坩堝
「う……?」
最悪な気分の目覚めだった。両耳の真横でうるさいだけの音楽が奏でられているような頭痛がする。口の中は変な味がして、自分の唾液ですら吐き気を催しそうだった。
というか、すでに吐き気は催していた。それが自分の唾液が喉を伝っていく感触や呼吸によって増幅されたりおさまりかけたりする。完全に二日酔いだった。
重たい頭をどうにか持ち上げると、そこは菊池の部屋でもたまに寝泊まりする司書の部屋でもなかった。明らかに一人用ではないベッドに枕がふたつ。目を凝らしてあちこち見回すに、どうやらラブホテルの一室であった。
しかし困ったことに、菊池には前夜の記憶というものがまったくない。
「あっ、先生。おはようございます」
にわかに焦っていると、どうやら手洗い場に繋がっているらしい扉の向こうから司書が顔を出した。ホテルの備えつけであろう、ぺらぺらのバスローブを身にまとっていた。
それを見て菊池は慌てて自分の身体を確認した。やはりというかなんというか全裸だった。
急に恥ずかしくなって、ベッドシーツで下半身を隠しながらベッドの周りを探る。目当てのものはすぐに見つかった。どうやら司書がそうしたらしいが、昨晩菊池が身につけていたらしい下着は、畳まれた状態で置かれていた。
ひとまずそれを穿こうと菊池がもぞもぞしている間、司書は備え付けの冷蔵庫からペットボトルを取り出していた。ミネラルウォーターだった。几帳面にもそれを部屋に用意されていたグラスに注いでから手にして、菊池の傍に寄ってくる。
「どうぞ」
「あ、ああ……悪いな」
最悪な体調と同時に焦燥感に襲われている菊池とは反対に、司書はとんでもなくご機嫌だった。今までないくらい弾んだ笑顔で自分の水を飲み干し、にこにこと菊池を眺めている。
「お、お嬢。すまないがちょっと二日酔いでな」
「うふふ、そうですよね。昨日はあんなに飲んでいましたもんね」
「それなんだが」
「でも……ふふふ!」
戸惑う菊池をよそに、司書はさらに嬉しそうに微笑んだ。
「先生……私、昨日、本当に嬉しかったです。幸せ……」
さらにはベッドに乗り上げて、幸せそうな顔で菊池に跨がってくる。宿酔で変な揺れ方をする菊池の胸に頬を寄せ、うっとりした様子ですりすりと懐いてくる。
「あんなこと言ってもらえたの、初めてでした……」
「あ、あ、あーっと」
どうしよう。自分は一体なにを言ったというのだ。
この司書のとろけようは尋常ではなかった。普段は他人と肉体の距離をやたらと詰め、あれこれと奉仕をしたがる上に、ひとたび菊池が抱くとどこまでも淫乱にたゆたう司書だが、その実案外照れ屋なのだ。事後の熱もとっくに醒めている翌朝になって、自分からこんなに積極的に菊池に絡んでくるというのはそうそうあることではなかった。さらにその顔が恍惚と呼んでも差し支えないほどに蕩けているともなれば、昨晩の自分はなにか、とんでもないことをしでかしているような気がしなくもない。
菊池はとりあえず、司書の頭を優しく押さえながらグラスの水を一気にあおった。二日酔いの朝の水がなによりも価値を持っているというのは本当だと思った。こみあげていたむかつきがすっと下りていくのを実感して一息つくが、しかし記憶のほうはさっぱりよみがえってはこない。
「その、悪いんだが」
こうなれば下手に取り繕うよりは正直になるべきだと、司書の顔を真摯に、まっすぐ見つめながら菊池は言葉を選ぶ。
「あんまり酔ってたみたいでな……昨日の夜の記憶がないんだ」
「えっ?」
「すまないがなにがあったのか、ちっとも思い出せない」
そう告げられたときの司書の瞳の動きを、きらきらと輝く宝石のような眼球が、突然こちらまで吸い込まれそうな虚無を湛えた暗黒に変化していくさまを、菊池はもう一生忘れられそうになかった。
