牝馬の夢

 その日の司書は、なんだか全体的に挙動不審だった。
 ――いや、正確には菊池がとある写真を見せてからというもの、そわそわと落ち着かない様子になってしまった。
 机の上の飲み物を倒したり、それを拭き取ったかと思えばインク瓶を転がして日誌を真っ黒に汚した。
 普段はしないようなミスを繰り返す彼女を見て、そのあまりの異変に、ひとまず今日は早引けするようにと菊池が助言すると、司書は従った。こっくりとうなずいて、黙々と自室に戻っていった。
 その写真というのは先日、菊池が撮ってきたものだった。
 特に予定もなく、司書も久方ぶりに実家に帰省していたので、芥川と、転生したばかりの直木を連れて乗馬クラブへ赴いた。
 さすがに一日で本格的に乗りこなすことはできないが、レンタルの乗馬服を着て鞭を手にし、よく調教された白馬の背に乗った。
 動物の背に乗るというのは誇らしい気持ちになる。胸を張って馬に跨がる姿を、クラブの者にスマートフォンで撮影してもらった。夕陽をバックに、なかなか男前に映ったものだと自画自賛したくなるものだった。
 休みを終えて図書館に戻った司書に、さっそくそれを見せたのだ。
「先生、格好いい」
 彼女はきっとそう言って微笑んでくれるだろうと、菊池は考えていた。
 ところが司書は急に、かっと目を見開いたかと思うと微動だにしなくなった。菊池のスマホをはっしと掴み、呼吸さえ忘れている様子だった。
「こ、この写真、わ、わわわ、私にも、いただけませんか」
 やがて我に返ったようになった司書は、震える声でそう言った。予想外の反応に面食らいながらも断る理由はないので、メッセージアプリを通して司書に写真を送った。
 自分の端末に届いたデータを見て、司書はギュッと目を瞑り、そして大きく身体を震わせた。一体彼女の中で何が起きているのか、菊池は理解できなかった。
 しかし司書は気を取り直し、ありがとうございますと告げて机についた。のだが、そこからおかしな挙動が始まったのだ。
 いったいお嬢はどうしちまったんだ――そう思いつつ彼女の早引けの申し送りを代わりに行う。ひとまず体調不良ということにしておいた。館長は納得していた。
 それからどうにも気の入らないまま図書館をぶらつき、食事の時間になった。司書は食堂に顔を見せなかった。それ自体はよくあることだ。彼女は自炊をするのだ。司書室とは別に誂えられた自室には冷蔵庫もキッチンもあり、そこでいかにも彼女らしい、家庭的な料理を作っている。菊池も何度か馳走になった。
 今夜もそうしているだけかもしれないと菊池は自分を納得させようとしたが、うまくいかない。司書の様子が気になる。
「…………」
 司書の部屋の扉の前で、ノックをしかけて思い留まる。黙ってポケットからスマホを取り出して、メッセージアプリを開く。
『調子はどうだ? 夕飯は食べたか?』
 菊池がさっき送ったメッセージには、既読のマークはついていない。読んでいないのだ。マメな司書にしては珍しい。
 となると、もしかしてもう寝ているのではないか。だとしたらここで起こしてしまうのもしのびない。
 そう思って踵を返しかけたところで、わずかなドアの隙間から、まるで耳を刺すような高い音が聞こえた。
「お嬢……?」
 人の声。司書の声だ。しかもそれは菊池にとって聞き慣れたものだった。膨らむように張りあがり、かと思えば弾ける。リズミカルな吐息と同時に発される声は、彼女が情事のときに出すもの。
 考えられることはひとつだった。司書はこの扉の向こうで自涜に耽っているのだ。
「…………」
 そうなると菊池も、引き返すわけにはいかなかった。どうせ開かないとわかりつつもドアノブに手をかけ、そして驚愕する。鍵がかかっていない。古くさいが洒落た作りの丸いノブは、そのままガチリと回ってしまう。
 極力静かにと思いながらドアを開く。部屋の明かりは落とされていたが、机に置かれたパーソナル・コンピューターのモニタが光を放っている。ワンルームマンションのようなつくりの部屋の中、司書の寝そべるベッドを照らしだしていた。
「あっ、あっ、あっ、ああぁっ……!」
 驚くことに、司書は部屋に入り込んだ菊池に気がついていなかった。扉側に尻を向ける形でうつ伏せになって、なにやら必死に枕元に顔をくっつけている。白くて細い指が、足の間で蠢いていた。
 菊池は慌ててドアを閉めにかかる。この声が廊下まで漏れてしまってはたまらない。
 しかしその焦りのせいで、バタンと大きな音が響いた。ベッドの上の人影がびくりと跳ね上がる。声がぴたりと止む。
「よ、よう」
 菊池が口を開くと、司書は底が抜けたバケツのようにみるみる青くなっていった。
