かえで咲き咲き

 この手袋は結局つけておくべきか、と思ってその裾をずらしたり伸ばしたりしているうちに、気がつけば待ち合わせの時刻が迫っていた。
 休館日だ。菊池は朝から外に出ていて、午前中は顔なじみたちと喫茶店に入って雑談に花を咲かせたものだ。
 図書館の談話室に不満があるわけではないが、いつもと違う風味のコーヒーを鼻腔で、舌で味わいながらのひとときというのはまた格別なものだ。
 そして午後からは司書との逢瀬を予定していた。
 軽く昼食をとって、昼間では身の回りのことをしていると言った司書と駅前で待ち合わせした。
(気に入ってはいるんだが……)
 菊池の気がかりは己の格好だった。ついこの間洋装店でシャツとネクタイを購めた店の出入り口近くに、何気なく並べられていた革手袋に目を奪われた。
 店の者にことわってそれを手にはめると、不思議な感覚があった。
 どちらかといえば落ち着いた色合いの服ばかり着ている菊池の手元が、不釣り合いなほど鮮やかな赤色によって一気に華やいだようだった。
 その高揚がどうにも捨てがたいので、深紅の革手袋も追加でいただくことにした。
 それを本日初めて身につけて外に出てみたはいいものの、なんというべきか『おしゃれは我慢』という気分にさせられた。想像以上に不便であった。
 いつもつけている指がいくつか開いた手袋に比べると厚手でダブつくうえに、盲点だったのがスマホの操作だった。
 普段菊池は、手袋に覆われていない薬指でスマホに触れる。愛しい司書へのメッセージもそうして打っている。
 しかしこのすべてを覆う手袋は、いちいち脱がねばならない。便利な端末の液晶画面は、革越しの菊池の指を認識できない。
 それでもなぜこれを外すことをためらっているのかと言えば、着飾った自分を司書に見てもらいたいというつまらない見栄のようなものがあるからだった。
「……ん?」
 ぼんやりした考えを打ち切ると視線を感じた。
 なにかと思って振り返ると、そこにはいつの間にか司書の姿があった。呆然とした様子で立ち、なぜか両手をわなわなと胸のあたりでさまよわせている。
「なんだ、来てたのか。声をかけてくれよ」
「あ、あ、先生、そのかっこうは」
「ああ……どうだ、普段より男前だろ」
「う、うう」
「はは、真に受けないでくれ。冗談だよ」
 菊池が笑うと、突然司書の腕が震えだした。肘のあたりにかける形になっていたハンドバッグがずるりと落ちるのを、菊池が間一髪で支えた。
「どうした。大丈夫か」
「た」
「た?」
「た……た、助けて……助けて」
「お、おい」
 司書は突然膝から崩れ落ちた。それもまた慌てて支え、なんせ人通りの多い往来であるから、菊池は司書を抱えて急いで細い路地に入った。
「どうしちまったんだ。具合が悪いのか」
「ち、違う……いいえ……悪くなりました、せ、先生のせいです」
「んん……?」
「か、格好いい。先生、とても格好いいです」
 格好いい。格好いい。司書は菊池に抱えられて息も絶え絶え、喘ぐように何度もそう口にした。
「私、胸のあたりがとても苦しくて……」
「いや、いや。遊ばないでくれ。褒めてくれるのは嬉しいが、そんなことあるわけないだろう」
 まさか恋人が普段と違う格好で待ち合わせに現れたくらいで、気が遠くなって倒れるということがあるだろうか。
 それも己が当事者になるなど、菊池にとっては信じがたいことだった。
「いや……いや。私、もう本当にだめです」
「お、おい! お嬢!」
 司書は菊池の腕の中で本当に気を失った。首がぐっと伸び、支えを失った頭がガクンとしなだれた。

「う、うう……?」
「おう、目が覚めたか。大丈夫か」
 気絶した司書を抱えて困り果てた菊池は、ひとまず、いや本当にひとまず彼女を横にできる場所を求めてホテルに駆け込んだ。
 別になにかを期待してのことではなかったが、ちょうど彼女との待ち合わせに選んだ駅は、反対口に出ると寂れたラブホテルが林立する街だった。
 司書を横抱きにして目についたホテルに入ると、誂え向きにフロントに人間がいないタイプで、余計な詮索をされずに済んだ。
「私……」
「往来で倒れたんだ。こんな場所ですまないが、まあ一休みくらいはできるだろう」
 菊池の言葉で司書があたりを見回す。勘のいい彼女は、ここがラブホテルであることを悟ったらしい。
「驚いたぞ。もう平気か?」
「あ……はい、大丈夫です。すみません、私、どうかして……」
 しかし司書は水のペットボトルを持った菊池が近づくとまた硬直した。その格好を見てぐっ、となにかをこらえるような顔を作ったかと思うと、それを両手で覆ってしまう。
「先生……とっても格好いい」
「いや、それはもう……ああ、ありがとうな。気に入ってくれたんだな。着た甲斐があったな」
「はい……はい。で、でも」
「ん?」
「でもきっと注目されたでしょう。こんなすてきな人が歩いてて……みんな見ます。振り返ってまた見ます」
「アンタ、俺のことをずいぶんと買い被ってるな」
「そんなことないですッ……!」