それからというものふたりの間にはあまりにいたたまれない空気が充満した。司書は着替える間も、ホテルから出て駅に出る道すがらも、菊池とふたりで電車に揺られているときも、一度も視線を上げなかった。
菊池もどう声をかけたものか悩んで結局一言も発せずじまいだったが、図書館の最寄り駅で降りる寸前、どうしたものかと司書のつむじを眺めていると、ふいにその肩が小さく震えていることに気がついた。
「お、おい」
まさか、と声をあげると、司書が控えめにスンスンと鼻をすする音が聞こえた。泣いているのである。この菊池寛に、愛しい恋人によってもたされたあまりに無責任な裏切りに、心から傷ついているのだ。
「お嬢!」
電車の乗車口が開くと同時に、司書は駆け出した。振り返ることなどしない。菊池も慌てて追いかけたが、人混みに阻まれて、改札を出る頃には彼女をすっかり見失ってしまった。
しかし、あちこち探し回って結局収穫なしで菊池が図書館に戻ると、司書は菊池よりも先に帰っていたと、通りがかった館長に知らされた。司書室で平常通り業務をこなしているという。
とりあえず話をしなくてはと菊池はさっそく司書室に向かったが、ドアをノックしても返事がない。仕方なく無断で扉に手をかけると難なく開いたが、そこに佇んでいた司書は、今まで菊池に見せたことのない幽鬼のような表情をしていた。
「あ……ああと、その、な」
菊池がなにか言うのを待たずに、司書はうつむいて部屋を出ていこうとする。
「待ってくれ!」
菊池はすれ違いざまに司書の腕を捕まえたが、非力な彼女とは思えないくらいの強い力で抵抗された。怯んだ菊池が手を離すと、司書は小さく一言つぶやいてから廊下を走り去ってしまった。
菊池は呆然とした。なにより言われたことが衝撃だった。司書は菊池に『うそつき』と吐き捨てたのだ。
「忘れた記憶を思い出す方法?」
アカは菊池の嘆願に首を傾げてみせる。
「そもそも忘れた記憶、ってのが変な言い方だな。記憶である以上忘れはしないだろ」
「いや俺に脳のつくりだのなんだのっていう難しいことはわからん。ただ、まあその、酒とか、あとは体調の問題で記憶が薄くなるってことはあるだろ。アンタにもわかるだろ? そのときのことを、明確に思い出す方法はないかと思ってな」
「なんでそんなこと、錬金術師の俺に……」
目の前の少年が不満げに自分を見上げてくるのを、菊池は藁にもすがる思いで見つめ返すしかない。
正直なところ泣きそうだった。今までどんなことがあっても、たとえば腋毛を伸ばすことを日課にしろと命令したとしても恥じらいつつ結局は受け入れてくれた司書が、あんなに菊池を拒絶するなんて。
「俺たちはお嬢に顕現させられた文豪だ。身体には血のかわりに洋墨が流れてる、そういう存在なんだろう。だったら……だったら、高名な錬金術師であるアンタなら、その記憶を司ることだってできなくはないだろう!」
そうであってくれなくては困るという菊池の願いだ。
「そんな都合のいいことが……」
アカはそんな菊池のことをじったりと見つめ、やがてぷいと視線を逸らす。
「ま、できるけどな」
「本当か!」
自身の涙の通り道にあるホクロを指で掻きながら、アカは研究室の片隅へすたすたと歩いていく。
「誰にも言うなよ。錬金術師は魔法使いじゃないんだ。なんでもできるって思われて無茶をするやつが出てきたら、司書だって館長だって………俺たちだって困るんだから」
「ああ、ああもちろん! ああ……やっぱり俺の目は正しかったな! さすが帝國図書館に勤める錬金術師だな」
「調子いいっての」
少年はにやける顔をどうにかこらえているように見える。まんざらでもないのだろう。
古びた戸棚を開き、アカはなにやら分厚い本と真新しいガラスのペン、そして真っ赤なインクが入った瓶を取りだした。