「せっ、せ、先生、どうして」
「鍵……かかってなかったぜ」
「あ、あ、その、その……」
 司書はまくり上げた寝間着を整えるより先に、枕元に置いてあるなにかを取り上げた。それを枕の下に押し込めて、さらにはそこに尻を乗せてしまう。
「だめですっ……で、出て行って……!」
「いや……まぁ、勝手に入って悪かったが」
「いやですぅっ……! 忘れてくださいっ!」
 驚きが一息ついてしまうと、菊池の中に淫欲が生まれだす。仕事を早上がりしてこっそりと一人遊びに励んでいた司書を、指先でうりうりといじめたくてしょうがなかった。もちろんプライベートなことに踏み込む罪悪感はあったが、そこはひとまず、鍵をかけ忘れた司書が悪いということにしておく。
 枕の上に座り込み、顔を覆って震える司書にゆっくり近づいていく。細い肩に手を置くと、司書の身体はぎくりと竦んだ。
「随分熱中してたな。どんなことを考えてたんだ?」
「い、いやっ……いやああ」
「さっきなにか隠したろ。俺に見られたらまずいものでもあったのか? このかわいい尻よりも」
「ひゃあっ……! あっ、いや……♡」
 司書の寝間着は、最近の熱帯夜を乗り切るためか涼しげなデザインだ。膝までのワンピースが、ゆるやかなドレープを描いている。そんな隙だらけな布地をかいくぐって、肌に触れるのはたやすいことだ。
「なあ、教えてくれよお嬢。あんたはひとり遊びのときに、どんなことを思い浮かべてるんだ」
 むきだしの太ももに触れながら囁くと、司書は耳まで赤くして頭を振る。
 そんな様子を見ていると、いよいよ菊池の嗜虐心に火がついてしまう。司書は一種の魔性を持っている。どんな男をもサディストに変貌させてしまう才覚があった。心の広い菊池とてその瘴気からは逃れられない。
「前に同じことを聞いたとき、あんたはぐらかしたろう。なにも考えられないだとか、そんなことを言ったよな」
「あ……うぅ……!」
 前戯をしながらそう訊ねたことがあったのだ。司書は菊池を煙に巻いたあと、そういう先生はどうなんですかと切り返して狼狽させた。今日はそのお返しだ。
「教えてくれよ、お嬢。あんたはマンズリのときにどんなことを想像してるんだ」
「ひぃ……っ! なんてこと言うんですかぁっ……♡ そんな、い、いやらしいこと……!」
 菊池の言葉の下劣な響きに、司書が思わず顔を上げた。まるで正気を疑うかのように彼の顔を見、そしてじっと見つめ返されてたじろぐ。
「自涜だとか手淫だとか、回りくどい言葉でごまかしてたらずっと聞きだせそうにないからな。もう一回言ってやろうか?」
「い、いいい、いやです……っ! 言わないでぇ……!」
「じゃあ教えてくれよ。あんまりわがままを言うもんじゃないぜ」
「ああ……あぁぅっ……♡」
 司書はおずおずと、枕に乗せた尻を浮かせる。その下からは、葉書くらいの大きさの一枚の紙が出てきた。
 今日司書に送った、乗馬服姿の菊池が写っていた。
「…………」
「いや……! いや、お願い、なにも言わないでくださいっ……!」
「あー……いや、現像したのか」
 思わず呆けてそう訊ねると、司書は黙ってテーブルの上を指さした。パソコンと、その隣のインクジェットプリンターとかいう小ぶりな印刷機を。まったく便利だなどと感心してしまう。送りたてのデータ、いわばフィルムが、こんなに簡単に短時間で現像できるのだ。
 しかしこの写真が司書の尻の下から出てきたことが本題である。菊池が入ってきてすぐ、司書はこの写真を枕元に置いて、必死に眺めながら足の間を弄くっていた。こんなの名探偵でなくとも簡単に答にたどり着くことができる。
「まさかお嬢のズリネタにされるとはな」
「やっ……いや、ああぁあ……言わないでぇ……!」
 にわかに嬉しさがわき起こってくるのを抑え、ひとまずは恋人の自慰を責める嗜虐の顔を作り続ける。
「言っちゃ悪いが馬に跨がってる写真のどこにどう欲情したんだ」
「だ、だって……すごく、格好いいから……」
「いや、格好よくたって、雰囲気ってもんがあるだろう」
 まあ確かによく撮れてはいる、とまた内心自画自賛しつつ、そしてやはり恋人の自涜の材料が自分だったとなると、目の前の女の健気さに胸が燃える気持ちも抱くが、しかしそれらは好奇心を消してはくれなかった。
「せ、先生……もう……んんぅっ♡」
 司書の下腹を撫でさする。パジャマの下に着けていたのであろうショーツは、よく見るとベッドの端に打ち捨てられていた。菊池の手は簡単に、さっきまで司書が必死に弄くっていた場所にたどり着く。
 熱く湿った蜜壷にちゅぽちゅぽと指を浅く出し入れする。それだけで司書は悶え、狂おしいほどに震え上がった。この愚直なほどに性感に弱い体質を、もう菊池はすっかり熟知していた。