 司書は立ち上がった。妙に勇ましかった。
「せ、先生はとても魅力的なんです。そんな、そんな人を一人で歩かせて、私……」
 彼女の言わんとすることがわからなかった。一人で歩いていたらなんだというのだろう。
「こ……こ、こんな素敵な人、女の子からエッチな目で見られまくったに違いないです。きっと町ゆく子たちはみんな、先生と交際して、デートして、キスしてエッチするところまで、絶対、絶対想像したはずです!」
「お嬢?」
「わ、私が傍を歩いていたらそれを阻止できたかもしれないんです! 彼女が目に見えるところにいたら、みんな諦めるじゃないですか」
「いや……」
「まあこんなイケメンなら当然かな……みたいにっ。わ、私が先生の隣を歩くにふさわしい女かはわかりませんが、だいたいの女というのは、自分に自信がないものです。いいなと思った殿方に恋人がいたら、己の胸に影を落とすのが先になって、い、イヤラシイ妄想は先送りになるのですっ」
「待てよ、待ってくれ」
「なのに! なのに私は、わ……先生、あの場所にどのくらい立っていたんですかぁ。午前中はなにをなさっていたんですか。まさか一人でカフェや、ダーツや、ビリヤードや、そんな場所に行っていませんよね」
「び、ビリヤードはしたことがないな」
 この身体になってからは……なんてとぼけたことを考えるが、司書の言葉はどんどん支離滅裂になっていた。危ない気配がした。
「カフェには行ったが、龍たちが一緒だったよ。お嬢の心配するようなことは起きてないから大丈夫だ」
「うううぅぅ……」
 興奮する司書をベッドに座らせる。その背中をゆっくり撫でていると、司書の視線はテーブルの上にある脱いだ手袋で止まった。
「あんないやらしいものをつけて……」
「いやらしいか? 派手だとは思うが」
「いやらしいです……」
「そうか。似合ってないか」
「ち、違うんですっ……」
 司書は頭を抱えた。
「ああ……私、先生の気持ちが今、とてもよくわかります。私がこのあいだ、変な水着で海に行ったとき……きっと先生はこんな思いだったのですね」
 彼女の言葉で今夏に行った海水浴のことを思い出すが、それとこれがいまいち結びつかなかった。
「大好きな人が、とても魅力的で、セクシーな格好をして人目に触れるとき……こんなに不安な気持ちに……いいえ、私が魅力的かはわからないんですけど……」
「よくわからんが、アンタは不安になったんだな。すまないな」
「い、いいえ……そんな、先生が悪いわけじゃ」
そう言って司書はもごもごとうつむいた。
「……あの、先生……つけてもらっていいですか?」
「ん、手袋をか」
 訊ねると司書は頷いた。特に断る理由もないので、菊池は灰皿の隣に置いたそれを取りあげてその手にはめた。
「ああっ……ああ……!」
 その姿を見ると、司書はブルブルと震えた。瞳は潤んで、今にも涙が垂れ落ちてきそうだった。奇妙な興奮が宿っている。
 司書の困ったところは、菊池がその表情を見て劣情をかき立てられるということには一切頓着していないらしいことだ。
「せ、先生。もう一つお願いを聞いてもらえますか」
「なんだ」
「……お、お尻を。私のお尻を叩いてください」
 一瞬、本当に一瞬『は?』という言葉が出かかって、全身全霊を使って喉奥に引き留めた。
 これは数少ない彼女からの、しかもはっきり言葉にしての欲望の発露だった。それにつれない態度をとることは菊池の中で禁忌、古い言葉を使うなら男がすたるというものだった。
「いいのか。痛いぞ」
「痛いのがいいんです……!」
 言って司書はベッドに上がり、自分のスカートをたくしあげた。細かいレースのあしらわれた下着があらわになった。
 それにいっそう血が騒いで、余裕の少ないズボンの下で股間が疼きだす。けれどもまずは愛しい女の願望を叶えるのが先だ。
「……下着の上からでいいのか? このかわいいのも脱いじまって、生の尻を叩かれるのがいいんじゃないのか。それとも怖いか」
「……! な、生で。今脱ぎますっ……!」
 どうやら異常な興奮で羞恥心を忘れているらしい司書は、あわあわと自分の腰元に手をやった。
「おっと、待った。それをアンタがやっちゃあ台無しだ」
 下着を脱ごうとする手を、司書が非常に欲情しているらしい手袋をはめた指で止め、そのままショーツ越しに白くて丸い尻を撫で回す。
「あ……ああう……♡」
「いつもは恥ずかしがるのにな。今日は積極的だな」
「だ、だって」
「いいんだよ、責めてるわけじゃない。でもまさか、アンタがこんなに興奮するとは思わなかったぜ」
 するすると焦らすように触れたあと、指を下着の端にかけてそのまま一気に脱がしてしまう。
 肥沃な地で育った果実のような尻が丸見えになり、菊池は今後この身で味わう酒池肉林に思いを馳せて背筋を震わせた。
「ああ……ここに手を振り下ろすなんて随分残酷なことに思える。いいのか?」
「い……いいんですっ。お願いしますっ」
「そうだなあ……お嬢のお望みとあっちゃあ」
――バチンッ!