「アンタたちは常に、潜書と侵蝕者との戦闘を行っている。危険が伴うが、貴重なデータを得られる機会でもある」
重そうな本が机の上に置かれて、その表紙が菊池の目に入った。
『××/××/×××× 菊池寛』
読み取れない文字の羅列の中に自分の名前を確認し、菊池は息を呑む。
「もしものときのことってのも、もちろん考えてあるんだ。ひとつは司書が造りあげた賢者の石……ま、その説明は今はいいな。もうひとつ、不測の事態が起こって文豪たちが記憶を保持できなくなったりした場合のこと。肉体さえ無事なら、そこから状況を確認できるようにバックアップをとってある」
「バックアップ?」
アカは無言でインク瓶の蓋を開くと、ガラスペンを菊池に差しだしてきた。
「あんたの中に、あんた自身が潜書するんだ。それで記憶を掘り起こせる。この図書館に呼び起こされた瞬間からのできごとを」
「……わかった」
緊張しながらも菊池はペンを受け取り、促されるままにインクにその先を浸した。
「……ところで俺の記憶ってのは、俺にしか見えないのか? アンタも巻き込んじまうのか」
「原則として本人だけだけど……なんだよ、見られたらまずいことでもしてるのか」
「いや、ちょっと子供には刺激が強いかもしれない」
「子供じゃねーよ!」
本の表紙を開き、ペン先を向ける。ガラス細工の先にできた窪みからインクが滴り、まっさらなページに赤いシミを作っていく。
「あ――……」
初めて司書に出会った日……つまり菊池がこの肉体で新たな生を得たときのこと、同じく新たな血肉を得た旧知の友と巡り会ったときの感動、それからの積み重ねの日々。
ページをめくるようにして、数々の追想を探っていく。
記憶は暦のように一方通行だ。最初から辿っていけば、そこから枝分かれしたり引き返したりすることはない。現世に生まれてからの自分は、司書という存在を軸にして毎日を過ごしてきた。その想いを頼りにしていけば迷子になりはしない。
「……ここだ」
記憶がもっとも新しいページにさしかかる。昨日の朝。菊池はいつも通りに起床し、久々に予定のない休日だと図書館をぶらついていた。特に何事もなく平和な時間が過ぎていくが、軽めの夕飯をすませた後に麻雀に誘われたことで、観測している菊池に緊張が走った。
しかし予想外に菊池は快勝を重ねていく。たまらなく気分がよかった。こんな勝利は久しぶりだと心おきなく気持ちよくなったところで、煙たい部屋を司書が通りがかった。
「…………」
菊池の心が再度緊張する。記憶の中の菊池は勝利に酔いしれたまま司書の腰を抱いた。お嬢はもう夕飯すませたのか。なんだまだなのか。どこかに食べに行こう……司書は流されるまま菊池と外に出る。軽いものでいいと言う司書を、菊池はその辺の飲み屋に連れ込んでしまった。
その辺の、と言っても彼女のことを一応考えてはいる店選びだったが、ともあれ菊池は勝利の心地よさを増幅させるために、そこでたらふく酒を浴びてしまったのだ。ここだ。ここからだ。ここからの記憶がさっぱりない。
「もう先生、飲み過ぎです」
「う……ふ、すまないな」
胃からこみ上げる酒臭い息を手で押さえながら、菊池はラブホテルのベッドに寄りかかる。完全に腰を下ろしてしまう前に、司書が腕を伸ばして菊池のジャケットを脱がしてくれた。
それをてきぱきとハンガーにかける司書のことを、菊池はねっとりした視線で眺めていた。
「こっちに来な」
たまらなく気分がいい。全身がふわふわとして頭の中の浅いところでしかものを考えられないのに、気持ちいい、嬉しい、そして司書が愛しいというポジティブな感情は、際限なく脳に飽和していく。
健気に自分の隣に腰かけた司書を押し倒し、酒臭い息を振りまきながら服を脱がしにかかる。司書は困ったような顔をしながらも、行為についてはまったく拒むつもりはないようだった。なんだかんだその気になっているのだ。