「俺にどうされたいと思った。正直に言ってくれれば、指よりずっといいものをやりたいんだがな」
「あはぁぅ、はぁっ、あっ、ああぁ~~~っ……あぅぅ、い、言えな……んんっ♡」
 手のひらを上に向け、指の腹で粘膜の天井を探る。細かい突起が密生したような感触がある。そこを軽く撫でるだけで、司書はすぐに気をやってしまう。いつものことだ。
「ひぐぅっ♡ せ、せんせぇ、そ、そこ……あああぁあっ♡」
 小動物をくすぐるような、わずかな動きでこれだ。病的なほどに敏感な彼女の内側は、熱くうねって菊池の指を締めつける。
 その弱点を詰問に使わない手などない。菊池はさらに指を強く曲げ、司書の天井をぐりゅぐりゅと擦りたてる。
「ひにゃあああぁッ♡ アッ、ア゛ッッ♡ せんせえぇっ♡ いやっ、いっ、あぁあぁああぁあぁっ♡♡♡」
 たちまち司書は悶絶する。菊池の腕に両手でしがみつき、強すぎる刺激の制止を求める。
「言わないのか? 俺の知りたいことを教えてくれないのか」
「ひぃッ、いっ、いひぃいっ♡ い、言います、から、ああっ、だから、手、手を、やめてえぇえっ♡」
 その声を受け入れて指の動きを止めると、司書はぜえぜえと肩で息をした。
「うぅ、ううぅうっ……と、とっても、格好よかったから……」
「なんだか照れるな。それで?」
「あはぁ、はぁ、はぁ……あぁ、う、そ、それに……持ってたので……」
「ん? なにをだ」
「む、むうぅ、鞭ですっ! 乗馬の鞭を持ってた……!」
「…………」
「あぁ、あ、せ、先生が……あれで、私を……うぅぅんっ……!」
 菊池は時たま、司書の底なしの欲望がほんの少し恐ろしくなる。どこまでも自分を求めてくれる愛の深さと同時に、性行為への貪欲さを垣間見ておぞましくもなる。
 しかしそれは嫌悪には繋がらない。浮かび上がるのは、この女の凄絶すぎる情念を満たすほどの愛を、自分が注いでやれるかという己への問いだけであって、司書のことがいとおしくてたまらないことに変わりはなかった。
「せ、せんせ……んぐひぃいいぃっ♡ ひいぃいいいーーーっ♡ おぉっ、おぉっ、おひぃぃいいぃぃ~~~~~~っ♡♡♡」
 肘まで使って指を突き入れると、司書が身体を仰け反らせて絶頂に上り詰めた。それを満足感と共に眺めつつ下履きを脱いで、彼女が余韻に浸るより先に肉茎を押し当て、そのままひと思いに胎に入り込む。
「んっくふぅぅうぅーーーっ……♡」
「はあっ……いつ入れてもきついな、お嬢のオマンコは……」
「ひぃっ♡ いや、あ、いやぁ、言わないれぇっ♡」
 菊池を咥えこんだ粘膜がブルブルと震える。あられもない言葉を使われるたび、司書は小刻みに絶頂していた。
「おぉ……おぉ、はぁ……確かにこんな雌馬だったら、鞭がいるかもしれないなあ……! 乗りこなせるか不安だよ」
「あっひ、はぁ、あうぅっ、あっ、せ、先生……っ、うぅっ……!」
「こうだろう、お嬢のしてほしいことは」
「あ……っひ、ひぎゃっ、ひぎゃうぅうっ♡ ああああ、いっ、イグうぅぅうぅーーーーっっっ♡♡♡」
 パァンッ、と、みっちり詰まった肉を弾く音が響く。菊池が太ももを手のひらで叩きあげると、その瞬間に司書の膣穴がきしんだ。両足をピンと突っ張らせ、またも絶頂をものにしている。
 その反応は菊池にとって心地よいものだ。できれば何度だって叩いてやりたい。彼女だってそれを望んでいる。
 けれども絶頂のたびにわななく粘膜に包まれ、菊池自身の限界が近くなっていた。司書の膣壁は、容赦なく菊池の肉茎を舐めしゃぶっている。
「くうおっ……はあ、ああ、お嬢、お嬢……」
 激しく腰を叩きつけ、肉壁の疼きに律動で返事をする。そうしていくうちにいよいよ、菊池は一瞬の死を垣間見る。意識が白くなる。こみ上げた快感が尿道を伝って噴きこぼれ、司書の中に広がっていく。
「んっひぃいっ♡ 出てるぅ、あっ、先生の、出てるうぅっ♡ あはぁ、あっ、ああっ、イクッ、イッちゃううぅぅ……!!」
 同時に司書がまた震える。射精途中の肉茎を潰さんばかりに膣穴が蠢いて、今まで得た中で一番強い絶頂感を伝えてくる。
「ふう……ああお嬢、そんなに締めるな……♡」
「んんんっ……!」
 射精を終えた肉茎を引き抜こうとすると、まるで甘えるように粘膜がまとわりついてくる。仕方なくまた腰を押し戻し、彼女の中に居座る。
「なんだ、物足りないか」
「うぅうっ……だって……先生が、叩くから……」
「もっと叩いてほしいのか?」
「…………」
「まったく……とんだじゃじゃ馬だなあ」
 思わず笑ってしまう。黙り込む司書の表情が、あまりに可愛らしかった。