が四つん這いになろうとすると、司書はそれを制止した。せっかくなので私の思ういやらしい格好になってほしいと言いだして、立てた膝を寝かせるように命じた。
 結果菊池の身体はうつ伏せになり、それだけならまだしも、その状態で両脚を間抜けにぱかんと開いている。
 とんでもない恥辱だった。こんな姿を愛する女の前に晒していると思うと倒れそうだ。
「あの……じゃあいきます、先生……」
「お、おう……頼むぜ」
 司書は開かれた菊池の脚の間に身体を滑りこませ、足の付け根と尻たぶを手のひらでぐっと開いた。
「う……あぁっ♡」
 尻肉がめくられて、肛門がむきだしになったのがわかる。いっそのことこのまま死んでしまいたい。そう思うほどの恥と屈辱が菊池を襲うが、しかしそこで終わりではないのだ。
「あ……んっ♡」
「う、うおお♡」
 背筋をぞわりと、禁忌と背徳が駆け抜ける。
 ついに司書の柔らかな舌が菊池のアヌスに触れた。それもおそるおそるではない。妙な力強さを持って、肉門の皺をなぞるように蠢いている。
「あふぅ……ん、あぁ、先生のおしり……んふ、はふ……♡」
「あぁ……しゃ、喋らないでくれ……息がかかって、変な感じだ」
「はむ……変な感じが、いいのじゃないですか?」
「いい……んだろうか、はあ、わからんよ」
 司書がくすくす笑ったのを感じる。
 そのまま舌の動きは激化して、肉皺に添ったかと思えば、今度は感触を楽しむかのように不規則な舐め方をしたりする。
「うぅ……くぅ、ああ……お嬢、お嬢」
 くすぐったさと、性感には直結しない心地よさがある。
 しかし愛しい女に尻奉仕をさせているという実感は、得るものとは別に菊池を興奮させていく。己の下腹とベッドシーツに挟まれた股間が、熱を持って疼きだしていた。
「あふ……ん、あん、先生……舌、いれちゃいまふぅ……♡」
「う、おおっ……おっ、おっ……!」
 硬く尖らせた舌先が、きつく閉じた肛門をこじ開けてくる。
 その瞬間、今まで得たことのない感覚に襲われた。粘り気のある液体が腸壁から滲み、にちゃりと音を立てて司書の舌めがけて滴っていく。
「んはぁ、はひゅ、ひぇんひぇ……んふぅぅっ♡」
 彼女もそれを敏感に察している。悦びの声をあげた。
「くぅあ、ああ、おかしくなっちまうな……俺の身体なのに、俺の支配を抜けていく感覚がある」
「あふぅ♡ いいんれふよ、それれぇ……♡ わらひに、ぜんぶ、ゆだねてくだひゃい♡」
「うっ……く、それは、もう、とうにそんな感じだよ、お嬢……うあぁ、俺の主体は、今俺じゃなく、アンタにあるんだ……♡」
「んっふ……! はぶっ、はむっ、んちゅうぅうぅっ♡」
「うっおっおぉっ、し、舌を動かすな。中を犯すなっ♡」
「……ひょれはぁ、『ひへ』ってこと……れふかぁ♡」
「うあっ、あっ、ああぁあぁ……♡♡♡」
 さしこまれた司書の舌が、強い無脊椎動物を思わせる動きを始めた。菊池の中を前後して、敏感な神経の集中する肛門の出入り口を責め立てていく。
 菊池のペニスがカアッと熱くなった。シーツと下腹が滲液でどろどろになっているのがわかる。まだ直接触れられてはいないのに、アヌスへの刺激だけで激しいないものねだりをしだしている。
「はぁっ、せ、先生。これは私のお願いです。膝を立てて♡」
 勢いよく舌を引き抜き、興奮を押さえきれない様子で司書が囁いた。菊池はそれに従って、妙に震える下腹部に鞭を打ち膝を立てる。
「あはぁ……シーツにエッチなシミができてます……お尻、気持ちいいですか?」
「くう、アンタはたいした女だ。この俺を辱めて気丈なままだ」
「やだ……ちゃんと答えてください。私のアナル舐め、気持ちよかったですか♡」
「……ああ、最高だ。施錠されてた門を蹴破られる感じがしたぜ♡ お嬢、アンタは俺を取り返しのつかないところに連れて行っているんだぞ」