「アハハ、ははは、なんだろうな、この、なんて言ったらいいのか……うん、お嬢! かわいいぜ」
「もう……」
むきだしになった乳房に頬を寄せると、司書は菊池の髪の結い上げたところをやさしく撫でた。その瞳はひたすら優しく、慈愛の光をたたえていた。
それからまるで子猫がするように、互いの身体をちょこちょこと愛撫しあった。どちらかが本気になりすぎないようにという点で気を配って、ゆるゆるとした触れあいを長く楽しもうとしていた。
しかし菊池のほうはだいぶ酔いが回っているのもあって、心地よさはとろんとした眠気に近づいていく。それを振り払おうと、横になった司書の上半身にぐいっと跨がった。
「ちょっと気合いを入れてくれ。いつもみたいに上手におしゃぶりしてくれよな」
不躾な申し出を、司書は淫猥な笑顔で引き受けてくれる。
顔の上から押しつけられた菊池の肉茎を、大きく口を開いて招き入れた。とたんに亀頭にねっとりと熱い刺激が走り、菊池は背筋を震わせる。
「んぶふぅっ♡ んっ、んっ、んぢゅうぅうぅっ♡」
菊池の要望通り、間髪入れずに強い愛撫が始まる。眠りの誘惑に傾きかけていた精神が、一気に快楽を求めて覚醒する。
「ああ……ああ、いいぞ、上手だ……♡」
酔いは菊池から遠慮や気配りを取り去っていた。司書の口めがけて腰を振り立て、彼女の口腔を何度も前後して自分本位の快楽を得る。
しかし司書も司書で、それを拒むことをしない。喉を突かれるような激しい腰遣いにも、涙目になりながらも順応しようとしている。
「ん……ふ、むふっ♡ はむぅ、んむぅぅ……♡」
それどころか片手の指で菊池の陰嚢を優しく引っかいて、さらに恍惚を与えようとしてくる。
この、弱いところを指と爪の境界でなぞられるのが、菊池はやたらと好きだった。はじめのうちは自分からそう触るように教えていたが、するうちに奉仕好きの司書は言われずとも自発的にその愛撫を取り込んでくれるようになった。今も自分の自由よりも菊池の快感を優先している。
「く……うぅ、お嬢……もういい、もう出ちまいそうだ。入れさせてくれ」
若干呂律の怪しい言葉を放ちながら、司書の口から肉茎を引き抜く。そのまま彼女の秘唇に触れると、内股までぐっしょりと湿っていた。
「おいおい……まったく。お嬢を抱いてると、女は口でも感じるっていう俗説を信じそうになるな」
「あふぅ……ん、くち、感じます……舐めてると気持ちいい……♡」
「前もそんなことを言ってたな……」
しかしそれがいつだったか思い出せない。ただとにかく、今すぐにこのかわいい女の中に押し入りたかった。
「いくぞ……」
「んっ……! きてください……あっ、あっ、ああぁぁっ……♡」
濡れそぼつ膣穴に亀頭を沈め、そのままぐいぐいと腰を進めて入り込んでいく。司書の内側は口よりも熱く、ねばっこく菊池を受け止めた。
「あんっ、あっ、ああぁっ♡ あっふぁ、奥ぅ……♡」
いきなり根本まで挿入されても、苦しさはみじんもないようだった。それどころか貪欲に蠢いて、もっと菊池を感じようとしている。
「あひぃっ♡ せんせぇぇっ♡ もっと奥ぅ、あっ、奥、いつもみたいにしてっ! 子宮のいりぐち、こちゅこちゅしてぇぇっ♡」
「ったく、底抜けにスケベだなアンタは……おらっ、こうか? これがいいか♡」
腰を押さえつけて骨盤に叩きつけるように抽送してやると、司書は髪を振り乱しながら悶えた。
しばらくはそうして司書をよがらせてやり、頃合いを見て肉茎の角度を変えて膣穴の天井を強く擦る。途端に司書の尿道から、プチュッと短く飛沫がはしった。
「ひぐぅっ♡ あっひっ、そこ、あっ、そこ、あ゛あ゛あぁあぁっ♡」
司書を感じさせながら、菊池もその突起が密生したような感覚を亀頭で楽しんだ。ざらざらと粘りつく快楽が敏感な鈴口をくすぐってくる。