「ひ――ひぃ、ひいっ♡」
 言葉を切らないうちに振り下ろした手に、司書の全身が跳ね回った。ああ俺ははなんとむごいことを……自虐と自己愛が多分に蝕む興奮をものにしながら、菊池はもう一度手を振り上げた。
――パァンッ!
「ああぁっ……♡ あっ、あい、いいっ……♡」
 さっきよりも勢いをつけて、手のひらで打ち据えるみたいに。そう念じてぶち当てた手は、思い通りに司書の臀部を蹂躙した。
「おお……真っ赤になっちまったぞ。すごいな」
 真っ白で肉の詰まった女の尻に、菊池の手のひらの形をした花が咲いてしまった。
 その官能的な絵に酔いながら、今度は緩急をつけるように尻たぶを撫でていく。
「あふっ……あぁ、あ……あぁ……!」
「痺れてるな。赤くなったところの血の巡りがよくなってるのが、俺の指にも伝わってくる」
「うぅっ……うぅ……あぁはぁ……♡」
 司書は泣いていた。しかしその涙が苦痛や屈辱を感じてのものではないことは、菊池にもはっきりわかる。
「アンタは別に、痛いことや苦しいことに興奮するたちってわけじゃないよな。まあ恥ずかしいことが好きなきらいはあるが……」
「……っ、は、はい……」
「じゃあなんで今、こんなことになっちまってるんだ」
「あ……!」
 尻の割れ目を下ったところにある肉の合わせ目に指を添えると、手袋の表面にぬるりとした感触が絡んだ。
「あひぃ……あ、あぁっ……んひぃっ……♡」
 手袋越しの鈍った触覚でも、司書が興奮の坩堝にあることがわかる。指で擦るように粘膜を刺激すると、赤い痕のついた尻が震えた。
「教えてくれよ。俺のお嬢はどうしちまったんだ」
「あふぁ……あんっ……あ、あぁっ!」
 割れ目の頂点にある勃起したクリトリスを、押しこむように潰す。司書の身体は面白いくらいに反応した。
「わ、わぁ、わからないんれすぅ♡ ただ、先生に叩かれたいって思って……あぁっ、叩かれたら、本当に気持ちよくって……ううぅっ♡」
「ふぅん」
 膨れた肉芽を半端にいじってやってから、また手を尻たぶに移動させる。期待に満ちたその肉に、菊池はまた思い切り手を振り下ろした。
 ――パァンッ!
「ひあっ、あっ、ああぁあぁ~~~~っ……!」
「おぉ……♡」
 喜びの声がこぼれてしまう。叩いた瞬間、司書の膣穴からまるで尿失禁のように愛液が噴き出した。
「あっひ……♡ うぅうぅ……うぅ~~っ♡ れちゃううぅっ♡」
「漏らすほど気持ちよかったか。そうかそうか」
「ち……ちが、これ、おもらしじゃ……♡」
 ずっとこの敏感すぎる淫らな女神を弄ぶ快楽に溺れていたかったが、しかし菊池にも限界というものがある。
 早く司書と繋がって我欲を満たしたい思いを押さえつけるのが難しくなりつつあった。
「ああ、このスケベな身体を前に我慢なんて身体に悪すぎるな。俺が不健康を極めて倒れちまうのは、アンタにとっても本意じゃないだろう」
「ふぁっ……あ、あぁっ……!」
 言いながら下着ごとズボンを脱ぎ捨てて、腹につきそうなほど上を向いた肉茎をぬかるんだ穴に押しつけた。
「あっふぁ♡ あぁ、せんせ……♡ せんせい……」
「アンタが俺を求めてくれるぶんだけ、俺だってアンタが欲しいんだ」
「はひ……はい……お、おねがい……しますっ……んんんんっ……あぁ、ああぁああぁあっ♡♡♡」
勢いをつけて、一気に奥まで貫いた。
「くあ……ああ……!」
 充血した肉竿を、うねる膣壁がぎゅうっと締めつけてくる。性急に動いてこの中をめちゃくちゃにしたい気持ちを持ちながらも、司書の敏感すぎる粘膜の様子を探った。
「ひいいっ♡ ひっ、い、ぁ、イッ……く、イク、もうだめれすぅうっ♡ ううぅうぅっ、うぅうぅうぅ~~~~~っっっ……♡♡♡」
「うあっ……♡」