「……っ、~~~~っ……! ふふ……んふ、もっと……もっとそうしたいんです♡ 私とでしか行けない場所に、先生っ♡」
「お゛っっ……♡」
 直後に菊池は仰天した。舌とはまったく異質のなにか硬い、けれども温かいものが、さっきまでほぐされていた肛門にねじ込まれる感触があった。
 慌てて振り返ればもちろん司書の姿があり、つまるところ挿入されているのは彼女の指だった。
「あ゛ぁあぁっ……こ、こら、指を」
「んんっ……だって入れたくなっちゃったんです♡ お願い先生、とんとんさせて♡ 先生の奥にあるマロンさん、私に突かせて♡」
「奥って……あ、うあ、ああっ♡」
 司書の指はやすやすと入りこみ、そして菊池の直腸の中で特に敏感な場所をすぐさま探り当てた。
「お゛っ……お゛ぉ゛っ……おおぉぉ~~っ……♡」
 とん、とん、とん、と、リズミカルな調子で、愛しい女の指が敏感な部分を押してくる。
 そのたび菊池は、海綿体に血液が勢いよく流れ込んでくるのを感じる。さほど目立つほうではないはずの亀頭まわりのフォアダイスが、まるで鳥肌を立てるかのように隆起するのを感じる。裏筋の小帯が、さしずめ女のクリトリスのように感度を上げているのを感じる。睾丸が精液を汲み上げたがっているのを感じる。
「あはぁあぁっ♡ 先生の前立腺、最高ですっ……もっとおかしくなって、気持ちよくなってください。お願いっ♡」
「おぉっおっ、おっ、おおおぉっ♡ おぉ、こ、こほ、これは、あぁいかん……ぞ、く、あぁ、俺が俺を……おぉんッ♡♡♡」
 己がもはや理性をなくしたけだもののような声をあげていることに周回遅れで気がつきながら、しかしそれを止める手だてが見つからない。
「あはぁ、私ずっと悩んでいたんですっ……だって私は所詮女だから、先生と完全に……ん、なにかを共有することはできないのだって」
「くぁ……あぁ~っ♡ あぁ、ああぁ……そ、そんなことは……おッッ♡」
「でも先生が女の子みたいに喘いでくれたら、なんだか、先生が……私は逆立ちしても、男にはなれませんが……先生のほうが、私という愚かな女に、近づいてきてくれた気がして……♡」
「く……くぅ、くうぅーーっ♡ お、愚かでいい、お嬢は、はぁっ、ああそこが可愛いんだ、嗚呼っ♡」
「んっひ♡ あひぃ、あはぁ、ああぁ嬉しいです先生……わ、私触れられていないのに、あぁ、き、きちゃいそう……♡ くあぁんっ、おまんこアクメしちゃいそうれすぅっ♡ 先生、先生、せんせ……ああぁあっ♡」
「うっ、ううぅう……?! くあ、あっはぁ、ああぁあはぁあぁっ、おぉ出る、おっ、お゛ッッお゛ッおおおおぉぉっ♡♡♡」
 前立腺を押したままになった司書の指が、絶頂の甘いわななきを伴った瞬間がとどめだった。
 触れてもいない菊池の鈴口から、まるで押し出されるようにして重たい白濁がぼびゅりと放出された。
「うお、おぉ、おぉおおぉっ♡ おぉ、ほっ……ほぉッ……♡」
「ひぁああぁっ……せんせっ……♡ あぁところてんしてっ……マロンさんもぶるぶる~って震えてます……! うふ……あぁぁ♡」
 司書はアヌスに指をさしこんだまま、高く上げられた菊池の尻に身体をもたれさせた。
「さいこぉです……♡ 先生、大好き……」
「く……ふ、あぁ……ちょっと……待ってくれ♡」
 驚くことに、狂ったかと思う量の射精を終えたはずなのに菊池の股間は腹をつく勢いだった。
 いつも感じる尿意とはまた別の欲求、すなわち今この気を抜きまくっている愛しいメスを犯さねばならないという男の矜持によって、菊池の剛直は屹立を保っていた。
 知らしめるのだ。結局のところふたりは別の存在でしかないということを。
 だからこそ、共に理解し合いたいという希望を持ち続けられるという、別離のよろこびを。