「くおぉっ♡ 子宮口を開けぇ、中に出すぞ……!」
「はひっ、あっ、はいぃっ♡ らひへっ、せんせぇの白いミルク、びゅうってしてぇぇっ♡♡♡」
まるで幼児に戻ってしまったかのような口調で射精をおねだりしながら、司書は狂おしく痙攣した。膣穴がぎゅうっと収縮し、中に招いた菊池を締めあげる。
「おおっ…イク、あ、お嬢っ、お嬢!」
同時に菊池も白濁を噴出する。きつく締まった司書の奥で、もはや液体というよりも塊のような重さのある精液を、何度も何度も射精した。
「う……ふ、くぅぅ……!」
司書の中に肉茎をおさめたまま、菊池は彼女の上にぐったり倒れこんだ。今の放液ですべてを使い果たしてしまったような気分だった。
そこで菊池の意識は一度途切れた。真っ黒で湿度のある闇に包まれる。
目を覚ましたきっかけは、身体に違和感があったからだ。今まで得たことのない、くすぐったいような気持ちよさが菊池を包んでいた。
「あ……お嬢、なにを……♡」
「んっ……♡ ふ、ふぁ、ごめんなさい、勝手に……」
菊池はいつの間にかうつ伏せになっていて、司書がその臀部に顔を押しつけていた。菊池の小ぶりな、硬い林檎のような尻たぶを両手で割り開き、その谷間の奥にある尻穴に可憐な唇を寄せている。
「お……おおおっ……なんだ、あぁ♡ これは……随分と……♡」
生ぬるい舌が、かたく閉じた穴をこじ開けようとしてくる。ぺちゃぺちゃとかわいらしい音を立てながら、司書は夢中で菊池のアナルを舐め耽っていた。
「ずっと…舐めたかったんれすぅ……せんせぇのおひりのあなっ♡ んむ………しょっぱくておいひい♡♡♡」
「おっ……おおおっ♡ や、やめろ♡ 駄目だ、そこは……」
菊池の制止など聞かず、司書は舌先を巧みに蠢かせて菊池の尻を責めた。皺の一筋ずつを舐めあげるように、生ぬるい感触が滑っていく。
これ以上させてはいけないと思うのに、その危機感とは反対に腰が浮き、いつの間にか膝を立て、司書が求める体勢をとってしまう。
「んお゛っ! おっ、お嬢……お、俺をどうするつもりだっ♡」
尖らせた舌の先を肛門にねじこまれ、菊池はまるで女のように全身を震わせながら悶えた。
「ひぇ、ひぇんへいに、もっろ、きもひよくなって……ほしくへぇ……っ♡」
もごもごと言ってから、再び司書の舌が尻穴をこじ開けようとしてくる。さらには菊池の腰が浮いたのをいいことに、直接の刺激もないのに先走りをだらだらと滲ませる菊池の肉茎をしっかりと掴んで、ぬめりに任せて上下にしごきだす。
「あ゛、あ゛~~っ♡ 駄目だ、お嬢っ、やめろっ……怒るぞっ♡」
「んひゅっ、ひゅ、あふ…ひぇんひぇ……んっ、んっ、んっ♡」
「く、くあぁぁ……あぁ……♡」
やがて菊池の心は完全に快楽に屈してしまった。この大きすぎる快感の前には、自分の中の禁忌や威厳などどうでもいいことのように思える。
「くおぉっ、お嬢……もうアンタは一生、俺の尻を舐めてろっ、他のことはしなくていいっ♡」
「んぶふぅっ……?」
「特務司書も錬金術師もやめちまえっ、俺に尽くして、俺だけを見ろっ♡ 他のことなんか、なにも考えなくていいからなっ♡」
「んんんっ……! せ、せんせえ、それは……」
「愛してるぞ♡ 俺の女になれっ♡」
「ひあっ……あっ……あああっ♡」
菊池は司書の全身がぞわりと粟立つのを感じた。今までよりもずっと強い力で肉茎がしごかれる。司書は何度も、菊池の尻穴に情熱的な口づけを落とした。
「な、なります♡ 寛先生専用のアナル舐め妻になりますっ♡ 毎日♡ 一生♡ 二四時間♡ 先生のことだけ考えるオンナになりますっ♡」
「その調子だっ♡ お嬢は俺専用のドスケベ妻だからな、夜のおつとめ頑張れよ……あああっ、く、イク……! あぁ、出る、お嬢っ……♡♡♡」