 そして予想通り司書はすぐに絶頂へ駆け上がった。いつものことだ。違うことがあるとすれば、今日は菊池も異常な興奮に見舞われているせいでおよそ手加減というものができそうにないということだった。
「せ、んせ……ッ♡ あ゛ッ、あぎひぃっ、ひっ、ひぐううぅううぅぅーーーーーっっ♡♡♡」
 絶頂に震える彼女の身体を後押しするように突き上げ、子宮頸部を亀頭でぐりぐりと潰すイメージで腰を動かした。
「ひッあっ♡ あっ、あひぃいぃんっ♡ ら、らめぇっ♡ あぁ、い、イっ、あっ、ああぁああぁぁっ♡ あぁあぁああぁあぁっっっ♡」
 司書の膣穴がまたわななく。絶頂の上に絶頂を重ねて、彼女の頭が快楽に塗りつぶされていくのが菊池にも伝わってくるようだった。
「はあ……! アンタのここは今日はまた一段とスケベな動きをするなあ♡ はあ、呑まれそうだ」
「ひッひぃいっ、お、おほっ♡ お゛ぉ゛ほぉおぉんッッッ♡」
 いつもの気遣った動きでは決して引き出せない、腹の底から絞り出すような声を上げさせる。
 何度も何度も彼女を追いつめ、自分自身も快感の先へ突っ走る律動を繰り返す。
「せ、せんせっ♡ あ゛ぁっ、私、こわれ……る、あぁっ♡ 壊れる、壊れる、こわれりゅうぅうぅっ♡♡♡」
「いいぞ……アンタはどうなっても俺のお嬢だ、俺で乱れて、その結果壊れるんだったら、ぜんぜん――」
 そう言いかけたところでまた司書が絶頂した。もともと自分の意志など関係なく感じてしまう身体だ。菊池の責めがあればいくらでも果ててしまう。
 だがその痙攣と興奮が菊池にも高揚をもたらして、こうして今、司書を快楽の地獄に押し込めているはずの菊池もまた責められている。
 どちらが支配者なのか。それがさっぱりわからない。あるいはそんな上下関係は最初からないのかもしれない。
「いっいぐぅッ♡ またイクっ♡ あっ、せんせ、あっは、あ、あうぅうぅっ♡ またイグぅうぅうぅうぅーーーーっ♡」
「お……おぉ♡ 俺もだお嬢、出すぞ……ああ、イク、イク……くああぁっ♡♡♡」
 けだものじみた声を上げながら、二人でしかたどり着けない場所を目指して身体を突っ張らせる。
 睾丸がぎゅうっと収縮して、それから尿管を通って煮えたぎった精汁が先端から噴きこぼれる。
 それをすべて司書の膣穴の奥に叩きつけながら、吐精と入れ替わりに胸に差し込まれる愛おしさに震え上がる。
「ふぁ……あ……あぁ……♡」
「んっ……く、待て……もう少しこのまま」
 崩れ落ちそうな司書の身体を後背位のまま支え、抜け落ちそうになった肉茎をなんとか彼女の身体の中に留める。
「せんせ……あぁっ♡ あっ、あっ、あぁあぁっ♡」
 射精直後の敏感なペニスを彼女の中に擦って、その苦痛さえ覚える生々しい心地に酔う。
 それに快感を得た司書の小さな喘ぎ声を、くすぐったく感じながら頭を撫でる。
「デートのつもりだったんだが……はぁ、今日はもうどこにも行きたくないな。このまま繋がってたい気分だ……」
「う……ふぁ、あ……私も、です……♡」
 うっとりと返す恋人の愛しさといったら。
 まだこれを形容する言葉を生み出せない己の未熟さが憎たらしくさえある。
「せ……んせ、大好き……」
「おう」
「ん……んあぁっ……♡」
 ゆっくり離れて、菊池は自分の手形のついた尻に目をやる。
 大したことをしてしまったとほんのわずかに震えを覚えるが、司書の欲望にうべなうことのできた己が誇らしくもある。
「ああ……」
 また菊池の中で欲望が騒ぎだした気配があった。
 シャツもネクタイも煩わしく感じられて、ひと思いに脱ぎ捨てようとして……ふと視線に気がつく。
「…………」
「……なんだ、着てたほうがいいか」
「う……で、できれば」
 かわいい恋人の控えめな希望に、思わず笑いがこみあげてきてしまった。