菊池の意識が白く爆ぜる。強烈な快楽と共に、二度目とは思えないくらいに粘っこい精液が尿道を滑っていく。
そしてそこですべての気力を使い果たしたのか、菊池の意識は再び闇に飲まれてしまった。
「………………」
冷や汗が止まらなかった。自分は酔いと快感に任せて史上最低のプロポーズを行ったのだ。しかも翌日にはすべて忘れているというオマケつきである。これでは司書も絶望しようというものだ。
いや、いや待て。あんな求婚を受けて大喜びしている女というのもどうなんだ。いや違う。司書はとことん、どこまでも、菊池の期待に応えたかったのだ。求めれば応えてくれるのが司書という女の本質だ。そんな彼女はすでに、職も、生まれてきてからずっと学んできたことも捨てて菊池に寄り添う覚悟ができていた。できてしまったのだ。菊池の求婚によって。
それを自分は手ひどく踏みにじってしまった。そう思うと菊池は司書への申し訳なさでいっそのこと消えたくなった。
しかし打ちひしがれている暇はない。我に返った菊池はアカへの礼もそこそこに部屋を飛び出した。とにかく司書に会わなければ。
「今朝はすまなかった」
もはやノックもせずに司書室の扉を開けると、司書はやはりそこにいた。どれだけ傷ついていても仕事をきちんとこなすつもりでいるらしい。その健気さに菊池はさらに胸を打たれる思いがする。
司書は菊池の顔を見ると、今度は無視をするつもりでいるのかついと身体ごと窓辺を向いてしまう。仕方ない。それだけのことを自分はしたのだ。
「思い出したんだ。昨日あんたに言ったことを……」
「…………」
司書がぴくりと反応する。菊池はその愛しい背中に歩み寄り、肩に優しく手を置いた。拒絶はされない。
しかしどう続けたものかと悩んでしまう。「忘れてくれ」いや忘れられようもないだろう。「許してくれ」なにをだ。「ありがとう」なにがだ。「気持ちよかった」待て待て。
「その……まずは謝らせてくれ。記憶があやふやでな」
「…………」
「だが少しずつ思いだしてきたんだ。二日酔いもすっかりよくなったし」
「……それは……よかったですね」
司書はそっけない。きっと菊池に対していろいろと言いたいことがあるに違いない。それらをこらえると短い言葉しか発せないのだろう。そんないじらしい姿を見ていると、菊池の心がすっと晴れていく。
あれこれと小細工するよりも、本心をぶつけるべきだ。
「それで……さしあたっては二人で住む家をだな……」
「え」
「いや、その前に指輪か。ああ、お嬢のご両親に挨拶」
「ま、待ってください……先生、本気なんですか」
司書が慌てた様子で振り返る。菊池を見上げて、その真意を探っているようだった。
「本気だとも。冗談でプロポーズなんかしない」
「で、でも、忘れてたくらいだし……」
根に持っている。
「それは本当に悪かった。でももう思い出したんだ。本気だ」
「でも……」
司書はもごもごと唇を動かしてからうつむいた。
「私、今司書をやめるわけには……せ、先生も、ここを出て行くにはいろいろ用意がいります」
それなりに地に足のついた考えをしているらしい司書の頭を、菊池はよしよしと撫でてやる。
「……じゃあ、今すぐじゃなくてもいい。いつになるかはわからんが…俺と結婚してくれるな?」
「そんなの……」
司書が震える。電車の中で見たときよりもずっと大きく。
「したいです……先生と結婚……うわあああっ」
絞り出すやいなや声をあげて泣き出してしまった司書を、菊池はそっと抱きしめる。きっと自分が思っているよりも困難だろう。この図書館を出て人間として生きていくことができるかどうかすらあやふやなのだ。
でもいつまでもこうしていたい。この女と共にありたい。そのためならばどんなことだってする。菊池はそう決意して、そっと司書に口づけた。